ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

文字の大きさ
上 下
36 / 53

36 軍議(ヴィルヘルム)

しおりを挟む
 緩く起伏した、なだらかな丘陵地帯。戦場となるブエナはそういう場所だ。北に小高い丘が連なり、その麓を東西に横切る街道と、街道から南にのびる道が二つ。その間に東北から斜めに伸びる平たい高地がある。南側には川と湖沼が戦場を囲むようにぽつぽつと繋がる。

 わざと弱そうな薄くした部隊をおく、そして軍を弱そうに見せかける。今にも退却しそうに宣伝する。そして我々が誘いに乗ると、彼らは逃げて誘い込む。
 引き返せない罠へと──。
 我がブルナ高地の軍を誘って引き摺り落とし、逃げる敵を追って高地が手薄になった時、全軍総攻撃になるか。高地から降りたところを背後から襲うか。
 氷の割れる池はあちらか。上手く出来たシナリオだ。


 エマへの返信を依頼して、軍議のテントに行き着座して待つ。やがて北国ヴァリャーグの王と我がエストマルク帝国軍の皇帝とが到着し軍議が始まる。

「我が軍が敵軍の一番薄い西の隊に攻撃を仕掛け撃破し、そこを突破口に敵背後に攻め入る。それと同時に敵陣に襲い掛かれば敵は反撃もむなしく崩れ去るでありましょう」
 帝国の参謀が作戦を陳述し王と皇帝は鷹揚に頷く。

 その作戦は罠だ、失敗する。

 そんなに簡単に崩れ去るような敵なら、何度も苦杯を喫してはいない。だがその作戦に指揮官の多くが直ちに賛成して『馬鹿の一つ覚えに乗ってやる義理はない』筈の作戦に乗ってやることになった。
 案外毒舌なあの猫が聞いたら何と言うだろう。

 私は件の新参やらあぶれ者やら他国籍の物を纏めた一隊を宛がわれ隅で傾聴している。割り当てられた戦陣は第四縦隊竜騎兵連隊である。

「ヴィルヘルム大公には我らが作戦の最中に遊んでおられるのか」
「よいではございませぬか、どうせお飾りでいらっしゃる」
「名案がござる。我らが前衛にて御加勢下さればこの作戦が成功すること間違いなしでございますぞ」
「おお、それは名案じゃ」
 こいつら私を弾の的にする気か。

「どうか、ヴィルヘルム」
 私を苛めたがる兄がそれに傾く。
「はっ、ありがたき幸せ」
「その役目、私も参加いたしましょう」
 ヴァリャーグ国の暴れ者で有名なパヴロ殿下が参戦するという。
「いや、それは──」
 何を目当てに参加するというのか、ただ暴れたいだけなのか、上手い話に乗りたいというのか代われるものなら代わってやりたいが。
「いやあ、腕が鳴るぞ。ワハハ」
 豪快に笑う姿に皆声もない。
「パヴロ殿下、同じ大公でもこちらが格上でございます。あのような者を相手に競うことはございませんぞ」
 彼の補佐官が追随するように言う。

「お前だけで良いと私は思うが」と兄上が逃げた。
「皇帝陛下のお心のままに」
「仕方がないのう、では俺は中央を守るとしようか」
「それがようございます」
 ただ張り合いたかっただけらしい。

「ところでプルーサ公国はどうした、戦疲れか」
 ヴァリャーグ国王が聞く。
「日和っておるのか」
「直前の戦でかなり兵力が落ちたのでは」
「そうか、先を焦るとそうなる」


 軍議が終わると皇帝は戦場から離れて後方に下がる。彼は戦闘をしない。離れた場所で見ていて終わったら出て来る。
 エアライフルは彼の新し物好きの産物でエストマルク軍に揃えられたが、扱いが難しくて使われなくなった。払い下げられたそれを私とキリルがエアポンプの部分を魔石にして魔道銃に改造した。威力は上がったが風属性の魔石が思うように集まらなくて兵器廠からは出来次第順次送られる。

  ◇◇

 テントに戻ったキリルが銃の手入れをしながら文句をつける。
「全く馬鹿が多いとウンザリするな。もう見限って東の地に行こうぜ」
 軍議には参加していないがどこで聞いていたのか。
「私だけが行っても仕方あるまい」
「何言ってんだ。エマにこれだけ愛情をかけられてもまだ分からんか、足りんか?」
「かけられているのか?」
「もういい、こんなやつ放って彼女攫って行こうぜ!」
 キリルは私に見切りをつけて皆を振り返る。

「ま、待て。せめてリュックを置いてゆけ」
「はいはい。哀れな奴め、ところでこれはなんだと思う? ネズミか?」
 キリルがリュックのアップリケを摘まんで問う。
「お前の鳥しかいない」
「俺の鳥がこんなのに見えんの?」
「普通は皆そう見える」
「ふうん。お前も?」
「当たり前だ」
「分からん」
 キリルの何が分からないのか分からない。

「大体、何で聖女の神気で魔物の鳥が元気になるんだ? そっちの方が分からん」
「神気は精神と身体を健全にするのだ。そこに魔物も人も関係ない。だが、魔素は邪悪なるものを呼び込みやすい。神気はそれを排除しようとする。人も魔物も邪悪なるものはいるんだぜ」
 キリルが嗤う。暗い顔で。暗い瞳で。

 頭をポンポンと叩くと大人しくしているが、ふと私の軍服の胸元を見て文句をつける。
「何だこれは」
「鳥のリボンだが」
「神気が濃い」
「このピンクの刺繍はエマの髪を使っているんだろう」
「こういう時だけ手が早いな」
「まだ少しあるぞ」
「くれ!」
 ピンクの刺繍のあるリボンをキリルに渡し、側に居るグイードやルパートやレオンたちにも配る。

 感じているのだ、皆が。あのフェルデンツ公爵家地下牢に漂っていた悪臭、何とも言えない怖気を振るうような気配と同じものをこの平原でも感じるのだ。

 鳥のリボンを胸に付けながらレオンが愚痴を言う。
「酷い言いがかりだったな。向こうに何がいるのかも知らんで」
 フェルデンツ公爵が出陣できないので、私は彼の次男と共に公爵の隊を預かっている。隊の指揮はその次男に任せるが我々と共に戦うことになるだろう。

「あいつらあの時は何のかのと言い訳をして逃げたくせに」
 チラリと零したのはグイードだ。余程あの時のことは腹に据えかねているのか。
 ずっと心に伸し掛かる想い。十八の時の戦争体験が今も私についてまわる。戦場に出れば雪と血と泥に塗れたあの時が甦る。振り切れない。

「名は要らぬ。敵が崩れ落ちればそれでよい。後は味方が手柄にするだろう。私はそれでいいが、君たちはいいのか」
「いいに決まっているさ、皆で帰ろう」
「「「おう!」」」

 戦場の優劣は千変万化。空気を読まねば、時を読まねば。
 私にそれができるか。いや、なさねばならぬ。
「固く考えないでいいじゃん」
 キリル。
「手に持った銃をぶっ放す。それだけだ」
 グイード。
「当てなきゃ意味がない」
 ルパート。
「当たるさ、こっちには聖女が付いているんだから」
 レオン。

 そうだ、エマが聖女が付いている。
『私には【ご都合主義】があるんです!』
 それはきっと望んだ先に得られるもの。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...