断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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 修太が食堂で奮闘している間、話題にのぼっていたピアスは、自宅の工房でアイテムクリエートに没頭していた。

 魔法を使えない者も魔法を使うのと同じ効果を得られる道具、それが魔具だ。魔石や媒介石を動力源にしているものを示す。燃料は必要ないが、投げるなどの動作が必要になるものがアイテムである。カラーズの血を用いた血染めの糸による刺繍の品は、どちらかというと魔具だ。血に含まれる魔力を動力としているという考え方になる。

 魔具とアイテムではこのように意味が違うが、それを作る場合はひっくるめてアイテムクリエートと呼んでいる。ただし、飲食により効果を得られるような品は薬品扱いで薬師の領域だから、ピアスには扱えない。

 アイテムクリエートには知識が必要になる。燃料さえ用意すれば動くというわけではないからだ。魔法記号とエターナル語を組み合わせた魔法陣だけならば、媒介石があれば効果を発揮出来るが、それは単純なものだ。それらを組み合わせて複雑にする必要があるし、貴色によって魔力の伝導効率が良い素材が異なるので、それらを組み合わせて作り上げる必要がある。

 例えば、今、ピアスが作っている魔具は、水を湯に変える為の温熱魔具なのだが、これは水に沈めなくてはいけないので、素材に四角い石を用いている。その上下と四隅に木枠をして、水から出し入れ出来るような取っ手を付けている。その取っ手の根元に媒介石を埋め込み、石に熱を伝える為の魔法陣を木板に刻み込んでいる仕様だ。熱は〈赤〉の魔法だが、この魔力の伝導を損なわない木材は、この近辺だとブラウレドという赤茶色の幹をした木をよく使う。

 だいたいこんな感じで、使う魔法によって素材の相性が異なる。上手く組み合わせて出来るだけ単純化させるのが、アイテムクリエーターの腕の見せ所だ。
 媒介石が上手くはまるよう、木板を削る作業を続けるピアスの元に、クリムがやって来た。

「こんにちは、ピアスさん。あ、一応、サーラさんにはご挨拶したので、勝手に家に入ったわけではありませんから、勘違いしないで下さいね」

 ピアスは彫刻刀ちょうこくとうをテーブルに置き、不思議に思ってクリムを見たが、ナッツが自由に歩き出すのを見て慌てる。

「あっ、待ってクリムさん! その猫は工房には入れないで。素材に猫の毛が混ざると困るし、壊されるともっと困るの。結構、値の張る物が多いから……。弁償の請求をしていいんなら構わないけど」
「分かりました、待って下さい」

 弁償と聞いて顔色を変えたクリムは、急いでナッツを抱き上げると、部屋の外にナッツを放り出して戸を閉めた。結構、容赦が無い。

「いたた……。もうっ。私から触る時は、食事の時以外は引っ掻くんだから……」

 ナッツに引っかかれた手を撫でながら、クリムはぼそぼそとぼやく。ナッツも飼い主に容赦が無かった。

「クリムさん、ケイならシューター君と外に食べに出かけたわよ」

 啓介に会いに来たのだろうと推測し、ピアスは親切に教える。しかしそう口にする反面、どうして自分がこんなことを教えているんだろうともやもやっとした気持ちになった。クリムが旅に加わってから、何となく違和感のようなものがある。人見知りする方ではないのだが。

「ええ、サーラさんに教えて頂きました。ほんと、あの子、お邪魔虫太郎ですよねっ」

 ぷりぷりと腹を立てているクリムの様子に、ピアスは修太に同情した。
 修太と啓介は幼馴染で親友であるということもあって、本当に自然と一緒に過ごしていることが多い。そこには、女友達では得られない、男友達ならではの固い絆のようなものがあり、ピアスには羨ましく思えた。そういうところが、きっと恋する女子には、隣を代われと言いたくなるようなものなのかもしれず、クリムをやきもきさせているのだろう。

(良いわよね、ああいう友達関係。あたしもあんな友達が欲しいなあ)

 啓介でも修太でもどちらでも、あんな親友が出来たら心強いと思う。
 そう考えながら、クリムがピアスに何を尋ねたいのか考える。トリトラやシークはいつの間にか出かけていていないし、フランジェスカとサーシャリオンは町に散策に出かけていて不在だ。残ったグレイは、サーラと煙草をくゆらせながら話をしている。紫ランクの冒険者とゆっくり話せる機会はそうないからとサーラが呼びかけたようで、グレイは旅の情報を対価に雑談を許容していた。占い用の天幕の部屋で、のんびり語らっていることだろう。

「私、ピアスさんにお話があって」

 どの人物の行方が知りたいのかと考え込むピアスに、クリムは思いもよらぬ話を切り出した。

「あたし?」

 ピアスはぱちくりと瞬いた。
 クリムはピアスを“お邪魔虫太郎その二”と呼んで、勝手にライバル視しているから、ピアスと話したくないんだと思っていた。下手に関わっても面倒臭いので、ピアス自身、関わらないように気を付けていたのだけれど、思い違いだったのか?

「はい、そうです」

 クリムは大きく頷く。そして、すぅと息を吸い込み、口を開く。

「私、明日、ケイ様に告白します。ですから、手伝って欲しいと思いまして」

 告白。
 その言葉を聞いて、ピアスはまた胸のもやもやが強くなったのに気付いた。それどころか、ぎゅっと心臓が締め付けられるような、そんな痛みすら感じて戸惑う。

(違うわよ、こんなの。だってあたし、勘違いなんかしてないもの)

 啓介は誰にでも優しいのだ。それに女性に優しいから、ピアスにも優しいわけで、ピアスを特別扱いしているわけではない。
 胸の内の動揺は押し隠し、ピアスは困ったように笑う。

「手伝うって、どうして? 告白なら、好きにすればいいと思うんだけど。あたしには関係ないわ」
「でしたらお聞きしますけど、ピアスさん、ケイ様のこと、好きですか? 恋愛の意味で」
「……いいえ?」
「だったらいいじゃないですか、同年代のよしみで手伝ってくれたって」

 クリムの言い分は自分勝手なものだが、同年代の女子というだけで恋の応援をするというのは当たり前のようにも思え、ピアスは黙り込んだ。

 ただ、ピアスはそういう、女子同士での関わりが苦手だ。何かにつけ“一緒に”とか、“応援”とか、そういうのが面倒なのである。何かしたいなら自分一人で勝手に動けばいいと思うし、応援がないと動けないというのも不思議だった。そのせいだろうか、近所に仲の良い友人はいても、親友は出来たことがない。適度に距離感のある冒険者達の方が、ずっと気軽だった。
 だから、期待をこめて見つめてくるクリムに、ピアスはきっぱりと返す。

「ごめんなさい。あたしは手伝えないわ。そういう、女子の付き合いみたいなの、好きじゃないの。それに、こっちの仕事もあるから」

 正直に告げたところ、クリムはたちまち眉を吊り上げた。

「やっぱり、そうなんじゃないですか」
「え?」
「だから、あなたもケイ様のこと、好きなんでしょう? だから、そういう意地悪を平気で言えるんでしょう?」

 早口でまくしたてられ、ピアスは唖然とクリムを見る。怒りにとらわれているらしいのに、同時にクリムは泣き出しそうにも見え、ピアスは罪悪感のようなものを覚えた。

「あの……」

 何か弁解しようかとピアスは口を開きかけたが、それを遮り、クリムはテーブルに叩きつけるように左手を置く。

「いいじゃないですか、少しくらい手伝ってくれたって。ピアスさんはずるいです。同じパーティーで、一緒に過ごせるのに。少しくらい、ケイ様の隣を譲ってくれたっていいじゃないですか!」

 最後には叫びだすような調子でヒステリックに言葉を叩きつけると、クリムは厳しい目でピアスを睨みつける。

「もういいです、頼みません! でも、邪魔しないで下さいよ!」

 そんな捨て台詞を吐き、クリムは小走りに部屋を飛び出していった。
 残されたピアスは、開けっ放しになった戸口を呆然と見つめる。随分と一方的で勝手な言葉だったが、軽くとはいえ、ピアスを傷つけるには充分だった。

「邪魔なんか、しないわ……」

 ぽつりと呟く。
 応援も邪魔もしない。

「だってあたしは……」

 ただの旅の同行者だから。
 クリムの方が、ピアスにはずるく思えた。あんな風に、感情だけで動けるクリムが羨ましい。

(告白、かあ。付き合うのかな……?)

 考えると、またもやもやしてきた。思い切りわめきたいような、黒い風のようなものが心に吹き荒れそうになり、押し込める。
 そんな風に気にかかる感情の揺れが、ピアスには面倒に思えた。
 どうして、こんなことで思い悩まなくてはいけないのか。ピアスはただ、面白楽しく、素材集めをしながら旅をしたいだけなのに。

「――おい、何の騒ぎだ? あの小娘が何か騒いでいたが……」

 そこに、声を聞きつけてか、グレイが顔を出した。顔は無表情ながら、どこか不審げな声だ。そして、ピアスを見て、怪訝そうに問う。

「……大丈夫か」
「え?」

 ピアスはきょとんとする。グレイの質問の意味が掴めなかったせいだ。

「顔色が青い。少し休んだらどうだ」
「…………」

 その言葉に驚き、ピアスは自分の頬を手で撫でる。
 まさか、そんなに顔に出る程の動揺をしているとは思わなかった。

「あの、騒がせてごめんなさい。なんていうか、ちょっと、喧嘩みたいになっちゃって」
「……そうか」

 グレイは考えるようにクリムが去っていった方を見て、またピアスに視線を戻す。そして、何かを思い出したようにベルトポーチに手を突っ込むと、取り出した物をピアスに差し出す。

「え、なに?」
「いいから、手を出せ」
「?」

 おっかなびっくり、手を広げると、紙に包まれた飴がころんとピアスの手の平に転がった。

「え? これ……」

 どういうことだと問おうとしたが、その時にはグレイは踵を返した後だった。渡すだけ渡して立ち去るグレイの背を、ピアスは再び呆然と眺める。やがてグレイの姿がサーラの占い部屋の方へ曲がって見えなくなると、ピアスはもう一度、飴を見た。

「もしかして、慰められたのかしら……」

 そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
 そもそも、グレイと飴というのが不釣り合いで、不思議で少しおっかない。
 子ども扱いされたという事実が、変な感じだ。修太が、グレイは面倒見が良いと言っていたのはこれなんだろうか。深く問う真似はしない態度が、大人だなあと思えた。
 拍子抜けしたせいか、さっきまでのもやもやはどこかに消えていた。

「よし、いいや、休憩しよ」

 集中が途切れてしまったから、その方が良い。
 先程までのことを出来るだけ考えないようにして、ピアスは工房を出て食堂に向かう。お茶でも飲んで、気分転換をしよう。落ち込んだ時はとにかくお腹に何か入れるに限る。
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