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二話 黄金の魔女
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しおりを挟むミュンデ伯領には黄金の魔女がいる。
その美貌、その実力、その魔力、並ぶ者がないという。
ところが最近、黄金の魔女は婚姻した。
相手は女にも見紛う容貌の冒険者だという。
二人はとても仲睦まじく、今日も今日とて……、
喧嘩していた。
「私は魔女、トレントの魔女改め黄金の魔女。
この流れる黄金の髪を見よ。うっふっふ」
「気持ち悪いな」
セルジュの家の居間の隣にある客間を改装した調合室兼製薬室である。
ふたりはのんびり内職の回復薬他の薬作りをしていた。
きびきびと正確に動くセルジュのお陰で内職ははかどっている。
「ねえセルジュ、美人は三日で飽きると言うわね」
大抵どこか違う方向に行ってしまうのは、ユーディトの所為だ。
今日もその猫の様な瞳をきらめかせて、セルジュにつんつんとおせっかいの手を伸ばす。
「飽きたか、もう飽きたか!!」
セルジュが上から怖い顔で見下ろす。
ユーディトはセルジュを下から見上げて、
「ねえ、どうしてそんなに綺麗なの?」にいっと笑う。
「それなのに、そんな凶悪なモノを持っているなんて。詐欺だわ」
少し唇を尖らせた。
「何か言ったか?」
タンと片手をユーディトの側について、セルジュは顔を覗き込んだ。
「発情しているのか?」
「別に、ちょっとキスしてみたいなと──」
その途端、セルジュはユーディトを抱き上げて階段を駆け上がる。
「たくさん可愛がってやる」
「うれしい」
ベッドに二人でダイブしてイチャイチャを始めた。
いや、すみません。やっぱし仲睦まじく。
アツアツの夫婦だった。
⑅ ⑅ ⑅ ⑅ ⑅ ⑅
ミュンデ伯の領地の隣に、小さな男爵家の領地がある。
ユーディトは魔女の仕事として、今日その男爵子息イアサント・グレミヨンに会いに行っている。
イアサントは顔はいい。面長で金の巻き毛に緑の瞳の19歳の男だった。
グレミヨン男爵の長男で独身である。
「ミュンデ伯に聞いて、来てもらったのだ」
「はい。私が魔女ユーディトですわ」
ユーディトは軽くスカート摘まみ挨拶をする。
「何と美しい」
「お話を伺いましょう」
「まあ良いではないか。茶でも酒でも」
どうもイアサントは魔女の美貌に目が眩んでしまったようである。
「私の旦那様が一緒に来ておりますので、手短にお願いしますわ」
「何と、魔女でも結婚するのか」
「当たり前ですわ」
当たり前かどうかユーディトは知らない。
他の魔女がどうしているかなんて知らないのだ。
魔女同士は疎遠である。近くにも住まない。この国に何人いるのだろう。十指に満たない位だろうか。
魔女はその誰かが死ぬ何年か前に、ひょっこり現れるらしい。圧倒的な魔力と共に。そんなに魔力を持つものは、魔族か魔女しかいないのだ。
魔女が出たら家族は魔女の所に連れて行くか、ギルドに連れて行くかだ。
決して権力者や教会や王城には連れて行かない。パワーバランスが崩れて大きな戦になった事があるからだ。馬鹿はどこにもいる。
先代の魔女はそのことをこんこんとユーディトに言い聞かせた。
魔女は孤独で自由。おのれの人生に責任を持ってひとりで生きて行く。
まあユーディトの場合、結婚したのは仕方がない。
魔女なのに美しすぎてしかも気安いものだから、依頼者がその美貌にだまくらかされて、いや、魅せられて悉く言い寄って来る。
セルジュは防波堤の筈だった。
「では仕方がないな。私は私の左手の小指で結ばれた、運命の赤い糸の恋人を探しているのだ」
「さようですか」
「うむ、きさま冷たいな」
「あら、何処がでございましょう。どこもかしこもアツアツでございますわ。今朝も……モゴ」
『余計なこと言うな』
連れて来た侍女が小さな声で囁く。これはユーディトの夫セルジュだ。侍女に化けてついて来てもらったのだ。何もしゃべらない約束であったが。
だってこのグレミヨン男爵家の跡取りは、よからぬ噂があるから。女たらしとか、婚約破棄を繰り返しているとか。
来てみて分かったがイアサントはやはり惚れっぽいように思う。
「コホン。それでその赤い糸の運命の相手というのを探して欲しいと?」
ユーディトが仕切り直す。まったく、ちょっとぐらい惚気を言ってもいいではないか。まあ、独り者にはきついかもしれないが。
「そうだ。この世界にはいないかもしれぬ。それでお前に召喚して欲しいのだ」
「魔女ならば出来るはずでございましょう」
お付きの取り澄ました侍従が言う。
こいつが悪知恵を授けたのだろうか。
ユーディトは胡乱な目で侍従を見た。
「分かりました。でも気に入らなくても知りませんよ。ちゃんと最後まで、面倒を見て下さいね。捨てたら神の裁きか悪魔の祟りが下りますよ」
「うむ、分かっている」
本当に分かっているのかしら、このトンチンカン。
(まあいいわ)
ユーディトは優秀な魔女だから召喚は出来るけれど、後は知らない。
基本魔女は猫気質。
ナニが来るか、お楽しみ。
イアサントはユーディトを客間に案内した。
「呼び出す場所はここでよろしいのですね?」
「ああ」
ユーディトはさっさと床に魔法陣を描いた。
「これで来るのか?」
簡単すぎる。こんなに簡単でいいのだろうかと、イアサントは少し不安になった。
「来ますわよ」
「ちゃんと私に似合う女だろうな」
念を押した。
「ピチピチのギャルをお届けしますわ」
何処の言葉だ。意味は何となく分かるがそんな言葉を聞いた事はない。
イアサントはますます不安になる。
「イアサント様。後はあなたのお気持ち次第ですわね。
期待に満ちているならば、期待に満ちあふれた者が、
不安な気持ちなら、不安がいっぱいなシロモノが、
疑問が一杯なら、疑問タプタプな者が、
嬉しさいっぱいなら、嬉しさルンルンな者が──」
そんなことを言われると余計にイアサントは不安になった。疑う気持ちがモクモクと湧き上がって、こんな気持ちで召喚を行ったら、何が来るというのだ。
「ま、待て、待ってくれ」
(この男は浮気っぽくて移り気だというしー)
「その分では、お止めになった方がいいですわね」
「う、うむ。しばらく考えてみる」
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