上 下
5 / 37

05 釣りは女の嗜みよ

しおりを挟む

 エラルドは澱んだ水辺から少し離れた乾いた場所にテントを張った。そして水辺の近くに行って言う。
「シャワーを浴びるか?」
「え?」
 エラルドは服を脱ぎ始めている。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 何か遮るものを──、【アイテムボックス】にカーテンがあった。パッと広げてエラルドを遮った。それでも少しは目に入る。男の逞しい身体が。
「っ、何するんですかっ!」
「ちゃんと下着は付けているぞ」
「そういう問題じゃなくて!」

 認識の違いだろうか。女性として見ていないとか。20歳だったら、単純にガキ……、という訳でもなかろうに。
 そういえばこの人王子様だった。王侯貴族は服の脱ぎ着から何から手伝う使用人がいるんだっけ。人に見られるの慣れているのか?

 エラルドはカーテンのフックを木の枝に引っ掛けて、菜々美との間に仕切りを作った。菜々美はエラルドに背を向けて、【アイテムボックス】の中を漁る。バスタオルと下着と寝間着。石鹸は大学入学用に化粧品と一緒に買った洗顔石鹼しかない。本当に自分の持ち物が全部入っているな。

「石鹸ありますか、バスタオルありますか、着替えと寝間着は? 歯磨きしてくださいね。あ、このカップに水を下さい」
「小うるさい奴だな」
 そう言いながら渡してくれたカップを貰って離れた所で歯磨きをする。
「これ、お湯ですね」
「魔道具で出している。湯の調節は面倒だからな」
 この人、水魔法使えるんだよね、鍋に入れてたし。最初に風魔法を使ったし、お湯ということは火魔法も使えるのかな。便利だなー。
 魔導具の使い方など分からなくて、エラルドにお湯を出してもらってシャワーを浴びた。その後、温風で髪を乾かしてもらった。再度思う、便利だなー。

 小さなテントで、寝る時に少し警戒したけれど、エラルドはあっさり横になって背中を向けたので、菜々美も端っこに寄って目を閉じた。
 キャンプは父親に付き合って何度かしたことがある。目を閉じて寝ようとしたけど眠れなかった。寒い。

「くしゅん」
「……寒いか?」
 エラルドはテントを張って、毛布を出してくれたけれど、向こうとこちらの季節が同じなら、多分まだ4月下旬の筈だ。夜は冷えるってもんじゃない。
「はい。お布団出します」
 冬用毛布と掛け布団を引っ張り出した。小さなテントは布団で一杯になる。エラルドにも掛けて布団の中で丸くなっていると暖かくなって眠気が来た。

「……お前の匂いがする」
 男がぼそりと呟いた。
「エッチ」
「えっちって何だ?」
(うっ、翻訳してない。いや待て、その方がいいのか?)
「ただの掛け声です」
 ごまけただろうか、寝て誤魔化そう!


  * * *

 エラルドは王子様だったが紳士であった。まあ王子様だからそうなんだろう。傲岸とか不遜とか威圧的とか、そういうものが無かった。

 菜々美は大きな虫やら爬虫類やらの魔物には慣れなかったが、森の中の移動にはだいぶ慣れた。毎日必死になってエラルドの後を追いかける。

 野営でエラルドに聞くことは多い。寝る前のひととき思い付くままに聞く。
「どうして聖女召喚をするのですか? 魔王が現れるとかですか?」
「いや、アンベルス王国を安寧に導く為に召喚を行う」
 魔王はいないのか。では勇者もいないんだな。

「国の安寧の為?」
「聖女がいることで災害や疫病が流行ったり、魔物が溢れたり、戦争に巻き込まれたりすることが無くなる。周辺国より優位になるのだ」
「聖女のいる国だけがその恩恵に与れるのですか」
「そうだ。隣国だとて何も恩恵は受けぬ。難民や魔物が溢れて隣国に行くことが無いだけだ」
「はあー、そうなんですか」
 結構自分勝手な国だな。

「他の国は聖女を召喚しないのですか?」
「その秘儀を行えるのは、今ではアンベルス王国だけなのだ。儀式だけでなく場所や魔素、血筋も関係しているとか」
「じゃあ、他国の方はどうやって凌いでいるんですか」
 災害や疫病が流行ったり、魔物が溢れたり、戦争に巻き込まれたりって結構大変じゃないか? 国を保っていられるのか?

「国が滅びたり併合されたり人がいなくなったり、だな」
「はあ……」
 やっぱり国を維持していられないか。
「そうなのですね」
「聖女の力もまちまちだから、アンベルス王国もそう大きくもならん」
「二人居れば大きくなるとか思わないのですか?」
(せっかく二人来ているのに)
「騒乱の元と考える方が多い。お前は何も持っていないと鑑定されたしな」
(そうかい、役立たずと認定されたんだな。腹立つわね)

「昔、騒乱があったのだ。聖女二人をめぐって王子二人が争い、他国まで巻き込んで大きな戦になった」
「まあ」
 二人いると巻き込みが発生するのか。エラルドを見ると肩を竦めた。菜々美はさっそく、エラルドを巻き込んだのだった。
 戦にならないよう祈るしかないようだ。


  * * *

「何でそんなものを持っている?」
 エラルドが呆れたように聞く。
「釣り竿は女の嗜みよ」
(違うけど)

 歩いていたら渓流に出たのだ。向こうに小さな滝があってゴーゴーと音を立てて水が流れている。周りに木が生い茂った小さな岩場の水は綺麗で少し川原もあって、こういう時は魚を焼いて食べたいよね。父親がこんな所を見たら穴場だと言って喜ぶだろう。


 女ばかり3人姉妹で釣りが趣味の父親は姉に振られ妹に振られ、菜々美を連れ回った。お陰で大きな虫や爬虫類さえ出なければ山歩きは得意だ。
 大学に合格した時、お祝いに釣り竿をくれるような父だった。元気でいるだろうか。向こうは覚えていないんだろうが……。切ない。


 魚は入れ食いで釣れた。この辺の魚は食いつきがいい。ルアーでエサが要らないので楽だ。火を起こしているエラルドに魚を渡すと木に刺して焼いてくれる。
「美味い」
 と言って豪快に食べてくれると嬉しい。菜々美も竿を持ったまま食べる。
「おいひい!」
 逃亡中じゃなきゃいいな。帰る家があればいいな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...