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十話
しおりを挟む「三日月さんは綺麗ですね」
スーパーの食品売り場に商品を陳列していると、そこの売り場担当の女性に言われた。
「はい?」
年上の四十年配の女性に言われて、直樹は聞こえなかった振りをした。
「この前お見せしたパンフレットの商品です。よかったら味見してください」
代わりに女性の喜びそうなサンプルを取り出す。
「へえ、瓶の形からして違うのね」
輸入品のスプレッドの可愛らしい形をした瓶を見て、その女性は目を細めた。
「そうですね。一応、私も味見しましたが」
直樹は少し顔を顰めてみせる。
「甘党じゃないの」
「はい」
ニコと笑いかけると、売り場担当の女性は少し赤くなって直樹を見た。
この女性はこの中堅のスーパーの店長といい仲だと香田が教えてくれた。当たらず触らず機嫌を取っておけと。
「こちらはフランス製のスプレッドです。五種類ほどあるんです。ここに並べたいと思うんですが、よかったらプッシュしてください」
「そうね」
女性は嬉しそうに笑って見本の品物をひっくり返していたが直樹の方を向いて言う。
「三日月さん、彼女いるわよね」
仲人をしたいのだろうか。それとも興味半分か。
「ええ、まあ」
「どんな子?」
「年上で、ちょっと我が儘かな」
嘘は言っていない。ちょっとどころではないほど我が儘だが。
「ふうん。そうね、三日月君って優しい感じだものね」
女性はそう言って引き下がった。
商品を納入してスーパーを出た所で景山に会った。
「君は何処に行ってもフェロモンを振り撒いているんじゃないのかね」
課長の景山もこのスーパーに出向いていたらしい。もちろんデスクに座ってのうのうとしていたらこの仕事はやっていられない。得意先を回って売り込みや販売戦略にあった商品の企画をし、先頭を切って売り込まなければならない。
「まさか…」
そう答えながら後が続かない。この前直樹に言った『君はそういう趣味だと──』という言葉が過った。
「食事はまだかな。よかったらどうだ。この先に上手い飯屋がある」
直樹のそういう態度に頓着しないで景山が誘う。
「飯屋ですか」
「ああ」
取り入ろうとも思わないが、さりとて直属の上司であれば下手に断る訳にも行かない。直樹は景山の言う飯屋について行った。
その店は車で五分もかからないところにある住宅街の中にあって、外観は普通の家のようだった。
「穴場なんだ」と景山が言う。確かに連れて来られないと分からない。
店の中は和洋折衷で、真ん中にガラス張りの坪庭があり、落ち着いた雰囲気だった。定食の、盆に少しづつ盛られた料理はどれも薄味で直樹の口にあっていた。
食事の後で景山が切り出す。
「君は付き合っている奴はいるのかな」
「今日はどういう日かな。さっきもそこの担当さんに聞かれましたが」
直樹はそう答えて首を傾げた。景山が笑いを含んだ声で言う。
「そうか。よくもてるというわけか」
「もてませんよ」
「食品会社の営業は体育会系が多いから、君みたいな毛色の変わった男が回ると喜ばれる」
「そうでしようか」
納得していないような直樹の返事に頓着せずに景山は質問を蒸し返した。
「で、売り場の女性には何と答えたんだい」
「付き合っている人がいると答えました」
直樹ははっきり言い切った。景山はそれ以上追及しなかった。
「君みたいな子は戦力になるから、あまりはっきりしたことは言わないでぼかした方がいいと思うが。別にその子と結婚するわけでもないんだろう」
景山に諭されて直樹は考え過ぎかと頷いた。少し神経質になっているかもしれない。
後は仕事の話をして切り上げ二人はその店を出た。
出しなに客が入って来た。男と女の二人連れだった。男は直樹のよく知っている顔だった。そして女は若くて美しい。非常にお似合いの二人だった。
男は直樹になど気付きもしないで女性をエスコートして店の中に入って行った。
「知り合いか?」と景山課長が聞く。
「え、ああ少し」
直樹の声が掠れた。
「そう。あれは私の妹なんだが、君はいつ知り合ったんだ」
景山がそう言ったので直樹は驚いたように景山を振り返った。
「課長の……」
「異母兄妹なんだ。もっともあっちは知っているのかな。私は妾腹の出だからな」
景山はそう言って唇を歪めた。
* * *
「あれは誰だ」
男が聞いた。
「あんたこそ、あれは誰なんだよ」
「聞いているのは俺だ」
睨み合いに負けて溜め息を吐き直樹が答える。
「会社の上役で景山課長という」
聞いた男はもう返事をせずに直樹に手を伸ばした。押さえつけて唇を塞いだ。聞きたい事が聞けなくて、でも本当は聞きたくなかった直樹は、傲慢な男の背中に腕を回して自分の心を騙した。別に聞きたいわけじゃないと。
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