ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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48 中洲の向こうの街

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 マイヤンス基地からの軍隊はすでに到着していて、一部はキリルたちと一緒に先にアルゲントラテに向かったという。残りの兵と一緒に私達も行軍を続ける。
「あの城のある山の麓に温泉があるそうです」
 ヨハンナ様が少し申しわけなさそうに説明する。
「そうなのね」
 いいのよ、私が温泉という言葉に飛びついたものだから、気を使わせてしまって申し訳ない。今は戦争中で、魔王のいるところに向かって進軍しているのに、それに結構怖い目にも遭っているのにこの呑気さ加減は何だろう。
 私は小心で余計な事まで忖度するオバサンだった筈。まあいいか、そんなものはもう忘れちまった。

 緑の間に見えるお城の石造りの塔を横目に馬車は進む。
 帰りに寄るから待っていてね。

「あと三、四日くらいでアルゲントラテに着くでしょうか」
 お城や温泉と反対側は川である。川幅は広くて曲がりくねって中洲が幾つもできていて、木や草が生えている中州もある。
「川の向こうはガリアです。ここらからガリアの首都まではかなり距離があるのですが、川の向こう側は魔素が濃いようです」
 私には何も感じられないけどそうなんだな。

 ドゥルラハから合流した魔術師の女性がいう。
「ここらは少し前まで帝国内の国々でした。ガリアで政変があって反乱軍同士の戦いがここらまであって、住んでいた人々は逃げたのです」
 レギーナ様のお話とよく似ている。川を渡って逃げてきたと。
「国境地帯はよく戦乱に巻き込まれます。それでもそこに住んでいる人もいるのです。追われて逃げても何度も戻って──」
 それはどんな気持ちだろう。やりきれないって思うのだけど。

「エマ様は魔素の影響を受けられないのですね。平然とされていて羨ましいです」
「え、そうなの? 苦しいの?」
「いえ、何と言うかじわじわと来るものがあるのです。漠然とした不安とか恐れのような感情です。でも、この馬車に居るとあまり感じませんわ」
 ヨハンナ様は頷いている。私だって不安になったり怖かったりするのだけれど、それとは違うのだろうか。


 曲がりくねって流れる大河は幾筋にも分かれたり繋がったりする。大きな中洲は木が生え建物が建ち陸地のようになっている。そこに木の橋が何本も架けられ向こうのガリア側と繋がっている。なかには石でできた頑丈な橋があって繋がった中洲には立派な教会まで建っている。

 戦争があると橋が壊されて、また修復するということを繰り返している。洪水も起きやすくて流れも変わったりするんだろう。ジグザグに橋を渡ってやっと対岸に着く。すると向こうから三十人位の騎馬の小隊が来る。先頭に鳥さんがいる。
 こちらの部隊とたちまち合流したので馬車が止まった。

「鳥さーん」と呼ぶと『ピルルルー』と、飛んで来た。
 バタバタと窓に張り付いたので扉を開けてやると、馬車の中に飛び込んだ。
「まあ、どうしたの」
『ピルルルチッチッチッ』
 何か言おうとしているけれど分からない。
「悪気が多くて負けそうなんだ」
 馬を走らせてきたキリルが言う。
「悪気?」
「神気の反対だな」
 分かり易い単純な説明である。私のような者には丁度良い。
「来てくれて助かった」
 そうなの。鳥さんくっ付いて離れないけど。
 まあいいか、鳥餌持ってきたんだわ、食べる?
『ピヨッ!』
 鳥さんにビスケットを出すと喜んで食べた。後ろから手が伸びてドライフルーツ入りのビスケットが二枚キリルの口に頬り込まれた。
『ピピピーー!』
 鳥さんが羽をバタバタさせて苦情を言っている。
「何食ってるんすかー」
 レオンが参戦したので、持ってきたビスケットの包みを出して渡した。
「どうぞー」
「うっす!」
 鳥さんは元気になったみたいだ。ついでにリボンを付けてあげよう。
「いいな、俺も鳥になりてえ」
「バカ言ってんじゃねえ」
 二人は何だか森で会った時より仲がいいような気がする。少し羨ましい。

「羨ましいですわ」とドゥルラハから一緒の魔術師が言う。
「そうですね、仲が良くていいわね」と言うと変な顔をする。ヨハンナ様がくすくすと笑っている。キリルが口笛を吹いたので鳥さんが『ピヨ!』と飛び立った。


 アルゲントラテの駐屯地に着いた。街は建物が壊れ、荒れ果てて見る影もない。
 駐屯地から出て来た兵士たちは皆疲れた顔をしている。
「襲撃が何度かあって、何とか耐えている。敵将が来ると危ない」
 駐屯地を預かる先行部隊の隊長はルパートと同じ少佐だという。

「ここには一般の方や住人はいらっしゃいませんの?」
「兵士が来たら戦争が始まるから一般人は逃げるのだ」
「残っている人々は駐屯地から離れた北の居住区に住んでいる」
 逃げても残っても大変なんだ。

 広場で各隊が分散して各々野営の鍋を囲む。

 この世界で彼らに会った時、こんな風に火が燃えていて鉄の三脚に大きな鍋がかかっていて、肉入りの美味しいスープを食べたっけ。まだ一年くらいなのに色んなことがあったな。
 あの時と違ってどこにいても笑顔になるのは隣にこの人がいるからかしら。
「エマ、ちゃんと食べているか」
「はい、ヴィリ様」

「戦争が終わったら東の果てに行かねえ」
 おお、これはプロポーズかしら。しかしそう言ったのはキリルだ。
「私の妻にちょっかいを出さないでくれ」
 ヴィリ様がキリルの頭を押しやる。
「いいじゃん、みんなで向こうに行こう」
 レオンまで言い出した。
「いつになるか分からんが、みんなで行こう」
 ヴィリ様が頷いている。皇帝陛下の前でもそう言ったし、もう決定事項なんだろうか。別に私には異存はないけど。

「ここの連隊長から聞いたが魔王の四天王というのがひとり生き残っている。そいつはかなり強い。今までみたいな訳にはいかない。危ない時は逃げろ」
「はい」

「敵は魔王だ。彼を斃すまでは旅は終わらない」
「やってやろうぜ」
「「「「おおっ!!!!」」」」

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