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14 魔王の正体
しおりを挟む声もなく彼を見る。
少年は手を広げ魔素をその身に集める。
そして、フッと消えた。
「ビャサ!!」
レティシアが叫ぶと、肩からいつもの毛虫の声が聞こえた。
『どうした』
「あ……」
レティシアを、驚きと安心とガッカリと期待と不安と、名状しがたい様々な感情が綯い交ぜになって襲う。
(アレがビャサなのだ……)
レティシアはビャサと致したもろもろの秘め事を思い出す。全身が真っ赤に染まったような気がする。
『帰るぞ』
あっという間に自分の部屋だ。護衛と侍女は途中で下ろしたのかもういない。
『シア……』
耳に囁く甘い声。
手が、人の手がレティシアの背後からゆっくりと身体に回される。目の前に回された手に自分の手を重ねる。ためらいがちにゆっくりと振り返ると、黒い髪の少年の顔があった。レティシアより少し背の高い華奢な少年だ。
艶のある黒い髪が額にクルリクルリと流れ落ちて、黒い少しつり気味の瞳がレティシアを捕らえる。
「ビャサ……?」
『そうだ』
聞き慣れた低い声だ。なのにこの少年が話していると思うと、どうして違うように感じるのだ。天上から聞こえる妙なる音のように。
堕ちたと思ったのにまだ下があったとか、深い奈落がどこまでも続くとか。イカれている上にイカれたらどうなるのかとか────。
人の形になっている。先程の非常に美しい美少年が、年の頃十五歳くらいの、レティシアより少し下くらいの美少年がいる。目の前に。
黒い瞳に吸い込まれそう。
長い睫毛がファサッと閉じて黒い瞳を隠す。唇が近付いて柔らかな感触が触れた。クルリクルリと緩くウェーブした黒髪が白皙の額に流れ落ちる。バサッと音がするように睫毛が上がって、少しつり気味の黒い瞳が現れた。
『目を閉じたら』
「だって勿体ない」
『何だよ、それ』
「ああ、尊いわ、目に焼き付けなければ」
レティシアはビャサの姿を目に焼き付けようと上から下までじっと見る。
「ああ、なんて禍々しくて人を惹き寄せる瞳、妖艶で…………。ねえ、ビャサのここって変わっていないわ」
少年は素裸で何も纏っていない。二人ベッドにいるのだからそれはよい。レティシアも服を着ていない。いつの間に、とか思ったりしない。
それよりも気になるのはビャサの下半身、毛虫がいるのだ。少し大きいかもしれないし、元気そうにしているし。トゲトゲもちゃんとあるし。
『え、お前って男性器を見たことがないの? 絵とか彫像とかあるだろ』
「何となく恥ずかしいじゃない。でもこんなカタチしているの?」
『みんながみんな同じではないだろうけど範囲の内だろう、個人差程度じゃないかな。シアを悦ばせたいし、今日は頑張るよ』
「うん」
ビャサが人型なので今度こそ不倫だ、裏切りだ。何て燃え上がるのか、悪いことをするということは。それ以上にビャサが人型でいるということが燃え上がらせる。こうやって抱き締めて愛を交わせるということが、お互いの溜め息、抱き合って、キスもできるということが。
嬉しい。愛し愛せるということが。
人で良かった。会えて良かった。
神に感謝を────。
朝になると毛虫に戻っている、ビャサ。
「ビャサ、愛しているわ」
『僕も──』
涙が溢れて止まらない。どうしてこんなに泣き虫になってしまったのだろう。
◇◇
変ってゆくレティシア。毛虫も変わる。ギルドのランクも上がる。依頼をこなして腕も上がる。キツネとかオオカミくらいなら狩れるようになった。レティシアはしばらくはフードを被っていたが、銀級になったのをきっかけに、冒険者ギルドに行く時は素の姿を曝け出すことにした。
既に魔力過多の症状は消え失せ、銀の髪に明るいアメジストの瞳だ。そばかすもないし痩せてもいない。素晴らしい胸と引き締まった腰とスタイルも抜群だ。顔を真っ直ぐ上げて物怖じせずどんどん腕を上げる少女は、ギルドでも人気が出ていたがレティシアは与り知らない。
『お前の本当の姿はそっちか』
「そうみたい。でも、テオドゥル殿下の側近はみんな嫌いだから目を付けられたくないの。あいつら手が早いから、目に留まると何をされるか分からないもの」
『お前の方が身分は高かろう』
「そうね。でもテオドゥル殿下に嫌われているから、皆、上に習えなのよ。父も私のことは道具くらいにしか思っていないし」
『成程、ギルドではそっちの格好でオディルと名乗っていれば、誰にも気付かれなくて、いいだろうな』
「そうね」
毛虫を肩に乗せて冒険に。ずっとそんな日が続くと思っていた。
でも、段々毛虫の動きがゆっくりになって、ある日レティシアの肩でごそごそしていたかと思ったら動かなくなった。
「ビャサ……?」
鏡を見ると肩の所に黒っぽい殻を被った毛虫がいた。
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