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04 鏡は粉々に砕け散って

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 そんな風に頑張っていたある日、噂を聞きつけた婚約者のレックス・ユーストンが我がリンジー男爵家に来たのだ。私たち一家は彼のことをすっかり忘れていた。

 レックスは美しくなった屋敷に驚いた。
「おかしい、何で急に金持ちになったんだ」
 部屋の調度品まで立派である。
「お父様の投資が上手くいったのよ」

 私はこんな男に鏡さんの事なんか言うつもりはない。しかし折悪しく丁度食事の時間だった。次々出される料理の数々と美味しいワイン。
 レックスは屋敷に居座りを決め込んだ。

「お帰り下さい」
「何を言うか、俺がこの屋敷の主になるんだぞ。大人しく言う事を聞かなきゃ、お前なんかお払い箱にしてやる。俺はここで贅沢のし放題だぜ。ぎゃはは」
 レックスはいつもの調子で喚いた。そして私の顔を見て舌なめずりをする。
「まあ、少しは見られるようになったな、エセル。これならガキのひとりくらいはお前と作ってやっても良いぞ」

 その言い草に呆れるがどうしよう。こんな男なんか婚約破棄したいが、彼はドーセット侯爵家の一門だ。婚約破棄をすれば力があり金持ちでもある侯爵家から我がリンジー男爵家は何をされるか分からない。折角ここまで持ち直したというのに。

『何と強欲な奴だ。ムカつく。ボクは、こんな奴は許せないのだ』
 一部始終を見ていた鏡から手が伸びて、婚約者の腕を掴み鏡の中に引き込もうとする。「何だこの鏡は!」レックスは引き込まれまいと、食卓の燭台を手に取って鏡を割ろうとした。
「「「ああ、止めて!」」」
 家族一同でレックスを止めようとする。その時、鏡から怪光線が迸った。

「ぎゃああぁぁーーー!!」

 何が起こったの。鏡の前に倒れている婚約者。鏡の中にも婚約者が倒れている。
 鏡の中と外を見比べる男爵一家。
「うーむ」
 気が付いたようだ。みんなでそっと覗き込む。レックスはパチパチと瞬きして額に手を当て辺りを見回し、ゆっくりと身を起こした。

「ここは?」
「リンジー男爵家ですわ」
「ボクはずっと鏡の中に閉じ込められていたんだ。もう身体は無くなってしまって……、何だか、君たちがはっきり見えるんだけど──」
 その鏡さんのお話は聞いたけれど。彼は首を傾げてじっと私たちを見回していたが、ふと私に手を伸ばして、その手を見て目を丸くした。

「────、これは!! 手がある。足がある。顔も、頭も、身体もある!!」

 レックスが自分の姿を見回し、たくさんある鏡に映して叫んでいる。
 子爵令息レックスの顔でレックスの声で喋っているけれど、中身が違うと全然別の男に見えるのは何故? この男は今までと雰囲気が全然違う。

「君が……、エセル?」
 レックスは私に向き直って聞く。
「はい」
「銀の髪に青い瞳のエセル、鏡の中からでも綺麗な娘だと思っていたけれど、実物はそれ以上だ。けぶる銀の髪、星を映す青い瞳、スベスベとして柔らかそうな肌、サクランボのような唇。何と美しい……」

 彼は金髪碧眼の見た目だけはいい男だった。しかし、こんな表情は見たことがない。知性に溢れ、優しさが滲み出て、私を見つめるその熱い眼差しは……、まるで別人だ。
 見つめ合う二人。しかしそこに無粋な声が喚く。

『おい、エセル、助けろ』
 鏡の中の男が喚く。
「誰」
『俺だレックスだ、本物のレックスだ。そいつは偽物だ』
「本物の?」
 どうしよう。鏡の中の婚約者が騒いでいる。
「エセル。こいつ必要かい」
 婚約者と入れ替わった男が聞く。
「いいえ」
「じゃあ鏡を壊そうか」
「いいの? 出て来たりしない?」
「多分大丈夫」

 エセルは偽物のレックスと一緒に鏡を持ち上げると「「鏡よ割れろ!」」と叫んで床に思いっ切り叩きつけた。

 ガッシャーーーーーン!!!!
 鏡は粉々に砕け散った。
『ぎゃああーーー!』悲鳴が響いて消える。

 目の前にレックスの姿をした男がいる。不安げに見守る男爵家の人々に、にこりと笑うレックスの姿をした男。
「鏡を片付けて捨てよう」
「はい」
『ギャー、ワー』
 割れた鏡が何かほざいているが気にしない。粉々の鏡を袋に詰めて馬車を出し、一家で王都の近くを流れる川に捨てた。



 王都の屋敷に帰ると鏡の使役だった侍女たちが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お茶の用意がしてございます」
 一同応接室に集まってお茶で一息つく。

「王家の宝物庫の中で、ボクはもう消滅するところだったんだ」
 レックスになった鏡が語る。
「でも、君が呼んでくれたから、こうしてまた元の世界に戻ることができた。その上、こんな身体まで手に入った。君はボクの生命の恩人だ」
 彼は私の前に跪く。
「この身体がある限り、ボクは君に愛を捧げることを誓う。エセル、君を愛している。ボクと結婚してください」
 ああ、初めてのプロポーズだわ。嬉しい。思えばレックスは私に愛の言葉も何もくれなかった。でも、真摯な瞳で私を見つめる彼はレックスじゃない。

「勿論私も愛しているわ。でも、あなたの本当の名前は何て仰るの? レックスじゃイヤでしょう?」
 鏡の彼は嬉しそうに笑って答える。
「ボクの名前はアルロだ」
「アルロ、あなたが来てくれて世界が変わったの。私もあなたと結婚したいわ」
「ああ、エセル、僕はなんて幸せ者なんだ」
「私もよ、アルロ」
「「おめでとう、エセル、アルロ」」
「「「おめでとうございます、御主人様、お嬢様」」」
 お父様とお母様、それに侍女たちが祝福してくれる。


  ◇◇

 レックスになった鏡はユーストン子爵家に帰って、リンジー男爵家に住み込んで男爵家を継ぐために勉強すると両親に告げ、子爵家を出た。
 それからは男爵家に住いし、学校の行き帰りは私と一緒で、付き合っていたプリシラには早々に別れを告げた。

「ボクは君のような意地悪な女性と付き合いたくないのだ」
「まあ、レックス。どうしたの? 頭が変になっちゃったの?」
「ボクにはエセルという非常に美しくて優しい婚約者がいるのだ。ボクは心を入れ替えた。もう付き纏わないでくれ給え」

 プリシラはしつこくレックスに付き纏ったが、相手にされなくなった。根に持ったプリシラは、意地悪グループと一緒になって私を酷い目に遭わそうと企んだ。
 プリシラがレックスを引き止めている隙に、意地悪グループが私を空き教室に押し込んで不良グループに乱暴させる、という筋書きだ。

 しかし、レックスは私の周りにバリアやら防御魔法やらをかけてくれていて、おまけに鏡の魔道具を私のイヤリングに仕掛けたのだ。彼らの悪事は学校中に仕掛けられた鏡によって筒抜けになった。とうとう学校から放校され、修道院の矯正施設に送られた。


 レックスはすっかり心を入れ替えて、ていうか本当に入れ替わって、エセルを愛するしっかりしたできの良い優しい、おまけに魔法が尋常でない旦那様になった。


  おしまい

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