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本編
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しおりを挟む「はあ、はあ。ぜーっ。なんだあの魚……!」
水底森林地帯を北上し、森を抜けた地点で、修太達は息を整えていた。
どうやら魚達は森から出られないらしく、切り株山に入ると追ってこなくなった。
しかし、ここからでも、修太達が戻ってくるのを待っているのか、明かりをぶらぶら揺らしているのが見える。
コウがその光めがけ、威嚇で吠えているが、魚は気にしていないようだ。
「アンコウだよ。間違いない」
あれだけ走ったのに全く息が乱れていない啓介が、しかつめらしい顔で断定する。
「「あんこー?」」
ピアスとフランジェスカは声を揃える。
アンコウ鍋が美味いという話は知っていても、修太も実際に見たことも食べたこともない。しかし頭にあるアンテナみたいなものは、アンコウそのものだ。
(アンコウって、確か海底でじっとしてて、近くを通りがかった魚やアンテナに寄ってきた獲物を喰うんじゃなかったっけ?)
あの魚、じっと身を潜めるどころか思い切り追いかけてきた。しかも人を丸呑みに出来る巨大さで、どうやってそんなに成長するのか分からない。
「グレイは知ってる?」
「ああ。レステファルテ国で珍味扱いされてる魚に似ている。確かライトコールと呼ばれていたはずだ。生きてるやつを見たのは俺も初めてだな」
グレイはあっさり答えた。
レステファルテ国では有名な魚のようだ。ここではライトコールという名らしい。
「まあ、アンコウでもライトコールでもどっちでもいいけど、何であんなに魚がでかいんだ? 何を食ったらあんなに育つ? 意味分からん」
「今更でしょ、シューター君ったら。魚が小さいのは入口付近だけよ。奥に行くほど大きな魚がいるの。もしかして知らなかったの?」
「悪かったな、知らなくて」
呆れ顔のピアスに修太はそう返す。それは是非とも最初に聞きたかった。
「面白いよなあ! あれ、飼いならしたら乗れないかな?」
啓介はわくわく浮き浮きして、ライトコールを見つめる。修太はすぐに否定した。
「その前に喰われるのがオチだろ」
「そうかなあ。むう……」
本気で残念がられても鬱陶しい。
修太はやれやれと首を振った。
「とにかく、だ。森は抜けたのだ、行ける所まで登るとしよう」
フランジェスカが切り株山の頂上をくいっと顎で示し、先を促す。
遠くからは緩やかな傾斜をしているように見える切り株山は、近くで見ると思ったより急こう配だ。
修太は迷わず魔動機のバ=イクを旅人の指輪から呼びだすと、ひょいと座席に跨ってエンジンをかける。体力温存の為だ。
バ=イクを見て、ピアスが歓声を上げる。
「わあ、それって魔動機? エルフの英知よね? なんでシューター君、そんな物を持ってるの!?」
そういえばピアスの前で乗ったことはなかった。
ピアスが実家のあるアリッジャに行っていて別行動の時だけ乗っていたから、グレイやコウは知っている。
「前にエルフに気に入られて貰った。俺と同じ〈黒〉じゃないと使えない仕組みになってる」
「いいなあ! いいなあ! ねね、後で乗せて。お願い」
顔の前でパチンと両手を合わせて、ピアスは頼む。その仕草は可愛らしいが、修太は首を振る。
「どこか広くて平らな場所ならいいけど、ここでは駄目だ。慣れないと危ない」
「そんなに使うのが難しいの?」
「ああ。まず、浮遊感が怖くて乗れないだろうな。俺は元の世界で、似たような乗り物に乗ってたから、運転は難しくないけど。セスさんも、初めてでこんなに乗りこなした奴は初めてだって言ってたし」
「そうなんだ。じゃあ、平らなとこでお願いするわ!」
ピアスはにこっと笑い、あっさり身を引いた。だが啓介が代わりに提案する。
「シュウ、荷台に乗せてやったら?」
「それくらいならいいけど……」
修太はそう答えたが、啓介の恋を応援したい身としては内心複雑だ。この場合、啓介が運転してピアスが荷台の方が良いだろう。
しかし啓介にとっては、より良く場を纏めることの方が大事みたいなので、結局、承諾した。
「ピアス、お前、スカートだから、乗るんなら横乗りにしとけよ?」
「いいの? やったぁ! ありがとう、シューター君! ケイもありがとうね!」
「どういたしまして」
手放しで喜ぶピアスに、啓介が笑って答える。
修太とピアスがバ=イクに二人乗りしたことで、移動速度が上がった。四人の後ろをバ=イクでついていく。横をコウが楽しそうに駆け、灰色の尻尾がふさふさと揺れた。
「熱帯地方でも、山の上は冷えるな……」
四時間近く費やして、ようやく山の頂上に辿り着いた。修太は冷気漂う高所に身を震わせる。ピアスは寒いのが苦手らしく、すでに上着を羽織っていた。
山の上は風が強く、修太の着ているポンチョのフードが吹っ飛ばされるので、三回被り直したところで被るのを諦めた。お陰で耳が冷たい。
頂上はドーナツ状になっており、地面にバ=イクを停めて縁から崖下を覗いてみたが、溝は深い上に光が届かないせいで底が見えない。この円状の溝の向こうに、円筒上の台地があり、そこに遺跡らしきものがある。まるでウェディングケーキのように階段状に連なっていた。一番上に見えるのは城だろうか。
結界以前に、この溝のせいで先に進めないようだ。どこかにあちらに行く通路があるのかもしれないが、探してみないと分からない。
「キメラって、俺がいても駄目なんだな……」
修太は呟いて、ちらりと後方を振り返る。山の斜面に血を流して倒れているキメラが数体見える。頭は獅子と山羊の二つ、体は獅子、背には蝙蝠の翼があり、尾は三匹の蛇という姿をしている。獅子の頭は火を吐き、山羊の頭は氷の風を吐く。尾の蛇は猛毒を持つらしい。化け物らしい姿だ。
ピアスが言うには、キメラはモンスターと動物の掛け合わせらしい。今は失われている魔法、生物の合成によるものだという。モンスターと動物を掛けあわせた時点でモンスターではなくなるのか、修太がいても鎮めることは出来ず、キメラはフランジェスカとグレイの刃の餌食となるか、啓介の電撃魔法により無力化されていった。サーシャリオンは特に手伝わず、修太とピアスの側にいて、こちらが危なさそうな時だけキメラを蹴り飛ばしていた。
「そうだな。忌まわしい魔法だよ。生物の掛け合わせなど……」
サーシャリオンは気にくわなさそうに息を吐く。そして、ふと右の方を見た。
「む? どうやら、他にも先客がいたようだな」
「え?」
サーシャリオンの向いている方を見ると、自分達がいるより向こう側の頂上に人影が四つ見えた。あちらも気付いたようで、こちらに歩いてくる。
「こんな場所に来ようなどという物好きが、他にもいるとはな。驚きだ」
グレイの淡々とした物言いには驚きが感じられなかったが、彼は警戒たっぷりにハルバートの柄を右肩に乗せて抱える。いつでも振りかぶれるような構えであるようだ。
その左横では、フランジェスカが刃についたキメラの血を布で拭いてから剣を鞘におさめたものの、柄には手を当てていつでも抜けるようにしている。
「冒険者かしら? 物々しい格好ねえ」
荷台からぴょんと跳び下りると、ピアスは目の上で手をひさしにし、しげしげと相手側を見る。
「確かに。部分鎧だけどプレートメイルだね。灰狼族もいる。あとの二人は女の人かな?」
啓介もまた、興味津々の体で観察している。
ほぼ対岸にいた四人は、時間をかけて縁を歩いてくると、朗らかに挨拶してきた。
「やあ、こんにちは。こんな所で人に会うなんて思いませんでしたよ。奇遇ですね」
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修太がやっかみ半分にもやもやしていると、灰狼族の男がグレイに目をとめた。嫌そうに片眉を上げる。
「うげ。珍しいじゃねえか、黒狼族の。一人で生きるしか能のねえ奴が、団体行動かぁ?」
それにはグレイも淡々と応酬する。
「ふん。主人がいないと役立たずな奴に言われたくない」
見ず知らずの二人の間で、冷やかな空気が流れた。今にも武器をとって喧嘩しそうな気配に、最初に挨拶してきた青年がそっと口を出す。
「ディド、喧嘩なんてやめて下さいよ。面倒臭い」
「へえ、すまねえ、旦那」
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(主人に仕えてる灰狼族って、ちゃんと見たの初めてだな)
修太は青年と灰狼族の男をまじまじと見比べた。
「お兄さん達も、ツェルンディエーラに用なの?」
物怖じせず、啓介が人懐っこく問う。青年もまた、にこやかに答える。
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「入口ですか。俺達もさっき来たとこだから、道は分かりませんよ。お互い頑張りましょう」
啓介は先回りして答えた。道を知らないかと質問されると思ったのだろう。
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優男の笑みを浮かべている青年は、どう見ても胡散臭い。グレイがキメラの血がついたままのハルバートの先を、青年に向ける。
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グレイの動作に灰狼族のディドがむっとしたようだが、そのオレンジ色の目がふと修太を見た。その顔が、しくじったというようにひそめられる。
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「!」
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ピアスの返事は辛辣だ。
「でも、勇者って何だろうな?」
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啓介が首を傾げて問うと、フランジェスカは否定する。
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アレンは大袈裟に驚く。
「うわあ、一度お会いしたかったんですよね! ですが、この間の伝令によると、今は国に追われる立場だそうですね。そこは残念ですが、正直、僕は興味がありません。面倒なことには関わらない主義なんです」
アレンはにこっと微笑んだ。
(おい、それでも勇者か?)
勇者っていうのは、率先して人助けに行くような精神の持ち主ではないのだろうか。つまり面倒でも突っ込んでいくタイプのはずだ。だが、修太の知るような勇者像と、ここの勇者では違うのかもしれない。
「埒があきませぬ! 悪魔憑きと悪魔の使いは、ここで仕留めて差し上げます! メリエラ!」
「はっ!」
痺れを切らしたカーラが行動に移し、周囲に霧が立ち込める。〈青〉のカラーズだったらしい。
視界が奪われたことに気をとられた瞬間、足元でピシリと嫌な音がした。
(なに?)
危機感に修太が目を瞬いた時、魔法が無効化され、霧が掻き消える。視界を取り戻して見えたのは、足元の地面に亀裂が入っている光景だった。
ぐらりと地面が傾く。深い溝めがけて、足元が崩れていく。
メリエラが〈黄〉の魔法を使ったのだと悟った時には遅かった
「きゃ……!」
巻き込まれたピアスが重心を崩してよろめく。
「くっ、啓介っ!」
修太は渾身の力をこめて、ピアスの背中を突き飛ばす。安全地帯近くまで弾かれたピアスだが、足元は崩れ、再び落下しかける。そこを即座に啓介が右腕を掴む。
「ピアス!」
「ううっ。あっ! シューター君っ!」
宙ぶらりんのまま、ピアスが左手を伸ばすのが見えたが、宙に投げ出された修太にはどうしようもなかった。重力に引っ張られるまま、谷底へと落ちていく。
「シュウ!」
啓介の絶望の混じった声が響く。
バ=イクが真横を落下していくのを見ながら、せめてハンドルを掴んでいればと修太は頭の隅で考えた。
*
「ちっ」
谷へ放り出された修太を見て、サーシャリオンは舌打ちして助けに飛び込もうとし、動きを止めた。
サーシャリオンが行く前に、さっきの勇者が飛び降りたのだ。
まさか人の子が遠慮も無く飛び降りるとは思わず、サーシャリオンは唖然と見送ってしまう。
「何という奴だ……」
まさか崖を駆け降りて行くとは。
青年はサーシャリオンの見守る前で壁を駆け降り、落下する修太の位置まで来ると壁を蹴った。修太を宙で掴まえて小脇に抱え、風を上手く操って緩やかに谷底へ降下していく。その一部始終を見て、修太の無事を悟る。
「ふん。勇者の名は伊達ではない、か」
あの輩、とんだお人好しらしい。
しかし、人間も意外にやるものだ。
サーシャリオンは感心し、悲痛な顔をしているピアスと啓介を振り返る。
「あの勇者とやらが助けておったから平気だろう。それよりこちらが問題だな」
メリエラとカーラはフランジェスカがあっさり取り押さえて気絶させ、残るディドとグレイは激戦中だ。
「放っておいて、谷底に降りられる道がないか探すとするか」
さっくり思考を切り替えたサーシャリオンの言葉に、啓介は苦笑する。
「なんか……うん、まあ、いいや」
色々と言いたいことがあるようだが、結局彼は言葉を飲み込んだ。
*
「う……?」
修太が目を開けると、薄暗かった。
驚いたことに生きている。絶対、死んだと思ったのに。
「ああ、起きました? 良かったです」
ぼんやりしていると、視界に美麗な顔が割り込んだ。へらへらと緊張感の無い笑みを振りまき、勇者アレンは頭を掻く。
「いやあ、すみませんでした。あの二人、僕の監視役で、ちっとも言う事を聞いてくれなくて」
修太は頭がはっきりするや、飛び起きて後ろに下がった。アレンは顔をしかめる。
「うわ、嫌だなあ、その反応。傷つくじゃないですか」
「うるせえ。パスリル王国人なんだろ、お前」
警戒心ばりばりで睨みつけ、周囲を注意深く見回す。上を見ると、細長く切り取られた青空があった。どうやらここは谷底のようだ。視界の端に白い物が見えて、あっと声を漏らす。
「スノーフラウ……」
かなりの高さを落ちたせいか、バ=イクは滅茶苦茶に壊れていた。
「俺じゃメンテしか出来ないのに……」
がっかりしたが、かろうじて原型をとどめている程度の有り様にゾッとする。どうして助かったのか知らないが、一歩間違えたら修太もこうなっていたのだ。
バ=イクの元まで歩いていって、壊れてはいるものの旅人の指輪に収納する。機会があったらエルフに直してもらおう。
「自分で言うのもなんですけど、僕が君を助けたんですよ。ちょっとは感謝してくれてもいいんじゃないですかね?」
やれやれというように、アレンが言う。
そうなのか。だからここにこの男もいるのかと理解した。
「……ありがとう、勇者サマ」
一応、修太は礼は言ったが、距離はあける。どう見ても胡散臭いので、警戒心しか浮かばないのだ。
「アレンで結構ですよ」
アレンはそう言いながら、おもむろに剣を抜いた。抜き身の剣を手にして修太の方に歩いてくるので、やっぱり殺す気なんじゃないかと修太は肝を冷やす。
アレンが手を振り上げ、転落死が斬殺に変わっただけだと諦めの境地で身を縮めるが、ボトッと音がしただけで、何も痛くなかった。
そろりと目を開けると、アレンが楽しそうに笑っている。
「あはは、僕が殺すと思いました? そんなことをするくらいなら、そもそも助けませんよ」
くすくすと、おかしそうにアレンは笑う。
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さっき、アレンはこの蛇を切ったらしい。
礼を言うのも癪だとむすりと口を引き結んだ修太は、アレンを観察する。彼の腕や頬に細かい切り傷があるのに気付いた。どこでどうやって作った傷か分からないが、新しいもののようだ。
修太は旅人の指輪から塗り薬を取り出すと、その場に置いて、今度は注意深く周りを見ながらアレンから距離を取る。
「……礼。使えば」
「おお、ありがとうございます」
悪びれない笑みでアレンは礼を言う。
どうしてこんなに胡散臭く見えるのか不思議だと、修太は一見人の良さそうな青年をこっそり観察することにした。
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