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番外編 あの世トラブルツアー 

二話

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 俺とアロウは渡邊さんのいる日本支局まで出向いて来ていたので、渡邊のおばあちゃんがサインした書類を日本支局の局長に提出していると、仕事を終えたロクが帰ってきた。
「ありがとう」とお客を紹介してくれたロクにお礼を言うと「ねえねえ、どうなったの?」と聞いてくる。
「こちらの渡邊さんの会いたい人は冥界にいるので、冥界に行くことになったんだ」
 俺がそう答えるとロクは瞳を輝かせた。
「あっらー。それならアタシも一緒に行きたいわー。昔の仲間にも会いたいし~」
 そしてアロウに向かって「いいでしょ、ヴァルファ様」と聞いている。
 いいんだろうか。大体死神の仕事はどうするのかな。アロウは別にいけないとも言わないけれど。

 しかし、日本支局の人たちはアロウが局長を辞めたのを知らないみたいで、揉み手をして「どうぞ、どうぞ」とロクも一緒に送り出してくれたんだ。
 ロクがおばあちゃんの手を取り、俺たちはその近所にある神社の冥界の入り口へ行った。

「ここから入るのか?」
 アロウとロクが連れて行ったのは、神社の裏手にある何の変哲もない古井戸である。こんな所が冥界と繋がっていて誤って落ちたらどうなるんだろう。
「あらー、大丈夫よおー。異次元ですもの、こっちの人は来れないわー」
 そう言ってロクが俺の背中をバンバン叩いた。鬼よりマシだがやっぱり痛い。
「降りるぞ」とアロウ。
「怖くないわよ。大丈夫」とロクが俺とおばあちゃんに言う。俺はコクンと唾を飲み込んでアロウの後から井戸の中に飛び降りた。

 井戸の中をまるで滑り台の上を滑るように降りて、ふんわりと底に着地した。
 底は広間になっていて、体格のよい馬面の鬼が数人いた。アロウを見て最敬礼をする。アロウは軽く頷いて通っていくんだけれど、その姿が段々と鬼に変わっていったんだ。角が生えて、牙が生えて、瞳が赤くなって、いつものアロウより少し背も高くてガタイもよい感じ。ここはもう冥界なのかな。

「きゃあ!!」
 後ろでおばあさんがロクを見て悲鳴を上げている。いきなり一つ目の大きな赤い鬼になったら驚くよな。
「大丈夫ですよ、渡邊さん。それはロクの本来の姿です。その鬼はとっても優しくて親切な鬼だから」

 俺が説明すると渡邊のおばあちゃんは鬼のロクを恐々見上げた。ロクがにっこり笑ってみせるとホウッと溜め息を吐いて頭を下げた。
「ごめんなさいね、ロクちゃんっていうの? 私はびっくりしたもので」
「いいのよー、渡邊さん」
 さすがにロクは、おばあちゃんがあまりに小さくてか弱そうなので、背中をバンバンとはしなかった。
 代わりに長い爪の生えた小指を出して「しっかり掴まっていてね」とにっこり笑いかける。
 その爪には相変わらず綺麗にマニキュアがしてあって、ピンクの花柄が描かれている。おばあちゃんは鬼の爪を見て少し笑って、その指に掴まった。
「とても綺麗なマニキュアだわ」


 しばらく行くと前よりうんと広いところに出た。
 大理石らしいピカピカに磨かれた柱は真っ黒で天井に向かってグーンと伸び、床には一面、白い小花が咲き乱れていた。天井は高くて黒っぽい雲で覆われている。光源は何なのか、暗くはない。どうなっているんだろう。

 アロウの叔父さんのヤヴンさんには会わなかった。
 どこにいるのか分からないけど、ここだけでもかなり広い感じだし、天帝みたいに宮殿のようなところに住んでいるのかな。
 あちこちに、冥界に来た死人の魂が並んで列を作っている。
「天界よりも人が多い感じだね」
「あちらはすぐに高みに行ける人が多いのよね。まあ、ちょっとばかりこちらに来る人の方が多いんだけどー」と、ロクが説明する。
 並んでいる魂の先に川があって、岸に船がたくさん並んでいる。鬼が死神の持っていた丸い懐中時計と同じような機械を手に、やって来た魂にどの船に乗るか指図している。
 アロウはその鬼の一人を捉まえて、渡邊さんの初恋の相手の行方を聞いた。鬼が恐縮して答えている。
 何だか鬼っていっても、力持ちなだけの普通の官吏って感じなんだけど。

「あっらー、人間や天使と同じでいろんな鬼がいるわよー」
「そうなのか。鬼は顔も怖げだし、力も強いから怖いかな」
「あっらー、天使のほうが飛べるから怖いわよー」
「そうなのか?」
 船に乗っていくかと思ったが、アロウはそのまま飛び上がった。俺も慌てて追いかける。
 ロクは渡邊さんを横に抱えて飛び上がった。他の鬼が少し羨ましそうに見ているのを見て、ロクはにっと笑って俺にピースサインを寄越した。
 空を飛ぶことは、鬼にとってステータスなのか。
 冥界の川は真っ暗で、その上を船が何隻も渡って行く。川は先で幾つにも別れ、船はそれぞれ違う岸辺に着くようになっていた。
 川を渡った向こう岸にも、一面、白い小花が咲き乱れている。
「情操教育の一環として植えられているのー」とロクが説明してくれた。
 ロクって本当に親切だよな。アロウにこの半分くらい何か言って欲しいとか思うのは、俺の我が儘で贅沢なんだろうか。


 川を渡って一つの岸に着く手前で、アロウが立ち止まった。誰かが向こうからやって来る。
 銀の長い髪はアロウと同じ。角があって、牙があって、瞳が赤くて、アロウとよく似ているけれどアロウの方が綺麗だとか、整っているとか、カッコいいとか思うのは惚れた欲目だろうか。
「よう、何しに来た」と、これはその鬼の後ろから付いて来た見知った顔が言った。ウキンは冥界にいてもウキンのままだった。黒い長い髪と切れ長の瞳、赤い唇が色っぽい。アロウの兄貴らしき鬼の後ろで腕を組んでニンヤリと笑っている。

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