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二章 死神養成学校

五話

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 九朗までが訳の分からない名前になった。あまりの事に俺が呆然と九朗を見上げていると、バサと羽音が聞こえて天使のオセが逃げ出して行った。

「あの野郎、こんなトコまで追いかけてきたか」
 九朗が逃げた天使を見上げて、チッと舌打ちをする。
「お、お前、誰なんだ? 本当に九朗か? 今あいつ、フギムニンとか言わなかったか?」

 俺は殆んどパニックに陥ってぎゃあぎゃあと喚いた。九朗は俺を振り返り、黙って俺の前にしゃがんだ。切れ長の瞳が随分近くに来たと思ったらキスされていた。
「ふぎゃ! 何すんだ!」
 慌てて口を押さえてズルズルと後退りすると、にやりと笑ってチロと舌を出した。

「俺は九朗だよ」
「じゃあ、あいつが言ったのは誰の名前なんだ!? アロウだってヴァルファっていう変な名前だって言ってたぞ! どうなってるんだよ!」

 九朗は長い黒髪をファサと掻き上げて、めんどくさそうに俺に説明を始めた。
「アロウはミドルネームだ。親しい者しか知らないし呼ばせない。俺の九朗はアロウがつけたニックネームだ。アロウしか呼ばなかったが、お前も呼んでもいいぜ」

 俺は暫らく九朗の言った言葉を頭の中で反芻した。
 そうなのか──、親しい者しか呼ばせないのか!!!

 俺の頭の中をその言葉が教会のリンゴンという鐘の音と一緒に鳴り響く。
 九朗が腕を組んで立ち上がったので、黒い髪がばさりと落ちた。途端に天使の羽音が甦る。

「あいつは、オセは何でアロウのことを知っているんだ?」
「今の天使か? あいつは楽園の作業員だ。まあ庄屋のどら息子みたいなものだな。天使にはミーハーな奴が割と多いからな。アロウが魂を天国に送って行くとキャラキャラと騒いでいたな」

 庄屋のどら息子…? 天国って一体どういう所なんだ……?
 俺はその場に座り込んだまま、九朗の言う天国を想像しようとしたが思い浮かばない。

「どうせお前を送る時も、天国に行くのが嫌さにお前をからかって遊んだんだろう」
「お、俺はからかわれていたのか!?」
「そりゃあ、あいつは遊びでも、あいつと寝た奴は遊びじゃすまないからな」

 俺の心はまたドヨンと地面に減り込んだ。九朗の言葉に一喜一憂している俺がいる。アロウの事も、九朗の事も、ここの事も、何もかもが訳の分からない混沌とした世界になってしまった。

 アロウは遊びでも俺は遊びどころか本気になって、はるばるこんな所までアロウを追いかけて来た訳で。しかもこんな風に追いかけてきたのは俺だけじゃなくて……。アロウはあっちこっちでそんな事をしているのかな。

「それで、あの時アロウと寝たら大変な事になるって言ったのか……?」
「大変なことになっただろう」

 九朗は当然という風に顔を反らせて言うけれども、そうだろうか? 死神養成学校があると言ったのは九朗じゃないか。九朗が言わなきゃ、俺は知らずに天国に行ってた訳で──。

 あ……、何か余計に減り込んできた。

「大体、魂を実体化させることくらい、あいつには何でもないことなんだぞ。ちょっと魂に意識を集中させればいいだけで」
「な、何だって……!!」
 俺の頭の中にあれは嘘だといったアロウの言葉が蘇った。

 そんな、そんな、そんな──!!!
「オイ、死ぬなよ。先はまだ長いぞ」
 打ちのめされてぐったりした俺に、九朗が上から慰めにも励ましにもならない台詞を吐いた。

 コイツは───!!!
 一体どういうつもりなのか、誰の味方なのか分からない九朗の言い草に、俺の心はいちいち舞い上がったり減り込んだりする。

「お前が考えているより、あいつは全然単純だぞ」
「えっ……!? どういう意味だ?」
「さて、助けてやったし、随分質問にも答えてやったし、元を取るぞ」
 九朗はまた俺の側にしゃがみ手を伸ばしてきた。

「えっ!! ちょっと待て!」
 こんなところで…、いや、そうじゃなくて……。ジタバタする俺を捕まえて、お構い無しに押し倒そうとする。

 しかしその時、バサバサと羽音が聞こえて、逃げた筈の天使がまた現れた。
「何という奴だ。許せん!!」
 中空に留まりながら俺に指を突きつけて怒鳴った。

「お前なんか、お前なんかヴァルファ様に言いつけてやるー!」
 ヤクザな天使のガキっぽい言い草に、俺も九朗も呆れて見あげた。天使はそのままもう一度逃げ出した。

「気分が削がれたな」
 九朗は俺の手を引いて助け起こし、俺を横抱きにして、校舎の屋根からふんわりと地上に降りたんだ。
「死神になったら飛べるのか?」
 俺は気を紛らわせる為に思いついた事を聞いていた。

「上級コースで習うんじゃないか?」
「そういう言い方って……」
「俺もアロウと一緒に冥界から出て来た口だからな」
「…………」

 九朗はバサッと羽ばたいて行ってしまった。九朗とアロウのほうが長い付き合いのようで、九朗はアロウにくっ付きまわっていて、なのになんで俺に襲い掛かるんだ? 嫌がらせか? でも、ここを教えてくれたのは九朗で。飽和状態の俺の頭では、いくらグルグル考えても、まとまるどころか、かえってぐちゃぐちゃになった。


 ため息を吐きながら部屋に戻ると鬼のロクが待っていた。
「七斗~~!! 何処に行ってたの? 心配したのよ──!!」

 俺は抱き締められた鬼の腕の中から、チラと部屋の中にいる天使を見た。バチッと目が合う。

 突然、俺の心の中にむくむくと闘争心が湧き起こった。生前の俺なら、ここらで尻尾を巻いて逃げ出しているところだが、本当に俺の中身って度し難いほど無鉄砲だ。負けるもんかと睨み付けた。


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