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08 襲撃
しおりを挟む「ななな、そんなことで貶めるおつもりですの。この子はマリカを茶会に呼んで皆で苛めましたのよ」
「そうですわ、わたくしの食べ方が汚いと言われて──」
「あの時はシュザンヌ様のお茶会でした。とてもお優しい方ですの」
「わたくしお菓子作りが好きです。セラフィーナ様に勧められてお店も開きました」
スッと前に出てカーテシーをしたのは私の友人のひとりシュザンヌだった。
「お分かりいただけるでしょうか、自分の作った物は我が子のようなもの、皆様に味わっていただくのが何よりの楽しみでございます」
シュザンヌの作ったケーキは宝石のよう、一口か二口で食べられるケーキの中に様々な工夫がしてあり、食べた時の驚きを語り合うのが楽しかった。
「それを幾つもぐしゃぐしゃにされて、すべてを食べる訳でもなく……、わたくしの気持ちが──」
彼女はしばらくお茶会を開けなかった。でも私の噂を聞いてロザリアやベルタと同じように戻って来てくれたのだった。
「わ、わ、私の所為ではないわ」
「ステキなお菓子を作られる方だと申し上げました。皆さまで一緒にお菓子を頂いてお話をするつもりでおりました。食べたお菓子ならお話も弾むかと思いまして」
「酷い、そうやってわたくしをみんなで苛めるのね」
「そうですわ、酷いじゃございま──」
まだ言い募る伯母を遮って、
「今宵はめでたいオルランド王太子殿下と我が娘セラフィーナの婚約お披露目の日ですぞ、お祝いの心もない無作法な方は出て行っていただきたい」
ウルビーノ公爵が合図をすると、近衛騎士がマリカと伯母を取り囲み会場の外へと連れ出した。
「私の出番はないのかい」
「オルランド殿下」
「これからですぞ」
公爵が私の背を叩いて押しやり、殿下は私をエスコートしてホールへと向かう。
「大丈夫……、のようだね」
「はい、オルランド殿下のお陰で強くなりましたの、とても心強い方達もいらっしゃっていて」
私の周りには鉄仮面を外せば、優しく見守る方も、友人として共に歩もうとする方もいらっしゃるのだった。
* * *
王宮に二泊、実家に一泊して早朝、王家から迎えが来て馬車に乗って出発した。オルランド殿下は突発的な業務が起こって、その対応で見送りできないという。
何があったんだろうと思いながら馬車に乗った。
隣国へ行くには早馬だと三日、馬車だと七日、早船で一日かかる。早船だと楽だし時間もかからない、何より早朝に乗ればその日の夕方には到着する。
しかし船着き場に向かってしばらく走ると、武装した一団が馬車を囲んで、そのまま船着き場とは別の方角に走って行く。御者の窓を叩いたけれど、返事もなかった。
私の護衛達は船着き場で待っていて、侍女はこちらと向こうと違っていて、私は身軽く屋敷から出てしまったのだ。
馬車はどんどん寂しい方角に走って行く。殺されるのだろうか。それとも凌辱されるのだろうか、それとも奴隷に売られるのだろうか。恐ろしい想像が幾つも頭の中をぐるぐる回る。何より誰がこんな事を仕出かすのか。
昨日までの出来事はみな夢だったのか、私はやっぱり薄ぼんやりのアロッコでしかないのか、意地悪で思いやりが無くてマリカを虐げる物語の悪役令嬢のような女のままなのか。
やがて馬車は、森の中にある何処かの別荘に着き、客室のような一室に軟禁された。別荘も部屋も何となく薄暗くて、淀んでいるような所だった。
ドアは鍵がかかって開かない。窓には鉄格子がはまっている。ベッドがひとつとテーブルと椅子、壁紙に薄茶色のシミのある部屋。何かの臭いが染みついたような部屋。
しばらくして部屋に入って来たのは紺の髪で背の高い男だった。
「クレパルディ様……」
「やあ、セラフィーヌ。久しぶりだね。君ときたらあの後すぐに居なくなっちゃうから探したよ」
相変わらず優しい口調の綺麗な方だが、何だかこの男が怖い。
「何故? あなたは私を婚約破棄した癖に、何の用なの」
「私はあいつに騙されたのだ」
(あいつって、誰?)
「君を連れて来れば許してやると言ったのだ」
(許すって……、誰を?)
「だがあいつは言い訳ばかりで、君を連れて来ることも出来なかった」
(マリカじゃないでしょうね?)
「だから始末をつけさせてもらった」
(始末……)
いやな予感がして、こくんと唾を飲み込む。
「どういう事なの」
「楽しませてもらったよ」
暗い瞳でニヤリと笑う顔に背筋が震える。
「それはどういう、あなた達は結婚したんでしょ」
「するものか。あいつは節操無しだ」
「そんな、嘘よ」
「どうでも良い。君も、楽しませてくれるね」
「それはどういう……」
ダヴィードはナイフを取り出した。それは照明に冷たくきらりと光る。先が尖って奇麗に磨かれてとても、そう、とてもよく切れそうなナイフだった。
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