断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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 アーヴィンがついて回りだして三日目。
 啓介は、修太や黒狼族を除く三人と緊急会議を開いた。

「――駄目だ。アーヴィンさんを修太に近付けたらまずい。なんであそこまでピンポイントで突けるのかって勢いで修太を怒らせてるよ。すごすぎる」

 常々美形なんか滅べとぼやいていた修太だ。それに加え、若返って子どもになったことで、身長の低さやらを気にしているものだから、アーヴィンがいちいち「美しくない」とか「残念な」とか「小さい」とか言う都度、普段の落ち着きぶりが嘘みたいに怒り狂っている。怒鳴り散らす真似はしないが、空気がまずい。啓介には修太の背後に猛り狂う龍が見えたくらいだ。
 そして、啓介は溜息を吐いた。頭を抱える。

「しかも二日も口きいてくれないんだぜ。流石にきつい……」

 啓介はめっこりへこんでうなだれ、早々に降参宣言を出した。
 そんな啓介に、フランジェスカは言いにくそうに言う。

「いや、口をきかないのは、ケイ殿がビルクモーレ七不思議巡りに付き合わせたせいだから、自業自得だろう」
「ええっ、そうなの!? 何がいけなかったんだろう」

 啓介は腕を組んで首をひねる。
 一方、護衛を兼ねて共に回ったフランジェスカは苦い顔をする。血痕のようなシミのある通りだとか、涙を流す銅像とか、その辺まではぎりぎり大丈夫だったが、最後に行った倉庫街の地下倉庫巡りが不味かった。

 動物のようなものの変な声が夜毎に響くという噂のそこには、どこからか迷い込んだ大蛇が棲みついていて、排泄物だろう色んな動物の骨が散乱していたのだ。ついでに襲われたのでフランジェスカが仕留めた。暗い、変な声、地下倉庫の三コンボの時点で修太はすでに及び腰だったのに、大蛇に襲われ、しかも転んだ拍子に死骸に突っ込み、声もなく真っ白になっていたのを思い出すと流石に哀れになった。フランジェスカだって、地下倉庫の湿った場所で、大蛇に襲撃された上に死骸なんぞに突っ込むような体験はしたくない。

「ちゃんと謝りなさいよ、ケイ。もう、やりにくいったら。シューター君、留守番だけど、さりげなく雑用してくれてたり、こっちが疲れてるの気遣ってお菓子や果物も買っておいてくれたり、飲み水も常備しておいてくれたりしてさ。宿の従業員さんとも間とりもってくれるから、宿生活なのにすっごい居心地良いのよ! こんなの早々ないんだからね!」

 ピアスが頬を膨らませ、啓介に説教する。

「えっ、あのテーブルによく置いてある水とか果物ってサービスじゃなかったんだ」

 ホテルならよくあることだから、そうだと思っていた。フランジェスカも目を丸くしている。

「私もてっきりそうだと思っていたぞ。気付いたら置いてあるから」
「それはお高い宿でしょ。平均そこそこの宿でそんなことするわけないじゃない」

 またぷくっと頬を膨らませるピアス。怒ると尚更綺麗だが、同時に迫力もあるので啓介はたじろいだ。

「すっごくわかりにくーい気遣いするから、私だって気付かなかったわよっ。気付かないうちに私達が廊下に泥汚れ落としてたの、こっそり掃除してくれてたみたいで、いつも綺麗に使ってくれてありがとうねーなんておかみさんにお礼言われちゃって、何のことか分かんなかったからほんとにびっくりしたんだから。それで話を聞いてみたら、私達が戻る日になると果物や菓子を買いこんできてたらしくて、気のきく良い子だねって言われちゃってさ。愕然よ、愕然! 気付かなかった自分にびっくりなんだから!」

 怒涛の勢いでまくしたてるピアス。鬼気迫っていて圧倒される。

「そうだったのか。では我、今度食べたい果物を言っておこう」

 サーシャリオンがずれた言葉を返すのに、ピアスがまた怒る。

「そうじゃないでしょ! お礼くらい言いなさいよ、もう!」
「うむっ、すまぬ!」

 苛烈に睨まれ、さしものサーシャリオンも身を引いて反射的に謝った。

「でもまあ、それはさておいても、アーヴィンさんはどうにかなんないかしら。ああやって怒ってるシューター君は子どもらしくていいんだけど、そろそろ可哀想になってきたわ」

 頬に手を当て、ふうと溜息を吐くピアス。サーシャリンもそれに深く同意する。

「そうだな。威嚇しておる猫のようで微笑ましいが、あの男の発言はいちいちシューターに不憫だ。しかもダークエルフを敵視しておるから、我に喧嘩を売ってきて面倒だ。一思いに氷漬けにしたくなる」

「やめような」
「やめましょうね」
「やめろ」

 啓介、ピアス、フランジェスカの声が重なった。当然だろう。

「私はシューターのことなんぞどうでもいいが、あの男はいちいちかんさわる。何故、わざわざ挨拶とともに口説き文句が入るのだ、鬱陶しい!」

 女性に対してはアーヴィンは誰にでもそうなのだ。軍人であるフランジェスカは男勝りでさばさばしているせいか、軟弱者が大嫌いだ。それで毎度、軍流に鍛えたくなる衝動に駆られる。
 思うに、フランジェスカがまだ副団長としてパスリル王国の王都にいた頃も、王城にいる風雅をおもむきとした貴族や文官の言動がかゆくて仕方なかった。単純明快に話せと言いたくなるのだ。身分は上な場合が多いから、引きつった顔にならないようにするのも大変だった。

「それに、私は見てしまった」

 フランジェスカは額に指先を押し当て、重々しく言う。

「シューターが、“何で分かっていることをいちいち言われなきゃいけねーんだ、このキシリトール野郎!”と、訳の分からんことを愚痴りながら、床でコウに抱きついて座っていじけているのを。べっこべこだな、あいつ」

 しーんと痛々しくも重い空気が場に流れた。
 そんな中で、啓介はキシリトールのくだりで我慢出来ずに吹き出してしまった。
 言われてみれば確かに、アーヴィンは歯のCMに出てきそうである。言い得て妙だ。
 しかし、普段はコウを構わないのに、犬に抱きつくくらい落ち込んでいるなんて。啓介は目蓋を指先で押さえた。その隣では、ピアスも目元を拭う仕草をしている。可哀想すぎて泣けてきた二人である。
 とはいえ、へこむ修太とは対照的に、構ってもらえるコウは超がつくほど機嫌が良い。

「まずいな……。このままだと、シュウ、きっと別行動とるって言い出すぞ」

 啓介の懸念にピアスも同意する。

「そうね。自立してるから余計にね」

 それにはサーシャリオンが眉を寄せる。

「む。シューターが別行動をするなら、我はシューターにつくぞ。〈黒〉だし弱いからな。それに我もアーヴィンは好かぬ。鬱陶しい」

「そうなると私もシューターにつかねばならなくなる。不本意だが、あのガキの側にいないと闇堕やみおちしかねんからな」

 フランジェスカは本気で気に食わなさそうに言った。

「私はケイかなあ。面白いことありそうだし」

 この時点で半分に割れた。
 啓介は、ピアスが自分につくという言葉に心が浮き立ったが、啓介もまた修太とオカルトツアーをしたいから、分裂はあり得ないと思った。

「俺だってシュウ派だって。幼馴染だし、その方が楽しいからな」
「呪いがなければケイ殿派だがな、私は」

 フランジェスカがぼそりと言った。修太派が増えるのが嫌だったらしい。

「きっとグレイはシューター君側よね」

 ピアスは確信を込めて言う。それに反論するのは誰もいない。グレイが分かりにくく修太を贔屓ひいきしているのは、全員の認めるところだった。

(弟子の一人まで“認め”ちゃってたし、うまが合うのかしらね)

 個を尊ぶ誇り高い一族にしては珍しいことだ。かの一族は、己を高めることには熱心だが、協調性というものには大きく欠ける。だが誇り高いだけあって自身の行動を律するところも強く、武器を手に持たない者には手を上げないことでも有名なので、ピアスはその辺の人間よりは余程信用出来る人達であるとおばばから教わっていた。

 同胞には甘いが、同時に厳しく、力に溺れて賊の真似ごとをするような輩は、同胞の手により狩られるのだというから恐ろしい。強い者を尊敬する彼らは、力だけではなく自分を律する強さも見ているのだそうだ。

 とにかく強い者しか“名を呼ぶ”真似はしないので、戦闘能力において彼らに劣る人間で認められる者は少ないから、弱い上に人間の子どもである修太が認められているのが別格と言える。認められている本人はその辺をさっぱり理解していないが、とにかくすごいことなのだ。

(まあ、数日いるだけで冒険者ギルドの皆を味方につけちゃってるケイも別格なんだけどね……)

 荒くれ者や気難しい者、兵士が合わないから冒険者になったような扱いに困る連中もまた、自分の力に自信を持っている。他者を認める真似は早々しない。それも会って数日では無理だ。
 呆れた二人である。しかもどちらも自分の立場のすごさを全く理解していないのもすごい。鈍感というかなんというか……。

「そうなると、綺麗に割れるな。コウは別として、我とグレイがシューター、ピアスとフランジェスカがケイか。満月の日の別行動はこれでもいいやもしれぬな」
「そうだな」

 サーシャリオンの意見に、フランジェスカは大きく頷いた。

「――で、どうするのよ」

 ピアスが話題を戻す。

「だから、礼をすれば気がおさまるはずだろう? ケイ、何か礼にして欲しいことはないのか?」

 サーシャリオンが啓介を見る。啓介は頭を掻いた。

「あったらすでに言ってるよ。金はダンジョンに潜った分で充分すぎるくらい潤ってるし、素材なんかも必要ない。欲しい物は自分で買える範囲で日用品がほとんどだし、それ以外には無いからな。目標もある。ほら、何も無い」

「流石はケイ殿、無欲で素晴らしい」

 フランジェスカはしきりに頷き、ピアスが軽く啓介を睨む。

「それで困ったことになってるんじゃない。もう! 少しくらいないの!?」
「う、うーん……」

 悩みに悩んだ啓介は、一つの提案をしてみた。


      *


「あの、アーヴィンさん。お礼の件なんですけど……」
「おお、決まりましたか! 銀星ぎんぼしきみ!」

 翌日、話を切り出した啓介を、アーヴィンは背後にぶわっと赤薔薇を咲かせながら振り返る。
 宿の食堂では、すでに慣れた人々がさらっと無視して食事を続けている。
 どこから生えているのか、床に穴をあける様子はなく、床の表面に根をはり、咲くと勝手に消えるのだから不思議だ。

(銀星の、君……)

 こっぱずかしいあだ名で呼ばれた啓介は一瞬ひるんだが、アーヴィンの向こう、食堂の戸口から、ピアスやサーシャリオンが「行け!」とボディランゲージで促すので、気を取り直した。

「その薔薇を十本ばかり頂けませんか!」

 啓介の頼みに、アーヴィンはきょとんとし、困惑気味に問う。

「そんな程度で宜しいのですか?」
「はい! この辺では珍しい花なので、是非下さい!」

 何故そこまで一生懸命なのだろうとアーヴィンは啓介を見つめたが、熱帯雨林や荒野の多いこの辺では確かに珍しい花であるので頷いた。

「分かりました。はい、どうぞ」

 しゅるしゅると薔薇が十本分咲き、それを腰に提げていたナイフで切って、啓介に手渡す。

トゲには気を付けて下さい」
「ありがとうございます!」

 これでミッションコンプリートだ。

「じゃあ、これで。ありがとうございました、アーヴィンさん!」
「いいえ。こちらこそありがとうございました」

 人好きのする笑みをにこりと浮かべ、啓介がその場を去ると、そこには、とても満足げに首肯するアーヴィンの姿が残されたのだった。



 そして、薔薇の行方はというと。
 啓介はピアスやフランジェスカにあげようとしたが、あの男に貰ったものなんかいらないと一蹴されてしまったので、サーシャリオンにあげようとしたが、においがきついからと断られた。

 しかし啓介は花を綺麗だと思いはしても、愛でる趣味はない。だが捨てるのも勿体ない気がする。
 困った末の幼馴染というわけで、たっぷり謝ってようやく機嫌を直した修太に相談したら、それならポプリにでもしてピアスにあげればと言われたので、薔薇を崩して日陰で干し、ドライフラワーになったものを、市販の巾着に入れて渡してみた。

 香水はあってもこういう物はないんだそうで、大変珍しがって喜んでくれた。親友様様である。
 ちょっとだけアーヴィンにも感謝した啓介であったが、後日、やはり迷子になったアーヴィンを幾度となく助ける羽目になり、その度に付き纏われるよりはと、苦肉の策で薔薇の花を貰っていたら、鼻の良いサーシャリオンやグレイから大ひんしゅくを買うことになったりした。

 拾いたくなくても、人が落ちてたらスルー出来ないじゃん!

 ――と、人が良いせいで、疫病神と知りつつ拾ってしまう啓介だった。
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