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19 出会いはいつも

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「お嬢さん、大丈夫ですか」
 突然現れた男に、私だけでなくご令嬢方も固まった。先程目の合った男性だ。有名人なのか、きゃあというような溜め息と悲鳴のような声が令嬢方から上がる。
「え、あ、あの──」
「やあ、ドレスが大変だ!」
 彼は令嬢たちを掻き分けて、私の腕を取りテラスから連れ出そうとした。

「おいで──」
「は……あの……」私が彼に答えようとするのを令嬢方が遮る。
「まあ、殿下。このような方、誰にでも愛想を振りまく女ですわよ」
 令嬢達が男に媚びを売って手をかけようとする。
「殿下、そんな偽物は放っておいて、わたくしたちとあちらでお話ししましょう」
「こんな平民なぞに係わることはございませんわ」
 その言葉に彼は少し顔を顰めた。切れ長の目が少し細くなる。

 殿下……、って誰? さっき謁見した王族方の中にはいなかったが。
 大人っぽいひとだ、二十代後半から三十くらいと見た。
「ドレスが大変だ。おいで着替えよう」
「はっ、えっ、あのっ」
 彼は問答無用で令嬢達を掻き分けて、私をどこかへ連れて行く。
「あの、どちらに──」

 止まろうとしたし、誰か助けてくれないかと思ったけれど、人垣が割れて、行く手は無人になった。彼はその間をどんどん進んで行く。
「そんなドレスじゃ踊れないだろう」
 前方から、侍女がわらわらと来た。夜会の会場には休憩室があるそうな。誰かのラーニングで得た知識だ。そこで何をするかは、何をするんだろうな。
 いや、そうではなくて──。

「殿下」
「この子に着替えのドレスを。私はここで待っているからね」
 彼はそう言って私を侍女たちに託した。部屋に案内されて、慌ただしく侍女や女官が出入りして、ドレスとそれに合わせた宝飾品や靴なんかが運ばれてきた。

 王宮の女官や侍女は手際がいい。あっという間に私は着せ替えられた。
 薄いピンクの地模様に紫の濃淡の花の刺繍が流れるようにしてあり、刺繍に合わせてレースの花がひらひらと舞い降りている。袖はオーガンジーでふんわりと膨らんで透き通っている。こんな手の込んだ高価そうなドレスを一体どこから──。

 着替えが終わると侍女がドアを開く。彼は部屋に入って、上から下までサッと私を見定めるとにっこりと蕩けるように笑って「可愛らしくできた」と褒めて下さる。
 そういう風に笑うと少しきついと思った目が緩んで優しくみえる。
 折りしも夜会の会場から音楽が聞こえてきた。
「お嬢さん、折角だから一曲いかが」と手を差し出される。
「あ、はい。習い始めたばかりでございますが」
 もちろん殿下と聞いては断れはしない。

 背が高く軍人さんなのか体幹がビシッと決まって、動きに無駄がない感じの人だ。でも、大人だわこの人。私の前の年齢と今の年齢のギャップを程よく埋めてくれる。
 ダンス上手い。流れるような一歩、切れの良いターン、ふわりとした回転、優雅なステップ、彼と踊るとお姫様になった気分。踊りに表情が付いて楽しい。フロアが広くなったと思ったら、周りの人が踊るのを止めて見ている。曲が終わると拍手がきた。

 ダンスが終わると彼の近侍らしき方が来て、軽く手をあげて行ってしまわれた。
 夢のような時間が終わってしまった。
 私は名乗ってもいないし、お名前を伺ってもいない。いや、失礼に当たるから聞けもしないんだが、このドレスをどうすればいいの?

 もうどれもこれもすべて夢のような気がしてきた。この世界は私の為の世界ではなくて作られたもの。私はこの世界に間違って落ちた異物。そんな気がする。
 何をしてもしなくても、なるようにしかならないのだろうか。足掻いても意味がないのだろうか。マイナス思考ばかりが私の上に伸し掛かる。


 カステル伯爵夫人が来たので、ドレスをかくかくしかじかと説明したら「あらあら、まあまあ」と驚かれた。驚かれたけれど余計な事は言われない。
「あの、ドレスは──」
「大丈夫でございますよ」
 一言で遮られた。
 あの人は誰? 私が着てきたドレスは? このドレスはどうするの? 私のはてなはどんどん増えて行く。


  ◇◇

 学校では苛めが激しくなってきて、ドレスどころではなくなった。
「エマさん、アンドレアス殿下の婚約者候補にいかがかしら。今は候補者がおひとりしかいらっしゃらないしライバルがいらした方が何かといいんじゃないかしら」
 ハルデンベルク侯爵夫人が爆弾を落として王宮に行く日を決められる。

「その、王宮で勉強とか──?」
「あら、親睦のお茶会だけなの、大丈夫よ」
 私の髪を撫でながらにっこり笑う侯爵夫人はタヌキじゃなければ狐だわ。
 止めて欲しい。公爵令嬢の婚約者がいるのに。怖くてたまらない。

 ラーニングで得た知識の意味が分かってくる。アンドレアス殿下の婚約者はフェルデンツ公爵令嬢ゾフィーア。その対抗勢力がハルデンベルク侯爵家で私を引き取った。
 何でも郵便か何かの事業を請け負うのがフェルデンツ公爵家で、どこぞの貴族と共同で拡充するらしいとか、それに対抗してハルデンベルク侯爵家もその事業に乗り出すとか乗り出したとか。まったく要領を得ないな。

 私もドレス代くらいは侯爵家の為に頑張らないといけないだろうか。あのアンドレアス殿下って十代だし何を話せばいいのかな。

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