断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
138 / 178
本編

 12

しおりを挟む


 セーセレティー精霊国王都にある冒険者ギルドは、安っぽい酒場みたいな雰囲気をしていた。それかもう少し良く言っても、寂れかけのカフェか。

「人、少ないな……」

 運営は大丈夫なのかと心配していると、ディドが当然というように言う。

「そりゃあな。ダンジョン都市じゃねえんだから、昼間にいる奴は寝坊したか報告に来る奴だろ。朝一で出かけて帰ってくるから、夕方が混む」
「そうなんだ。ビルクモーレとは違うんだな」

 ダンジョン経営で成り立つ都市とそうでない都市とでは差があるらしい。
 そんな冒険者ギルドの一階を見回すと、壁際の全体を見渡せる位置で、優雅にカップを傾ける青年が目にとまった。青みがかった短い銀髪は薄らと頬に影を落とし、右目が銀色で左目が緑色という神秘的な瞳は手元を見下ろしている。何かの情報誌を読んでいるようだ。
 前も思ったが、そんな仕草が嫌味に見えないところが嫌味っぽい美形野郎である。

「戻りましたよ、アレンの旦那。用事は済みました? それにしても、何をそんなに熱心に見てるんで?」

 元聖剣の勇者で、勝手に聖剣を返して勇者の名まで返上した、今はただの冒険者であるアレンは、こちらに視線を寄越すことなく、じっと紙面を見下ろしている。

「お帰りなさい、ディド。ええ、用事は終わりましたよ。これは耐火布製の衣服を買うにあたり、どこの店が良いかと思いましてね。受付でカタログが売っていたので見ているのですが……どこもぼったくりな気がするので、地道に探した方がマシか、それともいっそサラマンダーを狩ってきて加工を頼むべきかで悩んでるんですよ。それとこっちは、回りたい甘味処と、書店ですね。流石は王都。情報誌まで発行しているなんて流石です」

 最初は真面目なような気がしたが、後半はふざけているような気がした。何だ、甘味処って。

「旦那、甘いの苦手だったんじゃ?」

 ディドは不思議そうに問う。

「苦手ではありません、嫌いなんです。あんな胸焼けする物、摂取するのも嫌です。ただ、このジャムを買おうかと。マロネという実は、魔力具有の果物なので。ジャムなら日持ちしますから……。ん?」

 結構まともな悩みだったことに驚いていると、アレンがようやく顔を上げ、修太に気付いて目を瞬いた。

「おや、どこかで会ったような子どもですね。……迷子ですか?」

 真面目な顔でディドに問うアレン。
 初っ端から喧嘩を売られ、修太はぴきっとこめかみに青筋を浮かべる。

「迷子……なんすかねえ? 宿を探してる時に、チンピラに絡まれてたんで声かけたら、仲間は一緒じゃねえって言うんで、それに冒険者ギルドに行きたいと言うから連れてきたんです」
「俺は迷子じゃねえぞ!」

 鼻息荒く否定する修太を、アレンは哀れなものを見る目で見る。

「知らないんですか、お馬鹿さん。迷子っていうのは、道が分からなくなることだけを指すわけではありませんよ。連れにはぐれている状態も指すんです。更に言えばその対象は子どもが多いので、あなたはそれに該当しています」

「うるせえな。回りくどく言ってるけど、つまりは馬鹿にしてんだろ!」

 アレンは手をパチパチと叩く。

「よく分かりましたね。偉いですよ」
「だーっ、もう! 撫でるな!」

 この野郎、心から馬鹿にしやがって。
 子ども扱いでよしよしと頭を撫でてくる手をはたき落とす。

「前も言ったけど、俺は子どもじゃない! こう見えて、十七歳なんだぞ! それらしい扱いしやがれ!」

 憤然と言って、テーブルの盤面に両手を突く。
 アレンは目を丸くしてから、色違いの両目を優しく細める。

「ええ、ええ、分かってますよ。そういう風に大人ぶりたい年頃なんですよね」
「ちげえよ! 温かい目で見るな!」

 ふと周りを見ると、ギルドの職員やぽつぽつといる冒険者達まで微笑ましい目でこっちを見ていて、修太は顔を赤くする。羞恥と怒りでだ。

「でも旦那、こいつ嘘ついてませんぜ?」

 ディドが複雑極まりない顔で修太を指差すと、アレンはちちちと指先を振る。

「いいですか、ディド。本人がそう信じ込んでいれば、それは嘘ではありません。彼にとっては真実で、嘘を言っているつもりはないのですから。意味は分かりますね?」

「ああ、それなら確かに……」
「確かに、じゃない。納得するな!」

 慌てて口を挟んで納得するのを防ごうとするが、一歩遅かった。ディドのオレンジ色の目まで温かい眼差しに変わっていた。ちくしょー!
 怒りでぷるぷる震える修太を愉快気に見て、アレンは話題を変える。

「それで? どうしてまた一人なんです?」
「それは……」

 修太が答えを言いかけたところで、ああっという声が出入り口から響いた。

「げっ!」

 そっちを見た修太は短くうめいた。
 クレイグが狐面みたいな顔を真っ赤にして、ぜいぜい肩で息をしている。

「見つけたぞ、ガキ!」

 修太はきょろきょろと周りを見回し、逃げ口を探す。受付カウンター横が中庭への出入り口になっているので、そちらに駆けていこうとしたが、アレンに腕を掴まれた。

「まあまあ、そこにいなさい。――ディド」
「はい、旦那!」

 ディドが返事して、修太の前に立つ。
 庇ってくれるらしいのに驚いて、ディドとアレンを見ると、アレンに苦笑された。

「君ね、だから僕は人でなしではないと言ってるでしょうが」

 そんなこと言ってたな、そういえば。
 ディドを見て、クレイグが顔を青ざめさせた。

「バッカ、お前! 知らねえ奴についてくなと言ったろうが! おめえさんみたいなカラーズにゃ、どこも危ねえんだと教えたろ!? だいたい、俺を騙して迷子紐を外しやがって。仕舞いにゃ怒るぞ!」

 クレイグの怒声を聞いて、アレンがぶっと吹き出した。迷子紐……と呟いて笑っているのを睨みつけてから、修太はディドの後ろから顔を出す。

「あんた達が俺の話を聞かないからだろ!」

 何事かと見守る周囲の視線をつっぱねて、クレイグは大股にギルドを横切ってくる。

「ちゃんと聞いてるだろうが。逃がしてやるっつってるのに、お前って奴は!」
「だーかーらぁ、俺は奴隷じゃねーって!」

 修太達の遣り取りを見て、アレンは肩をすくめ、ディドをちらりと見る。

「何なんです? この愉快な遣り取りは」
「あの小僧、盗賊に奴隷と勘違いされて、逃がしてやるってさらわれたらしいですぜ?」
「はあ? 複雑な上に迷惑極まりないですね」

 そう言いながらも、アレンは面白がっている。そんな珍事、滅多に起きない。

「あと、この二人は、一応? たぶん? 知り合いだから!」

 修太の主張に、ますます不安を増幅されたらしい。クレイグがこっちに来いと手招きする。

「そこで会ったから知り合いとかいうオチだろ。ほら、こっちに来い!」
「ひどいですねえ。一応? たぶん? そんな曖昧な単語はいりませんよ。ちゃんと知り合いです。一緒に遺跡を探索した仲ですよ」

 アレンはひょいと椅子を立ち、笑顔で取り成す。

(まあ、嘘は言ってないな……)

 元はといえば、そうなる羽目になったのは、アレンの同行者のせいだが。

「そもそも、君って奴隷だったんですか? 普通に冒険者の仲間の一人かと思ってましたけど」

 アレンの問いに、修太は首を振る。

「だから違うって! 俺の仲間にも奴隷はいねえよ。たまたま積み荷用の馬車に乗ってたら勘違いされただけ!」
「え!?」

 クレイグが目を丸くした。

「冒険者? そんな奴ら、いたか?」
「いたよ。元騎士の女だろ、ハルバート使いの黒狼族だろ、ダークエルフだろ、それからセーセレティーの民と、違う馬車に〈白〉の男と、あと犬が一匹!」

 思い当たったらしい、クレイグがハッとする。

「じゃあ、あの馬車を護衛してた冒険者で、その仲間ってことか……」

 修太は頷いた。
 真実は少し違うが、だいたいは間違ってはいないのでそういうことにしておく。

「まあ、誤解してたのは分かったが、それでもこっち来いって。そんな柄の悪い奴と胡散臭うさんくさい奴、信用出来ねえだろうが」

 クレイグは思考を持ち直し、手招きする。アレンの笑みが引きつる。

「柄が悪いのがディドとして、僕が胡散臭いんですか? なんて失礼な。こんな善人、そうそういませんよ?」
「だから、そういうとこが胡散臭いんだって」

 修太はちらりと振り返り、しっかり突っ込みを入れる。
 アレンは少し俯いて、考えを纏めると、素晴らしい笑顔で顔を上げた。そして、すぅと息を吸い込み、人差指をびしっとクレイグに向ける。

「人さらいの盗賊風情に、そんな讒言ざんげんを言われる覚えはありません!」

 いい笑顔で、ギルド内に響くような大声できっぱりと言った。

「あっ、てめ!」

 クレイグが焦って修太と出口を見比べ、結局出口を選んだところで、一足早くギルド職員が出口を塞いだ。

「人さらいの盗賊が、こんなとこで何してんだろうな? え? ちょっと御同行願えますかね?」
「げ……っ」

 気付けば、更に周囲を数少ない冒険者が囲んでいた。
 クレイグは顔を引きつらせながら、大人しく両手を挙げて降伏宣言する。

「あっはっはっは。ひとのことを胡散臭いなんて言うからですよ。どうぞ、牢屋で頭を冷やしてきて下さいね~」

 アレンは心の底からざまあみろというように笑い、ギルドの奥に連れて行かれるクレイグにひらひらと手を振る。

「てめえ、この狸が! ガキ、やばくなったらちゃんと逃げろよ!」
「あー、大丈夫なんで。ええと、なんかすみません……」

 どうしよう。
 逮捕されながらも心配するクレイグに、良心がズキズキ痛む。

「留置所には入り慣れてっから、まあ気にするな!」

 わはははと笑いながら、連れていかれるクレイグ。自慢することではないと思う。

「坊主も詳しい話を聞かせてくれな。あとそっちの二人は本当に知り合い?」

 あーあ。結局、二人まで疑われてるよ。
 修太はギルド職員に呼ばれて一室で聞きとり調査をされながら、きちんとアレンとディドの弁護もしておいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...