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本編
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しおりを挟むピアスにつられて食でのストレス発散に走った結果、最終的に果物の飴に落ち着いた修太とピアスは、水路沿いの土手に座って、洗濯場で洗濯に励むおばさん達を眺めながら食べていた。
「ふふふ、こういうのも楽しいわね。まるで弟が出来たみたい」
ピアスは機嫌良く笑い、修太は逆に少し不機嫌になる。
「……外見だけな。実際は俺が一つ上なんだけど」
「見えないから大丈夫!」
「嬉しくねえ……」
顔をしかめる修太の左横では、腹這いに寝転がったコウがくああと欠伸をした。その鼻に黄色い蝶がとまり、コウはくしゃみする。蝶は再び空に舞い上がり、ひらひらと土手に咲く白い花へ飛んでいった。
のどかな空気の中、修太は何となく、ピアスに直接、啓介のことを聞いてみようという気分になった。普段はこんなことをしようと思わないが、何となくそんな気分になったのだ。水路の方を向いたまま、雑談のように問う。
「なあ、ピアス。ピアスって啓介のことどう思ってんの?」
「うぐぐ、げほっ」
ちょうどジュースを飲もうとしていたピアスは、修太の問いに驚いたようだった。菫色の目をパチパチさせて、修太をあんぐり見つめている。その白い頬が薄ら上気しているのに修太は気付いて面白い気分になった。
「お、意外だな。もしかして結構好意的? さっきのもさ、コンプレックス以前にやきもちとか?」
「こんぷ……? 何か分かんないけど、子どもが何言ってるの?」
「だから一つ年上だっつってるだろうが」
「うるさいなあ、もう。そういう小さいことばっかり気にしてるから、小っちゃいんだよ」
「余計なお世話だ!」
修太はバシッと土手の地面を叩く。
ピアスはぷうと頬を膨らませ、青と白の布が交互に段になっているスカートの上で頬杖を付き、水路の向こうの街並みを眺める。
「まあ、結構好きな方だよ。良い人だもんね、ケイ。私みたいな、痩せっぽちの地味っ子にも優しいし。まあ、普通の人だけどね」
「……ああ、うん。俺にはやっぱり分からねえわ、その感性」
修太はそっと視線を反らす。
セーセレティーの民の美的感覚にはいまだについていけない。啓介が普通だったら、この世の中はどうなってるんだと思うのだ。修太にはピアスは美少女にしか見えないのに、この国では不細工なので、ピアスは自分を地味っ子だと思っているらしい。そこもやっぱり理解出来ない。
「ケイが優しいのだって、皆に優しいんだから、勘違いなんてしてないわよ。身の程は弁えてるもの。だから、こんな風に牽制しなくて大丈夫よ、シューター君」
「……は?」
すねた顔をしているピアスを、修太は唖然と見た。
うっかり聞き流しかけたが、今、かなり重大なことを言ってなかったか?
「普通の人なのにねえ、あんなに人気があるんだから、シューター君も親友として見極めが大変よねえ。こんな地味子ちゃんにまで注意しなきゃいけないなんて、損な役回りだと思うわ」
ピアスは同情たっぷりに修太に言う。
「え? 待って。ちょっと待て。ピアス、鈍感なんじゃないのか?」
「失礼ね。ケイが私に優しいのくらい気付いてるわよ。でも大丈夫だから、『彼、私のこと好きなのかも』なんてイタイ勘違いしてないから」
「いやいやいやいや。でもさ、ほら、こないだピアスが啓介を同行者って言って、啓介が軽く落ち込んでたのに不思議そうにしてたじゃん。鈍いんじゃないの?」
「え? こないだ? ああ、あれか。同行者じゃないなら、ケイにとってあたしはどういう位置だったのかなって不思議に思っただけだけど。もしかして友達って言った方が良かったのかな?」
「うわああ、そっちかよーっ」
修太は頭を抱えた。
(ピアスは鈍いんじゃなくて、曲解してたのか。しかも面倒な方向に!)
顔も性格も良い割に、自分のことには鈍感な啓介を思い浮かべ、叱りつけたい衝動に駆られる。
(さりげなく一番鈍感なの、あいつなんじゃねえか! 何で俺がこんなにやきもきせにゃならん!?)
恋してる啓介が自分の気持ちに気付いておらず、傍にいる修太の方が気付いて一喜一憂するだなんて、馬鹿げているにも程がある。
そろそろ傍観の位置にいるのは限界だ。客席から舞台に上がって、道化師を引きずり降ろさねばならない。
(啓介と話そう。ああ、でも、先にフランを仲間にしとくか……。この鈍感二人をまずどうにかしねえと)
ここにサーシャリオンの名が無いのは、単純に、教えると面白がって逆に面倒なことになりそうだからだ。
考えを必死に巡らせる修太。そんな修太にはピアスは気付いておらず、物憂げに溜息を吐いている。
「良いわよねえ、クリムさん。あの人、モテるでしょうね。うちの家はね、代々不細工ばっかりなのよねえ。おばばを見たでしょ?」
恐ろしい質問をしてくるピアス。修太はさっきとは違う焦りを覚え、首を横に振った。
「そこでハイなんて言えるわけねえだろ。というか、サーラさん、不細工じゃねえじゃん」
「やっぱり、シューター君って感覚が変よねえ」
「それ、こっちの台詞だ」
修太からすれば、ピアスにだけは言われたくない。
ピアスは水路に視線を戻していて、流れる水をぼうっと眺めている。その横顔はどこか寂しそうにも見える。
「シューター君も気付いたと思うけどね。うち、両親いないんだ。一応、パパは生きてるらしいんだけどね?」
「え? そうなのか?」
祖母がピアスの保護者みたいなので、てっきり両親は早くに亡くなったのかと思っていた。修太の家みたいに。
「ママとパパ、小さい頃に家同士で決めた許嫁で、それでパパが入り婿になって結婚したんだけど、あたしが九歳くらいの時にパパが浮気しちゃって……」
「まさか、それで父親がある日、荷物だけ持って家を出たとか?」
「ううん。ママが激怒して、手荷物まとめて投げつけて、パパを家から叩き出したの」
「……そ、そっか。強いな」
その血はピアスにも継がれているはずだ。ピアスもまた、啓介同様、怒らせてはいけない相手なのだと修太は正確に理解した。
「それでママ、パパがいなくても平気だって頑張りすぎちゃって、体壊して亡くなっちゃった。そういうことがあったから、おばば、私には許嫁を決めてないの。自分は老い先短いし、店を継ぐなら、あとは好きにしていいって。私、おばばを安心させてあげたいんだよね」
ピアスはそこでぐぐっと前に伸びをした。
「あーあ。どこかに良い旦那、転がってないかなあ」
「いや、もし転がってたとして、拾っちゃ駄目だろ。ろくな奴じゃねえって、そういう奴」
「だよねえ。でもね、これが案外難しいのよ。ママのことがあるから、男の人ってどれも信用ならない生き物に見えるのよね」
「それくらいでいいんじゃねーの? そういうので割食うのって、圧倒的に女の方だろうし」
ピアスがちらりとこっちを見た。
「こういう視点で見ると、シューター君って、良い具合に地味だし、真面目だから、良い旦那になりそうよね」
「勘弁してくれよ。俺はピアスのこと、そういう風には見てねえからな」
というか、非常に話がややこしくなるから巻き込むのはやめて欲しい。
「あはは! 私もシューター君は趣味じゃないって。年下はちょっとねえ」
「だから年上だと言ってるだろうが」
修太の再三のツッコミは、ピアスには簡単に無視された。負けじと言い返してやろうかと思った時、町に鐘の音が響きだした。
修太とピアスは何となく音源の方に顔を向ける。町で一番背が高い鐘楼で、銅製の鐘が揺れているのが遠目にもはっきりと見えた。
「あ、夕時の鐘ねえ。そろそろ出入り口の門が閉まるから、道が混みだすわ。帰ろっか」
「そうだな。飴も食べ終わったし」
棒の先についた果物に飴を絡めた菓子を奥歯で噛み砕きながら、修太は残った棒を紙袋に突っ込む。
結局、昼以降ずっと屋台巡りをしていたことになる。よく食べたもんだ。
「ピアス、今日の夕飯、何にするんだ?」
「え、シューター君、これだけ食べておいて、まだ食べるの?」
修太の問いに、ピアスは恐れおののいたように、身を引いた。
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