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26 ちょっと待って
しおりを挟む「エマ、君が好きなんだ。だから君の身に危険が迫っているなら──」
突然の告白は、告白というよりは私の身を案じての言葉に聞こえた。
「待って下さい。ヴィリ様、何か隠していませんか」
そりゃあ一目で恋に落ちてもいいけれど、彼は舞踏会に来て誰かを探していた。こんなオバサンに、ピンクの髪の私に、何もなく近付く人がいるだろうか。王宮の舞踏会という衆目の前で見せつけるようにダンスを踊るだろうか。
彼に聞くと溜め息が返ってくる。
「君には敵わないな。実は兄上に命ぜられた。君を落せと、自分の物にしろと。私は独身だし婚約者もいない。だから都合がいいと。私は年がいっているし君には好かれないだろうと断ったのだが、オバサンだから大丈夫だと」
「年がいってるって、あの、ヴィリ様って、お幾つでいらっしゃるの」
「来年三十になる」とヴィリ様は溜め息交じりに言うのだけれど、その声が凄く色っぽくて、ちょっと拗ねた暗い瞳が素敵、と思う私はもう末期だろうか。ヴィリ様の齢も、中身オバサン外見美少女の私のギャップを埋めて丁度良いと思ってしまうのだけど。
私がオバサンの格好をしていたのはこの国に入るまでだったし、ヴィリ様のお兄さんも誰かに報告を受けて彼に命令したんだろうか。
ルパートとレオンはこの国の人みたいだし、キリルは冒険者だし、
「あのう、もしかして妙にガタイの良い、村に来た黒い軍服を着た方は──」
舞踏会にも来ていたし。
「ああ、彼は陸軍将校のグイードという」
やっぱり軍人なんだな。あの人強そうだったし。
「私の友人だ」あの人もヴィリ様の友人なのか。陸軍将校って偉いんかな。
「でも、君は若くて綺麗で可憐で、とても私のものにはならないだろうと思った。だけど、君と踊って相性がいいと思ったのも事実だ。話しても楽しいと思った。一緒にいて楽しいと思った。私にもチャンスが欲しいと思った」
そっと手を取られる。
「君が爛々と目を輝かせて令嬢たちに反撃しようといるところも、猫上戸になって私に縋って甘えてくれるところも──」
えええ──! ちょっと待って、私そんな事をしたんかい??
「君は私が嫌か、こんなオジサンは嫌か、命令されて嫌々来たのに、すぐにその気になってチョロいオジサンで、いやらしいオジサンで、若い子に触りまくって、気持ち悪いと思わないか、それでも君が欲しいと思ってるのだが、こんな私は嫌か」
彼は畳みかけるように言う、少し自棄になった感じで。
「私はオバサンなんです。見て、本当はこんなオバサンで──」
誘われて付き合った。一緒に居たいと思ったし、もっと彼の事を知りたいと思ったから。でも、この告白は違うと思うの。何より本当の私を隠しているようで、そうだ私は美少女の皮を被ったオバサンなのだ。
隠蔽をかけようとする私を彼は止める。
「君は戻り人だと聞いた。こちらの世界の人間なのだ。だからもう、その姿は忘れなさい」
「でも」
「美しいエマ、愛らしいエマ、可憐なエマ、君が好きだ。すべてが好きだ」
「私は、私が──」
「こんなに可愛いくて、か弱い子猫みたいなのに頑張って戦っている。無鉄砲な所も、へこたれてもまた立ち上がる所も──」
ああ、チョロインは私なのだ。へこんでいる所や、苛められている所を助けられて、そうよ、普通に恋に落ちるでしょ。
青い目が覗き込む。この青は私の碧じゃなくて、紺碧の青だわ。深い海の色だわ。その色に溺れてしまう。
唇は軽く触れて離れた。鼻が触れ合うような近くに彼の顔があって、彼の瞳があって、唇が啄ばむように触れる。私はどんな顔をしているのだろう。私はどんな格好をしているのだろう。彼が少し嬉しそうにして、そしてまた唇を啄ばむのだ。小鳥のように意気揚々とさえずるように。
これは私のもの、これは私の獲物、これは私の──と、勝利宣言をして。
ああ、何もかもどうでもいいの。私はこの恋に溺れたい──。
「エマお嬢様、唇が赤いですよ」
屋敷に帰ると目敏いハイデが指摘する。
「──っ!」
ハンカチで唇を隠す。何処までバレているのだろう。
「おや、どなたのハンカチですか」
あ、彼が拭いてくれたハンカチを持って来てしまった。
「さりげなく高級レースがあしらわれたシルクのハンカチ、鷲の紋章付──」
カチヤがハンカチをじっと見て、そっとトレイに乗せる。
「いや、それは……」
「こんなん一発で分かりますよ」
「今この王都エルフルトに、皇弟ヴィルヘルム殿下がご滞在なんですよね」
皇弟……? ヴィリ様って皇帝の弟なの?
ラーニングの知識を引っ張り出す。他国の情報なんて仕舞い込んでいた。だって帝国だけでも王国が幾つかに公国に辺境領とかあるし、殿下が一杯じゃない?
このアルンシュタット王国の貴族情報だけでも似たような名前が多いし覚えるの大変なのに、子だくさんで親の名前を付けたりするし余計にややこしい。
ええと、エストマルク帝国の皇帝には弟が二人。フェルディナント・ヘルマン殿下とヴィルヘルム・ユーリヒ殿下。フェルディナント殿下が三十半ばでヴィルヘルム殿下が三十前で、帝国のご兄弟は三人とも淡い金髪で……、名前と歳が一致して髪の色も一致して、今この王都に滞在中……。
いや、そりゃあどこかの王子様かとは思ったけれど、彼はいつも比較的地味な格好でお付きとか護衛とかも連れていなくて、いつもひとりで──。
いや、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って。
「何かの間違いじゃないの?」
私の言い様に呆れた顔をして自分たちの仕事に取り掛かる侍女二人。
どうしてくれんの。そんなえらいもんに恋なんかしてどうすんの。
待ってもらっても手遅れのような気がしないでもないでもないでもない……。
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