断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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(何で、俺は今、剣なんか突き付けられてるんだ?)

 修太は深い困惑の淵にいながら、大人しく両手を上げていた。
 ちょっとうたた寝をしていて、気付いたらこれだ。

(俺の知り合いじゃないよなあ。兵士にこんな人達がいた覚えもないし……何なんだ)

 原色で塗られた不気味な面と、羽飾りのついたマントを着た集団が、寝起きに目の前にいれば驚くし、不可解に思うと思うのだ。だから修太が混乱するのは当然のはずだ。
 しかし、あいにくとトラブル慣れしてきたせいで、混乱しながらも意識の隅では冷静に物事を見ている。
 例えば、刃物を突きつけられたら抵抗しないで手を上げよう、その程度を考えるくらいには。

かしら! 王女の荷を積んだ馬車をあけたら、ガキが一人いたんですが、どうしますぅ?」

 刃物を突き付けている紫面の男の後ろに立った黄面の女が、赤面の男を振り返る。

「子どもなんか連れて行けるか。そいつはその辺にでも放り捨てておけ。どうせ森から出る前に獣に食われて死ぬだろうよ。分かったら、足がつかない小ぶりのアクセサリーを中心に集めろ。急げ」
「はい! 小粒真珠を連ねたネックレスや、小さい宝石のついた物なら尚良い、でしたよね!」

 文字通り、修太は馬車から下ろされて近くの木の根元に放り捨てられた。

(いってぇ!)

 何も木の根の上に落とさなくてもいいのに。
 地から盛り上がった根で背中を打ちつけ、修太は横に転がって、痛みにもだえる。箪笥で小指をぶつけた時にも似た、どうしようもない理不尽な怒りが湧く。
 しかも放り落とされた拍子に、目深に被っていたフードが外れたのか、一度は捨て置けといった赤面の男がいぶかしげな声を上げた。

「ん? ――おい、ガキ。こっちを向け」
「?」

 どうやら直接手を下して殺す気はないようだが、かと言って、背を向けて逃げたところをズドンと刺されたりしてはたまらないので、その場に半身だけ身を起こして座る。赤面の男は身長は低めだが、肩幅が広く身体つきががっしりしているので、座っている修太には岩か壁のように見える。赤面で顔を隠し、フードを被っているので、怪しいことこの上ない。
 しげしげと修太を見た赤面の男は、なるほどねと言葉を零す。

「“王女の持ち物”に人間が含まれてるわけだ。〈黒〉の、それも漆黒だ。あの王女様も随分趣味が良いな。奴隷でも買ってきたか」

 面のせいでくぐもった声には、確かな嫌悪感が浮いていた。

「頭ぁ、一緒に連れてってあげようよ。ここに残して、連れ戻されたら可哀想だ」

 積み荷を漁る手下の監督をしていた黄面の女が、哀れみをひくような声で訴える。
 何だかおかしな流れになってきた。

「俺、奴隷じゃな……」
「分かってる! そう言うように躾られてんだろ! ほんっと貴族ってクズが多いよね!」

 黄面の女は大袈裟に言って、ぎゅむっと修太を抱きしめた。柔らかい感触に焦る。

「ちょ! 離れ!」
「わー、照れてる。かーわいーっ」

 黄面の女はきゃらきゃら笑いながら、身を離し、今度は修太の頭を力いっぱい撫で始めた。

「痛い! 痛いって、やめ!」

 爪が頭皮に当たってかなり痛い。

「やめねえか、キッカ。そいつは生きてる人間で、人形じゃねえんだぞ」

 キッカと呼んだ女の後ろ襟を掴み、ひょいと持ち上げて引き離す赤面の男。何故かキッカは頬を赤らめ、今度は赤面の男に抱きついた。

「なあにぃ、嫉妬? あたしはいつでも頭が一番だよー!」
「…………」

 何処か諦めたような溜息を吐く赤面の男。しかし周囲は、ヒュウヒュウと指笛や口笛を吹いて囃したてる。

「行け行け、あねさん! そのまま押し倒しちまえ!」
「清々しいぜ、姉御!」
「いいや。頭、頑張って耐えて下さいよ! 金貨一枚けてんですから!」
「うるせえ、こっちだって一ヶ月に賭けてんだぞ!」
「一ヶ月ってあと三日じゃん。大穴狙いにも程があるぜ」

 応援する者、しない者、どちらも賭けの対象にしているようだ。

「ったく、お前ら……」

 憎々しげにうなる赤面の男。だが、文句を言わないところを見るといつものことなのか、諦めているようだ。
 溜息混じりにキッカを引きはがし、指示を出す。

「おい、ブツは集めたのか?」
「へい! 間違いなく!」

 積み荷を漁っていた部下達は頷いて、袋に納めた奪取物を掲げてみせる。
 修太はその隙に、こっそり面々を見回す。

(一、二、三……。面を付けた奴ら、二十はいるのか? ……ん?)

 ふと、大柄な体躯の男に担がれてぐったりしている人間が目にとまった。

(テリースさん!?)

 何がどうなってこうなっているのだ?

 疑問を込めてテリースをじっと見ていると、赤面の男が修太をちらりと見た。

「何だ? こいつが気になるのか? 安心しろ。大事な取引材料だ。死なせちゃいない」

 男はぞんざいに言った。

(取引材料……?)

 それで連想するのは、誘拐犯という単語だ。

(身代金目当ての誘拐か? 居眠りしてる間に、盗賊にでも襲われたってとこかな)

 自分の神経の図太さに呆れながら、ほぼ正解に自力で辿り着く修太。

(身代金確保と、積み荷から足のつきにくい宝飾品を奪う為に馬車ごとここに運んできたってとこかな。賊嫌いのグレイが側にいたのにこうなってるってことは、こいつら相当のやり手ってことか)

 あいつらは無事なのだろうか。仲間の安否を思うが、すぐに考え事は中止することになった。

「よし。追っ手が来る前にずらかるぞ!」

 赤面の男が声を張り上げ、撤収の宣言をしたせいだ。

「おう!」

 複数の声が空気を揺らす。

(ただの盗賊にしちゃあ、やけに統率がとれてるな……)

 まるで小規模の軍隊みたいだ。

「おい、クレイグ! てめえはそのガキ連れてこい!」
「へえ、分かりやした」

 紫面を付けた金髪の男が返事をし、修太の前にしゃがむ。

「ガキ、騒いだりすんじゃねえぞ」
「でも、俺、奴隷じゃないんだけど」
「おう。分かってるよ。安心しろや。悪いようにはなるめぇ」
「…………」

 分かってねぇぇ。

 だが、上手い反論も思いつかずに沈黙してしまう。
 それを了承ととったのか、紫面のクレイグはひょいと修太を左肩に担ぎあげた。腹に肩が当たって痛い。
 これから先を思って気を重くする。
 どうせならここに置いていって欲しいのだが、どうも勘違いしているらしく無理そうだ。

(少しはひとの話を聞けよ)

 そう思うが、勝手に同情して助けようとするあたり、こいつらはどうも根本的な部分は気の良い奴らなんだろう。

(しっかし、馬に乗れないからって馬車に乗せられてただけで、王女の私物扱いか……。俺、ほんと巡り合わせが悪いよなあ)

 だが、ある意味、悪運が強いとも言えそうな気もした。




「なあ、クレイ……グ? さん? それともクレイブさん? あんた達って盗賊なの?」

 休憩の折に、どうも修太の世話役に任命されたらしきクレイグに思いきってこっそり問うと、クレイグが呆れた声を出した。

「クレイグだよ。今更その質問か? 何だと思ってたんだ、おめえさん」

 やっぱり盗賊なのか。

「いや。ちょうど居眠りしてたんで、状況がさっぱり分からなくて……。でもだいたい分かった」
「そうかい。説明の手間が省けて助かるよ」

 クレイグはわははと笑い、息子か弟にでもするみたいに、修太の頭を大きな手の平でポンポンと叩く。

 盗賊達は面を外す素振りはなく、ずっと面を付けたままだ。この暑い中、蒸れないのだろうか……。

 途中、スコールにあったせいで、服がずぶ濡れで、じっとりした暑さが不快でたまらないから、面を被る彼らはもっとひどいと思うのだ。
 しかし、そんな状況の中でも、あのキッカと呼ばれていた黄面の女は、赤面の男へとアプローチに余念がない。飛びついていって押しまくっているが、赤面の男は迷惑そうにそっけない態度を返してキッカを引きはがしている。それを仲間達は微笑ましげに見守っている。

「すげぇだろ、キッカのあねさん」
「うん……」

 すごい。
 クレイグの呟きに、修太は頷きを返す。
 親猫に煙たがられる子猫の図にしか見えないのだが、めげない根性がすごい。

「キッカの姐さんな、元はトレジャーハンターを中心に活動してた冒険者だったんだが、遺跡で罠に引っかかって動けないで、そのまま餓死寸前ってとこで頭に助けられてさ、以来、あの通り」

 それはすごい経歴だ。さぞかし赤面の男が神様に見えたことだろう。惚れるのも当然な気がした。

「あんた達は遺跡に何しに?」
「俺らは関係ねえよ。頭だけな。あの人、ああ見えて古代遺跡が好きで、よく遺跡探索に行ってんだよ」

 ああ見えてと言われても、修太は赤面を被った男という印象しかないのだが……。

「考古学者?」
「なんだ、コウコガクシャって?」

 あれ、通じないのか。

「古代の歴史に詳しくて、遺跡を発掘したりするような学者のことだよ」

 大雑把だが、間違ってはいないだろう。

「はあ、さっすが、王女の奴隷だけあってさかしいな。そういうことを言ってんなら、歴史学者っつった方がいいかもな?」
「ふーん」

 だから違うって言ってんのに。
 訂正をすっかり諦めた修太は、内心で悪態をつく。

「セーセレティーにゃ妖精族が多く棲んでるし、ダンジョンも多いから、自然と古代遺跡も多いんだそうだぜ? 俺にゃよく分からねえがな」

 それでいて盗賊をしてる関連性が見えないが、彼らなりの事情があるのだろう。深く突っ込んで薮蛇になりたくなかったから、修太は深入りしないで頷いておいた。

「なあ、どこまで行くんだ?」

 当たり障りのない質問をと考えて、出てきたのが行き先のことだった。

「着けば分かるさ」

 だが、クレイグの返しはそっけなかった。
 確かにその通りなので、修太はそれ以上は聞かず、無言で頷いて引き下がった。
 そんな修太を、クレイグは面の中で片眉を上げて見ていたが、修太には分からなかった。




 その日の夜。
 野営地で皆が寝静まった頃、赤面の男は、焚火の明かりがぎりぎり当たるかという位置で、木に背を預けて座っていた。相変わらず面は付けたままだ。そこへ、クレイグがそっと歩み寄る。

「……あのガキはどうだ?」

 赤面の男の問いに、クレイグは肩をすくめる。

「言いつけた通り騒ぎもしないし、いやに聞き分けが良いよ。少し話した感じ、あの年頃のガキにしちゃ頭が良さそうだ。しかも引き際も心得てるときた。ちょっと賢しすぎて気持ち悪いくらいだな。姐さんの頼みといえ、あのガキ連れてってどうするんですかい?」

「街に着いたら放り出しときゃいいだろ。それだけ賢けりゃ、人がいればてめえでどうにかするだろうよ」
「街でわざわざ放り出すなんて、人買いにさらわれろって言ってるようなもんですぜ? それならここに置いてった方がよっぽど親切だ」

 言外に迷惑な親切の仕方をするもんじゃないと主張するクレイグを、赤面の男はもっともと思ったのか、無言で見る。

「……キッカがうるさいから連れてきたが、置いてくるんだったな」

 どこか後悔したように呟く赤面の男。

「おっ。意外にキッカの姐さんに絆されてるんですかい? こりゃいいや。出来れば三日以内に落ちてくれると、俺の取り分が増えるんですけどね」
「……クレイグ」
「すいやせん! んな怒らんで下せえよ」

 へらへらと愛想笑いを零すクレイグ。面を付けていても分かる冷たい視線に、クレイグは冷や汗をかく。

「そうだ。あのお坊ちゃんの方はどうなんですかい?」

「青ざめた顔をしてたが、カラクの名を出したら、それだけで理解したようだったぜ? ――ったく、お貴族様ってのは分からんな。こんな真似してまで、弟をどうこうしようってのが理解出来ん」

「あの不細工な坊ちゃんがそれだけ目障りってことなんでしょうよ。俺はどうでもいいですがね、仲間さえ返してくれりゃあ」

「全くだ。お陰で、誘拐なんて柄にもねえことする羽目になった。奴ら、戻ってきたら全員ぶん殴る」

 腹立たしげに呟く赤面の男。二人の間に沈黙が下りる。

「――なあ、頭。あいつら、無事ですよね……?」
「無事でなかった時は、目にもの見せてやるさ。この取引のせいで、仲間が五人も死んだんだ。分かるだろう?」

 怒りをこめ、赤面の男は側に生えていた草を引きちぎる。

「でも俺は嬉しいですぜ? あんたはヘマした奴らを見捨てる選択をしなかった」
「俺は捨てる真似はせん。捨てるようになったら、俺を捨てた奴らと同等になる。それは誇りが許さねえ」

「スラムにいる時点で、俺らはただのゴミクズですがね」
「ゴミクズにもゴミクズの誇りがあるんだよ」

 赤面の男は短く吐き捨てるように言い、クレイグの肩を拳で押す。

「おら、もういいだろ。とっとと寝ろ。明日は夜明け前につ」
「頭も寝て下さいよ」

 赤面の男は無言で頷いた。
 野営地には再び静寂が落ち、虫や猿の鳴き声が遠くから響く。どこかで獣が動く気配がする。
 その静かな夜闇をじっとねめつけながら、赤面の男は木にもたれて座っていた。
 眠っているのかいないのかは、面を付けているせいで、火番の者でも判断出来なかった。
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