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46 温泉があるそうです

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 司教の宮殿でお茶をしているとブリュック大司教が駆け付けていらっしゃって、一緒にお茶を頂く。
「こちらはブリュック大司教の宮殿ですの?」
「いえいえ、昔からある建物をここの司教が代々建て替えた宮殿ですよ」
 相変わらずニコニコ笑っている。相変わらず後ろに従えた水晶玉を持った司祭を振り返って頷くと一層笑顔になる。
 でも何も言わないんだよね、この方。すごく不安な顔になる私に、ニコニコと笑うだけだった。
「お強くなられましたな」
「はい?」

 そこにヴィリ様が帰ってきた。
「ブリュック大司教、おいでになっていると聞いて帰ってきました」
「やあ、お元気ですかな、ヴィルヘルム殿下」
「この前お会いしたばかりでございます」
 相変わらずニコニコの大司教。
「おお、そうでしたな。ご出発が早すぎてお会いするのが間に合いませんで、こちらまで罷り越しました」

 大司教は立ち上がると私とヴィリ様の前に立つ。
「私どもは祈る事しかできません。なので精一杯祈りを捧げさせて頂きましょう」
 彼の連れてきた聖職者たちも後ろに並んで私とヴィリ様に祈りの言葉を捧げる。
「神よ、聖女様と勇者たちをお守りください」
 すると私とヴィリ様の身体がほわりと淡く輝いたのだ。

「すごいです。大司教様にはお力がある。ぜひとも一緒に行きましょう」
 私が感激して言うと、彼は首を横に振って申し出を辞退された。
「ご無事のお帰りを祈っております」
「「ありがとうございます」」

 大司教が辞去すると「この街の銀行家と会っていた」とヴィリ様が言う。
「エマ、私はこの身を捨てて出て行くと啖呵を切ったが、こんな風に権力にもお金にも弱い。軽蔑するかい」
「いいえ」と首を横に振る。
「この世界に勇者はいないと思っていました。でも、魔王に立ち向かえるあなたを勇者と呼ばなければ何と呼ぶのでしょう。あなたは誰より先に駆け付けて、犠牲になろうとする。でも今回は、まるっきり無謀な賭けでもないのでしょう?」
「君がいるからな、エマ」
「何故私がこの世界に来たのか分からないけれど、ひとりで行くより、あなたが一緒に居てくれた方が嬉しい」
 私は精一杯の笑顔を浮かべて彼を見上げる。
「私も打算が過ぎる。軽蔑してくださっていいのよ」
「一緒なのか」
「一緒ですね」
 顔を見合わせて笑った。

「私はエマを誰にも渡すつもりはないんだ」とヴィル様はいう。
「宮殿の奥に閉じ込めて、誰にも見せたくないくらいなんだ。心が狭いだろう?」
「私だって、あの王女様の言われたような事は嫌でございます」
「本当かい」
「はい、ヴィリ様だけです」
「私も君だけだよ、エマ」

 ヴィリ様は普段使いのリングだとダイヤ五石指輪と、重ね付けの青い魔石の指輪を出して私の指に嵌めて下さる。デザインが揃えてあっておしゃれ。これもかなり高価そうなのだけど、重さとか感じなくてフィットする感じだ。

「エマの位置情報が分かるようになるんだ」そう言って指先にキスした。
 魔道具なんだな。手を持ち上げてじっと見ると「外せないから」と囁く。ちょっと睨んだら唇にチョンとくちづけられた。
 旅に出て初めて少し甘いひと時になったけれど、迎えが来てヴィリ様はまたどこかに行ってしまう。

 ヴィリ様とは結婚しているんだけれどお部屋は別々である。流行りの白い結婚になりそうで、ちょっと不安な今日この頃、なのであった。


  ◇◇

 私は途中途中で転移ポイントに登録した。旅は長くて魔王が大人しく待っているのか心配になるほどだ。私とヴィリ様は大抵どこかの屋敷に泊まってベッドで寝る。兵士たちはテントか分宿だ。
 思えばこの世界でベッド以外で寝たのって二回くらいだな。もう一年くらい経っているから私って案外ラッキーなのかな。

 アウグスタ駐屯地でヨハンナ様たちと合流してからは、ヴィリ様は殆んど馬車に乗らなくなった。キリルとレオンは一足先に出発したらしく見かけていない。暇な私は馬車の旅も飽きて、偶に地図を広げて位置を確認する他は、鳥さんのリボンを作っている。乗っている馬車は外見質実剛健だが、中は防御もばっちり最高級なハイソでラグジュアリーな快適仕様なのだ。


「もうすぐドゥルラハに到着します」
 ヨハンナ様が教えてくれて地図と窓の外を見る。外は暗い森で覆われた山々が連なっている。街道は森の端を、木々の間を縫うようにして進んでいて、登り坂だったり下り坂だったりする。森の所為で少し薄暗い場所だった。

「ドゥルラハの向こうは大きな河があって、河の向こう側はガリアです」
「まあそうなね」
 そろそろ気を引き締めなければいけないだろう。ここまで何もなかったのですっかり気が緩んでしまった。
「ドゥルラハの近くに温泉がございます」
「まあ、温泉!」
 何と、こちらの世界にも温泉があるのだ! ぜひ行かなければ!

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