初夜に「私が君を愛することはない」と言われた伯爵令嬢の話

拓海のり

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その2

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 ある日、学校から連絡が来て、卒業試験を受ければ卒業できるという。スタンリー様に了解を得て、試験を受ける事にした。
「その、昔の友人と会って来てもいいですか」
 街に出て、カフェでちょっとお茶をして、という流れになるだろう。
「そうか……」
 スタンリー様は少し間を置いてから頷いた。


 学校はすでに別の世界のようだった。友人たちはキラキラと眩しくて、自分が急に歳を取って色褪せたように感じた。
「イヴリン、新しいカフェが出来たの」
「まだ行っていないのなら、そちらへ行きましょ」

 王都の新しいカフェに落ち着いて、もう私が得ることの出来ない、希望に満ちた未来の話を聞く。
「わたくし公務員試験を受けて──」
「婚約するかどうかまだ決めていなくて──」
「結婚式は来年になるの。でも彼が早くしたいと──」

「で、イヴリンはどうなの?」
 友人たちが私を見る。

「どうなのと言われても」
「何か煤けた顔をしているわね」
「もっとこう、弾ける幸せ一杯の顔をしているかと──」
「キルデア侯爵の、あの噂って本当なの?」
「何よ、その噂って」
 私は顔を顰めた。こんな所で聞きたくないんだけど。

「イヴリン、久しぶりだね」
「あ……」
 その場に友人が私の昔の恋人を呼んだのだ。
 護衛も侍女も友人がいるという事で部屋の外に追い払っていた。

 友人たちは隣の小部屋に私達を追いやった。
 久しぶりに向かい合う。友人以上恋人未満の男友達だった。私達の未来はキラキラしていた筈だった。結婚によって消滅した淡い思い。

「聞いたよ、君とあの男は白い結婚なんだって?」
「いいえ、そういう訳じゃあ」
 何でこの男がそんな事を知っているのだ。確かに白い結婚だが、スタンリー様は離婚しないと言っている。
「何だよ、どういう訳なんだ」

 手を取って、肩を掴まれて、問い詰められて白状した。私の中にまだこの男への断ち切られた思いが燻っていた。
 触れもしない夫が悲しい。
 あっさりと腕の中に閉じ込める男のぬくもりに、心が悲鳴を上げる。
 どうしていいか分からない。

 スタンリー様との結婚と同じように意味が分からない。
 この身体の意味が。この熱が。この涙の意味が。
 ねえ、どうしたらいいの。腕の中で聞く。聞いてはいけない男に。

 そして、男が私に渡したのは毒薬だった。
「これであいつを殺したら一緒になれる」
 囁く男に慄く心。
 こんな物を受け取ってはいけない。いけないのに。


  ◇◇

 屋敷に帰ったけれど怖かった。どうしていいか分からない。分からない事ばかりだった。まだ十七の私には。


 その日、帰ってきたスタンリー様は、食事の後話があると私を書斎に呼んだ。
 部屋に行くと、後ろ向きでサイドボードにグラスを置きブランデーを注いでいた。グラスを持って座るように言い、私の前に彼も座った。

 私は彼の顔が見れなかった。怖かった。恐ろしい毒を渡され受け取った。その事が、毒を持っているという事が私の心を怯えさせた。震えていた。
 いつ彼がブランデーを飲んだのか分からなかった。


「ぐっ、ごっふ……」
 いきなりスタンリー様は咽た。
 私はびっくりして顔を上げる。彼の身開いた薄青の瞳が少し赤く染まって「イ……イヴ……」言葉にならない声が私を呼ぶ。
「スタンリー様……?」
 何度も咽て、喉を掻きむしって、言葉にならない声で私を糾弾するように見て、血を吐いた。
「きゃああーー!」
 彼は身体を支えていられなくて、椅子から転がり落ちる。
 執事やら侍従やら侍女やらがドアを開けて入って来た。
「だ、旦那様!」
「大変だ、医者を!」

 訳が分からない。意味が分からない。どうして。
 すぐに医者と王都の警吏が呼ばれ、私は捕まった。毒を持っていた私は、申し開きも許されず死罪となった。

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