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18 試練(ヴィルヘルム)

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 戦場で死んでしまった者たちは生き返らない。あの顔もこの顔も、誰ももう帰って来ないのだ。私は何人の兵士を友人を失ってしまったのだろう。
 それなのにまだ彼の国は戦うという。いや、戦勝国ガリアが勝ち戦に味を占めてまた戦争を仕掛けて来たのだ。兵が死んだのはこの国だけではないというのに、和約の取り決めをしたばかりだというのに。

 民衆は勝った者の味方だった。戦争に勝てば国内での評価が上がり、支持が集まる。軍神にも神にも帝王にも祭り上げられて、人々は伏し拝むばかりだ。
 それでは死んだ人々は何のために死んだのか。もう生き返らないのに。私は沢山の人々を殺してしまった。私の所為だ。もう帰って来ない人々の事を思うと胸が痛い。戦争など止めるべきだ。
 なのに何故、あの男は和約を無視してまたも戦争を仕掛けて来るのだ。何度も。
 それ程、神になりたいか。


 渡り人が放流されるという。
 渡り人は皆美しい容姿をして、神気と魔力と不思議な力を持って大聖堂に現れる。古くからの言い伝えである。だが最近は只人の渡り人が多く、国も放流することが多く、それさえも聞かなくなってすでに何年も経つ。
 その間、戦乱の世が続き人々はそれに倦んで、神気溢れる聖女の渡り人を待ち望んでいた。

 だが、ブリトン王国に現れた渡り人も、神気も魔力もない只人であった。ブリトン王国は現れた女性が、昔彼の国に災いをもたらしたピンクの髪であったのに嫌気して放流を決めた。


「この長きにわたり、渡り人が何も持たないというのは神の悪戯か試練であろうか。もし試練であるならば、我々が保護してもよいのではないか。その試練を受けてみようではないか。試練が終わったその時、戦は終わるかもしれぬ」

 だが、その試練を私に受けよと言うのだ。この兄は十数年前の勝ち目のない戦役を成人したばかりの戦を知らない私に押し付けた事といい、女嫌いの私にこの役目を押し付ける事といい、私を苛めるのが好きらしい。


 我が国からは先の戦役の後、私と共に閑職に追いやられていたグイードが渡り人捜索の任を得て向かった。すでにキリルがアルンシュタット王国の捜索隊に潜り込んでいる。彼は元冒険者で傭兵のような存在で、自分の気が向いた仕事をする。グイードの友人で、危なっかしい私の面倒を見てやると言ってくれる。

 その渡り人は戻り人だという、ピンクの髪のオバサンの姿をした女性で、アルンシュタット王国のハルデンベルク侯爵家に引き取られることになるという。国教会のブリュック大司教からは神気と魔力を備えた女性だと手紙が来た。

 兄に命ぜられた試練と時を同じくする彼らの仕事、その上に司教の手紙だ。私が試練を受けることに何らかの意味があるのだろうか。それでも行く気にも乗り気にもなれない私に、帰ってきたキリルが面白い事を言う。

「あのオバサンから弾の種類を幾つか聞いたんだ。造ってみようと思うんだが」
「そうか、ボーツェンの兵器廠に行くか。私も一緒に行こう」
「暇なんだな」
「うるさいな。どんな弾だ」
「うーんと、閃光弾、散弾、徹甲榴弾、拡散弾。後は毒弾と麻痺弾と睡眠弾とか、火炎弾とかいうのも聞いたな……」
 キリルが指を折って弾の種類を数える。そんなに沢山の弾種を知っているとは軍隊に入っていたのだろうか。
「……すごく、筋肉質な女性だろうか」
「非常に不安そうな顔をしているな」
 キリルがニヤニヤと笑う。こいつは実物を見たくせに何も言わない。


 彼女が参加するという王宮舞踏会に、私はお忍びで参加するという役割を与えられた。早い話が、偶然を装って渡り人に近付き取り入れという命令だ。

 ピンクの髪は珍しいが無いわけではない。赤毛やオレンジがかった髪もあるし、ピンクブロンドの髪もある。だが広い王宮の大ホールだ。柱が立ち並び二階があり繋がった小ホールがありテラスがある。入り口付近で夜会の雰囲気に昔を思い出して嫌気がさす。
 グイードが「壁際においでですよ」とさりげなく教えてくれた。

 仕方がない、行くしかない。会場にはもう音楽が流れダンスが始まっていた。人々が笑いさざめきグループが幾つもできている。入り口付近には給仕や警備兵などが入れ替わり立ち替わり出入りしていて会場に入っても目立たなかった。そっと会場を見回す。

 ピンクの髪の令嬢は壁際にいた。綿菓子のようなピンクの髪、ピンクのドレス。いったいどんな女だ。彼女はこちらを見ていた。人の奥にいる私を真っ直ぐ見ている。瞳が合った。

 悪目立ちしそうなピンクのドレスが似合っている。非常に美しくて愛らしくて可憐で若い、若すぎる。誰だオバサンなどと言ったのは。大司教の手紙にも容姿のことは何も書いていなかった。タヌキめ。これは私の方が断られる側だ。

 その時、令嬢方が彼女を取り囲んだ。彼女を押すようにしてテラスへ押し出す。集団苛めだ。
 大人しそうな少女に見えた。苛められて泣いていないか、床に転がされて足蹴にされていないか。私はテラスに出て行った令嬢らを追いかけた。

 だがテラスに出てみれば、彼女はその碧い瞳で子猫のように目を爛々と輝かせて令嬢達を睨み、反撃しようとしているではないか。

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