私は聖女ではありません。ただの【巻き込まれた異世界人】です。

拓海のり

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19 妖魔ヴリトラ

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 静かだった湖に波紋が広がる。湖賊が慌てている。小型船が逃げようとして右往左往してバラバラに散らばろうとした。
 だが遅かったのだ。突然、湖が盛り上がった。と、水飛沫が高く上がりザバーンと音がして何者かが湖の中から現れた。巻き込まれた船は耐えきれずに転覆して湖に沈んでいく。大きな波が押し寄せる。乗っている船が木の葉のように揺れる。

 波紋の中央から巨大な蛇が出現した。

 恐るべき妖魔である、重箱をひっくり返して現れた。
 本当に自分勝手だな。


「ぎゃあああーーー!!」
 菜々美は盛大な悲鳴を上げてエラルドにしがみ付いた。
「エラルド、蛇よ! いやいや、嫌い」
「ナナミ」
 船の甲板の上で抱き合ったまま蛇を見る。

 すううーーっと湖の上をすべるように蛇が近付く。尻尾が三日月湖と同じような軌跡を描く。

「ああ、ヴリトラ様」
 パウリーナは恍惚の表情を浮かべて蛇の前に進み出た。
 だが、進行方向に立ち塞がった女を見て、蛇はその大きな口を開け、ぱくりと飲み込んだのだ。パウリーナは血の一滴も残さずに蛇に飲み込まれてしまった。
「パウリーナ様!」
 叫んだのは護衛の誰か。蛇はパウリーナの後ろに居た者たちを顔でグイッと脇へ押しやった。彼らは驚いた顔のまま叫ぶ間もなく湖に落ちて行った。

「ぎゃああああーーー!! いやいやいや」
 あまりな光景であった。叫ぶことしか出来ない。

 エラルドが菜々美を庇って剣を抜く。ラーシュがエラルドを庇って剣を抜く。
 ヨエル様とクレータが獣化して前に進み出る。

 目の前に大きな蛇がいる。鎌首をもたげて高い位置から見下ろしている。
 蛇と目が合った。黄金の虹彩の中、細い縦長の瞳孔がぎょろりと菜々美を見る。二股に裂けた長い舌がチロチロと覗く。緑と黒の模様をした大きな蛇はシャーと口を開けると、二本の鋭い牙で襲い掛かった。

 牙を剣で弾くエラルド。ラーシュが剣で切りかかる。ヨエル様が獣化して角を振り上げる。クレータも獣化して腕を振って攻撃する。しかし揺れる船の上である。蛇は難なく攻撃を躱す。

「雷の精霊よ彼のものに落ちよ、裁きの雷撃!」
 エラルドが蛇に向けて放ったが瘴気に守られた蛇は身震いをした後、その身体をドーンとエラルドに倒して来た。弾かれてエラルドの手が菜々美から離れる。菜々美が手を伸ばしたが届かない。まるでコマ送りでも見るように湖に落ちて行った。

「いやあああーーー!!! エラルド! エラルド!」
「エラルド様!」
 蛇は立て続けに身体をドーンと倒した。そしてラーシュが飛ばされ、ヨエル様が飛ばされ、クレータが弾かれて湖へと落ちて行った。

「あああああああ!!! いやあああーーー!!!」
 菜々美は思いっきり悲鳴を上げた。

 蛇は菜々美に向かって来る。口を開いた。鋭い二本の牙、長い舌が菜々美を巻き取ろうと伸びて来る。

「何すんの!! 寄るな、触るな、あっち行け、来るなぁぁぁーーー!!」

 それは拒絶感満載の心の叫びだった。菜々美の身体からゴウッと空気の渦が巻いてサイクロンのようにぐるぐると広がっていく。周りに居た者は一人の例外もなく一つの例外もなく皆吹っ飛ばされ、弾け飛ばされ、すべてのものは湖に落ちて行った。

 それは、まことに恐ろしい巻き込みの威力であった。そして放った菜々美も例外ではなく湖に落ちて行った。

 湖は全てを飲み込むと静まり返った。


  * * *

「ん、ここは何処でしょうか?」
 クレータは湖に弾き飛ばされた。それが気が付いてみれば冷たいグレーがかった水色の床に転がっている。身体のどこにも怪我は無いようだが。

「クレータ、気が付いたか」
「ヨエル様、ご無事ですか」

 近くに金色の髪のヨエル様が身を起こして辺りを見回していた。
「うむ、余は無事じゃ。ナナミの結界が非常に強力であった。そなたも大事ないか」
「は、はい。大丈夫でございます」
 菜々美様はすごいお方である。あの方のお陰でクレータは妖精になり、人型になり、名前まで手に入れた。だがその大恩人の姿はこの辺りには無かった。気配も感じない。

 ヨエル様はすっくと立ち上がると辺りを見回す。
 薄い青紫に薄灰色を適当に流し込んだような色の柱が何本も立った大広間だ。
「ここはサーペントのルイーセの宮殿じゃが瘴気が満ちておるのう」
「サーペントのルイーセ様」
 クレータの頭にルイーセの情報がずらずらと並べられる。


 大湖に大昔から棲まうのがルイーセたちサーペント族であった。その性質極めて横暴、一族で権力争いを繰り返し、大湖は氾濫を繰り返し、とうとう諸共に滅びるまでになった。難を逃れたのが穏健派の中でも争いを好まないルイーセの一族であった。
 一族は大湖に留まれず流浪の旅に出ていたが、他国の水に馴染めず親兄弟は次々に斃れ、ルイーセただ一人となってしまった。せめて一族の湖で死にたいと願い戻ってみれば、大湖は荒れ放題であった。
 湖を清掃し、川の流れを整え、魔魚を放逐し、魚が住まうようにした。ボロボロの宮殿を再興し、湖の精霊と対話するうちに神の啓示に触れ、妖精となってこの湖を守る存在となった。静かなる大湖の誕生であった。


 だが今その宮殿内には瘴気が満ち満ちている。
「この瘴気はあの蛇のものでございますね」
「そのようじゃ、近くにルイーセの気配がする。かなり弱っている様じゃ」
「まあ大変でございます。すぐに参りましょう」
 二人はルイーセの許に急いだ。

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