上 下
3 / 45
一章 死んだ俺と死神と

三話

しおりを挟む
 死神は仕事があるとかで、俺をアパートの屋根に残し、その銀色の長い髪をキラキラと翻らせて飛んで行った。

 ハッと気が付くと俺はまだ裸だ。いくら魂だと人間には見えないといっても、これでは嫌だが。
「おーい! 服をくれ───!」
 と俺は叫んでみたが、どうせ聞こえないだろうと思っていた。
 しかし、どこからか服が飛んで来て俺の体に巻きついた。あの死神が着ていたやつによく似た紺の上下に上着だ。後からポンポンと靴が俺の頭に落ちてくる。

「いてっ、あいつ……」
 ぶつぶつ文句を言いながら編み上げみたいなその靴を履く。足元にもう一つ、何かが落ちていた。
 拾い上げるとそれは魂が見えるという例の鏡だった。

 覗いて見ると、生前の俺とは似ても似つかぬ、サラサラとした茶色の髪に色白で小顔の美しい瞳をした男が映っていた。体つきも細くてしかも手足が長い。生前の俺がこの容貌だったら、さぞや女にもてただろう。

 まあ、死んでしまった今となっては仕方が無い。それより生きている麻里子だ。


 俺は田舎に帰った時とんでもない物を見たんだ。それを知らせて、麻里子を幸せに出来なかった俺のせめてもの償いにしたい。

 気を取り直して顔を上げると、目の前に黒い鳥が舞い降りた。
 カラスだよな、どう見ても…。さっき飛んで行った奴だろうか。
 首を傾げて目の前に舞い降りた黒い鳥を見ていると、その黒い鳥も首を傾けて俺を見ていきなり喋った。

「オイ! お前。何で天国に行かない!?」
「ぎゃっ!! カラスが喋った!」
 俺が二歩も三歩も引くと、カラスは「あほう!」と鳴いてばさばさと羽を羽ばたかせた。カラスの影がずーと伸びて像を結ぶ。

 カラスは何と一人の男の姿になった。俺はびっくりして腰を抜かしたまま男を見上げる。
 なかなか色っぽい男だ。濡れ羽色の長い髪に切れ長の黒い瞳。薄くて赤い唇。先程の死神といい勝負だ。このカラス男の方は玉虫色の上下の服に黒いガウンというか羽織のようなものを着ている。

 気圧されたような俺を見て、そいつは腕を組んでフフンと鼻で笑った。
「あ、あんたは…?」
「俺か? 俺も死神さ」
 当然のように男は言った。カラスと死神というのは、なかなか似つかわしいが……。

「し、死神というのはそんなに沢山いるのか……?」
「沢山じゃないが少しはいるな」
 黒髪の死神はそう答えてニッと笑い、髪の中に手を入れてバサッと揺らした。黒い羽が舞い落ちるような幻覚に一瞬見舞われる。

「それよりお前、何で天国に行かないんだ?」
 死神は先程の質問をもう一度蒸し返した。
「天国はいいぞ。あんな奴に騙されてないで、早いとこ成仏したらどうだ」
 騙されてって……、俺は騙されたのか?

 黒い死神はそう言うが、さっきは本当に実体化したんじゃないか。麻里子も俺を見てくれたし。外見が変わってしまったのは仕方が無いが、俺は麻里子に言いたい事があるんだ。それを言うまでは死んでも死に切れない。

 しかし黒い死神はキッと俺を見据え、指を突きつけて銀の獅子人形のことを罵りだした。
「あいつはホモなんだ。男が好きなんだ。だから、なんのかんのと旨く誘って騙して乗っかろうとするんだぞ!」
 ホモじゃなければ男に乗っかったりはしたくないだろうし、銀の死神に縋ったのはこっちの方だが……。

 カラスの死神はお構い無しに銀の死神の悪口を続ける。
「特にお前みたいな美味そうな魂の奴は、旨く話を持ちかけて散々に食われて──」
 放って置けばどこまでも続きそうな黒い死神の悪口は、しかし、どこからともなく響いた美声によって遮られた。

「……九朗!」
「ゲッ!」
 突然黒い死神は俺の後ろを見て声を詰まらせた。振り向くと後ろに先程の獅子人形の死神が立っている。

 カラスの死神はパッと飛び上がってカラスになると、
「おい、お前。嘘じゃないぞ!」と念を押して飛び去って行った。
 バサバサと飛んで行く黒いカラスを、呆気に取られて見送ってから獅子人形を振り返る。

 銀色の長い髪。美しい紫水晶の瞳。見事に整った容貌の死神は、相変わらず無表情に俺を見ている。
「どうする?」
 俺はその顔に釣られて関係ない事を聞いていた。
「あんたの名前は……?」

 銀色の死神はその眩い顔を俺に向けて、
「私の名前が何の関係があるのか知らんが……」
 この上ない美声で囁いた。
「私はアロウという」

 これ以上ないほど美しい顔。銀色の髪が靡いて俺の頬を掠めた。間近にある濃い紫の瞳の中に、生前の俺とはまったく違う綺麗な青年の顔が映っている。
 しかし、こいつに食われたら一体どうなるというんだ…?


 * * *


「おや、客人のようだな」
 銀の獅子人形の死神アロウが、アパートの屋根の上から下を覗き込んで言う。

 俺も下を見たが、俺には麻里子の部屋を見透かすことは出来ない。死神は俺を引き寄せて小脇に抱え、麻里子の部屋に飛び降りた。
 死神というのは死人にとってはいい匂いがするんだろうか。抱きかかえられると惹き込まれそうになって、軽い眩暈に襲われる。

 麻里子の寝室から居間を覗くと男が一人来ていた。俺より少し上ぐらいか、どこかで会ったような顔だが。それもつい最近──。
 俺が思い出そうとしていると、部屋のチャイムが鳴って又客が現れた。こちらは三十前くらいの眼鏡をかけた男で、この男にも会ったような気がする。

 しかし麻里子は俺が死んだばっかりなのにもう二人も男を作って……。俺がそう思っていると死神のアロウが言った。
「お前が死んで、もう三ヶ月が経っている」

「何でだよ」
「外形が違うと死んだときに散って、魂が形を結ぶのに時間がかかる」
 そうなのか。外形と中身が違いすぎて、殻が無くなったときに魂が飛び散ったのか? 途方もない話だが俺はもう何でも来いな気分だった。

 生前の俺は小心で度胸なんかない男だった。人間切羽詰るとクソ度胸が付くものだろうか。それとも色々な事があり過ぎて神経が麻痺してしまったのだろうか。
 そんなモノがまだ俺にあるのなら。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】義弟を愛でていたらみんなの様子がおかしい

ちゃちゃ
BL
幼い頃に馬車の事故で両親が亡くなったレイフォードは父の従兄弟に当たるフィールディング侯爵家に引き取られることになる。 実の子のように愛され育てられたレイフォードに弟(クロード)が出来る。 クロードが産まれたその瞬間からレイフォードは超絶ブラコンへと変貌してしまう。 「クロードは僕が守るからね!」 「うんお兄様、大好き!(はぁ〜今日もオレのお兄様は可愛い)」 ブラコン過ぎて弟の前でだけは様子がおかしくなるレイフォードと、そんなレイフォードを見守るたまに様子のおかしい周りの人たち。 知らぬは主人公のみ。 本編は21話で完結です。 その後の話や番外編を投稿します。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

発情期がはじまったらαの兄に子作りセッされた話

よしゆき
BL
αの兄と二人で生活を送っているΩの弟。密かに兄に恋心を抱く弟が兄の留守中に発情期を迎え、一人で乗り切ろうとしていたら兄が帰ってきてめちゃくちゃにされる話。

僕の大好きな旦那様は後悔する

小町
BL
バッドエンドです! 攻めのことが大好きな受けと政略結婚だから、と割り切り受けの愛を迷惑と感じる攻めのもだもだと、最終的に受けが死ぬことによって段々と攻めが後悔してくるお話です!拙作ですがよろしくお願いします!! 暗い話にするはずが、コメディぽくなってしまいました、、、。

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜

ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。 彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。 誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。 君は、どうしていつも泣いているのと………。 ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。 表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。 タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。 そして………タナトスはみてしまった。 自殺をしようとするルミナスの姿を………。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

婚約破棄されたら囚われた

たなぱ
BL
卒業パーティーで婚約破棄された やっと自分の居場所ができると思ったのに… 相手は第二王子、おれは公爵家の嫡男、だが幼くして母を無くし、父は再婚、義理の弟が公爵家を継ぐ… 一滴も公爵家の令嬢であった母の血を引かない義弟が、おれは父と再婚した母にとって邪魔でしかない存在 そんなおれでも第二王子との婚約が決まり、この国を良くしていくそう思っていたのに… 誰からも必要とされてないおれはどうしたらいい?誰でもいいから必要としてくれ… そう願ったおれは、囚われた 前中後編 呪われた王子×不憫悪役令息

処理中です...