断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
118 / 178
本編

 2

しおりを挟む


「はあ、はあ。ぜーっ。なんだあの魚……!」

 水底森林地帯を北上し、森を抜けた地点で、修太達は息を整えていた。
 どうやら魚達は森から出られないらしく、切り株山に入ると追ってこなくなった。
 しかし、ここからでも、修太達が戻ってくるのを待っているのか、明かりをぶらぶら揺らしているのが見える。
 コウがその光めがけ、威嚇で吠えているが、魚は気にしていないようだ。

「アンコウだよ。間違いない」

 あれだけ走ったのに全く息が乱れていない啓介が、しかつめらしい顔で断定する。

「「あんこー?」」

 ピアスとフランジェスカは声を揃える。
 アンコウ鍋が美味いという話は知っていても、修太も実際に見たことも食べたこともない。しかし頭にあるアンテナみたいなものは、アンコウそのものだ。

(アンコウって、確か海底でじっとしてて、近くを通りがかった魚やアンテナに寄ってきた獲物を喰うんじゃなかったっけ?)

 あの魚、じっと身を潜めるどころか思い切り追いかけてきた。しかも人を丸呑みに出来る巨大さで、どうやってそんなに成長するのか分からない。

「グレイは知ってる?」
「ああ。レステファルテ国で珍味扱いされてる魚に似ている。確かライトコールと呼ばれていたはずだ。生きてるやつを見たのは俺も初めてだな」

 グレイはあっさり答えた。
 レステファルテ国では有名な魚のようだ。ここではライトコールという名らしい。

「まあ、アンコウでもライトコールでもどっちでもいいけど、何であんなに魚がでかいんだ? 何を食ったらあんなに育つ? 意味分からん」

「今更でしょ、シューター君ったら。魚が小さいのは入口付近だけよ。奥に行くほど大きな魚がいるの。もしかして知らなかったの?」
「悪かったな、知らなくて」

 呆れ顔のピアスに修太はそう返す。それは是非とも最初に聞きたかった。

「面白いよなあ! あれ、飼いならしたら乗れないかな?」

 啓介はわくわく浮き浮きして、ライトコールを見つめる。修太はすぐに否定した。

「その前に喰われるのがオチだろ」
「そうかなあ。むう……」

 本気で残念がられても鬱陶しい。
 修太はやれやれと首を振った。

「とにかく、だ。森は抜けたのだ、行ける所まで登るとしよう」

 フランジェスカが切り株山の頂上をくいっと顎で示し、先を促す。
 遠くからは緩やかな傾斜をしているように見える切り株山は、近くで見ると思ったより急こう配だ。
 修太は迷わず魔動機オートマのバ=イクを旅人の指輪から呼びだすと、ひょいと座席に跨ってエンジンをかける。体力温存の為だ。
 バ=イクを見て、ピアスが歓声を上げる。

「わあ、それって魔動機? エルフの英知よね? なんでシューター君、そんな物を持ってるの!?」

 そういえばピアスの前で乗ったことはなかった。
 ピアスが実家のあるアリッジャに行っていて別行動の時だけ乗っていたから、グレイやコウは知っている。

「前にエルフに気に入られて貰った。俺と同じ〈黒〉じゃないと使えない仕組みになってる」
「いいなあ! いいなあ! ねね、後で乗せて。お願い」

 顔の前でパチンと両手を合わせて、ピアスは頼む。その仕草は可愛らしいが、修太は首を振る。

「どこか広くて平らな場所ならいいけど、ここでは駄目だ。慣れないと危ない」
「そんなに使うのが難しいの?」

「ああ。まず、浮遊感が怖くて乗れないだろうな。俺は元の世界で、似たような乗り物に乗ってたから、運転は難しくないけど。セスさんも、初めてでこんなに乗りこなした奴は初めてだって言ってたし」

「そうなんだ。じゃあ、平らなとこでお願いするわ!」

 ピアスはにこっと笑い、あっさり身を引いた。だが啓介が代わりに提案する。

「シュウ、荷台に乗せてやったら?」
「それくらいならいいけど……」

 修太はそう答えたが、啓介の恋を応援したい身としては内心複雑だ。この場合、啓介が運転してピアスが荷台の方が良いだろう。
 しかし啓介にとっては、より良く場を纏めることの方が大事みたいなので、結局、承諾した。

「ピアス、お前、スカートだから、乗るんなら横乗りにしとけよ?」
「いいの? やったぁ! ありがとう、シューター君! ケイもありがとうね!」
「どういたしまして」

 手放しで喜ぶピアスに、啓介が笑って答える。
 修太とピアスがバ=イクに二人乗りしたことで、移動速度が上がった。四人の後ろをバ=イクでついていく。横をコウが楽しそうに駆け、灰色の尻尾がふさふさと揺れた。



「熱帯地方でも、山の上は冷えるな……」

 四時間近く費やして、ようやく山の頂上に辿り着いた。修太は冷気漂う高所に身を震わせる。ピアスは寒いのが苦手らしく、すでに上着を羽織っていた。
 山の上は風が強く、修太の着ているポンチョのフードが吹っ飛ばされるので、三回被り直したところで被るのを諦めた。お陰で耳が冷たい。

 頂上はドーナツ状になっており、地面にバ=イクを停めて縁から崖下を覗いてみたが、溝は深い上に光が届かないせいで底が見えない。この円状の溝の向こうに、円筒上の台地があり、そこに遺跡らしきものがある。まるでウェディングケーキのように階段状に連なっていた。一番上に見えるのは城だろうか。

 結界以前に、この溝のせいで先に進めないようだ。どこかにあちらに行く通路があるのかもしれないが、探してみないと分からない。

「キメラって、俺がいても駄目なんだな……」

 修太は呟いて、ちらりと後方を振り返る。山の斜面に血を流して倒れているキメラが数体見える。頭は獅子と山羊の二つ、体は獅子、背には蝙蝠こうもりの翼があり、尾は三匹の蛇という姿をしている。獅子の頭は火を吐き、山羊の頭は氷の風を吐く。尾の蛇は猛毒を持つらしい。化け物らしい姿だ。

 ピアスが言うには、キメラはモンスターと動物の掛け合わせらしい。今は失われている魔法、生物の合成によるものだという。モンスターと動物を掛けあわせた時点でモンスターではなくなるのか、修太がいても鎮めることは出来ず、キメラはフランジェスカとグレイの刃の餌食となるか、啓介の電撃魔法により無力化されていった。サーシャリオンは特に手伝わず、修太とピアスの側にいて、こちらが危なさそうな時だけキメラを蹴り飛ばしていた。

「そうだな。忌まわしい魔法だよ。生物の掛け合わせなど……」

 サーシャリオンは気にくわなさそうに息を吐く。そして、ふと右の方を見た。

「む? どうやら、他にも先客がいたようだな」
「え?」

 サーシャリオンの向いている方を見ると、自分達がいるより向こう側の頂上に人影が四つ見えた。あちらも気付いたようで、こちらに歩いてくる。

「こんな場所に来ようなどという物好きが、他にもいるとはな。驚きだ」

 グレイの淡々とした物言いには驚きが感じられなかったが、彼は警戒たっぷりにハルバートの柄を右肩に乗せて抱える。いつでも振りかぶれるような構えであるようだ。
 その左横では、フランジェスカが刃についたキメラの血を布で拭いてから剣を鞘におさめたものの、柄には手を当てていつでも抜けるようにしている。

「冒険者かしら? 物々しい格好ねえ」

 荷台からぴょんと跳び下りると、ピアスは目の上で手をひさしにし、しげしげと相手側を見る。

「確かに。部分鎧だけどプレートメイルだね。灰狼族もいる。あとの二人は女の人かな?」

 啓介もまた、興味津々の体で観察している。
 ほぼ対岸にいた四人は、時間をかけて縁を歩いてくると、朗らかに挨拶してきた。

「やあ、こんにちは。こんな所で人に会うなんて思いませんでしたよ。奇遇ですね」

 上半身と篭手、グリーブがプレートメイル姿の青年は、その美しい顔に微笑みを乗せた。短い青みがかった銀髪をさらさらと風に揺らし、切れ長の目は右が銀で左が緑という珍しい色合いで、神秘的な雰囲気を持っている。セーセレティーの民以外なら、誰が見ても美形と言うだろう顔立ちだ。あまりにも綺麗過ぎるせいか、顔に浮かぶ笑みが何故か胡散臭く見える。

 青年は腰に美しい長剣を提げていた。銀鞘で、握りや鍔は金色に輝いている。
 その傍らに付き従うようにしている灰狼族は、二メートルはある大柄な男で、背に大きな斧を背負っている。皮製の鎧を身に着けている以外に防具らしいものはない。

 そして、男二人の後ろには、フードを目深に被った白い衣服の女と、白いマント姿の騎士らしき女がいた。騎士の方は金髪をポニーテールにしており、金の目をしている。細身で凛とした美しさを持った女性だ。

 灰狼族の美醜は分からないが、このパーティは美形揃いらしい。
 修太からすると、キラキラしすぎてちょっと引く。だが、他から見たら修太達のパーティーもなかなかの美形揃いだろうと思うと、仲間外れの自分がちょっと泣けてきた。
 修太がやっかみ半分にもやもやしていると、灰狼族の男がグレイに目をとめた。嫌そうに片眉を上げる。

「うげ。珍しいじゃねえか、黒狼族の。一人で生きるしか能のねえ奴が、団体行動かぁ?」

 それにはグレイも淡々と応酬する。

「ふん。主人がいないと役立たずな奴に言われたくない」

 見ず知らずの二人の間で、冷やかな空気が流れた。今にも武器をとって喧嘩しそうな気配に、最初に挨拶してきた青年がそっと口を出す。

「ディド、喧嘩なんてやめて下さいよ。面倒臭い」
「へえ、すまねえ、旦那」

 どうやらこの灰狼族の主人はこの青年らしい。

(主人に仕えてる灰狼族って、ちゃんと見たの初めてだな)

 修太は青年と灰狼族の男をまじまじと見比べた。

「お兄さん達も、ツェルンディエーラに用なの?」

 物怖じせず、啓介が人懐っこく問う。青年もまた、にこやかに答える。

「ええ、そうなんですよ。入口を探していたのですが、見つからなくて。キメラは出るし、この山には植物は生えていないし、殺風景で嫌になりますね」
「入口ですか。俺達もさっき来たとこだから、道は分かりませんよ。お互い頑張りましょう」

 啓介は先回りして答えた。道を知らないかと質問されると思ったのだろう。

「ああ、そうなんですか。それは残念です。ところで皆さんは観光ですか?」
「そういう貴公も観光か? 随分物々しいが」

 フランジェスカの鋭い問いに、青年は苦笑する。

「やだな、そう警戒しないで下さいよ。まあ、そんなところですかね」

 優男の笑みを浮かべている青年は、どう見ても胡散臭い。グレイがキメラの血がついたままのハルバートの先を、青年に向ける。

「警戒するなというのが無理な話だ。そうして欲しいなら、そっちの女二人を下がらせろ。害のあるにおいがぷんぷんしている」

 槍先を付きつけられながらも動揺した様子はなく、青年は不思議そうに後方の二人を見た。

「カーラさん、メリエラさん、本当にさっきからどうしたんです?」

 確かにグレイの言う通り、女性二人は、無言のままピリピリと刺すような気配を発してこちらを睨んでいる。

(何だ……?)

 嫌な感じだ。
 グレイの動作に灰狼族のディドがむっとしたようだが、そのオレンジ色の目がふと修太を見た。その顔が、しくじったというようにひそめられる。

「旦那、まずい! 〈黒〉がいる!」
「!」

 ハッとした顔になるや、青年はグレイのハルバートの柄を蹴りあげて刃を反らし、一足飛びに後ろに跳ぶ。腰に提げた長剣を抜き、一閃した。
 カカカカン!
 高音が幾つも鳴り響き、ナイフが地面に突き刺さる。

「勇者様! 何故、邪魔をするのです!」

 騎士の女が壮絶な目で青年を睨む。

(ゆ、勇者だぁ……?)

 修太は耳を疑った。

「それはこっちの台詞です、メリエラさん。〈黒〉狩りをするのはやめるように言ったはずです。ほんと、いい加減、本国に帰ってくれませんか?」

 うんざりというように青年は言う。
 それに対し、フードの女が口を開く。

「あなたは神に選ばれた方。どうしてこのような異郷にまで足を運ばれるのか、理解出来ませぬ。国にて役目を果たせばよいのです」
「飼い殺されるのは御免です」

 面倒臭そうに返す青年。
 修太はこそこそとピアスに問う。

「何だ、仲間割れか……?」
「迷惑な話ね。どこか他所でやってくれないかしら」

 ピアスの返事は辛辣だ。

「でも、勇者って何だろうな?」

 啓介が不思議そうに言った時、フランジェスカが信じ難そうに言う。

「勇者? 聖剣の勇者、アレン・モイスか! モイス伯爵家の勘当された五男。類稀な戦闘力を誇る、紫ランクの冒険者……」
「え? フランさん、知り合い?」

 啓介が首を傾げて問うと、フランジェスカは否定する。

「いいや。面識は無いが、パスリル王国では有名な男だ。だが、安心しろ。剣技だけなら私の方が上だ」

 自信たっぷりなフランジェスカ。国一番の剣士の名は伊達ではないらしい。

「“フラン”? もしかして、剣聖フランジェスカ!?」

 アレンは大袈裟に驚く。

「うわあ、一度お会いしたかったんですよね! ですが、この間の伝令によると、今は国に追われる立場だそうですね。そこは残念ですが、正直、僕は興味がありません。面倒なことには関わらない主義なんです」

 アレンはにこっと微笑んだ。

(おい、それでも勇者か?)

 勇者っていうのは、率先して人助けに行くような精神の持ち主ではないのだろうか。つまり面倒でも突っ込んでいくタイプのはずだ。だが、修太の知るような勇者像と、ここの勇者では違うのかもしれない。

「埒があきませぬ! 悪魔憑きと悪魔の使いは、ここで仕留めて差し上げます! メリエラ!」
「はっ!」

 痺れを切らしたカーラが行動に移し、周囲に霧が立ち込める。〈青〉のカラーズだったらしい。
 視界が奪われたことに気をとられた瞬間、足元でピシリと嫌な音がした。

(なに?)

 危機感に修太が目を瞬いた時、魔法が無効化され、霧が掻き消える。視界を取り戻して見えたのは、足元の地面に亀裂が入っている光景だった。
 ぐらりと地面が傾く。深い溝めがけて、足元が崩れていく。
 メリエラが〈黄〉の魔法を使ったのだと悟った時には遅かった

「きゃ……!」

 巻き込まれたピアスが重心を崩してよろめく。

「くっ、啓介っ!」

 修太は渾身の力をこめて、ピアスの背中を突き飛ばす。安全地帯近くまで弾かれたピアスだが、足元は崩れ、再び落下しかける。そこを即座に啓介が右腕を掴む。

「ピアス!」
「ううっ。あっ! シューター君っ!」

 宙ぶらりんのまま、ピアスが左手を伸ばすのが見えたが、宙に投げ出された修太にはどうしようもなかった。重力に引っ張られるまま、谷底へと落ちていく。

「シュウ!」

 啓介の絶望の混じった声が響く。
 バ=イクが真横を落下していくのを見ながら、せめてハンドルを掴んでいればと修太は頭の隅で考えた。


     *


「ちっ」

 谷へ放り出された修太を見て、サーシャリオンは舌打ちして助けに飛び込もうとし、動きを止めた。
 サーシャリオンが行く前に、さっきの勇者が飛び降りたのだ。
 まさか人の子が遠慮も無く飛び降りるとは思わず、サーシャリオンは唖然と見送ってしまう。

「何という奴だ……」

 まさか崖を駆け降りて行く・・・・・・・・・とは。
 青年はサーシャリオンの見守る前で壁を駆け降り、落下する修太の位置まで来ると壁を蹴った。修太を宙で掴まえて小脇に抱え、風を上手く操って緩やかに谷底へ降下していく。その一部始終を見て、修太の無事を悟る。

「ふん。勇者の名は伊達ではない、か」

 あの輩、とんだお人好しらしい。
 しかし、人間も意外にやるものだ。
 サーシャリオンは感心し、悲痛な顔をしているピアスと啓介を振り返る。

「あの勇者とやらが助けておったから平気だろう。それよりこちらが問題だな」

 メリエラとカーラはフランジェスカがあっさり取り押さえて気絶させ、残るディドとグレイは激戦中だ。

「放っておいて、谷底に降りられる道がないか探すとするか」

 さっくり思考を切り替えたサーシャリオンの言葉に、啓介は苦笑する。

「なんか……うん、まあ、いいや」

 色々と言いたいことがあるようだが、結局彼は言葉を飲み込んだ。


      *


「う……?」

 修太が目を開けると、薄暗かった。
 驚いたことに生きている。絶対、死んだと思ったのに。

「ああ、起きました? 良かったです」

 ぼんやりしていると、視界に美麗な顔が割り込んだ。へらへらと緊張感の無い笑みを振りまき、勇者アレンは頭を掻く。

「いやあ、すみませんでした。あの二人、僕の監視役で、ちっとも言う事を聞いてくれなくて」

 修太は頭がはっきりするや、飛び起きて後ろに下がった。アレンは顔をしかめる。

「うわ、嫌だなあ、その反応。傷つくじゃないですか」
「うるせえ。パスリル王国人なんだろ、お前」

 警戒心ばりばりで睨みつけ、周囲を注意深く見回す。上を見ると、細長く切り取られた青空があった。どうやらここは谷底のようだ。視界の端に白い物が見えて、あっと声を漏らす。

「スノーフラウ……」

 かなりの高さを落ちたせいか、バ=イクは滅茶苦茶に壊れていた。

「俺じゃメンテしか出来ないのに……」

 がっかりしたが、かろうじて原型をとどめている程度の有り様にゾッとする。どうして助かったのか知らないが、一歩間違えたら修太もこうなっていたのだ。
 バ=イクの元まで歩いていって、壊れてはいるものの旅人の指輪に収納する。機会があったらエルフに直してもらおう。

「自分で言うのもなんですけど、僕が君を助けたんですよ。ちょっとは感謝してくれてもいいんじゃないですかね?」

 やれやれというように、アレンが言う。
 そうなのか。だからここにこの男もいるのかと理解した。

「……ありがとう、勇者サマ」

 一応、修太は礼は言ったが、距離はあける。どう見ても胡散臭いので、警戒心しか浮かばないのだ。

「アレンで結構ですよ」

 アレンはそう言いながら、おもむろに剣を抜いた。抜き身の剣を手にして修太の方に歩いてくるので、やっぱり殺す気なんじゃないかと修太は肝を冷やす。
 アレンが手を振り上げ、転落死が斬殺に変わっただけだと諦めの境地で身を縮めるが、ボトッと音がしただけで、何も痛くなかった。
 そろりと目を開けると、アレンが楽しそうに笑っている。

「あはは、僕が殺すと思いました? そんなことをするくらいなら、そもそも助けませんよ」

 くすくすと、おかしそうにアレンは笑う。
 それならそうと一言言えばいいのに、性格が悪いのではないかと、修太は心の中で毒づいた。そして足元に視線を移す。大人の男の腕くらいの太さはありそうな蛇が、頭を落とされた状態で横たわっていた。

 さっき、アレンはこの蛇を切ったらしい。
 礼を言うのも癪だとむすりと口を引き結んだ修太は、アレンを観察する。彼の腕や頬に細かい切り傷があるのに気付いた。どこでどうやって作った傷か分からないが、新しいもののようだ。
 修太は旅人の指輪から塗り薬を取り出すと、その場に置いて、今度は注意深く周りを見ながらアレンから距離を取る。

「……礼。使えば」
「おお、ありがとうございます」

 悪びれない笑みでアレンは礼を言う。
 どうしてこんなに胡散臭く見えるのか不思議だと、修太は一見人の良さそうな青年をこっそり観察することにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...