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04 浄化
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7日目の午後は神殿周りの清掃活動だった。オレは大人しく皆の後からついて行って、神殿の周囲を皆が清掃するのを真似る。草抜きをして、土さらいをして、ホウキで掃いて『クリーン』と唱える。
途端にキラキラと光が舞い、その辺りがきれいになった。
「お前、『クリーン』出来たの?」
誰かが聞いたので「この前覚えた」と答えた。
どうも、エルヴェは出来なかったらしい。逆に何で出来ないの? と聞きたいくらいだけれど。もしかして誰も教えなかったのかな。
終わる頃には足がへたれて、ここを出る為にはもっと自分を鍛えないと無理だと思った。
「エルヴェは『クリーン』が出来なかったのか?」
オレの護衛は朝と夜の祈りを終えた後ぐらいしか来ない。
「さあ、私は知りませんでした」
ユベールはこともなげに答えた。
「お前、エルヴェの護衛じゃないのか?」
「そうですが、司祭様や神官様に用事を頼まれると嫌とは言えないのです」
どういう事だ。
「一応聞くがお前の賃金……、手当というか報酬というか、それはどこから出ているんだ?」
「エルヴェ様から出ております」
ユベールは当然のように答える。それは建前だろう、エルヴェには払えるようなお金などない筈だ。神殿はエルヴェに何も支払っていないし、彼は小銭しか持っていなかった。
「私の身分は神殿従騎士で、エルヴェ様付きです」
「それはほとんど、ただ同然で使われているという事か?」
「従騎士はそんなものです。ここは食事と寝る場所が与えられていますから」
つまり、神殿はユベールの給料もケチっているのだ。
腹が立つというか、虚しいというか、悔しいというか、様々な負の感情が渦巻いている。この心の闇みたいなものは、どうすれば消えるのだろう。
『浄化』を覚えました。
こんな事でも魔法を覚えるのか。
まあいいか、『浄化』を唱えれば心が軽くなったような気がする。
傍らに居た男もぱちぱちと瞬きをしている。
***
こちらに来て10日目。その日はベルタン神官長の手伝いに行った。
このサン=シモン大神殿には、頂点に司教がいて、その下に司祭が4人、神官長が6人いるという。ベルタン神官長はそのひとりで、派閥的には中立らしい。
まあ、オレがやらされるのは掃除とか部屋の整理とかだ。
神官長だけあって広い部屋がふたつにおまけの執務室、トイレもお風呂もキッチンもダイニングもある。
こんな広い部屋をオレひとりで掃除させるとか、虐めか嫌味か、はたまた陰謀か?
しかしオレには選択肢は無い。
『ライト』
部屋を明るくして、ホウキやら雑巾も使って徹底的にきれいにする。
仕上げは清浄魔法だ。くらえ!
『クリーン』『浄化』
オレの部屋には鏡が無いが、この神官の部屋には鏡があって、オレは初めて自分の転生後の姿をはっきり確認した。
真っ直ぐの黒髪をもっさりと伸ばして、長い前髪の向こうに紫色の瞳がある。頬がこけて顔色の悪いガキだ。この世界の人々は彫りが深くて西洋人みたいな顔で、背が高く体格もよくて圧倒される。
エルヴェは中背で痩せぎすだ。もう少し筋肉が欲しい。
掃除を終えてしばらく待つと、ベルタン神官長が帰って来た。
「エルヴェ君、どうしたんだ」
「はい、お帰りなさいませ」
部屋の中をきれいで清浄な空気が流れる。
「ああ、部屋がキラキラと輝いているようだ」
ベルタン神官長は中年の男で可愛い少年にイタズラをするのが趣味だ。可愛い子がみな出払って、オレにお鉢が回って来たらしい。
だが、この美しい空気の中でそんな気持ちは吹き飛んだらしい。
「ああ、私は何という事を」とさめざめと涙を流した。
部屋だけでなく男の心も浄化したようだ。お礼にお小遣いを貰ったのはありがたかった。銅貨1枚って日本円にしていくら位だ?
「という訳で、ベルタン神官長がすっかり改心してしまったんだが、どう思う?」
ユベールに聞くと「ありますね」と真面目な返事をする。
「あるのか?」
「この部屋も清浄な空気が流れていて嫌ですね」
「嫌なのか?」
「はい、生き辛いですね」
生き辛いとか、どういう人生を送って来たのか。
「エルヴェ様もとても辛い、死にたいといつも仰っておいででした」
「エルヴェが?」
「はい、お母様の所に逝きたいと、言ってましたね」
ユベールはそう言って、天井近くの明り取りの窓の方を見る。
こいつも死にたいのだろうか。
「お前は、ユベールはどうなんだ?」
「は?」
「死にたいのか?」
「そんな事はありませんね。エルヴェ様もいらっしゃいますし」
「そうか」
死んだのがエルヴェか、オレがエルヴェか、こんがらがって訳が分からなくなりそうだ。
落ち着けオレ、部屋ではリラックス出来た方がいいかもしれない。気分ゆったり『リラックス』と祈ってみる。
部屋がほんわりと生温い空気で覆われた。
『リラックス』を覚えました。
「うわっ、何ですかこれは?」
ユベールはびっくりして「失礼します」と出て行った。
「あいつは小心なのか? 怖がりなのか? いや、用心深いんだろうか」
オレの部屋だけきれいだから辛いんだろうか。なら、他もきれいにすればいい。
それからオレは神殿の中を行く先々できれいにした。これも魔法の練習と思えばいい。チート体質だからレベルもどんどん上がるだろう。
澱んだ空気の所に長く住むと、きっと身体にも心にもよくない筈だ。
でもまあ、そういうものはゆっくりじわじわと浸透するものだから、オレもじわじわきれいにしていくか。いきなりだとユベールみたいにびっくりするだろう。
途端にキラキラと光が舞い、その辺りがきれいになった。
「お前、『クリーン』出来たの?」
誰かが聞いたので「この前覚えた」と答えた。
どうも、エルヴェは出来なかったらしい。逆に何で出来ないの? と聞きたいくらいだけれど。もしかして誰も教えなかったのかな。
終わる頃には足がへたれて、ここを出る為にはもっと自分を鍛えないと無理だと思った。
「エルヴェは『クリーン』が出来なかったのか?」
オレの護衛は朝と夜の祈りを終えた後ぐらいしか来ない。
「さあ、私は知りませんでした」
ユベールはこともなげに答えた。
「お前、エルヴェの護衛じゃないのか?」
「そうですが、司祭様や神官様に用事を頼まれると嫌とは言えないのです」
どういう事だ。
「一応聞くがお前の賃金……、手当というか報酬というか、それはどこから出ているんだ?」
「エルヴェ様から出ております」
ユベールは当然のように答える。それは建前だろう、エルヴェには払えるようなお金などない筈だ。神殿はエルヴェに何も支払っていないし、彼は小銭しか持っていなかった。
「私の身分は神殿従騎士で、エルヴェ様付きです」
「それはほとんど、ただ同然で使われているという事か?」
「従騎士はそんなものです。ここは食事と寝る場所が与えられていますから」
つまり、神殿はユベールの給料もケチっているのだ。
腹が立つというか、虚しいというか、悔しいというか、様々な負の感情が渦巻いている。この心の闇みたいなものは、どうすれば消えるのだろう。
『浄化』を覚えました。
こんな事でも魔法を覚えるのか。
まあいいか、『浄化』を唱えれば心が軽くなったような気がする。
傍らに居た男もぱちぱちと瞬きをしている。
***
こちらに来て10日目。その日はベルタン神官長の手伝いに行った。
このサン=シモン大神殿には、頂点に司教がいて、その下に司祭が4人、神官長が6人いるという。ベルタン神官長はそのひとりで、派閥的には中立らしい。
まあ、オレがやらされるのは掃除とか部屋の整理とかだ。
神官長だけあって広い部屋がふたつにおまけの執務室、トイレもお風呂もキッチンもダイニングもある。
こんな広い部屋をオレひとりで掃除させるとか、虐めか嫌味か、はたまた陰謀か?
しかしオレには選択肢は無い。
『ライト』
部屋を明るくして、ホウキやら雑巾も使って徹底的にきれいにする。
仕上げは清浄魔法だ。くらえ!
『クリーン』『浄化』
オレの部屋には鏡が無いが、この神官の部屋には鏡があって、オレは初めて自分の転生後の姿をはっきり確認した。
真っ直ぐの黒髪をもっさりと伸ばして、長い前髪の向こうに紫色の瞳がある。頬がこけて顔色の悪いガキだ。この世界の人々は彫りが深くて西洋人みたいな顔で、背が高く体格もよくて圧倒される。
エルヴェは中背で痩せぎすだ。もう少し筋肉が欲しい。
掃除を終えてしばらく待つと、ベルタン神官長が帰って来た。
「エルヴェ君、どうしたんだ」
「はい、お帰りなさいませ」
部屋の中をきれいで清浄な空気が流れる。
「ああ、部屋がキラキラと輝いているようだ」
ベルタン神官長は中年の男で可愛い少年にイタズラをするのが趣味だ。可愛い子がみな出払って、オレにお鉢が回って来たらしい。
だが、この美しい空気の中でそんな気持ちは吹き飛んだらしい。
「ああ、私は何という事を」とさめざめと涙を流した。
部屋だけでなく男の心も浄化したようだ。お礼にお小遣いを貰ったのはありがたかった。銅貨1枚って日本円にしていくら位だ?
「という訳で、ベルタン神官長がすっかり改心してしまったんだが、どう思う?」
ユベールに聞くと「ありますね」と真面目な返事をする。
「あるのか?」
「この部屋も清浄な空気が流れていて嫌ですね」
「嫌なのか?」
「はい、生き辛いですね」
生き辛いとか、どういう人生を送って来たのか。
「エルヴェ様もとても辛い、死にたいといつも仰っておいででした」
「エルヴェが?」
「はい、お母様の所に逝きたいと、言ってましたね」
ユベールはそう言って、天井近くの明り取りの窓の方を見る。
こいつも死にたいのだろうか。
「お前は、ユベールはどうなんだ?」
「は?」
「死にたいのか?」
「そんな事はありませんね。エルヴェ様もいらっしゃいますし」
「そうか」
死んだのがエルヴェか、オレがエルヴェか、こんがらがって訳が分からなくなりそうだ。
落ち着けオレ、部屋ではリラックス出来た方がいいかもしれない。気分ゆったり『リラックス』と祈ってみる。
部屋がほんわりと生温い空気で覆われた。
『リラックス』を覚えました。
「うわっ、何ですかこれは?」
ユベールはびっくりして「失礼します」と出て行った。
「あいつは小心なのか? 怖がりなのか? いや、用心深いんだろうか」
オレの部屋だけきれいだから辛いんだろうか。なら、他もきれいにすればいい。
それからオレは神殿の中を行く先々できれいにした。これも魔法の練習と思えばいい。チート体質だからレベルもどんどん上がるだろう。
澱んだ空気の所に長く住むと、きっと身体にも心にもよくない筈だ。
でもまあ、そういうものはゆっくりじわじわと浸透するものだから、オレもじわじわきれいにしていくか。いきなりだとユベールみたいにびっくりするだろう。
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