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四章 転生者七斗

二話

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 寝不足で迎えた次の日の朝、アロウは言ったんだ。
「しばらく出かけてくる」
「え……、何処に」
 アロウは俺の問いには答えずに、ウキンを頼むと言って出て行った。
 一人で行くのか? 俺を置いて。
「あれ、もう出たのか。せっかちな奴だな」
 置いてきぼりにされた俺の後ろから、長い黒髪を九朗と同じように手でさばきながらあくび交じりにウキンが言った。
 こんな奴を置いてゆくのか!?
 いや、コイツとアロウが一緒に行くのとどっちがマシなんだろう。

 結局その日はウキンを連れて地区管理局に出勤した。
 最近はずっとアロウと一緒だった。出張のときも必ず連れて行ってもらった。なのに何故アロウはこいつが来た途端、一人で慌てて何処かに行ったんだろう。
 訳が知りたい。こんな所でこんな奴の顔を見ながら悶々と悩むのは嫌だ。

「うっふっふ。お前って、なあーんにも知らないんだ」
 変な所で伸ばすな。
「知らなくて悪かったな」
「悪くはないよ。ただちょっと可哀想かなって」
 ああ可哀想だよ。お前みたいな奴を残されてさ。
「お茶が飲みたいな。シュベルティーにニゲラの花びらを浮かべて」
 何処にあるんだよ、そんなもん。
「普通のお茶でいいか?」
「シュベルティーも無いのか? まったく地上は……」
 うるさい奴だな。大体九朗と同じ仕事をしているんだったら、忙しそうに飛び回っていなけりゃいけないのに。

 給湯室に行くと、例によって例の如くお茶引き連中が管を巻いていた。
「ヴァルファ様はお一人で行かれたそうよ」
「じゃあこれで、あの馬の骨もどこかに飛ばされるかしら」
「ここに居ても、もうお側には居られなくなるわよ」
 そうしてお茶挽き連中はにんまりと顔を見合わせたんだ。一体どういうことだろう。連中を無視してさっさとお茶を入れて部屋に戻った。九朗によく似た男は所在なげにソファに座っていたが、俺がお茶を出すとニヤリと顔を歪めた。

 何だか少し無理をしているみたいだ。ウキンは九朗より幾分線が細い感じ。
 そういえば同期のロクが言ってたよな、アロウは焼きもち焼きだって。俺とコイツを残して行ったってことは、コイツって男同士の場合、俺と同じ役目をするのかな。アロウがまだ俺に飽きていないのであれば。
「お前がさ、そこでのほほんとしているのを見ると腹が立つんだよね。だってそうじゃないか。俺がこんなに悩んでいるのに、ヴァルファはお前みたいなの見つけてイチャイチャと楽しそうにこの世の春を謳歌しちゃってるんだもんね」
 その唇に意地悪な微笑を浮かべ、ウキンはソファから立ち上がった。

「だからいい事を教えてやるよ」
 何だか聞きたくない。
「ヴァルファたちは名門の出だから、それなりに跡継ぎが要るわけさ。だけど、今んところ、跡継ぎが居ないんだ。だから、名門の血が絶えるって外野が五月蝿くてさ」
 お家騒動か?
「でも、何であんたはここに居るんだ?」
「アイツが嫌になったから、逃げてきたんだよ」
 コイツの恋人はもしかしてアロウの兄貴……?

 ロクは鬼は適当にそこら辺の女を攫って来て子供を作るとか言っていたけど、それさえも許せないってコイツは思っているんだろうか。ものすごく愛しているんだろうか。
 俺はどうなんだろう。そこまでアロウを愛しているのかな。

 俺は死神になりたかった。それは──。
 多分アロウを好きになったからで、でも俺はアロウとの出会いを忘れてしまっているから、それがどんなに些細で取るに足りない出来事かも知れなくても、その事が俺の心を不安にし、自信を無くさせる。
「何だか平然としているな。ヴァルファのことはどうでもいいんだ。あいつが何をしようと、誰と跡継ぎを作ろうと……」
「……」
 平気な訳はない。この前だってとても苦しかった。ただそれは俺の思い過ごしだっただけなんだけど、もし目の前で浮気とかされたら俺は──。

「ここに居ても面白くないな。おい、どこか繰り出そうぜ」
 ウキンは俺の腕を掴むと、そのまま地区管理局を飛び出した。外はにぎやかな香港の街。一体コイツ何処に行く気だ。

 地区管理局は香港島の高いビル群の一つにある。間近に低い山があってそこから見る夜景は素晴らしいそうだが、まだゆっくり見たことはない。
 ウキンは海を渡って九龍の街に降り立った。高いビルの下には小さな店がひしめき、狭い道路を二階建てバスやたくさんの車が走り、路は大勢の人で溢れかえっている。
 ウキンは路の真ん中に暫らく佇んだ。でも誰も気が付かないで通り過ぎてゆく。色とりどりの絵の具をごちゃ混ぜにしたような賑やかな喧騒の中、そこだけぽつんと色を抜き取ったかのようなモノクロの世界。見知らぬ人の海の中、孤独を嫌というほど感じた。

 アロウ……、何であんたはここに居ない──。
 あんたと出会ってから俺は、ひとりぽっちじゃ寂しいよ。いつも一緒に居たいよ。でも俺は、思いを積み重ねていったその根っこの部分がないから、土台がないから、心がぐらぐらで何かがあるとこんなに揺れ動く。不安で──。

 そこに佇んでいたウキンはいきなりその雑踏の中を歩き出した。俺は慌てて後を追いかける。
 人は気が付かないといってもそこは何かを感じるらしく、ウキンの周りも俺の周りも少しばかり避けて通るようだ。そんな風に無意識にでも避けられると、自分がこの世の者じゃなくなって、しかも人の忌み嫌う者になったんだってことをしみじみと感じる。

 そういえば天国に行く事が人として一番幸せなことなんだって誰か言っていなかったか? でも俺はそいつの言うことを振り切ってでも死神になりたかったんだ。
 それは──、それは──、それは──。
 ああ、思い出しそうで、思い出せない。もうちょっと、もうちょっとなのに……。

 悔しい思いを噛み締めながらウキンの後を追いかける。コレだけ思い出したんだから、きっともうすぐ思い出す筈だと自分に言い聞かせながら。

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