上 下
2 / 37

02 逃亡の始まり

しおりを挟む

 菜々美はどうやら鑑定の結果【巻き込まれた異世界人】らしい。
 ということはステータスらしきものがあるのだろうか。

 軟禁されて暇だった菜々美は心の中で念じた。
(ステータースオープン!)
 そして出て来たのは、

 名前 ナナミ 女 18歳
【巻き込まれた異世界人】

 という、たった2行の文字だけだった。
 ガックリと肩を落とす。勝手に巻き込んだ癖になんて酷い。
 大体、姓が無くて名前だけとか始めから平民扱いなのか。舐めてんの?

 菜々美は諦めが悪かった。何もしていないのにステータスがすぐに変わるなんて有り得ない、けれど他にすることが無いのだ。
(ステータス開け!!)
(レベルオープン!)
 軟禁部屋には見張りがいて、彼らは蝋人形のように気味が悪くて、四六時中監視されているような気がするのだ。ステータスを見るのは、頭の中で思うだけなので好都合だった。気が紛れるし。
(なんか開け──)
(情報開示……)
 暇だったし、腹が立ってムキにもなっていた。
(出でよ、ステータス)
 しかし、その内文字が増えた。

 名前 ナナミ 女 18歳
【異世界言語習得】【巻き込まれた異世界人】【アイテムボックス】

 言葉もラグがあったし、バグでもあるのだろうか。
 異世界転生転移の必需品【アイテムボックス】があった。『よし!』と思わず拳を握る。取り敢えず、これがあれば放浪しても何とかなる、筈だ。
 菜々美は【アイテムボックス】を開いてみた。
 期待はしていなかった。しかしそこには何か入っていたのだ。

(なにこれ? 服とか靴とか文房具、寝具、ベッド、衣装ダンス、机、椅子等)
 服を調べると手持ちの衣類が下着から靴下まで全部入っていた。ベッドも衣装ダンスも机も自分の部屋にあったものだ。パソコンとかスタンドまで入っているけれど、こんな世界で使えるのか?
 コンセントも灯りも何もない石造りの軟禁部屋を見回す。

 ここのベッドは固いし、布団はゴワゴワの毛布がひとつだけだった。
【アイテムボックス】に入っている布団で寝たい。服も着替えたい。しかし、着ていた衣服を全部取り上げられたのだ。出したらそこでお仕舞いのような気がする。我慢をするしかないのか。

 そして見知らぬ貨幣が入っていた。
(金貨3枚、小金貨8枚、銀貨5枚、銅貨4枚、鉄貨3枚)
 この銀貨5枚というのが、財布に5千円入れていたやつだろうか。そうすると多分金貨が10万、小金貨が1万辺りだろうなと見当を付ける。
 何なんだろう、この金額。何で入れてあるのか、よく分からない。

 貯金を入れれば大雑把にこの金額になるのかもしれない。こちらの貨幣価値は知らないけれど。
(慰謝料とか、ないの?)
 とても精神的苦痛を受けたのだけれど。
 溜息を吐いて、菜々美は鉛筆を出して、絆創膏に『助けて』と、こちらの文字で書いた。
 そして看守に見つからないように、こそっとあの黒髪の男に渡したのだ。


  * * *


 ぐるぐると回廊を歩いて小さな裏口門に出ると、護送馬車のように何の装飾もない目隠しをした馬車に乗せられた。

 王宮を出て、王都を出て、馬車は走る。

 2日走って湖に着いた。
 湖の船着き場に小さな桟橋がいくつか並び、川船が係留されている。馬車はガタゴト道の振動を直に拾って揺れまくってお尻が痛くなるし、景色はよく見えなくて退屈だったので正直ホッとする。

「降りろ」と言われて馬車の扉が開く。菜々美は馬車の外を見た。
(湖だ。魚がいるかなあ?)
 と、のんびり考えた。
 あの船に乗るのだろうか。両側に水車のような車輪が付いた平べったい船だが、そんなに大きくはない。

 そう思って船を見ていると「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて目の前の男が馬車の下にくず折れた。背中に矢が刺さっている。
 みるみる血濡れて行くその背中から目が離せない。
 今起こっている事が信じられない。
 船着き場の建物の周りから何人もの賊が湧いた。ヒュンヒュンと矢を射かけ、剣を抜いて襲い掛かってくる。

 菜々美は呆然と馬車の扉を掴んだまま突っ立っていた。
「ドシュ!」
 掴んだ馬車の扉に弓矢が刺さった。扉がドンと揺れ動く。
「ひっ」
「馬車の中に入っていろ!」
 男の声が聞こえた。慌てて馬車の中に戻る。バタンと外から扉が閉じた。
 それは修道院に送る方にとって意図したことでは無かった様だ。
「何者だ!」
 怒号と激しい剣戟が繰り広げられる。
「ひえっ……」
 菜々美は頭を抱えて馬車の床に蹲って耐えた。

 襲撃が少し止んだところで黒髪の男が戻って来て馬車の扉を開けた。
 馬を引いていて、素早く跨ると、菜々美を引っ張り上げて走り出した。
 船着き場の周りに倒れている者と、まだ戦っている者と、黒く塗れている地面とが目に入る。
「な、何でこんなことに……」
 だがゆっくり考えている暇は無かった。

 菜々美は初めて馬に乗る。馬の背に乗るとぐんと高くて、横乗りなのでどこに掴まっていいか分からない。
 走っていて落ちそうでジタバタした。
「大丈夫だ」という男の声がすぐ耳元で聞こえて「ぎゃっ」と無様な悲鳴を上げる。男が手を腰に回して余計に狼狽えた。
「な、な、何を……」
「落ちるぞ」
 低い声は早口だったが焦っている様ではない。

 馬は全速力で走っている。何処に行くのか、分からない。この地も、国の名前も、この男の名前すら知らない。


  * * *


 馬は船着き場の向こうの林を突っ切り、高い草の生えた丘を登って行く。幾つもの丘を越え林を突っ切ると段々に傾斜が急になって行く。何時間、駆けたのかやがて木立を抜けて開けた場所に着いた。
 男が馬から降りて、菜々美も降ろしてくれた。足がガクガクだ。しばらく軟禁状態だったから運動不足でなおさらだ。無様に地面に両手をついて転がった。まだ身体が上下に動いているような気がする。

 男が戻って来て「この先は崖だ」と言う。
「崖……」
 じゃあ進めないのか。これから何処に行くんだろう。
「私あなたを巻き込んでしまったわね。ごめんなさい」
 取り敢えず謝ってしまうのは日本人の性か。

「お前は修道院に入って、一生日の当たらない所に軟禁されることになっていた」
 やっぱりと、心のどこかで納得する自分がいる。
「殺そうという意見もあったが、それは反対する者がいた」
(なんだと?)

 男は口調を変えた。
「私はこの国に要らない人間なんだ。息を潜めるように生きて来た」
 チラリと菜々美を見て言った。
「お前と同じだ」

「だから助けることにした。あの紙を見た時、私自身が助けを求めているような気がした」

「この国を出る。その後どんな生活が待っているか分からない。修道院の方がましなような暮らしかもしれない。それでも行くか」
 確かめてくれるのか。軟禁部屋に来たあの金髪の男と態度が違う。
「行きます」
 躊躇いもなく答える。他の選択肢なんか無い、軟禁なんかごめんであった。

「これは賭けだ」
 なんでもないことのように男は言う。
「人生には娯楽が必要だ」
 生死が絡む賭けが娯楽だろうか。賭けに負けたらどうするんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

そんな女が異世界転生したお話

拓海のり
恋愛
 前世、結婚していたが子供なし。共働きで忙しくて、気が付いたら旦那が浮気。ショックで外に飛び出して事故死。  そんな女が何故か異世界に転生してしまった。八千字位の短いお話です。 ほんわりした世界感です。他サイトにも投稿しています。

へっぽこ召喚士は、モフモフ達に好かれやすい〜失敗したら、冷酷騎士団長様を召喚しちゃいました〜

翠玉 結
ファンタジー
憧れの召喚士になったミア・スカーレット。 ただ学園内でもギリギリで、卒業できたへっぽこな召喚士。 就職先も中々見当たらないでいる中、ようやく採用されたのは魔獣騎士団。 しかも【召喚士殺し】の異名を持つ、魔獣騎士団 第四部隊への配属だった。 ヘマをしないと意気込んでいた配属初日早々、鬼畜で冷酷な団長に命じられるまま召喚獣を召喚すると……まさかの上司である騎士団長 リヒト・アンバネルを召喚してしまう! 彼らの秘密を知ってしまったミアは、何故か妙に魔獣に懐かれる体質によって、魔獣達の世話係&躾係に?! その上、団長の様子もどこかおかしくて……? 「私、召喚士なんですけどっ……!」 モフモフ達に囲まれながら、ミアのドタバタな生活が始まる…! \異世界モフモフラブファンタジー/ 毎日21時から更新します! ※カクヨム、ベリーズカフェでも掲載してます。

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

処理中です...