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05 ハナコ
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こちらに来て15日目、行き当たりばったりに『浄化』をしていたら、トイレの掃除当番が回って来た。
「エルヴェ、お前に掃除当番を任せる。ピカピカにするように」
横柄に言い渡したのは、金髪で太った色白の神官見習いだった。後ろにふたり見習いを従えている。偉そうに、高位貴族だろうか、護衛騎士は連れていないようだが。
「お前のような落ちこぼれは、トイレ掃除でもしていればいいんだ」
「途中で逃げないで最後までするんだぞ」
後ろのお付きが言う。
「はい、頑張ってきれいにしますね」
「後で検分してやる」
白豚はそう言って取り巻きを連れて行ってしまった。
掃除当番は二人ですると聞いたが、あの白豚が相方だろうか。トイレの掃除、全部押し付けなんて、初歩の嫌がらせだな。トイレは4か所だ、手分けすれば早いだろうに。
まあいいか。正しいトイレ掃除の見本というものを見せてやろう。
「『ライト』よっしゃ、デッキブラシ構え!『ウオーター』」
ゴシゴシゴシゴシ──。
こっちの世界のトイレは浄化槽にスライムが棲んでいる。スライムで浄化された水は王都の下水処理場に転送されるらしい。魔法世界は清潔だ。
スライムを『浄化』したらどうなるんだろう。ベルタン神官長の所の部屋の掃除で、トイレも『浄化』しているから、多分大丈夫だ。
『クリーン』『浄化』
仕上げはばっちり、きれいになった。何となくシトラスな香りがする。次はウッディにするか、ミントでもいいな。
3つ目を仕上げていたら、白豚が取り巻きを連れて戻って来た。
「ちゃんと出来たのか? サボっていないだろうな」
「あと1か所残っている」
オレがデッキブラシを持って移動しようとすると「待て」と引き留める。ミント系は嫌だったのだろうか。
「これは何だ、この香りは、ああーー!」
3人が身を捩っている。何だ、どうしたんだ?
「うああああーー! ごめんなさい、ごめんなさい」
「お、俺は何という事をーー」
白豚と取り巻きが、トイレの床に座って滂沱の涙を流している。鼻水も流して、せっかく掃除したのに汚れるなあと、溜め息をついたら「わ、悪かった」と謝って来た。
「まだ掃除が残っているのか、それは私たちがする。エルヴェ君はもう休まれてよい」
「いや、後1か所だしついでに──」
「いやいやいや!」
「師匠は、休んでくれ!」
「先生。頑張ります!」
3人はオレからデッキブラシを取り上げると、意気揚々と走って行った。
どうしたんだ。もしかしてあいつらもベルタン神官長みたいに生き辛いのだろうか。呆然として後姿を見送った。
にょろり。
「ん?」
トイレの床に透明な何かがいる。
「な、な、何だ?」
それは、ゆっくりと尺取虫みたいに這って来る。オレは身構えたが、デッキブラシはあいつらが持って行ったし、武器になるような物は何も持っていない。身構えたままどうしようと考えたが、こんな焦った時って、何も浮かばない。
それはオレの前まで来ると這うのを止めて鎌首をもたげた。
「お、襲い掛かるのか?」
蛇みたいな感じで怖い。しかし透明なそいつは、頭らしきところをオレに向かって下げた。
「な、な、何? 何か用?」
それはちょっとくねくねと身体を揺らしたが、もう1回同じ体勢で頭の部分を下げる。
「何なんだ、襲わないのか?」
今度は勢いよく首を縦に振った。何なんだコイツは。分からない。
取り敢えず襲われないのならいいのか? もう1か所の掃除をしに行った3人組の所に行こう。
歩きだしてふと振り返ると、その透明な奴は後ろに居なかった。それでオレが前を向いた途端、ぽとんと目の前に落ちて来たんだ。
「ぎっ」
悲鳴を喉元で抑えた。そいつは、またくねくねと身体を揺らす。
「お前、脅かすんじゃないっ」
オレは走って逃げだしたのだ。
「どうなさったんですか?」
ユベールが首を傾げてオレを見ている。オレはぐったりしている。
「そいつ何とかして」
オレは透明な奴と追いかけっこをしてしまった。ヤバイ、オレの精神年齢、今幾つだ。エルヴェと変わらないんじゃないか。もっと低いか?
「スライムですね。浄化されています」
「スライムなのか。浄化されたら透明になるのか?」
「いえ、初めて見ました」
「そうなのか? こいつどうすればいいんだ?」
「さあ、名前を付けてペットにするしか──」
「そうか、じゃあ、お前ハナコね」
透明な奴はぴょんぴょん跳ねた。
「そんなものをペットにして、どうなさるのです」
「お前が言ったんじゃないか」
「ペットにするしかないと言いました」
どこが違うんだ!
「大体これどうすんだよ」
「私は知りません。エルヴェ様がなさったのですから」
ユベールはさっさと部屋を出て行った。
オレの護衛騎士は平常運転だ。こんなモノどうしてくれるんだよ。
スライムはくねくねしている。
スライムのハナコはオレの部屋に居座った。部屋から出る時は、オレの頭の上かポケットの中に勝手に入っている。
よく分からない生き物だし、気にしたら負けだと思うんだ。
ただ、コレは浄化したら出て来たので、こんなモノがウニョウニョ出てきたら困るし、あまり頻繁に浄化をしない方がいいかもしれない。特に人目のある所では。
「エルヴェ、お前に掃除当番を任せる。ピカピカにするように」
横柄に言い渡したのは、金髪で太った色白の神官見習いだった。後ろにふたり見習いを従えている。偉そうに、高位貴族だろうか、護衛騎士は連れていないようだが。
「お前のような落ちこぼれは、トイレ掃除でもしていればいいんだ」
「途中で逃げないで最後までするんだぞ」
後ろのお付きが言う。
「はい、頑張ってきれいにしますね」
「後で検分してやる」
白豚はそう言って取り巻きを連れて行ってしまった。
掃除当番は二人ですると聞いたが、あの白豚が相方だろうか。トイレの掃除、全部押し付けなんて、初歩の嫌がらせだな。トイレは4か所だ、手分けすれば早いだろうに。
まあいいか。正しいトイレ掃除の見本というものを見せてやろう。
「『ライト』よっしゃ、デッキブラシ構え!『ウオーター』」
ゴシゴシゴシゴシ──。
こっちの世界のトイレは浄化槽にスライムが棲んでいる。スライムで浄化された水は王都の下水処理場に転送されるらしい。魔法世界は清潔だ。
スライムを『浄化』したらどうなるんだろう。ベルタン神官長の所の部屋の掃除で、トイレも『浄化』しているから、多分大丈夫だ。
『クリーン』『浄化』
仕上げはばっちり、きれいになった。何となくシトラスな香りがする。次はウッディにするか、ミントでもいいな。
3つ目を仕上げていたら、白豚が取り巻きを連れて戻って来た。
「ちゃんと出来たのか? サボっていないだろうな」
「あと1か所残っている」
オレがデッキブラシを持って移動しようとすると「待て」と引き留める。ミント系は嫌だったのだろうか。
「これは何だ、この香りは、ああーー!」
3人が身を捩っている。何だ、どうしたんだ?
「うああああーー! ごめんなさい、ごめんなさい」
「お、俺は何という事をーー」
白豚と取り巻きが、トイレの床に座って滂沱の涙を流している。鼻水も流して、せっかく掃除したのに汚れるなあと、溜め息をついたら「わ、悪かった」と謝って来た。
「まだ掃除が残っているのか、それは私たちがする。エルヴェ君はもう休まれてよい」
「いや、後1か所だしついでに──」
「いやいやいや!」
「師匠は、休んでくれ!」
「先生。頑張ります!」
3人はオレからデッキブラシを取り上げると、意気揚々と走って行った。
どうしたんだ。もしかしてあいつらもベルタン神官長みたいに生き辛いのだろうか。呆然として後姿を見送った。
にょろり。
「ん?」
トイレの床に透明な何かがいる。
「な、な、何だ?」
それは、ゆっくりと尺取虫みたいに這って来る。オレは身構えたが、デッキブラシはあいつらが持って行ったし、武器になるような物は何も持っていない。身構えたままどうしようと考えたが、こんな焦った時って、何も浮かばない。
それはオレの前まで来ると這うのを止めて鎌首をもたげた。
「お、襲い掛かるのか?」
蛇みたいな感じで怖い。しかし透明なそいつは、頭らしきところをオレに向かって下げた。
「な、な、何? 何か用?」
それはちょっとくねくねと身体を揺らしたが、もう1回同じ体勢で頭の部分を下げる。
「何なんだ、襲わないのか?」
今度は勢いよく首を縦に振った。何なんだコイツは。分からない。
取り敢えず襲われないのならいいのか? もう1か所の掃除をしに行った3人組の所に行こう。
歩きだしてふと振り返ると、その透明な奴は後ろに居なかった。それでオレが前を向いた途端、ぽとんと目の前に落ちて来たんだ。
「ぎっ」
悲鳴を喉元で抑えた。そいつは、またくねくねと身体を揺らす。
「お前、脅かすんじゃないっ」
オレは走って逃げだしたのだ。
「どうなさったんですか?」
ユベールが首を傾げてオレを見ている。オレはぐったりしている。
「そいつ何とかして」
オレは透明な奴と追いかけっこをしてしまった。ヤバイ、オレの精神年齢、今幾つだ。エルヴェと変わらないんじゃないか。もっと低いか?
「スライムですね。浄化されています」
「スライムなのか。浄化されたら透明になるのか?」
「いえ、初めて見ました」
「そうなのか? こいつどうすればいいんだ?」
「さあ、名前を付けてペットにするしか──」
「そうか、じゃあ、お前ハナコね」
透明な奴はぴょんぴょん跳ねた。
「そんなものをペットにして、どうなさるのです」
「お前が言ったんじゃないか」
「ペットにするしかないと言いました」
どこが違うんだ!
「大体これどうすんだよ」
「私は知りません。エルヴェ様がなさったのですから」
ユベールはさっさと部屋を出て行った。
オレの護衛騎士は平常運転だ。こんなモノどうしてくれるんだよ。
スライムはくねくねしている。
スライムのハナコはオレの部屋に居座った。部屋から出る時は、オレの頭の上かポケットの中に勝手に入っている。
よく分からない生き物だし、気にしたら負けだと思うんだ。
ただ、コレは浄化したら出て来たので、こんなモノがウニョウニョ出てきたら困るし、あまり頻繁に浄化をしない方がいいかもしれない。特に人目のある所では。
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