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聖女メアリー
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メアリ―が貴族学園に編入すると、エドマンドは聖女だと噂される彼女を早速生徒会に誘った。
メアリ―は聖女と称される女性にあるまじく、緩くウエーブしたピンクブロンドの揺れる髪に空色の瞳の下の黒子とか、ちょっと受け口のピンクの唇とかグラマラスな身体とか、そりゃあもう色っぽい娘であった。揺れる睫毛に涙ぐんだ瞳で見られると男たちは皆悩殺された。
メアリーは生徒会でまずエドマンドの護衛のジェームズと宰相の息子のウォルターと仲良くなった。二人には婚約者がいたがメアリ―は平気で馴れ馴れしく近付き話しかけ、すぐに名前呼びするほどになった。
学校でメアリーが王太子やその側近と親しくしているという噂が広がるのに時間はかからなかった。その噂はグレイスの耳にも入ったが、エドマンドは浮気性で女性との噂は絶えない男で、いつものように放置した。
「グレイス様、ちょっとよろしいでしょうか」
学校でグレイスはジェームズとウォルターの婚約者に呼び止められる。
「あのメアリー様はどのような方でしょうか」
そう聞かれても、エドマンドのせいで成績を押さえているグレイスは生徒会に入っていなくて、クラスも違えばメアリーと接点がない。近頃学園に編入した聖女と彼女らの婚約者との距離が近過ぎると、相談を持ち掛けられた。
彼女たちに他意はない。グレイスが王太子の婚約者なので同じ立場として目上の公爵家のグレイスの意向を聞きたかったのだ。
「それはもう名前呼びまで許されて学園でベタベタと──」
「約束のお茶会もエスコートもお買い物もキャンセルされて、この頃では話も致しておりません」
話を聞くとメアリーの相手はエドマンドひとりではないらしい。黙っている者もいるが彼女らのように婚約者をどう扱っていいものやら決めかねている者もいる。グレイスは彼女らと様子を見に行くことにした。
ちょうどメアリ―がひとりでいたので、常識の範囲でやんわりと注意した。
「婚約者のいらっしゃる方とあまり馴れ馴れしくなさるのは──」
グレイスの言葉をメアリ―は途中で遮った。
「わ、私はただ親切に教えて貰っただけで、そんな……」
メアリ―は震えながら手を口許に添える。その大きな瞳からもう涙が溢れ落ちそうになっている。グレイスはメアリーの今にも涙の落ちそうに潤んだ瞳が惹き込まれそうな程色っぽいなと思った。
「おい、何をしている!」
そこに騎士団長の子息ジェームズと宰相の子息ウォルターが駆け付ける。
「ジミー、ウォル」
メアリ―は駆け付けた二人に愛称呼びで縋り付いた。べったりと。
「グレイス、貴様が苛めていたんだな」
二人はメアリ―を庇って、公爵令嬢であるグレイスを呼び捨てにして睨みつけた。彼らの婚約者も呆然とその様子を見ている。
ジェームズとウォルターはエドマンド殿下の護衛と側近ではないのか。それを放棄して、メアリ―の側に居ていいのだろうか。
その前に、彼らには婚約者が居るのにあからさまに無視して、そんな風にメアリ―を庇うのはどうなのか。べったりくっ付いて三人でこちらを睨んでいるが。
どうにも彼らが危害を加えそうな様子に引く。
「グレイス様。もう、わたくしは──」
「ここまでとは……」
令嬢たちは婚約者の剣幕に恐れをなして、この場は引き下がる事にした。
「このままでは済まされませんわ」
「そうですわね、善は急げと申しますし」
だがかなり立腹のようである。家族に報告して婚約を無いものにするかもしれない。しかし、王家から持ち込まれたグレイスの婚約は公爵家からどうすることもできない。
グレイスにとってエドマンドとの婚約は責務である。婚約が決まった時から、その心と身体に分厚い仮面を纏った。
しかし、聖女と噂されるメアリーが現れて、エドマンドと仲が良いという。シーモア子爵家はジェンキンソン侯爵の一門である。彼らはメアリーを王妃に推したいだろう。侯爵の後ろ盾があれば、エドマンドも動くかもしれない。
グレイスはメアリ―の態度をエドマンドにやんわりと注意した。
「ジェームズ様とウォルター様のことですが、メアリー様とあまりに近しいのは貴族として……」
すでに聖女に篭絡されている彼は「メアリーのことを悪く言う資格が、お前にあるのか!」と反射的にグレイスを詰った。
「グレイス、お前はメアリ―を茶会にも呼ばないそうだな」
「派閥が違いますので」
「俺たちは学生だ。派閥を越えて親睦を深めればよいではないか」
「さようでございますけれど」
ジェンキンソン侯爵家の一門であるメアリ―をこちらの茶会に呼べば、何があるか分からないし何かあった時に取り返しがつかない。それにメアリ―は貴族令嬢としての立ち居振る舞いも礼儀作法も弁えていない。
「仲間にも入れないで苛めて、お前の方が悪いのではないか」
そう決め付けるエドマンドの前から黙って引き下がる。
きっとグレイスは婚約破棄される。物語のように──。
◇◇
グレイスに相談に来た二人の令嬢はどちらも婚約解消に至った。二人とも小骨が取れてすっきりしたような顔をしている。元気そうで、片方は上の学校に行くと勉強を始めたが、二人共すぐに次の相手が決まったようだ。
グレイスは婚約破棄されるだろう。だが、それだけでは済まないような気もする。不安な気持ちで馬車の外を見れば空は暗く霧が出ている。
弟のアリステアはこの霧がダメだったのだと母に聞いた。王都の霧に身も心も蝕まれそうで、グレイスは自分の身体を無意識に抱きしめる。
メアリ―は聖女と称される女性にあるまじく、緩くウエーブしたピンクブロンドの揺れる髪に空色の瞳の下の黒子とか、ちょっと受け口のピンクの唇とかグラマラスな身体とか、そりゃあもう色っぽい娘であった。揺れる睫毛に涙ぐんだ瞳で見られると男たちは皆悩殺された。
メアリーは生徒会でまずエドマンドの護衛のジェームズと宰相の息子のウォルターと仲良くなった。二人には婚約者がいたがメアリ―は平気で馴れ馴れしく近付き話しかけ、すぐに名前呼びするほどになった。
学校でメアリーが王太子やその側近と親しくしているという噂が広がるのに時間はかからなかった。その噂はグレイスの耳にも入ったが、エドマンドは浮気性で女性との噂は絶えない男で、いつものように放置した。
「グレイス様、ちょっとよろしいでしょうか」
学校でグレイスはジェームズとウォルターの婚約者に呼び止められる。
「あのメアリー様はどのような方でしょうか」
そう聞かれても、エドマンドのせいで成績を押さえているグレイスは生徒会に入っていなくて、クラスも違えばメアリーと接点がない。近頃学園に編入した聖女と彼女らの婚約者との距離が近過ぎると、相談を持ち掛けられた。
彼女たちに他意はない。グレイスが王太子の婚約者なので同じ立場として目上の公爵家のグレイスの意向を聞きたかったのだ。
「それはもう名前呼びまで許されて学園でベタベタと──」
「約束のお茶会もエスコートもお買い物もキャンセルされて、この頃では話も致しておりません」
話を聞くとメアリーの相手はエドマンドひとりではないらしい。黙っている者もいるが彼女らのように婚約者をどう扱っていいものやら決めかねている者もいる。グレイスは彼女らと様子を見に行くことにした。
ちょうどメアリ―がひとりでいたので、常識の範囲でやんわりと注意した。
「婚約者のいらっしゃる方とあまり馴れ馴れしくなさるのは──」
グレイスの言葉をメアリ―は途中で遮った。
「わ、私はただ親切に教えて貰っただけで、そんな……」
メアリ―は震えながら手を口許に添える。その大きな瞳からもう涙が溢れ落ちそうになっている。グレイスはメアリーの今にも涙の落ちそうに潤んだ瞳が惹き込まれそうな程色っぽいなと思った。
「おい、何をしている!」
そこに騎士団長の子息ジェームズと宰相の子息ウォルターが駆け付ける。
「ジミー、ウォル」
メアリ―は駆け付けた二人に愛称呼びで縋り付いた。べったりと。
「グレイス、貴様が苛めていたんだな」
二人はメアリ―を庇って、公爵令嬢であるグレイスを呼び捨てにして睨みつけた。彼らの婚約者も呆然とその様子を見ている。
ジェームズとウォルターはエドマンド殿下の護衛と側近ではないのか。それを放棄して、メアリ―の側に居ていいのだろうか。
その前に、彼らには婚約者が居るのにあからさまに無視して、そんな風にメアリ―を庇うのはどうなのか。べったりくっ付いて三人でこちらを睨んでいるが。
どうにも彼らが危害を加えそうな様子に引く。
「グレイス様。もう、わたくしは──」
「ここまでとは……」
令嬢たちは婚約者の剣幕に恐れをなして、この場は引き下がる事にした。
「このままでは済まされませんわ」
「そうですわね、善は急げと申しますし」
だがかなり立腹のようである。家族に報告して婚約を無いものにするかもしれない。しかし、王家から持ち込まれたグレイスの婚約は公爵家からどうすることもできない。
グレイスにとってエドマンドとの婚約は責務である。婚約が決まった時から、その心と身体に分厚い仮面を纏った。
しかし、聖女と噂されるメアリーが現れて、エドマンドと仲が良いという。シーモア子爵家はジェンキンソン侯爵の一門である。彼らはメアリーを王妃に推したいだろう。侯爵の後ろ盾があれば、エドマンドも動くかもしれない。
グレイスはメアリ―の態度をエドマンドにやんわりと注意した。
「ジェームズ様とウォルター様のことですが、メアリー様とあまりに近しいのは貴族として……」
すでに聖女に篭絡されている彼は「メアリーのことを悪く言う資格が、お前にあるのか!」と反射的にグレイスを詰った。
「グレイス、お前はメアリ―を茶会にも呼ばないそうだな」
「派閥が違いますので」
「俺たちは学生だ。派閥を越えて親睦を深めればよいではないか」
「さようでございますけれど」
ジェンキンソン侯爵家の一門であるメアリ―をこちらの茶会に呼べば、何があるか分からないし何かあった時に取り返しがつかない。それにメアリ―は貴族令嬢としての立ち居振る舞いも礼儀作法も弁えていない。
「仲間にも入れないで苛めて、お前の方が悪いのではないか」
そう決め付けるエドマンドの前から黙って引き下がる。
きっとグレイスは婚約破棄される。物語のように──。
◇◇
グレイスに相談に来た二人の令嬢はどちらも婚約解消に至った。二人とも小骨が取れてすっきりしたような顔をしている。元気そうで、片方は上の学校に行くと勉強を始めたが、二人共すぐに次の相手が決まったようだ。
グレイスは婚約破棄されるだろう。だが、それだけでは済まないような気もする。不安な気持ちで馬車の外を見れば空は暗く霧が出ている。
弟のアリステアはこの霧がダメだったのだと母に聞いた。王都の霧に身も心も蝕まれそうで、グレイスは自分の身体を無意識に抱きしめる。
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