断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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「よく戻ったな、テリース。して、その者らがお前を助けたというのは本当か?」

 レト家に帰ってきた弟を見て、カラクは喜びを顔に浮かべるどころか、冷たい目でそう問うた。家族の無事を喜び合う場面にはとてもではないが見えない。

「ええ、そ、その通りです、兄上」

 カラクに挨拶をした後、テリースはぎこちなく頷いた。
 そのテリースの後ろには、フランジェスカとグレイ、盗賊のうち三人――セイズとクレイグと名を知らぬ男一人が片膝をついて頭を下げている。

 テリースや盗賊達と話し合った結果、フランジェスカやグレイは捜索者として、盗賊達はスラムから逃げてきたテリースを助けた一般人として、カラクに直接会いに行くことで纏まった。その後、フランジェスカがカラクから指示されていた方法――“赤い鷹”宛てにギルドから手紙を出し、繋ぎを取り、こうしてここまでやって来た形になる。
 カラクの傍には家宰の男が控え、更に私兵らしき武官が四人、槍を携えて立っている。

「あ、あの、兄上っ」

 決死の表情でカラクを見つめ、テリースは声を張り上げた。その声は緊張のあまり裏返っていて、少し痛々しい。

「――なんだ」

 カラクはじろりとテリースを見やる。テリースは勢い込んで尋ねた。

「私を誘拐した盗賊団のアジトは、何者かによって殲滅されました。私もろとも殺すつもりだったようです。――その賊をけしかけたのは、兄上ですか?」

 兄を真正面から見つめるテリースは、額に汗を浮かべている。だが、その琥珀色の目を反らすことはしない。
 カラクは気迫漂うテリースを意外そうに見ると、微笑した。
 え? というようにきょとんとするテリースの傍に歩いていくと、もう一度、にっこりと笑った。そしてカラクは、つられ笑いをしたテリースの左頬を、右の拳で思い切り殴る。
 声もなく倒れ、尻餅をついたテリースは、唖然とカラクを見上げる。カラクは笑顔を浮かべたまま、こめかみに青筋を浮かべていた。それに気づいたテリースは硬直する。

「――この、馬鹿が! そこの盗賊どもに何を吹き込まれたか知らぬが、お前の馬鹿さ加減は我慢ならぬ!」
「へ?」

 殴られた箇所に手を当て、ずれた眼鏡はそのままの間抜け面で、テリースは目を瞬く。そんなテリースの前に仁王立ちしたカラクは、更に続ける。

「旅行に私兵を連れていかぬ、第二王女殿下を甘やかす、それで盗賊にさらわれたかと思えば、今度は兄を疑うか? 外出禁止の謹慎処分にしようと思うていたが、その甘え、国内行脚をして取り払え!」

 怒髪天をつく勢いのカラクは、顔を赤くしてそう怒鳴りつけた。対するテリースは、ぽかんとしている。

「え? ええ?」

「まさか貴様、私が知らぬとでも思っていたのか? 第二王女殿下に、お前を助けるように命じられ、手駒総動員で行方を追っていたのだ。その者どもが一般人でないことくらい知っている」

「そ、そんな。ええ!?」

 混乱して頭を抱えたテリースは、息を大きく吸うと、セイズ達を手で示す。

「しかし、兄上! 彼らは兄上の名を出したのです。しかも、美形と申しておりました」
「――では、お前達に問う。私の顔を見てどう思う?」

 顔を上げる許可をもらったセイズ達はカラクの顔を見た。セイズの眉が寄り、首を振る。

「いいえ、俺が面会した“カラク”様ではございません」

 そして、ちらりとカラクの隣に立つ家宰を見た。

「俺が会った“カラク”様は、そちらの方です」

 恰幅の良い家宰は、“美形”と言えた。短い銀髪や赤茶色の目といい、カラクと特徴が似通っている。だが、カラクの方が余程威圧感があるので、影が薄い家宰とは似ているようには見えない。

「などと言っているが? ゴルド」
「カラク様、私には分かりかねます。なにぶん、盗賊の言う事です」

 表情を変えず、ゴルドは涼しげに返した。

「確かにその通りだ。所詮、この者どもは盗賊。長年我が家に仕えてきたお前の言葉の方が信用が高い」

 至極当然のように言うカラクを、テリースは青ざめた顔で見つめる。ゴルドは、そうでしょうともとばかりに頷く。

「――だが」

 しかし、カラクがそう付け足したことで、ゴルドは僅かに目を瞠り、カラクを見た。

「ゴルド、お前の不審な行動から、経歴の洗い直しを行い、怪しい点が幾つか見つかった。お前もよく知っているように、我が家の“影”は有能揃いでな」
「何をおっしゃりたいのです? カラク様」

 不可解だとゴルドは言いたげだ。その真摯な態度は、無実の罪を着せられようとしている者にも見えた。

「つまり、その盗賊の声などなくとも、貴様は我が家の裏切り者だということだ」

 カラクがそう断定すると、カラクの傍らに控えていた私兵二人がゴルドを拘束した。

「なっ、貴様ら、何をする!」
「次期当主様の命です。あなたを捕縛します、ゴルド殿」
「言い訳は牢の中でゆっくりなさるのですね」

 私兵達はゴルドに冷たく言い放ち、暴れるゴルドを物ともせずに、牢の方へ引きずって連れて行く。
 それを、へたりこんだまま見送ったテリースは、きょとんとカラクを見上げる。その様子に、カラクはまた苛立たしくなったようだ。

「いつまで座っている! とっとと立たぬか、みっともない!」
「は、はいっ、申し訳ありませんっ」

 跳ね飛ぶような勢いで立ち上がり、テリースは衣服についた砂を払う。

「え、ええと、兄上?」
「お前の件を追ううちに、ゴルドが裏切り者だと判明した。捕縛のタイミングを計っていたところ、手紙が来たから合わせたまで」
「なるほど……」

 カラクの説明に、テリースはようやっと納得して、頷いた。そこでようやくずれた眼鏡に気付いて掛け直す。
 カラクは冷たい目をしてテリースを睨み、淡々と言いつける。

「テリース、貴様の処分は、先程言った通りだ。仔細は追って言い渡す。――それから、そこなる盗賊どもの処分もせねばな」
「ええ!?」

 すっとんきょうな声を上げるテリースを無視し、カラクはしげしげと盗賊達を見る。

「レト家の人間を誘拐し、王女殿下の馬車の御者を殺し、荷を奪った罪は、片腕であがなってもらおうか」

 その冷酷な裁定に、セイズ達の身が強張る。

「兄上、お待ち下さい! 確かに私は彼らに浚われましたが、とても丁重に扱って頂きました。それに私は無傷です。我が国の法をご存知でしょう?」

 慌てて盗賊達の前に出るテリース。その胸倉を掴み、カラクは強く睨みつける。

「テリース。お前の、その甘さが気にくわぬのだ! 罪には罰をもって報いる。当然のことだろう?」

 そして、テリースを放り出すと、カラクは一歩前に出る。汚いものでもみるような目で、盗賊達を見下ろした。

「のこのこと、こんな場所まで出てくるとはな。なんだ、弟を送り届けた褒美でも貰いに来たのか?」
「いいえ。俺達は、仲間を殺したのがあなたかどうか、それを見極めに来ただけだ」

 恐れも見せず、カラクを見つめ返すセイズ。強い光を宿したセイズの左目を、カラクはじっと見下ろし、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「手下の躾もろくに出来ぬ輩が、生意気な。まずはお前の腕から貰いうけようか?」

 カラクが手を叩くと、控えていた武官が前に出て、一人がセイズを押さえ、もう一人が剣を抜いた。
 場に緊張が走る中、テリースがセイズを庇った。剣を持つ武官の前に立ちはだかるのを見て、武官は困惑した様子でカラクを見る。

「やめて下さい! 兄上、被害者は私です。王女様の馬車の荷は、私の財産で買ったもの。その私がいらぬと言っているのですよ? もし罰を与えるとすれば、御者の命を奪ったことでしょう」

 憤然とカラクをねめつけるテリースには、いつもの気弱そうな面影は見えなかった。カラクは意外そうに、片眉を跳ね上げる。

「ほう。では、そなたならどんな罰を与える?」

「遺族への補償金支払いの為、無償労役を課しましょう。幸いにして、私の館は人手不足ですので、彼らに働いて頂きます。この数日を共にして、彼らの気質は知りました。信用の出来る者達です」

 その答えは、カラクの期待を裏切るものだったようだ。カラクは再び冷めた顔になった。

「――相変わらず、ぬるい。だが、お前がそう決めたのなら、そうするがいい。問題を起こした時は、お前が責を取るのだろう?」
「はい!」

 テリースの返事を聞き、カラクは武官達に離れるように合図した。そして、くるりと背を向け、母屋の方に歩き出す。

「及第点だ、テリース。恩を着せるも恨みを買うも、貴族ならば、利用することをもっと覚えるのだな」
「は、はいっ。ご指導ありがとうございます。兄上」

 立ち去るカラクに、テリースは頭を下げる。やがて人けが無くなると、その場にへたりこんだ。

「――お、恐ろしかったです」

 あっさりと弱気な態度に戻ったテリースを、呆れの空気が包み込む。
 青くなって、ぶるぶる震え始めたテリースを、フランジェスカは同情を込めて見る。

「確かにカラク殿は恐ろしい方ですね、テリース殿」
「そうか? あれくらいで普通と思うがな。むしろ、命をとらないだけ優しい方だ」

 グレイの返答に、テリースが怯え混じりに言う。

「そ、それが黒狼族の厳しい流儀なのですか?」
「それもあるが、レステファルテ国の流儀がそうだな」
「……恐ろしい国ですね」

 テリースはふうと額の汗を拭う。そして、盗賊達に目を向けると、彼らはまだ頭を下げていた。

「えっ、どうしたんですか、皆さん」
「庇ってくれたこと、感謝する。テリース殿」

 セイズが丁寧に言うと、クレイグともう一人も礼を言った。テリースは苦笑する。

「いえ、それより、我が家で無償労役になりました。衣食住は保障しますが……すみません。ですが、私はこの身なりのせいで、屋敷の使用人に軽んじられているのです。ですから、信用出来る使用人が少ないので、あなた方に来て頂けると助かります」

「あんたが謝ることじゃない。俺達の考えが浅すぎただけだ。まさか全てお見通しとは、予測していなかった。それに、無償労役だが衣食住を保障してもらえるだけありがたい」

「俺もです」
「俺も」

 セイズに続き、他二人も同意した。テリースは安堵したように息を吐く。そして、気恥ずかしげに笑った。

「では、これからよろしくお願いします。他の方々も、希望があるなら雇いますから、お話をされに行っても結構ですよ?」
「テリース殿、流石にそれは判断が甘すぎます」

 フランジェスカが口を挟むが、テリースは能天気に笑って取り合わない。

「大丈夫ですよ。逃げるような方ではありません」

 テリースに率直な言葉で褒められたセイズは、気まずげに目を反らしている。それに気づいた子分がにやにやし、ますます頑なな空気になる中、新たな声が紛れ込んだ。

「そちは随分、呆れたお人好しじゃのう」

 日傘を掲げる侍女を連れたムルメラが、薄ピンク色のドレスの裾を揺らしながら、ゆっくりと歩いてくるところだった。歩くたびに、ドレスについた金の飾りがしゃらりしゃらりと音を立てる。
 その場にいた者達は、慌てて片膝をついて頭を下げた。ただ一人、テリースだけは、立ったままで恭しく頭を下げている。

「ありがとうございます?」

 ムルメラに話しかけられたことに頬を上気して喜びながら、テリースは自信なさげにそう返した。

「褒めておらぬ。――だが、まあいい。無事で良かった、婚約者殿」
「ありがたいお言葉、もったいなく存じます、ムルメラ様。私の捜索を我が家にお命じ下さり、まことにありがとうございます」

 いつも無視されていたから、こんな優しい言葉を貰ったのは初めてだ。テリースは感激のあまり、目に薄らと涙を浮かべた。

「――構わぬ。わらわこそ、今まですまなかったな」
「へ?」

 きょとんと瞬くテリース。その前では、ムルメラが僅かに顔をうつむけている。

「そなたの価値は、外見ではなく、その寛容な心にあるのだろう。わらわはそれを見ようともせず、それどころか目を背けていた。盗賊を庇ったそちを見て、わらわはますます己が恥ずかしく思っている」

「いいえ、ムルメラ様」

 テリースはやんわりとした声ながら、強く否定する。

「あなた様が落ち込むことは何もございません。私は実際に醜く、そして頼りなくて駄目な人間であることは、私が一番存じております。――なれど、あなたをお慕いする心だけは、誇りを持っておりまする」

 そう言って微笑んだテリースは、清々しい顔をしていた。ムルメラは僅かに目を瞠る。そして、気まずげに視線を反らす。どこか頬が赤いようにも見えた。

「恥ずかしいことを堂々と申すな。常々不思議であったのだが、わらわが冷たくするにも関わらず、そちはわらわを好いているようじゃ。わらわのどこをそんなに好いておるのじゃ?」

 ムルメラの疑問は、周りも不思議に思うことだった。
 あれだけ無視されて邪見に扱われていれば、幾らなんでも不愉快に思うだろうに、テリースは一途にムルメラを慕っている。少しくらい心が折れそうなものだ。
 テリースは相好を崩して笑う。

「はい! 私が子どもの頃、父母や兄とともに王宮に参内した折のこと、兄上に放り出されたせいで迷子になり、泣いていた私を、あなた様は慰めて下さいました。私はあなたのその優しさが好きになったのです」

「……すまぬが、全く覚えておらぬぞ」
「良いのです。私にとっての宝であれば、それで」

 嬉しそうに笑うテリースを見ていて、ムルメラは僅かに目を反らす。

「そうか、分かった。――そうだ、婚約者殿、今までの経緯をわらわに語ってはくれぬかの? チャドラン兄上にもご報告申し上げねばならぬのでな」

「畏まりました、ムルメラ様。先に着替えて参ります故、どうぞ客室でお待ち下さい」
「ああ。だが、先に父母の元に顔を出して参れ。お二方とも、心配していた」
「お気遣いありがとうございます。そのように致します」

 ムルメラについてきていた屋敷の侍女に案内を促し、テリースは一礼する。そして、ムルメラが去っていくのを、幸せそうに見送る。

「良かったですね、テリース殿」

 フランジェスカが声をかけると、テリースは頷いた。

「ええ。お陰で、兄上に殴られた頬も痛みが消えました」

 そう言って笑うテリースは、やはりどこか頼りなげなのだが、幸せそうなので良しとしておこうと、フランジェスカはもう何も言わなかった。


       *


「で、結局、その家宰はどうしてカラクって人になりすましてたんだ?」

 戻ってきたフランジェスカとグレイに修太は問う。ちょうどおやつを食べていたところだったので、しゃくしゃくと果物を食べており、行儀が悪い。啓介やピアス、サーシャリオンも同じテーブルについており、真ん中に梨に似た味の紫色の木の実を山盛りにした籠を置いている。

「レト家の兄弟仲の悪さは有名らしい。いや、正確には、兄の弟嫌いが、だが」

 宿の男ばかりの四人部屋なので、座る所が見つからなかったらしきフランジェスカは、壁に背を預けて立った。その手には、テーブルから取り上げた紫色の果実が握られている。
 それを横目に、グレイは窓際に行き、ハルバートを壁に立てかけると、自分のベッドに腰掛けた。そしてこちらをちらりと見て、説明不足のフランジェスカの言葉に付け足すように言う。

「だから、王女に何かあって弟が責任を取らされることになる、そういう風に兄が仕向けたとしてもおかしくないと考えたようだな。しかも家宰は特徴が兄に似ていたから、というのもあるだろう」

「真相は知らぬが、あの家宰は、レト家の政敵の駒である可能性が高いな。もしくは、私怨か。どちらにせよ、裏切り者には違いない。無事で済むことはなかろう」

 フランジェスカはそう結論を出し、おっかなさに微妙な面持ちになる修太や啓介、ピアスに、テリースや盗賊のことも報告した。そして、話がテリースの恋愛のくだりになると、ピアスが興奮気味に身を乗り出した。

「王女様、テリース様に歩み寄りになったの? 良かったぁ」
「うんうん。可哀想だったもんな、テリースさん」

 啓介もまた、感慨深そうに何度も首肯する。

「そうだな。憐れすぎて、こっちが参る話ばっかだったしな。泣き虫で頼りなくて貧弱だけど、良い人だから幸せになって欲しいよな」
「言うわね、シューター君」
「きついなあ」

 ピアスと啓介が、うなるように言った。修太は首を傾げる。本当のことしか言っていないのだが。
 そこに、報告内容には興味がなさそうにしていたサーシャリオンが言う。

「では、問題は片付いたのだから、王都を出て構わぬのだな?」

 その問いには、フランジェスカが頷く。

「ああ。もしかすると、レト家の政敵からの追っ手が来るやもしれぬが、家宰が捕まったのだから、可能性は低いな。家宰に罪を全て負わせ、黒幕は遠くで涼しく見ているだろう」
「トカゲの尻尾切りか。嫌になるね」

 眉を寄せ、啓介は不愉快そうに呟く。少年らしい潔癖な態度に、フランジェスカは微笑ましげに僅かに笑みを零す。だが、年長者らしく諌める。

「貴族の闘争というのは、そんなものだ。我ら平民は、巻き込まれないように息を潜めているしかない。ケイ殿の意見は嫌いではないがな」
「そうだな。あの貴族という連中は、プライドだけは高いから面倒だ。関わらないのが一番だが、駒扱いされるのはこちらだから、そういう風に思うのも当然だろうよ」

 強く同意するのを聞く限り、グレイも利用される側に回るのは厭わしいようだ。

(ま、俺も、利用されて、用が済んだら放り捨てられるっていうのは嫌だけどな)

 修太も内心で同意する。平民の方が気楽で良いが、身分社会においては利用される位置なのだと、その立場の危うさを理解して、いかに故郷が平和だったかと気付かされた。出来るだけ貴族には関わらないように立ち回ろうと心に誓う。
 そして、この話を続けても暗い気分になるばかりなので、修太は話題を今後の予定に変えることにした。

「なあ、この後はビルクモーレに向かうってことで良いんだよな?」
「うん。それでアーヴィンさんに会って、ミストレイン王国に行くように説得するんだよな。俺が王女様に気に入られたせいで、随分遠回りしたけど」

 申し訳なさそうに肩をすくめる啓介。

「致し方あるまい。あそこで話し相手になることを断る方が面倒になっていた」

 フランジェスカはきっぱりと言う。皆、その通りだと頷いた。

「――ともかく、私は流石に疲れたのでな。二日ばかり休息を貰いたい。最近、気を張るばかりだったからな」
「もちろんよ、フランジェスカさん。グレイも休んだ方がいいわ。その間、私達で食料品の買い出しをしておくから」

 ピアスがにっこり笑い、面倒な仕事を引き受けると告げた。それに、啓介は頷いて、話を纏める。

「じゃあ、決まりだね。二日休んで、ビルクモーレに出発。その間、俺やピアスやサーシャで買い出しする、と。あとの三人は休息すること。コウは好きに決めなよ」
「ワフッ」

 コウが元気よく返事をする。

「俺は休息はいらぬが……。まあいい、武器の手入れでもしておく」

 休息組に入れられてしまったグレイは、少し納得がいかない様子を見せたが、すぐに引き下がった。
 かくして、ここ数日の騒動はようやく落ち着きをみせた。
 長い寄り道をしてしまったが、当初の目的であった、アーヴィン説得の為、修太達は再び迷宮都市ビルクモーレへと進路を変えるのだった。


     *


 あの事件の日以来、テリースの屋敷は賑やかで明るい雰囲気になっていた。
 スラムに住んでいた盗賊達が、頭であるセイズが働くのならとやって来たのである。もちろん、自由を愛する幾人かの盗賊はスラムに残ったが。

「ねえ、セイズ。お坊ちゃん、プロポーズ成功すると思う?」

 怪我が完治し、今では元気に働いているキッカは、休み時間にセイズの元を押しかけ、持参した水筒のお茶を手渡しながら問うた。その態度は隣にいるだけで幸せだと言わんばかりで、セイズは照れ隠しに、乱雑な口調で返す。

「さてな。俺は興味無い」
「ええ? 少しくらい気にならない?」
「気にならない」
「ふーん、つまんないの。あたしは興味あるよ? だって、成功に金貨一枚賭けてるし!」

 キッカがにやりと笑うと、近くにいた子分達も声を張り上げた。

「俺も、成功に白銀貨一枚賭けてるぜ?」
「こっちは失敗に賭けてるな」
「いやいや、穴場で、保留に白銀貨二枚だろ!」

 彼らの賭け事好きは相変わらずで、セイズは呆れた。だが、顎に手を当てると、にやりと笑う。

「じゃあ、俺も賭けるとするかね。成功するが、腕輪は趣味じゃないと断られるのに、白銀貨五枚」

 その返事に、どっと笑いが起こる。
 それは穴場すぎるとめいめいが騒ぐのを聞きながら、セイズはくつりと笑う。

 ――さてはて、あのお坊ちゃん、上手いことやれてるかな?




「あの、あのあのあの、ムルメラ様!」
「何じゃ、ただ話しかけるだけで噛むでない」

 ムルメラにぴしゃりと言い返され、テリースはうっと息を飲む。しかし、すぐに気を取り直し、ムルメラの前に片膝を付き、白木作りの腕輪を差し出した。

「私と、結婚して下さい!」

 顔を赤くして、決死の表情で固く目を閉じるテリースを、ムルメラはきょとりと見下した。しばらく沈黙していたが、やがて、手を伸ばした。


 ――その結果、セイズの一人勝ちだった。




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 この時点で、初出 2019/01/24 のようです。メモしておきます。
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