俺の書いた話が現実になって襲い掛かって来る

拓海のり

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四話 シーヴと名乗るエイリアン

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 その日も、いつものように安斎係長は藤崎にぐちぐちと小言を吐く。
「藤崎君。君には美意識というものが無いのかい」
「はあ」
「こんなボタンで誤魔化せると思うかい」
「はい。申し訳ありません」
 注文したボタンとワンサイズ違ったものが届いたのだ。送った部品メーカー側が気が付いて、正しい商品を送ってきた時には、製品はラインを半分流れていた。
「全部やり直しだよ、君」
「はい」
 係長の安斎に面倒を全部押し付けられ、藤崎は溜め息を吐いて女子社員に作業の指示をする。
 今日は残業だろう。しかし、アパートに帰っても気晴らしの話はもう書けなかった。

 エイリアンが来て一ヶ月が経ったが、藤崎の日常は少しも変わらない。美人のシーヴは一向に藤崎に接触して来ないし、あれから各国首脳とエイリアンとの間でどういう話し合いがもたれたか、意識して避けている藤崎は全然知らない。
 エイリアンに熱狂した世間は、現実が何も変わらないとなると速やかに忘れ去る。

「藤崎さん」
 女子社員のひとりに声をかけられて慌てて飛んで行った。
「このボタン、一つ違っているんですけど」
 藤崎のラインで作られているのは、高級チュールレースを襟元にあしらったニットのカーディガンだった。淡いベージュのレースにトルマリンのようなボタンが非常に映える一品だ。
 女性社員が選り分けているのは、非常によく似ているがどうやらボタンではないらしい。受け取って仔細に調べていると、係長がイライラと呼んだ。
「藤崎君! 何をしているんだね」
「はい」
 藤崎はボタンを手に持ったまま安斎係長のところに走る。
「新製品の縫製仕様書が来たんだ。君も目を通して置き給え」
「はい」
「まったく、コロコロと仕様を変えてくれるから…」
 係長の愚痴がまた始まった。何に対しても文句を付けないと気が済まないのだ。藤崎は安斎係長の長々と続く愚痴を、内心溜め息を吐きながら聞いた。


 会社を出るともう辺りは暗かった。藤崎の勤める繊維会社は街外れの港の近くにある。道路は広くて、付近は市が誘致した企業の工場や運送会社の配送センターが建ち並んでいる。
 街路灯が浮かび上がらせる道路を横目に、藤崎は暗い歩道を電車の駅まで黙々と歩く。
 時折、運送会社の大型トラックや港に向かう車、工場から帰る車などが行過ぎるが、暗い歩道を歩く人の影はない。
 仕事をしていれば給料が入る。毎日毎日死んでゆくような日々を我慢すれば、生活には困らない。この現状から抜け出したいと思っても、行くところがない。したい事がない。
 藤崎の唯一の息抜きは、パソコンで自分勝手に話を作ることだったが、作った話とよく似た事件が実際に起こってみると、怖くてパソコンに向かえない。
 閉塞感に押し潰されそうな思いで、とぼとぼと藤崎は暗い夜道を電車の駅に向かって歩いた。


 街頭の灯りが届かない暗い歩道に、突然、二本の人の足が浮かび上がった。それは藤崎の前に立ち塞がるように立った。
 変わった靴を履いている。踝まではぴったりと足に添った長靴で、そこからはまるで編み上げブーツのように足に絡み付いている。カーキ色のズボンは膝から上は膨らんで、同じカーキの上着が腰の辺りまで覆い隠している。逞しそうなその足を見ただけで男性のものと分かる。男の顔なんか見たくもない。



 変わった靴を履いている。踝まではぴったりと足に添って、そこからはまるで編み上げブーツのように足に絡み付いている。穿いているズボンは緩やかに身体に添っていて、逞しそうなその足を見ただけで男性のものと分かる。男の顔なんか見たくもない。

 避けようと身をかわすと、その人物も藤崎の前に来る。いつまでも藤崎の目の前に立っているので、藤崎はゆっくりと目線を上げていった。

 男が上に着ているのはやたらと勲章やら金ボタンがキラキラ付いた軍服ぽいカーキの服だ。肩から金モールが下がり、詰襟でその服に金色の巻き毛が流れ落ちている。軍服オタクだろうか。
 藤崎はゆっくりと首を上げた。男の顔は見上げねばならなかった。身長が百七十そこそこの藤崎よりもかなり高い。そして頭には軍帽を被っていた。通る車のヘッドライトに男の顔が浮かび上がる。

 その服に金色の巻き毛が流れ落ちている。
 藤崎はゆっくりと首を上げた。男の顔は見上げねばならなかった。身長が百七十そこそこの藤崎よりもかなり高い。通る車のヘッドライトに男の顔が浮かび上がる。

 顔を見て驚いた。
 真ん中から分けた長い金色の髪が縁取る顔は、アポロン神のように整っている。碧い二重の瞳、通った鼻筋、薄くて甘い感じの唇。非常な美形である。
 人間とも思えなくて、藤崎はぼんやりと非の打ち所のない男の顔を眺めた。
 男は表情を変えないで藤崎に右手を差し出した。さらりと衣擦れの音がする。形のよい長い指。中指に指輪が一つ。手と男を見比べる。

「あの、何でしょうか」
 男は日本人とは思えない。英語とかで喋られたらどうしようと藤崎は思った。会話が出来るほどには堪能ではない。
 ちょうどそこへ、藤崎の後ろから自転車を漕ぐ音が近付いてきた。道の真ん中に突っ立った藤崎を見つけて、チリリとベルを鳴らす。

 美形の男は一つ舌打ちをすると、藤崎を片手で抱きかかえた。上空に右手の指輪で合図を送る。光の柱が下りてきて二人を飲み込んだ。時間にして一秒掛かったか。
 自転車で通りかかった人間が、呆気にとられたように周りを見回したが、そこにはもう誰も居なかった。

 光に飲み込まれて、ひゅんと音がしたような気がした。気が付くと広い部屋に着いていた。男は片手に抱えた藤崎をどさりと床に投げ出した。
 乱暴な男のようだ。しかしここはどこだろう。
 手をついた床に、人が数人立てるくらいの丸い印のようなものがある。目を上げると、何の飾りもない広い室内に、金髪の偉丈夫の他に男が五人ばかりいる。どの男も同じ軍服を着て屈強そうだ。

『――――』
 男が訳の分からない言葉を喋って、藤崎に顎をしゃくる。長い金色の髪を揺らせて、さっさとその部屋を出た。
 藤崎は両側からその部屋に居た男たちに腕を掴まれて、連行されるように金髪美形の男の後を歩かされた。

 広い通路はまるでSF映画そのものだ。両側にいくつものドアやボックスが並び、照明もないのに男の行く先々が明るくなる。
 彼らはエイリアンなのか。だが、ここに居るのは男性ばかりのようだが。今起こっていることが信じられなくて、半ば放心した体で藤崎は男たちに引き摺られた。

 やがて美丈夫はどこかの部屋に入った。広い部屋だ。
 テーブルやらソファらしき家具調度類は、グレーの部屋の色調に合わせた茶系統で纏められ、壁の一部がスクリーンのようになっていて、赤や青の光に溢れた夜の街の景色が上空から映し出されている。スクリーンの側にある緑の海草のようなぬめぬめとした植物はエイリアンの星の植物か。

 どうやら男の私室らしい。藤崎と金髪碧眼の男を置いて、男たちは出て行った。ドアがシュッと閉まると、そこはドアの形の跡ばかりで、叩こうがどうしようが藤崎には開けることが出来なかった。
 後ろを振り返ると男は軍帽を取った所だった。サラリと音がするように金髪を靡かせて偉丈夫が藤崎の前に来る。
『――』
 短く何か聞いた。解らなくて首を横に振る。

 男は藤崎を掴まえて、服を勝手に探し回った。やがて、会社で女子社員に渡された、あの青いボタンを男は取り出した。いつの間にポケットに入っていたのか。
 男は青いボタンを藤崎の耳の穴に嵌め込んだ。
「私の言うことが解るか」
 低い朗々とした男の声が耳に入ってきた。
 青いボタンは翻訳機だったようだ。それなら探すかも知れない。しかし、どうしてそんなものが、藤崎の勤める会社の部品のボタンの中に混じっていたのだろう。

 とにかく、藤崎はこくこくと頷いた。きっとこの男はエイリアンの仲間なのだと考える。テレビに映ったのは美女ばかりだったけど、女ばかりで来たとも思えない。
 男はいきなり藤崎の服の襟元を掴んで引き寄せ、検分するようにじっと見る。顔を近付けて匂いを嗅いだと思ったら、べろりと唇を舐めた。
「ぎゃっ!!」
 藤崎は掴まれたままジタバタと藻掻いた。男に食われるかと思ったのだ。藤崎が書いた話では、エイリアンは肉食のトカゲで、地球人を家畜化するために来たのだ。
 男が藤崎を掴んでいた手を離して、藤崎は床にどすんと尻餅をついた。そのまま後ろ手に床を這って男から離れる。
 男は藤崎の様子を見ていたがおもむろに言った。
「お前が気に入った。私の伽を命じる」
 信じられない言葉を聞いたような気がする。藤崎は床に両手を付いた格好のまま、男を振り仰いだ。

 金髪美形の偉丈夫は藤崎を見下ろして自己紹介した。
「私の名はシーヴ。我がティレスタム艦隊司令長官シーヴ・イェフォーシュだ」
 確かに金髪碧眼の美形だが――。
 何かが違う。どこかが違う。若干どころか根本的に間違っている。
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