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02 ただの鏡ではないのだ
しおりを挟む「そうよ! 鏡があったら、鏡さえあったら!!」
私は拳を握って叫んだ。
バコン!
「痛い」
その私を窘めるように、頭の上から鏡が落ちて来た。これは新手の苛めかしら。頭を撫でながら見回すが周囲に鏡を投げるような人物はいない。令嬢方は離れて様子を窺っているが特に何も言う様子はない。というか驚いて固まっている。
鏡は、私の石頭に当たっても割れもせずに地面にパタンと落ちた。壁に飾れば全身が映るぐらいの大きさの額縁の付いた一枚の鏡だ。
ここは学校の中庭を外れた門に近い場所だ。道の周りは木立が適当に植わっていて建物はない。
(鏡よ、鏡だ、鏡だわ。これ誰の物?)
こんな物を誰が落としたんだろう。取り敢えず拾ったから私の物だわ。返してって言うまで返さないでいいよね。
鏡はかなり大きかったし重かった。でもそんなことは何のその、私は後生大事に鏡を抱え上げると頑張って家に持って帰ることにした。
家に帰って両親に鏡を見せる。
「お父様、お母様。鏡です」
「まあ、誰の鏡?」
「分かりません。頭の上に落ちて来たの」
「立派な鏡だ。額に繊細な彫刻が施され、鏡面は美しく輝いて歪みも凹みも傷もない。これは──」
「「「高く売れる」」」
そうだ、借金持ちの貧乏男爵一家に考え付くことは、それしかない!
するとソファに立てかけておいた鏡が、身動ぎしてゴトンと飛び上がり、宙返りをしてソファの真ん中にデーンと乗っかった。
『ボクは売られるのは嫌だね』
「「今のは……」」
『ボクだ。見た所ぼろっちい屋敷だね。こんな所は嫌だな』
鏡が喋った。
立派な鏡が文句をつける。調度品も売り払い、安物しか残っていない。こんなみすぼらしい家では嫌なのか。
「ま、待て。出て行くのか」
「売ってしまうまで待って下さい」
父と母が必死になって引き止める。
鏡は両親の言葉が気に入らなかったようで苦情を申し立てる。
『失礼だな。ボクは自分の居場所くらい自分で作れるのだ』
鏡がくるくると斜めに踊る。そして呪文を唱えたのだ。
『家具内装入れ替え、リプレイス』
不思議なことに鏡からぴかりと怪光線が四方に迸り、部屋が瞬く間に綺麗になった。その後調度品がポンポンと鏡の中から飛び出して、ボロい調度品と入れ替わりに配置されていく。あっという間に部屋の中は、素晴らしい豪邸のような内装になった。
『ドヤ!』
鏡はドヤ顔をしたらしいが、鏡を見ても顔らしきものは映っていない。
「うわあああ……、スゴイ。コレどーしたの?」
『エッヘン、ボクん家と入れ替えたのだ』
美しい壁紙に、内装にこれでもかと高価な鏡が使ってあり、豪華な調度品に埋もれて、みすぼらしい家族三人が、あんぐり口を開けて家を見回している様子が鏡に映し出される。
「さあ、お嬢様お召し替えを」
侍女の服を着た女性がにこやかに案内する。
「え、あなた誰?」
『それはボクの召使だ。使わせてとらす』
見ればお父様とお母様も、召使に連れられて自分の部屋に向かっている。
私の部屋は驚くほどに豪華で綺麗になっていた。天蓋付きの豪華なベッドにスツール。勉強机に書棚にドレッサーにワードローブ。美しくも可愛い家具や照明や小物が配置され花柄カーテンに上飾り、ふかふかの絨毯まで敷いてある。
「さあ、お嬢様。湯あみをしてお召し替えですよ」
部屋の隣になかった筈の魔道具付きのお風呂が出来ていて、侍女に奇麗に磨かれて部屋に戻る。部屋の中にはあちこちに鏡があって、久しぶりに湯あみをして小ざっぱりして、侍女の差し出したガウンを羽織った私の姿が映っている。
実は男爵令嬢のくせに銀髪に青い瞳の私。高位貴族の落とし胤とか拾いっ子とか噂も出たが正真正銘両親の子である。この美貌が苛めの原因にもなっているのだけれど、目が節穴の婚約者レックスは何にも気付いていない。まあ髪はぼさぼさ灰色で寝起きの顔で、やつれてヨレヨレの制服を着ていれば気が付かないか。特に胸に目が行く男には。
髪を可愛らしく結われて、侍女がワードローブに案内する。内部はとりどりのドレスが一杯だ。
「お嬢様、こちらは今流行りのエンパイアシルエットでございますよ」
ホントに夢じゃないのかしら。夢でも贅沢が出来たら嬉しいけど。
「大変お似合いでございます」
プリシラほどではないが胸も程々に育っていて、エンパイアも様になっている。ドレスを着てお化粧をした後、食堂に案内された。
シャンデリアが下がった豪華な食堂で、従僕が大皿に盛られた料理を運んできて執事が切り分けて並べていく。
「グジェールでございます」
「ワインをどうぞ」
「鴨レバーと豚肉のパテでございます」
「仔牛のローストでございます」
「栗とアーモンドのクリームタルトでございます」
ここのところ食べたことのないお肉いっぱいの豪華な料理が出て、食後のデザートもホールケーキで、久しぶりに皆で満足した。
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