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05 釣りは女の嗜みよ
しおりを挟むエラルドは澱んだ水辺から少し離れた乾いた場所にテントを張った。そして水辺の近くに行って言う。
「シャワーを浴びるか?」
「え?」
エラルドは服を脱ぎ始めている。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
何か遮るものを──、【アイテムボックス】にカーテンがあった。パッと広げてエラルドを遮った。それでも少しは目に入る。男の逞しい身体が。
「っ、何するんですかっ!」
「ちゃんと下着は付けているぞ」
「そういう問題じゃなくて!」
認識の違いだろうか。女性として見ていないとか。20歳だったら、単純にガキ……、という訳でもなかろうに。
そういえばこの人王子様だった。王侯貴族は服の脱ぎ着から何から手伝う使用人がいるんだっけ。人に見られるの慣れているのか?
エラルドはカーテンのフックを木の枝に引っ掛けて、菜々美との間に仕切りを作った。菜々美はエラルドに背を向けて、【アイテムボックス】の中を漁る。バスタオルと下着と寝間着。石鹸は大学入学用に化粧品と一緒に買った洗顔石鹼しかない。本当に自分の持ち物が全部入っているな。
「石鹸ありますか、バスタオルありますか、着替えと寝間着は? 歯磨きしてくださいね。あ、このカップに水を下さい」
「小うるさい奴だな」
そう言いながら渡してくれたカップを貰って離れた所で歯磨きをする。
「これ、お湯ですね」
「魔道具で出している。湯の調節は面倒だからな」
この人、水魔法使えるんだよね、鍋に入れてたし。最初に風魔法を使ったし、お湯ということは火魔法も使えるのかな。便利だなー。
魔導具の使い方など分からなくて、エラルドにお湯を出してもらってシャワーを浴びた。その後、温風で髪を乾かしてもらった。再度思う、便利だなー。
小さなテントで、寝る時に少し警戒したけれど、エラルドはあっさり横になって背中を向けたので、菜々美も端っこに寄って目を閉じた。
キャンプは父親に付き合って何度かしたことがある。目を閉じて寝ようとしたけど眠れなかった。寒い。
「くしゅん」
「……寒いか?」
エラルドはテントを張って、毛布を出してくれたけれど、向こうとこちらの季節が同じなら、多分まだ4月下旬の筈だ。夜は冷えるってもんじゃない。
「はい。お布団出します」
冬用毛布と掛け布団を引っ張り出した。小さなテントは布団で一杯になる。エラルドにも掛けて布団の中で丸くなっていると暖かくなって眠気が来た。
「……お前の匂いがする」
男がぼそりと呟いた。
「エッチ」
「えっちって何だ?」
(うっ、翻訳してない。いや待て、その方がいいのか?)
「ただの掛け声です」
ごまけただろうか、寝て誤魔化そう!
* * *
エラルドは王子様だったが紳士であった。まあ王子様だからそうなんだろう。傲岸とか不遜とか威圧的とか、そういうものが無かった。
菜々美は大きな虫やら爬虫類やらの魔物には慣れなかったが、森の中の移動にはだいぶ慣れた。毎日必死になってエラルドの後を追いかける。
野営でエラルドに聞くことは多い。寝る前のひととき思い付くままに聞く。
「どうして聖女召喚をするのですか? 魔王が現れるとかですか?」
「いや、アンベルス王国を安寧に導く為に召喚を行う」
魔王はいないのか。では勇者もいないんだな。
「国の安寧の為?」
「聖女がいることで災害や疫病が流行ったり、魔物が溢れたり、戦争に巻き込まれたりすることが無くなる。周辺国より優位になるのだ」
「聖女のいる国だけがその恩恵に与れるのですか」
「そうだ。隣国だとて何も恩恵は受けぬ。難民や魔物が溢れて隣国に行くことが無いだけだ」
「はあー、そうなんですか」
結構自分勝手な国だな。
「他の国は聖女を召喚しないのですか?」
「その秘儀を行えるのは、今ではアンベルス王国だけなのだ。儀式だけでなく場所や魔素、血筋も関係しているとか」
「じゃあ、他国の方はどうやって凌いでいるんですか」
災害や疫病が流行ったり、魔物が溢れたり、戦争に巻き込まれたりって結構大変じゃないか? 国を保っていられるのか?
「国が滅びたり併合されたり人がいなくなったり、だな」
「はあ……」
やっぱり国を維持していられないか。
「そうなのですね」
「聖女の力もまちまちだから、アンベルス王国もそう大きくもならん」
「二人居れば大きくなるとか思わないのですか?」
(せっかく二人来ているのに)
「騒乱の元と考える方が多い。お前は何も持っていないと鑑定されたしな」
(そうかい、役立たずと認定されたんだな。腹立つわね)
「昔、騒乱があったのだ。聖女二人をめぐって王子二人が争い、他国まで巻き込んで大きな戦になった」
「まあ」
二人いると巻き込みが発生するのか。エラルドを見ると肩を竦めた。菜々美はさっそく、エラルドを巻き込んだのだった。
戦にならないよう祈るしかないようだ。
* * *
「何でそんなものを持っている?」
エラルドが呆れたように聞く。
「釣り竿は女の嗜みよ」
(違うけど)
歩いていたら渓流に出たのだ。向こうに小さな滝があってゴーゴーと音を立てて水が流れている。周りに木が生い茂った小さな岩場の水は綺麗で少し川原もあって、こういう時は魚を焼いて食べたいよね。父親がこんな所を見たら穴場だと言って喜ぶだろう。
女ばかり3人姉妹で釣りが趣味の父親は姉に振られ妹に振られ、菜々美を連れ回った。お陰で大きな虫や爬虫類さえ出なければ山歩きは得意だ。
大学に合格した時、お祝いに釣り竿をくれるような父だった。元気でいるだろうか。向こうは覚えていないんだろうが……。切ない。
魚は入れ食いで釣れた。この辺の魚は食いつきがいい。ルアーでエサが要らないので楽だ。火を起こしているエラルドに魚を渡すと木に刺して焼いてくれる。
「美味い」
と言って豪快に食べてくれると嬉しい。菜々美も竿を持ったまま食べる。
「おいひい!」
逃亡中じゃなきゃいいな。帰る家があればいいな。
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