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03 婚約破棄
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ある日、伯母とマリカが来て、大層な剣幕でまくしたてた。
「お茶会に誘われて行ったら、下品だと言われたそうなんですけど。わざわざ虐める為にお茶会に誘うなんて、どうしてそんなに意地悪なのかしら」
「わたくしの食べ方を下品だと申されまして……」
マリカはハンカチを握りしめている。
ご挨拶もそこそこに、お席について、そこにあるお菓子を色々取って、どれも全て食べずに残して、お茶会を主催されたご令嬢に注意されたのだ。
『小さなお菓子ですので、良かったら味わって感想を頂きたいわ』
「マリカの存じ上げない方の所に連れて行って、皆で意地悪をするなんて、どういう了見なのでしょう」
「皆様で意地悪な事を言われて、とても辛かったですわ」
マリカがお茶会に行きたいと言ったので、よさげな所を見繕って一緒に行ったのだ。皆さまのんびりおっとりした方々なのだが。
マリカは令嬢方に窘められて、プイと挨拶もしないで帰ってしまって、私は皆さまに謝罪のお品を持って謝って回って、大変な思いをした。
それなのに、近頃私にはじわじわと不名誉なうわさが流れていた。伯母とマリカがあちこちに出かけては流すのだが、それは不自然なほどに早く広まった。
私は意地悪な思いやりのない皆で寄ってたかって虐めるような娘と言われた。
婚約者であるダヴィードには信じて貰いたかった。それで彼に手紙を出したけれど返事は来なかった。学園は男女別々の校舎であったし学年も違う。通学は別々だったし親睦のお茶会もない。私たちの接点は殆んど無い。
(私って名ばかりの婚約者ではないの?)
そのことに今更のように気付いて愕然とした。
学校で昼休みにダヴィードに会いに行った。教室にはいない。食堂でダヴィードに会う事もなかったので知らなかったが、食堂には別の入り口があった。食堂は広くて一階と二階がある。物珍し気に違う入り口から覗くと、仲良くマリカと一緒に食堂にいるダヴィードがいた。
二人でメニューを選んで笑い合って、ダヴィードの友人もいて賑やかだ。一体いつの間にそんなに仲良くなったのか。しかも距離が近い。肩が触れ合う程の近さだ。あの青い髪留めを見つけた時に見た、あの女性と今のマリカと変わらない距離の近さだ。
「ほらあの方って──」
「マリカ様を苛めたという?」
「まあ、あの方が? 全然目立たない、薄ぼんやりした方だけれど」
「まあ、クスクス……」
食堂は幾つかのパーティションに別れているから、顔を合わせることのない場所に行けばいいのだけれど、私の噂をこれ見よがしに囁く人もいて、とても食堂に入ることができず、その場から逃げ出した。
学校では皆が遠巻きにする。ベルタもロザリアもどうしていいか分からないようで、気まずい思いをする。唯一の救いはダヴィードとマリカが違う学年で滅多に顔を合わせないことだった。
* * *
「セラフィーナ、君との婚約は破棄させてもらう!」
春の学園祭のパーティで、とうとうダヴィードにみんなの目の前で宣言されてしまった。
「君は意地悪で、思いやりが無くて、理由もないのにこのマリカを虐めているそうじゃないか」
「ダヴィード様、本当にわたくし、ずっと辛かったのですわ」
マリカがダヴィードの腕に掴まって、その大きく育った胸を押し付け、ふるふると震えている。
小さい頃の丸々とした色黒の子はもういない。
マリカは可愛くて庇護欲をそそり、色っぽい女性に変身を遂げていた。
彼女に対抗できない。昔からそうだ。いつの間にか私が悪役になる。彼女はずる賢くて、口が達者で、思ってもみないことを言う。おっとりぼんやりとした私には太刀打ちできない相手だった。
ダヴィードとの婚約はすんなり白紙撤回された。なかったことになったのだ。
正直に言えばダヴィードと結婚することは、あの髪留めを見つけた時に見た美女の所為で不安があった。だからといってマリカに婚約者を奪われ、皆に酷いことを言われて心が傷付かない訳はないのだけれど。
学園に私が意地悪で、思いやりが無くて、マリカを虐げていて、その所為でダヴィードに婚約を破棄されたという噂が駆けずり回る。
皆、遠巻きにして味方は誰もいなかった。
二人はダヴィードが卒業してすぐに結婚をすることにしたようだ。
学校でこれ見よがしに仲良くする二人を見るのは辛かった。
私は逃げて、誰もいない校舎の屋上にひとりでいた。学園の校舎は三階建てで屋上の手すりから見下ろすととても高く思える。
(ここから落ちたら死ぬかしら)
人の心は傷付きやすく案外脆い。頬を涙が伝う。感情に左右されれば増幅してより以上に壊れやすい。
(とても辛い。私は逃げたい。ここから落ちたら、ここから落ちたら……)
「セラフィ!」
「ごめんね、ごめんね」
暖かい手が私を引き留めて抱き締めてくれた。
「ベルタ、ロザリア……」
二人を見てホッとした。私はとても追い詰められていたようだ。心がとても弱くなっていた。引き留めてくれる手がある事がありがたい。
いつもひとりでいる私の所に二人が戻って来てくれた。
ベルタは私をガードするように立って悪口を遮断する。ロザリアは寄り添うように後ろに立って大丈夫と励ましてくれる。
話ができる、話が通じる人が側にいてくれてとても心強かった。
そんなある日、母が言った。
「セラフィーナ、頑張ったわね。辛かったでしょう」
そう言って私を抱きしめてくれたのだ。
「お母様」
温かい言葉に少し涙が出た。
母はずっと私の事を見守っていて下さったのだ。
「あなたのお祖父様がね、少し静養したらいいと別荘に招待して下さったの。一緒に行きましょうか」
「はい」
あの湖の側でのんびりすれば、きっと傷付いた心も癒せるだろう。
「お茶会に誘われて行ったら、下品だと言われたそうなんですけど。わざわざ虐める為にお茶会に誘うなんて、どうしてそんなに意地悪なのかしら」
「わたくしの食べ方を下品だと申されまして……」
マリカはハンカチを握りしめている。
ご挨拶もそこそこに、お席について、そこにあるお菓子を色々取って、どれも全て食べずに残して、お茶会を主催されたご令嬢に注意されたのだ。
『小さなお菓子ですので、良かったら味わって感想を頂きたいわ』
「マリカの存じ上げない方の所に連れて行って、皆で意地悪をするなんて、どういう了見なのでしょう」
「皆様で意地悪な事を言われて、とても辛かったですわ」
マリカがお茶会に行きたいと言ったので、よさげな所を見繕って一緒に行ったのだ。皆さまのんびりおっとりした方々なのだが。
マリカは令嬢方に窘められて、プイと挨拶もしないで帰ってしまって、私は皆さまに謝罪のお品を持って謝って回って、大変な思いをした。
それなのに、近頃私にはじわじわと不名誉なうわさが流れていた。伯母とマリカがあちこちに出かけては流すのだが、それは不自然なほどに早く広まった。
私は意地悪な思いやりのない皆で寄ってたかって虐めるような娘と言われた。
婚約者であるダヴィードには信じて貰いたかった。それで彼に手紙を出したけれど返事は来なかった。学園は男女別々の校舎であったし学年も違う。通学は別々だったし親睦のお茶会もない。私たちの接点は殆んど無い。
(私って名ばかりの婚約者ではないの?)
そのことに今更のように気付いて愕然とした。
学校で昼休みにダヴィードに会いに行った。教室にはいない。食堂でダヴィードに会う事もなかったので知らなかったが、食堂には別の入り口があった。食堂は広くて一階と二階がある。物珍し気に違う入り口から覗くと、仲良くマリカと一緒に食堂にいるダヴィードがいた。
二人でメニューを選んで笑い合って、ダヴィードの友人もいて賑やかだ。一体いつの間にそんなに仲良くなったのか。しかも距離が近い。肩が触れ合う程の近さだ。あの青い髪留めを見つけた時に見た、あの女性と今のマリカと変わらない距離の近さだ。
「ほらあの方って──」
「マリカ様を苛めたという?」
「まあ、あの方が? 全然目立たない、薄ぼんやりした方だけれど」
「まあ、クスクス……」
食堂は幾つかのパーティションに別れているから、顔を合わせることのない場所に行けばいいのだけれど、私の噂をこれ見よがしに囁く人もいて、とても食堂に入ることができず、その場から逃げ出した。
学校では皆が遠巻きにする。ベルタもロザリアもどうしていいか分からないようで、気まずい思いをする。唯一の救いはダヴィードとマリカが違う学年で滅多に顔を合わせないことだった。
* * *
「セラフィーナ、君との婚約は破棄させてもらう!」
春の学園祭のパーティで、とうとうダヴィードにみんなの目の前で宣言されてしまった。
「君は意地悪で、思いやりが無くて、理由もないのにこのマリカを虐めているそうじゃないか」
「ダヴィード様、本当にわたくし、ずっと辛かったのですわ」
マリカがダヴィードの腕に掴まって、その大きく育った胸を押し付け、ふるふると震えている。
小さい頃の丸々とした色黒の子はもういない。
マリカは可愛くて庇護欲をそそり、色っぽい女性に変身を遂げていた。
彼女に対抗できない。昔からそうだ。いつの間にか私が悪役になる。彼女はずる賢くて、口が達者で、思ってもみないことを言う。おっとりぼんやりとした私には太刀打ちできない相手だった。
ダヴィードとの婚約はすんなり白紙撤回された。なかったことになったのだ。
正直に言えばダヴィードと結婚することは、あの髪留めを見つけた時に見た美女の所為で不安があった。だからといってマリカに婚約者を奪われ、皆に酷いことを言われて心が傷付かない訳はないのだけれど。
学園に私が意地悪で、思いやりが無くて、マリカを虐げていて、その所為でダヴィードに婚約を破棄されたという噂が駆けずり回る。
皆、遠巻きにして味方は誰もいなかった。
二人はダヴィードが卒業してすぐに結婚をすることにしたようだ。
学校でこれ見よがしに仲良くする二人を見るのは辛かった。
私は逃げて、誰もいない校舎の屋上にひとりでいた。学園の校舎は三階建てで屋上の手すりから見下ろすととても高く思える。
(ここから落ちたら死ぬかしら)
人の心は傷付きやすく案外脆い。頬を涙が伝う。感情に左右されれば増幅してより以上に壊れやすい。
(とても辛い。私は逃げたい。ここから落ちたら、ここから落ちたら……)
「セラフィ!」
「ごめんね、ごめんね」
暖かい手が私を引き留めて抱き締めてくれた。
「ベルタ、ロザリア……」
二人を見てホッとした。私はとても追い詰められていたようだ。心がとても弱くなっていた。引き留めてくれる手がある事がありがたい。
いつもひとりでいる私の所に二人が戻って来てくれた。
ベルタは私をガードするように立って悪口を遮断する。ロザリアは寄り添うように後ろに立って大丈夫と励ましてくれる。
話ができる、話が通じる人が側にいてくれてとても心強かった。
そんなある日、母が言った。
「セラフィーナ、頑張ったわね。辛かったでしょう」
そう言って私を抱きしめてくれたのだ。
「お母様」
温かい言葉に少し涙が出た。
母はずっと私の事を見守っていて下さったのだ。
「あなたのお祖父様がね、少し静養したらいいと別荘に招待して下さったの。一緒に行きましょうか」
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