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1 死体発見

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 濃い赤色の絨毯に、プラチナブロンドの長い髪が緩く波打ちながら広がっている。その開かれた瞳は青く、何も映していない。悲し気に顰めた眉。少し開いた唇から飲み込んだ液体の残滓が零れている。
 白いシャツの上に紺の短いブレザー、長いスカート姿の女生徒。投げ出された手の傍に薬の瓶がひとつ。彼女は青白い顔をしてピクリとも動かない。

 これは死体?

 わたくしは悲鳴を上げて、ドアから出ようとした。
 しかし、わたくしの手はドアノブを掴むことが出来ず、ドアをすり抜けた。勢いのままわたくしは部屋の外に転び出た。
 廊下には学院の生徒がいたけれど、わたくしに気付くことも無く、すり抜けて行ってしまう。
 わたくしは自分の身体を見て悲鳴を上げた。身体が透き通って、手も透き通って、悲鳴を上げても、誰もわたくしを振り返りもしないのだ。

 わたくしはドアをすり抜けて部屋に戻った。女が横たわっている。
 長いプラチナブロンドの髪、青い瞳。これはわたくしだ。
 わたくしはオリビア・ロクスバラ公爵令嬢。

 わたくしは死んだのかしら。

 じっと死体を見ているのも気味が悪くて、わたくしは部屋から出た。

 わたくしは王立魔法学院に学んでいる。学院生は魔力の多寡から貴族の子弟が多いが、平民も少しばかりいる。学院は全寮制であと半年で卒業だった。
 卒業したら、婚約者のエヴァレット・ティンダル王太子殿下と結婚することになっていた。

 廊下を進んで階段を降りると、一階の談話室に着く。
 誰かが談笑しているようだ。
 見えないと分かっていても、ドアからそっと入ってみる。ドアは開かなくて、わたくしはすり抜けるのだけれど。

「オリビア様はね」
 おや、わたくしの話のようだ。
「そう、何も感情が感じられなくて冷たい感じ」
「氷の公爵令嬢ですものね」
「おお、冷たくて触れもしない」
 ご令嬢方がキャラキャラと笑っている。
 わたくしはそんな風に思われていたのかしら。
 窓ガラスに映るわたくしの姿を見る。髪の色が冷たいのかしら、瞳の色が冷たいのかしら。

 令嬢のひとりが何気なく窓ガラスを見て、わたくしと目が合った。
「ひいっ」と声を上げて立ち上がる。椅子が倒れてガタンと大きな音がした。
「どうなさったの?」
「そこに誰か」
 窓ガラスに映るわたくしの姿は見えるのかしら。わたくしは窓ガラスに映らない壁際に移動した。
「え、誰もいないけど」
「ああ、気のせいかしら……」
 令嬢は腕をさすって身体を震わせた。
「わたくしもう部屋に帰りますわ」
「そうですわね」
 令嬢方は自室に戻る事にして、そこは解散となった。


 誰もいなくなったわ。何処に行こうかしら。何をしようかしら。
 まるで夢の中にいるように心も身体も曖昧で頼りない。わたくしはふわふわと窓際の壁の方に行ったけれど、突き抜けて外に出てしまった。

 小さな頃は、よくこんな事が出来たらいいなと思っていた。どこも行っちゃいけなくって。死んだらこんなに自由になるのね。何で早く死ななかったのかしら。

 中庭を抜けてフワフワと歩いていると、見知った顔がいる。この方は誰だったかしら。ピンクの髪に赤い瞳の可愛い方。そう確かレクシーという伯爵令嬢だった。

「そうそう、あの方冷たいのよね。あの冷たい瞳でじっと見つめられたら、怖くなってしまうの。何を考えているのか」
 ちょっと涙ぐんで、先程の令嬢みたいに震えているわ。
「あんな冷たくて何を考えているのか分からないような方が、殿下の婚約者だなんて、殿下がお可哀想ですわ」
 一方的に話している、お相手の殿方は真剣に頷いているわ。
「殿下ももう限界の様ですわ。そう仰っていたのですって」
 ああ、胸がつきんと痛むわ。
 殿下はこの学院には、今一人しかいらっしゃらない。この国の王太子殿下、エヴァレット・ティンダル。わたくしの婚約者だわ。


 殿下と初めてお会いしたのは五年前、宮廷で開かれたお茶会の席だった。殿下は金髪碧眼のとてもお綺麗な方で、同じく招待された令嬢方の間をゆっくりと回っていらっしゃるのをぼんやりと見ていた。
 一緒に行った弟は別の場所にいてつまらなかった。わたくしはあの時何を話したのか全然覚えていない。

 それからしばらくして、わたくしが婚約者に選ばれた。
 わたくしはびっくりしたけれど、それよりももっと恐ろしかった。わたくしはあまり賢くもなく、気の利いたことを言える訳でもなく、ごく普通の女だった。
 宮廷での王妃教育が始まったけれど、わたくしは何度も舌打ちされたり、嫌味を言われたりした。
「ダメね」と。
 わたくしは屋敷に帰って、弟のユージーンに泣きじゃくって王妃になりたくないと駄々をこねた。

 ああ、そうだわ、レクシーと話しているのは、わたくしの弟ユージーンだわ。銀髪にブルーグレーの瞳がわたくしより無機質な感じ。
 とても迷惑をかけたから、わたくしの事が嫌いなのかしら。

 そこに赤毛の立派な体躯の男が来た。レクシーは、今度はその男性にぶら下がった。
「僕はウィリアム様を探してから行きますから」
 わたくしの弟は二人と別れて、校舎の方へ行く。

 赤毛の男は騎士団団長の息子のジャッドだわ。彼はわたくしの事が嫌い。わたくしの事をいつも睨みつける。
「あれは馬鹿な女だ」と嗤う。
 わたくしは賢くはないけれど、成績は悪くないのだ。この方に言われたくはないのだけれど。魔法の実技も上手くはないけれど、魔力でカバーできるし。
 まあ、賢い立ち回りは出来ないけれど。

 ジャッドもレクシーも見ていたくなくて、わたくしは弟のユージーンをフワフワと追いかける。
 わたくし、王立魔法学院の寮の自分の部屋で死んだのね。何で死んだのかしら。本体じゃないからかしら、あまり考えられないわ。
 ユージーンの足は速くて、わたくしはあっという間に遅れてしまった。こういう所も夢によく似ているわ。追いかけても追いかけても捕まらない。

 まだ明るいから皆、学園にいるのだろうか。そう言えばわたくし、生徒会室に行ったようだわ。生徒会室で何があったのかしら。
 わたくしはユージーンを追いかけるのを諦めて生徒会室に向かった。何となくこういう所も夢のようにフワフワして頼りない。

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