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本編
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しおりを挟むセーセレティー精霊国の王宮は、幾つもの宮からなる広大な敷地全てを指す。
王は王宮に住み、その程近い場所に王の妃達の宮があり、更にその周りに王家の子息子女がそれぞれ一つの宮を与えられて暮らしている。その一つ、プルメリアの宮は王宮から見て西に位置し、プルメリアの白い花が高い木のあちこちに咲き乱れている。細かい装飾や掘り込みがされた白い石造りの宮は丸みを帯びていて、王女が住むに相応しい造りになっていた。
宮はそれぞれを守る護衛師団が付き、たいていが宮の前にその団の詰め所などがあって門を守り、鍛練場や厩舎も含む広大な詰め所の向こう、奥まった所に宮がある形になる。
第二王女ムルメラの住むプルメリアの宮は小さな森の中にあり、その手前にプルメリア団の詰め所がある。
王宮の敷地内は平民に限らず貴族も許可の無い者は立ち入り禁止だが、敷地へ入る為の大門で許可証さえ貰えれば、団の詰め所前までは来ることが出来た。
「そなた、ただの盗賊のくせしてよくこんなことを知っているな」
「ああ、俺のお袋、第三王子の宮で小間使いをしてたからな。ときどき弁当を届けに来てたんだ。ま、朝から晩まで働きづめなのがたたって死んじまってからは、俺は住む家を親戚に追い出されてなあ、スラム暮らしをしてたわけだが」
感心げなサーシャリオンが御者に聞こえない程度の声で言う言葉に、なかなか暗い過去をあっさり暴露するクレイグ。かかと笑う様は能天気そのもので、悲壮感はさっぱり見当たらない。
大門からプルメリア団の詰め所を目指し、白い石で舗装された道路を、大門から出ている幌の無い客用馬車でのんびり進む傍ら、景色を眺めるが、亜熱帯の植物や花が植えられているか遠くに宮が見えるだけで変わり映えがしなくてサーシャリオンはすぐに飽きた。更に付け足せば、無表情なグレイの顔を見るのも飽きたので、表情が変わる分だけ面白く思えるクレイグに話しかけることにしたのだった。
「はあ、あのガキに礼を言いに行くだけのつもりだったのに、何でこんなとこまで来てんだか……」
クレイグが溜息混じりに言った時、グレイがじろっと琥珀の目でクレイグを睨んだ。
「このややこしい問題を解決する為には、証言者が必要だ。誰といるんだか知らんが、一応は冒険者ギルドにいるのなら、あの子どもの安全は保障されている。連れてくる方が、また面倒事に巻き込むだろうよ。心底気に食わねえが、てめえが賊なのは黙っててやる。……たぶん、いや、出来るだけ」
「絶対に言わないって約束だったよな!?」
クレイグは小声ながらすっとんきょうな声を出す。
「話の流れでは言わざるをえぬ場合もある。その際は庇ってやらないこともない。……サーシャが」
「つまり、あんたは庇う気はねえわけだな?」
当然、というように、グレイは大きく頷いた。サーシャリオンはからからと笑う。
「安心せよ。我は約束を守るからな」
「頼むよ、ダークエルフの旦那。ほんとに……!」
クレイグは力をこめて念を押す。
そのあまりにも必死な様子に、サーシャリオンは耐えられないとばかりに腹を抱えて笑う。
「ああ、面白い! このつまらぬ男が面白く思えるくらいには愉快だぞ。ほれ、見よ。この変わり映えのしないつまらない顔! 整っているのが救いだな」
「……サーシャ、もしや俺に喧嘩を売ってるのか?」
グレイを指差し、さもありなんとばかりに何度も頷くサーシャリオンを、流石のグレイも低い声で問う。空気がぴしっと冷たくなった。
「そんな物は売らぬ。事実を述べただけであろう? なんだ、怒ったのか? 心の狭い奴だな」
「……あんたがとんだ勇気の持ち主ってのは分かった。その辺でやめとけ。俺の心が寒い」
クレイグの取り成しに、仕方ないなあとサーシャリオンは頷き返す。
もしかして団に着くまでずっとこの調子なのだろうかと、針の筵のようにちくちくと凍える空気にクレイグはゾッとするのだった。
ハジクに取り次ぎを頼むと、少し待たされた後、応接室に通された。
「ああ、お二方! 取次に時間がかかって申し訳ありませんでした」
立ったまま出迎えると、ハジクは一言目にそう謝った。
「構わぬよ。――して、話は聞いてもらえるのかな?」
いつも通りの堂々としたサーシャリオンの態度にもハジクは不愉快そうにすることはなかったが、部屋に茶を運んできた侍従は眉をひそめた。失礼だという無言の抗議を、サーシャリオンは気付いているのかいないのか、あっさり流す。
「ええ。そして、あなた方のお話も是非お聞きしたいです。何か進展はありましたか? それと、こちらの男性は?」
ハジクが長椅子をすすめるので、サーシャリオンとクレイグが二人掛けの方に、グレイは奥の一人掛けの長椅子に座った。ハジクはサーシャリオン達に対面する二人掛けの長椅子に腰を下ろす。
ハジクは内向きの仕事をしていたからか、旅の最中のような鎧は着ておらず、左胸にプルメリアの紋章が赤い糸で刺繍された白い布製の制服を身に着けていた。団長だけあって風格がある。
「ああ、こいつは……」
グレイは少しだけ悩んだ後、あっさりとばらす。
「あの襲ってきた盗賊の一味だ。クレイグっていう」
「ちょっと、旦那!? 約束守らないにも程があるだろ!」
クレイグが青くなってグレイに噛みついた。穏やかだったハジクがすっと赤茶色の目を細め、場に緊張感が生まれる。
「ちょっとこれは酷いぞ、グレイ。言っておくが、我は約束を違えておらぬからな」
「分かってますよっ」
口を尖らせてぶうぶうと言い張るサーシャリオンを、青ざめた顔のままクレイグは振り返る。何で子どもみたいな仕草をしてるんだこの人と愕然とした。
「もしや成果の一つですか? 良いでしょう、すぐに牢に送って尋問を――」
言いかけたハジクを、グレイは左手を上げて遮る。そして、腰のベルトポーチに手を突っ込んで、カードを一枚出し、ハジクの前にあるロウテーブルの上に弾き飛ばした。
「――今回は違う。協力を得る代わりに、捕縛しない約束をした。幾ら護衛師団でも、王族相手でもなきゃ、こっちの権限が上だ」
「これは……! 紫ランク! グレイって、まさか、隣国で有名な“賊狩りグレイ”だったのですか……!? まさかとは思いましたが、ありふれた名でしたし我が国にいるはずがないと思っておりましたが、真実そうだとは……!」
ハジクは興奮気味に言い、目を輝かせる。まるで有名な英雄に直接会いましたと言わんばかりの態度だ。
「あなた様のお噂はかねがね……! 賊を退治して回る、我ら国を守る騎士にとっては英雄の一人と思っております!」
握手してくれとばかりに手を差し出すのを、グレイは手を見ただけで握り返す真似はしない。
「ふん、英雄などと呼ばれる真似をした覚えはない。そんな評価は願い下げだ、鬱陶しい」
「ははあ、その睨みが、悪人だけでなく誰もが恐怖するという睨みというわけですね」
「…………」
沈黙するグレイの横で、サーシャリオンが耐えきれないというように腹を抱えてくつくつ笑う。思わず吹き出したクレイグにだけは、グレイの鋭い視線が飛び、すぐに引きつった顔になった。
「何だ、王族でもなければ権限が上とは? 紫ランクとはかようにすごいものなのか?」
サーシャリオンの問いには、握手を断られて少し残念そうにしているハジクが答える。
「ええ、その権限は高く、外交官に匹敵する警察権があるのですよ。それだけの信用と実績がなければ、紫のランクはギルドからは与えられません。ですから、紫ランク持ちならば、現行犯であれば、大臣クラスまでは貴族相手でも逮捕する権限があるのです。ただ、それをすると後々面倒になりますので、実行される方は少ないですけれど」
「つまり、この男をふんじばってギルドの牢屋に突っ込むことも出来たわけか?」
「ええ。そして、今回のように取引をして逮捕を免がせることも可能です。まあ、見た所、この男は頭目としては風格がありませんし、ただの下っ端でしょうから、グレイ殿の要求は通ります。あまり大物相手だと取引は出来ませんからね」
ハジクの断定を聞き、クレイグは肩にこめていた力を抜く。恨み半分にグレイを睨む。
「旦那、それならそうと、最初から言ってくれりゃあいいじゃ……」
「賊なんかに持ちあわせる気遣いがあると思ってんのか、犯罪者」
「……そうでしたね、言った俺が馬鹿でした。すみません!」
逆にひやりとする視線をグレイから向けられたクレイグは、びしっと背筋を伸ばして即座に謝った。
「なあ、団長。煙草を吸ってもいいか? こいつといるとイライラして敵わん」
「ええ、構いませんよ。心中お察し致します」
ハジクは快く了解した。
グレイが遠慮なく紙煙草に火を点けると、侍従がすっと灰皿を出してきた。その傍らでは、「ひでえ。あんまりだ」とクレイグが心の中で涙を流している。
黒狼族は誰が相手でもグレイのような態度だが、グレイは無表情なので無愛想さが目立つ。しかしハジクは一切気にしていないようだ。
「では、報告をお聞きしましょう。その後、こちらの進展状況も可能な範囲でお話しします」
「ああ、それで構わん」
役人には色々としがらみが多いのを理解しているグレイは反論することもなく、ちらりとサーシャリオンを見た。お前が話せという無言の催促に、サーシャリオンは仕方がないなあという顔をして、今まで起きたことを話し始めた。
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