ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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39 もう一丁!(ヴィルヘルム)

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 回りが静かになった。はぐれたのか。見回すが誰もいない。不気味に静まり返った空間だ。結界を張られたのか。
『見つけたぞ、貴様』
 振り向きざまに奴の銃が火を噴く。馬が驚いて竿立ちした。距離があったので、弾は耳を掠めて逸れていった。血が滴り落ちる。

 何だこいつは。人ではないモノが結界の隅にいる。
 髪が蛇のようにうねり、マスケットを持った大男が赤い派手な軍服を着て立っている。顔や手足が緑っぽいのは鱗のようなものがびっしりと生えているからか、口が裂けているのはエリーザベトと同じ。背にコウモリのような小さな翼を持ち、手や足に水かきのようなものがある。
 笑うとその牙の生えた口から長い紫色の舌が二つデロリと伸びる。

「モンローか……?」
『まあな、貴様が統領を撃ったせいで、あいつの化けの皮が剥がれたのよ。お陰であいつはお仕舞いだ。俺が成り代わっても文句はあるまい』
 周りからモンローの手勢が湧く。十数名か、モンローと同じような顔をした爬虫類のような魔物たちだ。
『聖女が侍るお前がいると邪魔になる』
 手勢はサーベルだがモンローはマスケットを持っている。弾を装填する前に手勢の相手をする。腰の拳銃を抜き安全装置を外す。魔道具を起動して充填する。弾は二発。竜騎兵用の散弾だ。

 襲い掛かってくる。馬を駆って逃げ回り、バラバラになった奴らが団子になった所で一発お見舞いした。散弾の所為で一度に何人かが沈む。ひとり、ふたり、何人かが残った。剣を振り上げ踏み込んできた奴をサーベルを引き抜いて斃す。残りをモンローとの距離を測りながら躱す。
 手勢とモンローとが重なった所で銃を撃つ。

『ぐあ!』
 やったか。散弾を浴びて倒れた。
 俯せていたモンローが起き上がる。マスケットを向けて撃った。弾は外れて馬に当たった。馬が斃れて雪の中にどさっと投げ出される。剣が手から離れて藻掻く馬の下敷きになった。
「くっ……」

『わーははは、邪魔者は消えろ』
 グサッとマスケット銃の穂先を何度か突き立てられる。雪の上を転がって避けると彼はマスケットを放りサーベルを引き抜く。
『逃げ足だけは早い』
「うるさい」
 何度言われたか。生き残ったことを呪う言葉だ。
 彼は腰に差した拳銃を引き抜く。狙いを付けた。遮るものはない、至近距離だ。

『お前はここで死ぬんだよ』
 エマ。未練だけが山のように、海のように、雪崩のように──。



 ボンッ!

 絶体絶命の時、ピンクの髪の未練の塊が目の前に現れた。弾みで奴は吹き飛ばされた。頭が真っ白。何も考えられない。
 何で、何でこんな所に。

「にゃー! ここ何処にゃ? あ、ヴィリ様だにゃー!」
 ヒシとしがみ付く。
「ど、どうしたんだエマ。うっ、酒臭い。お前酔っているな」
「女子会にゃ、みんなで飲んだにゃ、そんで、ヴィリ様に会いたくなって飛んで来たにゃ」

 エマが現れて反動で飛ばされたモンローが起き上がる。呆気に取られていた男は怒りに燃えて、そしてエマに気付く。立ち上がるとずかずかと歩いて来た。
「エマ、離れて」
「いやにゃ」
 後ろに庇おうとするが余計にしがみ付く。
 モンローが私にしがみ付いているエマの腕を掴む。
『何だこいつは、渡り人じゃないか。丁度いい、あの時は逃げられたが今度は逃がさないぞ』
 男はエマを引き寄せ、私に銃を突きつける。
『お前は死ね』

 エマの眉がキリリと上がり、碧い瞳が爛々と輝くのが見えた。

「ヴィリ様に何するにゃ、あんたなんか死んじゃえ―!」
『ぐわぁぁーーーっっ!!』

 氷がドサドサドサ……! とモンロー将軍に襲い掛かった。
 叫び声の途中で男は氷漬けになった。間近にいたエマはぴんぴんしている。両手を掲げ、ぴょんと伸びるようにして叫ぶ。
「もう一丁にゃーーー!」
 ドサドサドサーーー!!

「それ、もう一丁にゃ、ほれ、もう一丁にゃ、おまけでもう一丁にゃー!」
 ピンクの猫がぴょんぴよん飛び跳ねるたびに、氷が男に襲い掛かる。
 ドサドサドサーーー!!

「え、エマ」
 気が済むまで男を氷漬けにして、エマは私に向き直る。
「ヴィリ様、怪我してるにゃ」
 私の耳の怪我を見て、碧い瞳から大粒の涙が転がり落ちる。
 ポロポロ……ン。
「エマは怪我も治せないにゃ、何もできないにゃ、役立たずにゃ」
 ポロポロポロ……。
「そんなことはないぞ、エマのおかげで助かった。もう大丈夫だ」
「そうにゃのにゃ……」
「風邪を引くぞ。服を──」


「エマ……?」

 腕の中にいるエマが消えた。何処にもいない。
 今までいたのに「エマ……!」
 かき消すようにいなくなった。この腕の中にいたのに。
 墓標のようにモンローの雪像が立っている。驚いた顔のまま。
 私は雪に半分埋まったサーベルを引き抜いた。
「お前の顔なんか見飽きたんだ」
 ザシュ!

 空は相変わらず晴れて、雪は降っていなくて、シンとしている。いや、回りの物音が聞こえなかったのだ。
 ゆっくりと戦場の音が耳に入ってくる。大砲の音、銃の音、馬の嘶き、剣戟の音、人の叫び声、怒声、喚き声。

『ピイーーー!』
「「ヴィルヘルム殿下ーーー!」」
 グイードたちの声が聞こえる。
 駆けて来る。馬を駆って、あるいは走って。
「ご無事ですか」
「こっちにエマの気配がしたと鳥が」
「ああ……、エマに助けられた」
 夢まぼろしの様な、いや、出来の悪い喜劇の様な、
 しかし、確かにここに居たのだ。
 なのに何処にもいない。まさか──。

「いなくなったんだ、どこに行ったか知らないか」
 嫌な考えを追い払うように首を横に振り、見慣れた顔に問う。
「その、多分それはジャンプだ」
 グイードが幾分申し訳なさそうに報告する。
「ジャンプ」
「魔法陣が欲しいと要望されて作ったと手紙に──。戦争中はゲートが閉まるから渡しても大丈夫だろうと──」
 魔法陣はお守りに忍ばせてあった。首からかけて肌身離さず持っていたが。
「エマは無事なんだな」
『ピルピル』
「無事だと鳥が言っている。あっちに気配があると」
 キリルが指す方角はアルンシュタット王国の王都だった。

「あれは?」雪像を指さしてレオンが問う。
「モンロー将軍だ」
「あいつ、何してるんすか、雪の中で」
 コロンと彼の首が落ちた。
「うげ」
「みんなは無事か」
「無事であります。大砲三台失いましたが」
「そうか」

 戦いの報告を聞く。
「池の方に逃げた敵兵が氷が割れて何人か池に落ちたようです。他の部隊に引き上げられておりました。それと馬と大砲が何台か。敵兵死傷一万五千、我が軍二千。高地に集結しております」
 敵国の統領は本国ガリアに逃げ帰った。

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