断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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 結局、テンションがマックスにまで膨れ上がった啓介により、集団墓地に連れていかれるはめになった。
 肝試しだから夜ということで、ポイズンキャット姿になったフランジェスカを肩に乗せ、ピアスに子どもねえという呆れた目で送りだされ、ダンジョン近くの墓地まで行った。面白がったサーシャリオンが保護者代わりだ。

 ――ハハハ。何でほんとに火の玉が浮いてんだよ! 泣くぞ!!

 恐怖でフリーズした修太は、墓地の入口の鉄柵にしがみつき、ぶるぶるがたがた震えて目の前の光景を見ていた。白い石造りの、カマボコ型の墓石の間に、火の玉がゆらりと浮き上がっている。
 修太のびびり具合を見て、フランジェスカが馬鹿にしたように鳴いたが、修太は頭が真っ白で完全にスルーした。

「へえ、この辺は土葬なんだな。本当に火の玉って出るもんなんだな、すげえ!」

 啓介は目を輝かせて拳を握っている。カメラがあったら絶対に撮るのにと騒いでいた。

「こんなものを見て楽しいのか? これなら我のダンジョンのヒノコの方が可愛いぞ」

 サーシャリオンはがっかりしたようだ。

 ――俺は、楽しく、ね、え、よ!!

 心の中で、一言一言を強調して怒鳴る。声にならないのは恐怖故だ。
 これならまだモンスターの方がマシだ。

 びびる修太に啓介は楽しそうに笑いかけ、土葬だと火の玉が出ることがある科学的根拠を話しだした。
 曰く、死体に含まれるリンが、酸化に伴い自然発火することがある、とか。
 実地検証が出来て嬉しそうな啓介に修太は頭痛を覚えた。
 そして、満足したようだったので、啓介を引っ張るようにして帰路についた。

(この野郎、サーシャがいるから俺はいらねえだろ!)

 何が、サーシャリオンは長生きだから見たことあるかもしれないけど、修太は見たことないだろうから、初めての遭遇の喜びを分かち合おう、だ。知るか! このオカルトオタク!

     *


「ちっさな賢者君。なーに、朝っぱらから不景気な気配ばらまいちゃってぇ」

 翌朝、ギルドを訪ねると、これからダンジョン入りする予定だというヒルダとエアに会った。ヒルダがつんつんと、修太の肩をつついてくる。疲れて肩を落としているからだろう。

「昨日、啓介に肝試しに付き合わされて……」

 げっそりと返すと、ヒルダはきゃらきゃらと笑った。

「あたしも子どもの頃はよくそういうことしてたわ! 度胸試しで墓地に行ったり、親父の浮気調査で尾行したり!」

 後半はどうだろう。

「こっちは穴掘って、そこに直に埋葬だもんね。そういうとこの方が火の玉が出やすいって聞くし、ほんとにそうなのねー。あたしの故郷は棺桶派だったからあんまり聞かなかったわよ」
「へえ……」

 そんな派閥、結構どうでもいい。

「あと、この町の墓は、ダンジョンで死体の回収が出来なくて、墓石だけのものもあるかな。ま、あんまりバチ当たりなことするなよ、少年!」

 ヒルダは修太の肩をペチンと叩き、さっくりと注意してから、受付で情報を聞いているエアの元に歩いていった。

(そっか。ダンジョンで亡くなった人の為のお墓でもあるのか……)

 ふと、グレイの顔が浮かんだ。
 フレイニールの墓参りに来ないことを雑貨屋の店主が口にしていたのといい、あの墓地にグレイの父親の墓があったのかもしれない。
 そう考えると、知人の親の墓の前で失礼なことをしたなと良心が痛み、ついで、故郷の両親の墓を思い浮かべる。

(一周忌だったのに、墓参りも出来ないなんてな……。ごめんな、母さん、父さん)

 心の内でそっと謝って、胸がじくじくと訴える痛みから目を反らした。気を付けないと、喪失感からくる落ち込みに際限なくとりこまれそうになる。

(とにかく、今日もバイト頑張ろう)

 だから、思考を切り替え、目の前のことに没頭することにした。


     *


 三日後。
 その日も修太はギルドでバイトをしていた。暇なのだ。
 啓介達は、三日の休暇をとり、今日からまたダンジョンに潜りに行った。今回は五日潜ってくるらしい。もうすぐ百層まで到達する勢いなんだそうで、気合に溢れていた。

 そういえば、この三日の休みの間、ピアスは部屋にこもっていた。出てきたらやけに満足した顔をしていて、聞けばアイテムクリエイトに没頭していたとのことだった。ダンジョンでアイテムクリエイトの素材がたくさん手に入る上、他のメンバーが不必要だからとほとんどを分配されるのが嬉しくてたまらないようだった。しかも残りのアイテムを売った代金などで、全員分の旅費を賄っているから、個人的な小遣いさえ気にしておけば、他は金を使わないわけである。
 そう考えてみると、ピアスのようなアイテムクリエーターにはおいしいパーティーだろう。

(啓介はピアスにめちゃくちゃ甘いしな……)

 無意識に甘やかしているところがある。
 だが、ピアスはさばさばしているので、必要ない部分はすっぱり断っているから、助長することもない。ピアスは守銭奴だが、分は弁えているのだ。というより、不必要に借りを作らないようにしているようである。商人の間での鉄則らしい。

 そして、作ったアイテムはダンジョン攻略の際にも使っているようだ。
 それから啓介は単純にゲームみたいで楽しんでいて、フランジェスカは剣の腕がなまらなくて済むからと喜び、サーシャリオンはダンジョン内の方が涼しいと言って嬉しそうにしていた。
 とにかく、四人とも楽しそうなので言うことなしだ。
 ダンジョンの中は、一層ごとに下りていく形とはいえ、迷宮という名が付くように迷路になっているらしい。

 百層まではほぼ変化しないらしいが、それ以降は日ごとでの変動が激しいんだとか。
 慣れた道をダッシュで通過する荒技は、百層までしか使えないということだ。もちろん、モンスターが出るし、トラップもある。ただ、トラップが全て危険とは一概には言えないようだ。下の層への近道となる落とし穴トラップもあるそうだから、楽に進もうと思えばわざわざトラップにはまってもいいわけだ。

 ダンジョンの話は、啓介からも聞いているが、ヒルダやギルド職員から雑談で聞かされているせいで、修太は潜っていないのに詳しくなってしまった。
 今日も夕飯時に帰ろうと考えながら仕事をしていると、昼頃、いつもとは違ったことが起きた。
 昼食を摂ろうかと考え始めた時に、ギルド内が騒がしくなったのだ。

 出入り口の方を見ると、シークに背負われたトリトラが、駆け付けたギルド所属の医療班に奥の部屋に案内されているところだった。
 ぐったりしているのを見送って、眉を寄せる。

(怪我したのか……?)

 気になったが、今行っても邪魔にしかならないから、我慢して待合室で本を読んでいた。
 二十分程して、二人が奥から出てきた。トリトラは背負われてはいなかったが、シークに肩を借りてゆっくりと歩いていた。遠目からも顔色が悪く見えた。

 今度こそ近付いてシークに事情を聞くと、モンスターの毒にやられたらしい。怪我は治ったし、解毒剤を飲んだから命に別状は無いが、それでも完全に解毒が終わるまでは安静にしなくてはいけないらしい。宿に帰るという二人を見送ると、修太はギルドの職員に今日はもう帰ることを告げ、宿周辺の薬師や治療師、医者がいる辺りを教えて貰い、紙にメモした。

(看病するのがシークって、不安しか覚えないな……)

 あのシークがまともに看病なんか出来るのか? それならまだ修太がした方がマシな気がする。
 一応、そこそこ親しい気はする二人だ。困っているなら手を貸したい。

 途中でいくつか果物を適当に選んで買ってから、宿に向かう。そして二人の部屋を訪ねて、やはりなと思った。毒のせいでそのうち熱が出るだろうという話にも関わらず、トリトラは掛け布も被らずにベッドに横たわっていた。一応、寝巻らしきものは着ているが、それだけだ。
 ざっと見て、飲み水の用意も無ければ、汗を拭く為のタオルもなく、頭を冷やす布やタライの用意も無いのを見て、溜息を吐く。

「風邪引いた時の看病と一緒だろ。何やってんだよ」

 そう言うと、シークは弱り果てたように後ろ頭をかいた。

「いや、俺らって頑丈だから、風邪や病気になる奴は滅多といねえんだよ。だから、こんなん初めてで……。正直、どうすりゃいいか分からん」
「………マジかよ」

 修太はひくりと頬を引きつらせる。
 どれだけ規格外なんだ、黒狼族。

「えーと、つまり、お前ら二人とも、今まで風邪を引いたり寝こんだりしたことはないってことか?」
「そう言ってるだろ」

 信じられなくて聞き直すが、肯定が返る。
 愕然としつつ、それはまずいなと眉を寄せる。滅多と風邪を引かない奴の方が、いざ体調を崩すと重症になりがちだ。

「仕方ねえな。じゃあ俺が看病の仕方を教えるよ。とりあえず、シークはそこの洗面器に水を汲んでこい。それから、汗をかいた時用に着替えがあるなら出せ。ないなら、ちょっと行って買ってこい」

「分かった! 先に水を汲んでくる!」

 シークは大声で返事をして、バタバタと部屋を駆けだしていった。
 どうやら、病人の前では静かにしろというところから始めなくてはいけないらしい。

「ほら、トリトラ。暑いのは分かるけど、掛け布は被ってろ」
「ええー……」

 嫌そうにするトリトラに、問答無用で掛け布をかける。
 それから、修太は壁際に一つだけある窓に向かう。そして、半分だけ閉じて、カーテンを閉める。遮光性ではないから眩しいだろうが、薄暗い方が眠りやすいだろう。
 そうしているうちにシークが戻ってきたので、手頃なタオルを借りて水に浸し、固く絞ったものをトリトラの額に乗せる。

「どかすなよ。そのまま寝てろ。食事の時間には起こすから」
「分かった……」

 亜熱帯地域なので寝苦しいだろうが、布が気持ち良かったのか、それとも毒のせいですでに体力が限界だったのか、トリトラはあっさり眠りに落ちた。
 修太は着替えを漁るシークに、処方されている解毒剤の服用方法について確かめると、一旦、階下に下りておかみさんに事情を話し、夕食に消化に良いものを用意して貰えるように頼み、その足で飲料水を貰った。

 シーク達の部屋に戻ると、テーブルを借りて、旅人の指輪から岩塩とおろし金を取り出す。そして、岩塩をおろし金で削り、出来た細かい塩を少量と、ナイフで半分に切ったレモンに風味が似ている果物を絞った果汁をそれぞれ水差しに入れる。スプーンで軽く混ぜて、簡単スポーツ飲料もどきの出来上がりだ。

「何してんの?」

 怪訝な顔をするシークに、水ばかり飲んでいると脱水症状がひどくなるから、こうした方がいいのだと説明する。

「着替えはあったか?」
「一着だけ。足りないだろ?」
「ああ。なら、俺が見てるから、買ってこいよ。二着はいるな。ついでにタオルも数枚よろしく」
「分かった。助かるよ、トリトラを頼んだ」

 シークは手短に言うと、部屋の鍵をかけるようにとだけ言って、出かけて行った。
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