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13 ダリルの昔話
しおりを挟む護衛希望の義兄ダリルを朽ちかけた小屋に案内する。小屋の中に入った彼は、さすがに驚いて納得がいかないとばかりに眉間にしわを寄せる。もっと可愛い驚き方はないのだろうか。
内部に入れば玄関ホールはあるわ、広いリビングはあるわ、ダイニングはあるわ、使用人用の個室もあるという広々仕様だ。何で外を立派にしないのだろう。趣味なのだろうか、場所が場所なので外見だけでも目立たない方がいいのかしら。
納得がいかない義兄を、アンに案内させてシャワーを浴びて着替えて貰う。
根暗でも顔はいい。無精ひげを生やした顔を綺麗に剃って、小ざっぱりした騎士服に着替えれば、眉間に縦じわがあっても私が連れ回した義兄である。
ああ、私は小さい時から面食いなのだ。
◇◇
「俺はダリル・レオニス・ブルーデネルという。ヘレスコット王国のギルモア公爵家に騎士として仕えている。ステラ様が公爵家に無事にお帰り頂けるよう迎えに来ました」
義兄が名乗るとエルダー様も名乗られた。
「私はエルダーリンディア・セイリオス・グレダンという。ノータム連邦共和国の魔法庁にいる」
「グレダン教授……」
多忙な彼の肩書の一つだ。魔法の本には彼の著書も多い。お母様が最初に買って下さったのも彼の本だ。あこがれの人がこんな形で目の前に、私の側に居る。
「ここは私の拠点の一つだ。ステラが迷い込んだので保護した」
その言葉にダリルは頭を下げた。
「ステラ様を保護して頂き礼を言う」
二人が自己紹介したので私も名乗る。
「私はステラ・ルース・ギルモア。今はただのステラですわ」
自己紹介が済んだところでコケちゃんが案内する。
「お茶の用意が出来ておりますので、どうぞ」
広い応接室に集まって、お茶になった。
ウサギ獣人の侍女がお茶を入れ、羊獣人のコックが葡萄の二色パイをお茶菓子に出してくれる。酸味があって爽やかなのに甘くて美味しい。
私は早速引っかかった事を聞いた。
「ダリルお義兄様は何故魔族なのですか? ブルーデネル侯爵家のお母様が婚姻していらっしゃったのは王国の侯爵様でしたよね」
義兄は眉を顰めて口をへの字にして心底嫌そうに話す。
「俺の母の婚姻は政略結婚だった。相手の男は母の持参金目当てだった。すでに妾がおり、母は蔑ろにされ屋根裏部屋に追いやられていたと聞いた」
「酷いです」
「ああ、だがそこで恋をしたのだ」
何と、屋根裏部屋に居ても恋はやって来るんだ。
◇◇
「母は婚家の侯爵家に虐げられ、屋根裏に追いやられて蔑ろにされていたが、その部屋に通って来る男がいた。もちろん空から」
「空から?」
「羽があったのであろう」
エルダー様がこともなげに言う。ノータム連邦共和国には、羽のある人がいるのか。魔族には羽があるのか。獣人は……? 後ろに控えているコケちゃんを見る。
「私は飛べません」と、首を横に振った。
「そうだ。母は天使かと思ったそうだ。とにかく美しい男だったという。だが、男の髪は黒く瞳は赤かったそうだ」
天使と悪魔は表裏一体。天使は天上に還り、悪魔は地上に残った。そして人と番い魔族になった。魔族は溢れるほどの魔力を持ち、妖しいほどに美しい。
昔の言い伝え、お伽話、神話の世界である。
「辛い時、苦しい時、母を励ましてくれ、やがて二人に愛が芽生え結ばれた。そして、母は婚家を男の手を借りて逃げ出した」
彼の話を信じる信じないは別にして、美しい男だ。エルダー様のキラキラと軽やかな感じと違って、めり込むほどに重たげな男だけれど。
「俺のこの紫の瞳は、男の赤い瞳と母の青い瞳が混ざった所為だという」
離れてみれば黒にも見えるが、そういえば水晶のような綺麗な瞳をしていた。
「しかし実家に帰ると二人は会うことも出来なくて、母は俺を産んでひとりで育てる積もりだったが、公爵との縁談が持ち上がり、結婚して子が生まれた後は弱って儚くなってしまった」
そう言って彼は鬱な話を終えた。
「そういえばダリルお義兄様、新手がいるとか言っていませんでした?」
私は更に気にかかっていた事を聞く。
「ダリルでいい。王国の暗部はこちらに何人も派遣出来る程、余裕がある訳ではない。俺ひとりで何とかなる筈だった」
「君は凄いな。さすがたったひとりに公爵が賭ける訳だ」
「俺じゃない。ステラの魔法のお陰だ」
いや、頭に来て喚いただけのような気がするけれど、どこまで飛んで行っただろう。今度はちゃんと場所を指定というか、思い浮かべて叫んだ方がいいか。
「だが、公爵家の捜索隊が、幾つか潰された」
「父はそんなに私を探してどうする気でしょう」
たかが小娘一人を。
「俺には分からん。グレダン閣下はご存知だろうか」
「ふふふ、ギルモアのお伽噺を知れば分かるだろう。だが一度ノータムに戻り、それから行くことにしよう」
いきなり飛ぶの? いや何処に? ギルモアのお伽噺って?
忙しい人だなあ。
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