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八話 執着
しおりを挟む社交辞令だろうが、わざわざ送ってくれた。いい奴だと思いながら、藤崎は走り去る車を見送った。
そういえば、藤崎の書いた話では、甲斐に会うのはエイリアンのシーヴと決別してからだった。
しかし、シーヴとのことは一夜の伽で終わったのだから、もう甲斐と会っても問題ないのか。レジスタンスはどうなったんだろう。
そこまで考えて、藤崎は溜め息を吐いた。
自分の書いた話と微妙に沿った現実が恐ろしい。この先どうなるのか、まるで分からない。エイリアンがトカゲではないというのなら、一体なんだろう。昆虫とか植物の方がよっぽど怖いような気がするが。
もし藤崎が、パソコンの中で書いている話を書き換えたら、起こっている現実も少しは変わるだろうか。
藤崎はそこまで考えてアパートの階段を駆け上がった。試してみる価値はある。
そうだ。あの話を消すとか、消すんじゃなくても友好的な優しいエイリアンにするとか、いくらでもあるじゃないか。話が面白かろうが面白くなかろうが、藤崎が楽しむだけの話だ。どういうのでもいいじゃないか。
もっと早く思い付けばよかった。エイリアンが来た時点で。いや、あの女流作家が死んだときに――。
◇◇
急いで部屋の鍵を開けてドアを開けた。しかし、藤崎は玄関で立ち止まってしまった。
部屋の中にキンキラキンとゴージャスな金色の光をさんざめかせて、金髪の美丈夫が居るのだ。
着ている服はこの前と少し違って襟があり、金ボタンが斜めに付いて、前身ごろは短く後ろは燕尾服のように長い、漫画で見た昔のヨーロッパ風軍服に似ている。
色合いも黒に近い濃紺で、きっちりと身体に沿った上等な仕立ては余計に引き締まってカッコよく見える。履いているスラックスも同じ濃紺で、膝までは膨らんで黒いブーツに辿り着く。
白手袋に制帽を小脇に抱え、髪をサラリと揺らして振り向いた姿は、恐ろしいほど絵になっていた。
鍵をかけていたのにどうやって入ったんだとか、靴を履いて上がっちゃいけないんだぞと咎める気力もなく、馬鹿みたいに玄関に突っ立った。
男は狭いキッチンの椅子に、足を組んで優雅に座っていたが、藤崎を認めて立ち上がった。キラキラキラと光を振り撒いて近付いてくる。いつ会ってもどこまでも綺麗な奴だ。
だがこの男はエイリアンなのだ。元を辿ればトカゲか昆虫か寄生植物かは知らないが。呆然と見惚れている場合ではない。藤崎はドアを閉めて逃げようとした。
しかし、一瞬早くシーヴに腕を掴まれて、部屋の中に引きずり込まれる。
「嫌だ!!」
藤崎は喚いて暴れたが、シーヴは力が強い。そのまま引き摺られて、ベッドの上に投げ出された。
これで何回目かと数える暇もなく、シーヴが藤崎の身体に乗り上がって、頭を押さえつける。恐怖に身を竦めた藤崎の耳に、カチッと小さな音が聞こえた。同時に左の耳朶にチクリと針を刺したような痛みを感じた。
シーヴはあっさり藤崎の身体を押さえつけていた手を離した。藤崎はゼイゼイとベッドから起き上がる。シーヴは藤崎の前に立って冷たい顔で見下ろした。
「お前はもう浮気をしているのか」
低い美声で訊く。言葉が分かる。藤崎は左の耳に手をやった。耳朶に何か堅いものが触れる。摘んでいるとそれは、藤崎の耳朶にゆっくりと馴染んで違和感がなくなった。
「な、何をしたんだよ!?」
恐怖に脅えて藤崎が喚く。
「オバールをお前に合うよう改良したのだ。私の言うことが分かるだろう」
シーヴは尊大に腕を組んで言う。
「昨日は初めてだったから遠慮してやったのに、その必要はなかったということか」
自分勝手な理屈をこねて、藤崎の身体を抱きかかえる。
どうやら、一夜限りの伽ではなかったようだ。浮気と言うからには、自分は特別なのだろうか。
現実は藤崎の書いた話にゆるく沿いながら、若干違う形で終始するようだ。この先どうなるのか、藤崎には皆目見当も付かなかった。
シーヴは藤崎を抱きかかえたままベランダに出た。まるで結婚式で新郎が新婦を抱くのと同じ格好なのだ。こんな格好を人に見られたら、後で何を言われるか分かったもんじゃない。
「お、下ろしてくれ!」
腕の中で暴れたが、そこに光の柱が下りてきた。あっという間に宇宙船に着いて、藤崎はまたしても床にどさりと投げ出されてしまった。
「痛て…」
乱暴な奴だ。人を何だと思っている。ただの食料だとでも思っているのか!?
床に座り込んで周りを見る。この前と同じ船のようだ。何の飾りもない広い部屋に、同じように屈強な男たちが五人ばかりいる。
「ついて来い」
シーヴは藤崎に顎を杓って、さっさと歩き出す。
嫌だと思ったけれど、こんな殺風景な部屋の中で、訳の分からない屈強なエイリアンに囲まれているのも嫌だった。
よろよろと立ち上がってシーヴの後を追いかける。
身体が痛い。全て、目の前を金色の巻き毛をなびかせて、颯爽と歩いてゆく奴の所為なのだ。昼間からナンパしているのに、その偉そうな態度は何なんだ。藤崎はシーヴの後姿を睨みつける。
藤崎の後から、ぞろぞろとお付のエイリアンが付いてくる。こいつらもこんな俺様な上司で大変だよなと、会社でこき使われている身の藤崎は、シーヴの部下たちについ同情してしまう。
入り口と思しきドアや、何の為にあるのか分からないボックスを横目に見ながら、広い通路を通ってシーヴの部屋に着いた。
シーヴを認めて勝手に開いたドアは、藤崎が部屋に入ると勝手に閉じる。後はドアの形ばかりで、どうやって開けたらいいのか分からない。
「これ、どうやったら開くんだ?」
ドアを手で押さえて、金髪の偉丈夫に聞いた。
「指輪と私の生体に反応する」
シーヴが二歩ばかりドアに近付いて、指輪をかざすとドアが開いた。ドアの外に先ほどの屈強な男たちが、まるで守衛のように立っている。逃げることも出来ないで立ち止まった藤崎の前で、ドアはあっさり閉じた。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
シーヴは部屋の真ん中にあるソファに座って足を組み、肘掛に肘をついて余裕で訊いてくる。テーブルの向こうの壁は広いスクリーンになっていて、街の景色が上空から映し出されている。
藤崎が何を訊こうかと考えていると、目の前のドアがスッと開いて、屈強な部下の一人が、グラスに入った飲み物と果物のようなものが入った器とを捧げて持って来た。
濃い赤紫がかった飲み物だが、それよりもシーヴはドアに近付いてもいないのに、何故ドアが開くのだ。部下が出てゆくとドアは勝手に閉まった。
「待てよ。あいつは? 何で開くんだ?」
「今のは私の秘書だ」
秘書だったら勝手に上司の私室に出入りしていいのだろうか。シーヴの短い説明では訳が分からない。センサーとか付いているのだろうか。もしかしたら、AIの組み込まれた考えるドアかも知れない。
まだドアの側にへばり付いている藤崎に顎を杓ってシーヴが言う。
「座れ」
まるで命令口調だ。金髪美形を睨んだが余裕でソファにふんぞり返っている。藤崎は自分では開けることの出来ないドアに見切りをつけて、すごすごとシーヴの前のソファに座った。
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