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「ピンピンしていませんわ。今だってよろよろです!」
「アデラ、突っ込む所はそこじゃない」
 オドヴァル殿下が現れた。
「じゃあどこに突っ込みますの? わたくし後ろはイヤですわ」
「そうか、そんなに言うなら後ろも開発してやろう」

 何でこいつと話をするとこうなるんだろう? 毒されてしまったのかしら?
 まだ開発する気があるってことは、こいつには殺されないのかも。
 私はベッティルの腕を振り切って、オドヴァル殿下の方に逃げた。

 堪りかねて口を挟んだのはエリカだった。
「あんたら、後ろもって何ですのっ! 他はもう開発したんですかっ!!」
「何処だっていいじゃない。貴女には関係ない事よ、ねえ殿下」
「そうだな」
 私が殿下に流し目をするとエリカは本気で怒りだした。

「人が黙って聞いていればいい気になって、許しませんわ!」
「黙っていないし」
「もういいですわ。わたくしが殺して差し上げます!」
「エリカ!」
 スラリと剣を抜くエリカ。本性を現したようだ。でも、何処からソレを出したの? スカートの中からだったし、女スパイみたいだ。

 剣の構えが手練れっていう感じで隙が無い。何より顔付きが全然違う。目を細めて獲物を狙い甚振る感じだ。剣の鞘から何かを抜き出して投げた。

 殿下は私が羽織っていたストールをひらりと抜き取って、飛んで来たナイフを叩き落とした。カチャンとナイフがテラスの石の床に落ちて滑っていった。
「殿下!」
 この方はゲスだけれど大切な御身なのだ。怪我などさせられない。エリカが私を狙うなら離れた方がいいかと思ったけれど、どうした訳か殿下が私の手を掴んで背中に庇う。

「殿下、わたくしを庇ってはいけません」
「私の方が強い」
「でも、丸腰です」
「真ん中に剣は持っているが──」
「ソレが無くなっては困ります!」
 何をやっているんだろう、私達はお互いを庇い合って。
「いい加減にしてっ!! こうなったら二人とも──」
 エリカがブチ切れて剣を向ける。

「オドヴァル殿下!」
 騎士のアクセルが殿下とエリカの間に割って入った。エリカの投げるナイフを瞬く間に剣で落とす。その隙に一合二合と切りかかるエリカと剣を合わせた。
 殿下の赤毛の騎士は強かった。あっという間に斬り結んだ剣を巻き上げて飛ばした。エリカの剣は雪の庭園に突き刺さる。

「捕縛せよ」
 アクセルの連れて来た騎士達が、エリカとまだそこに居たベッティルとトシュテンを捕縛した。
「くそう!」
 エリカが物凄く悔しそうに吠えた。


「エリカ様って、殿下の好みなんですよね」
「何を言っている、私の好みなど聞かなくても分かるだろう」
「分かりませんわ」
「大体、まだ安静にしていなければいけないのに、お前は部屋で大人しく寝ることも出来ぬか」
「殿下がそれを言うんですか! 散々私の身体を弄んでおいて!」
「待て、ここでそれを言うな」

「殿下……」
「何という──」
 周りにはまだ騎士達もエリカもベッティルとトシュテンもいた。
 どっちにしても侍女からバレバレで手遅れだと思うけど。
「じゃあ、どこだったらいいんですの……、あ……」
「アデラ!」
 まだ言い募ろうとしたが、それが限度で、力が抜けてしまった。
「とにかく寝ていろ」
 ゲスな男は困りきったような顔をして、私を抱えて今までいたベッドルームに運ぶ。寒くて疲れて、抱きかかえてくれる腕が暖かくて気持ちがいい。何だろう、この安心感は──。
「アデラ様!」
 栗色の髪の侍女が心配そうな顔で部屋から走り出て来て驚いた。


  * * *


 一日中起きていても大丈夫とやっと医師に許可を貰った後、オドヴァル殿下に今回の出来事の顛末を聞いた。

 エリカが隣国のスパイでオドヴァル殿下の弟殿下を担ぎ、それに宰相の子息ベッティルと外務卿の子息トシュテンを巻き込んで王位簒奪をなし、隣国がそれを後ろ盾してこの国を併合するという謀略は、オドヴァル殿下があっさり覆し潰えた。


 うーん、なんか違う。
 エリカがオドヴァル殿下を落として、卒業パーティで婚約破棄をして断罪をして、国王陛下がオドヴァル殿下を廃嫡という流れではないのか?
 何で私が卒業パーティも待たずに殺されなければならないのだ。

 思い上がった女の短絡的思考だと、殿下はあっさり言った。
「私のことですか?」と、ふくれっ面で聞く。
「違う、お前がいなければ私の側に侍れると勘違いする女がいるということだ」
 全部コイツの所為だよね。そう思う私は悪くない。


「どうだ、しばらく忙しくて来れなかったが、寂しかっただろう」
「そんなことありませんわ、殿下なんか嫌いよ」
 私は殿下にしばらく放って置かれて少し拗ねていた。

 久しぶりのお茶会は王太子宮のサロンで、私は相変わらずここにいる。
 明るい日差しの入るテラスの向こうは眩いばかりの雪景色だ。私はお気に入りとなったカシミヤのショールにぬくぬくと包まれている。

 オドヴァル殿下の後ろには護衛騎士のアクセルが付いて来たが、今は少し離れたドア横に、私の護衛となった女性騎士と一緒に控えている。
 私の侍女は何があっても大抵は薄っすら笑った顔の二十半ばの栗色の髪の女性で伯爵家の三女だという。侍女は何人もいたけれど、何人か入れ替わって、彼女が私付きの筆頭侍女となった。

「元気そうで何よりだ、身体が寂しいだろうがもう少し待つのだ」
「わたくし、もう帰っても──」
「そうか、触って欲しいか、いやらしい女だな」
 殿下が隣に座って私を引き寄せてキスをする。私はジタバタと腕の中から出ようとするけれどビクともしない。
「違いますってば」
「そう嬉しがるな」
 体調も戻ったし、いつまでもこんな所に放って置かれるのもイヤだ。そろそろ侯爵邸に帰りたいのだけれど、これでは埒が明かない。

 ──で、ちょっとした思い付きをぶちかましてみたのだ。


「殿下、こういう淫紋とかを使うのは、身体の何処かにコンプレックスがあるからじゃないんですか?」
「何を言っているんだ。私にコンプレックス等ある訳がない」
 自信満々だな。
「そうですか?」
「疑い深そうな目付だな。いつからそんな誘うような真似を覚えた。許せんな」
「いや、あの」
 藪蛇か? しかし彼は独白するように続けた。

「私は王太子に生まれた。国王になるべくして育てられたのだ。しかし、女に触れるのは禁じられた。そして婚約者に宛がわれたのがお前だ、アデラ。痩せっぽっちでガリガリで色気の欠片もない女。いつも俯いて何を考えているか分からないまるで背後霊のような鬱陶しい女。そいつと子作りをするまで女厳禁だ」

 酷い言われようだ。いつもツンケンして不機嫌な態度丸出しで女をとっかえひっかえして、こいつの今までの態度が分かるセリフだわ。
 でも、女厳禁って、違うでしょ?

「でもエリカ様とか、他にも大勢付き合っていらっしゃったですよね」
「味見はしたがな。エリカは胸以外にも筋肉が付いていて硬いし尻が垂れて、さっさとベッティルとトシュテンに下げ渡した」
 そういえばどっちかがそんなこと言ってた。
「女除けに侍らせておいたが」
 女除け……?

「何が悲しゅうてお前の所為で、貴重な青春の一ページを無為に過ごさねばならぬのだ」
 知らないわ、好きなだけ遊んでいるように見えたのに。

「あの日もいつものお茶会だと思った。お前は毒を盛られたけれど、奴らがこっそり企んでいたし、これもアリかと見ていた。お前は私の前で毒を吐き出し、あろうことか『水!』と叫び、うがいをした」
 黙って見ていたのか。止める気はなかったんだ。ちょっとがっかりする。

「目の前にお前の白い喉と上下する胸、引き締まった腰があった」
 何処を見ているんだ。


「お前は私を睨んで『帰る』と言った。
濡れた蒼い瞳と、濡れた赤い唇で、
あの時、私は初めてお前を見たのだ」


「帰す訳には行かなかった。帰せば途中で死んでいただろう。
私はもっとお前を見るのだ。殺すことは何時でも出来る」
 返す言葉もなく唖然として私はこの男を見ていた。


「コンプレックスと言ったな。いいだろう、楽しみに待っていろ」
 そう言って、壮絶な色気が駄々漏れの顔でニヤリと笑った。


 毒なんか持って来なくても人は殺せるのだ……。
 その時、私はそう思った。

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