断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
74 / 178
本編

 5

しおりを挟む


 まじでねえわ。

 何かというとグレイの息子と勘違いされて、修太は精神的に疲れていた。帰ってきたら、宿のおかみさんにまでこっそり訊かれたのである。

 顔は似てないけど雰囲気がそっくりって、何、俺に喧嘩売ってんの? 顔は全然駄目だけど、無愛想だねって言いたいの? 悪かったな、平凡面で!

 書店で、歴史書や薬草調合の基礎、アイテムクリエイトについて書かれた本を見つけ、部屋でベッドに座って、熱心に目を通しつつ、関係ないところで関係ないことを思い出して、息を吐く。
 そうしながら、気になったことを、買い求めてきた羊皮紙にペンで書き付ける。いちいち羽ペンの先にインクを付けなくてはいけないのが面倒臭い。
 ちなみに、文字は書けた。エターナル語も常用語もどっちも。

 そんな修太のベッドの側には、綺麗さっぱりしたコウが丸くなっている。井戸の水で洗った上で、毛をブラッシングして、一度切ったのだ。毛を切ったら素材になるとは聞いていたが、針金みたいな鉄の素材になるのかと思っていた。しかし丸い粒になって床にごろごろ落ちたので少し面白かった。ただ、それを集めて布袋に入れるのが面倒ではあったが。
 そんな風に構ったのが良かったのか、満足げに丸まっている。鬱陶しくなくていい。

「面白いなあ。『はじめての薬草入門』。これなら俺でも傷薬程度なら作れそうだな。それにこっちの『カラーズなら簡単に作れるアイテム作成』もさ、いいな。カラーズなら血染めの糸で簡単な防護付加の品が出来るとはね。俺の血だったら、モンスター避けと簡単な魔法の無効果か。うわ、気持ちわりい」

 ぶつぶつ言いつつ、そんなに簡単に出来るのなら、一度試してみようかと、なにげなく自分の手を見つめて、どこを切ったらそんなに痛くないかと考えていると、ベチンとポイズンキャット姿のフランジェスカに強烈な猫パンチをくらい、本が跳ね飛ばされた。

「……何すんだよ」
「シャーッ!」

 なんかすごい威嚇された。

「恐らく、そんなことを試すのなら本なんか捨てろと言っているのではないか? それとも、すぐ寝込む癖に馬鹿か!、か」

 得物の手入れをしていたグレイが、横からぼそぼそと言った。

「それってグレイの意見?」

 だいぶダメージを受け、へこみつつ問う。

「その女が言いそうなことを言っただけだ」
「確かに言いそうだな」

 フランジェスカが満足げに頷いているところを見ると、そう遠い意見ではなさそうだ。

「まあ、俺としても、そんな馬鹿げたことを試す時間があるなら、子どもはとっとと寝ろと言いたいが」
「俺は子どもじゃねえ!」

 ぶんむくれ、床に落ちた本を拾う。まったく、どいつもこいつも、俺を小さいだの子どもだのチビだの言いやがって。
 不満たらたらで、口を引き結んだまま、本をめくる。

「シューター、お前、暇潰しだと言ってよく本を読んでいるが、元の世界でもそうだったのか?」

「まあな。読書するのは褒められることだったし。ほんとは家事手伝いとかバイトとかで忙しく働いてる方が好きなんだけど、このなりだからな。甘んじて本を読むのでとめてる」

 あとは身の回りの品の手入れとかな。ほつれた服の修繕とか、汚れた靴を磨くとか、洗濯するとか。

「そうか。俺は文字は簡単なものしか読めないし、自分の名くらいしか書けないからな。面白いのか分からんが……」

「え? そうなのか?」

 修太は驚いた。
 識字率がほぼ百パーセントの国で育っているので、文字の読み書きが出来るのが普通だと思っていたが、そういえばそういう国の方が少ないのだと思い出す。

「ああ」
「お金使う時に不便じゃね? 数字も読めないのか?」
「簡単な数字ならまだ分かるが、コインは種類が一目で分かるから、数字が読めなくても困らん」
「なるほど」

 言われてみれば確かに。

「飲食所のメニュー程度なら困らんが、手紙を出す時や貰った時、冒険者ギルドで依頼表を読めないのはつらいな。まあ、手紙はギルドで仲介してもらった相手に、バイト代を出して代筆してもらえるし、読む時も、バイトを雇えばいいからどうとでもなるが。依頼表を読めなくても、受付でこういうのがないかと口頭で質問すればいいしな。お前のように本を読める程の者は、そう多くはない」

「ふーん? それってつまらないな。教えようか?」
「む?」
「グレイには何だかんだと世話になってるから、文字教えるくらいなら手を貸せるよ?」

 修太が善意から言うと、グレイはやや間を置いて、頷いた。

「それは、教えてくれるのなら教えて欲しいとは思うが……。読めれば便利そうだしな」
「うん。じゃあ、明日からな」

 修太がにっと口元を引き上げて言うと、グレイはぼそりと「よろしく」と言った。
 どっかで恩返しをしておかないとバチが当たりそうなので、修太は機嫌良く頷き返した。

     *

 迷宮都市ビルクモーレの冒険者ギルドは、外観からとても大きかった。白い石造りで、四角い。市役所みたいな見た目で、中もそんな感じだ。
 スイングドアになっている出入り口を通過すると、真正面に受付が見え、右手は待合室のようになっていた。テーブルや机が整然と並び、壁にはB5くらいの羊皮紙やポスターが貼られている。依頼に関することや、町のイベント情報、商店のセールといった広告まで貼られているようだ。

 ダンジョンに潜るには、冒険者であることと、この町の冒険者ギルドで迷宮探索登録をしなくてはいけない。登録することで通行証明書を貰い、出入り口で入場料を払う仕組みだ。
 ダンジョン内で得た物には税金はかからない代わりに、入場料を取っているらしい。200エナ、つまり日本円で約二千円だ。水族館の入場料みたいなもんだ。

 更には、ダンジョン内で入手したアイテムの買取もしている。一回ごとに手数料を100エナ取るようだが、税金がかからないのを考えれば良心的な方だろう。

「ここのギルドは町役場みたいだな。アストラテのギルドみたいに、場末の酒場みたいな空気もないし」
「ここは飲酒禁止だからな。酒を飲みながら話し合いをしたい奴は、酒場に行くんだ」

 修太の呟きを拾い、グレイがそう教えてくれた。
 ほとんど独り言だったので、聞いていたことに驚く修太。フランジェスカは完全にスルーしているのを見ると、見掛けのとっつきにくさより、グレイの方が面倒見が良い方なんだろう。
 修太は登録出来ないが、宿で待っているのもつまらないので、一緒に来た。

「俺、あっち見てる」
「ああ。勝手に外に出るなよ」

 壁際の広告を読もうと修太が壁に向かうと、すかさずフランジェスカが釘をさしてきた。どうも、目を放すとすぐに誘拐されると信じてるみたいで、目を隠せだの勝手にいなくなるなだの言われる。海賊の時もジャックの時も、どっちも側に人がいたんだけどな。
 修太にコウがついてきて、修太が壁際に立つと、行儀良くお座りした。

「薬屋ハッカーで、傷薬が三割オフのセール中かあ。白葉の月の30日に祭り? 収穫祭か。へええ。フリーマーケットはいいな。えーと? 倉庫街にてガレージセール? 倉庫だけにな」

 面白い。フリマとかガレージセールとか、こっちでもあるのか。

「あら、ボク、文字読めるの? すごいわね。ねえ、面白いのあったらお姉さんに教えてくれない?」

 ぶつぶつ呟いてたら、冒険者らしき女性に声をかけられた。二十代後半くらいか? 左目に黒い眼帯をした、薄桃色の髪と赤目をした華やかな印象の女性だ。ベルトにダガーを二本吊っていなかったら、ただの受付のお姉さんといわれても通用しただろう。
 修太は首を傾げたが、グレイがあまり文字を読める人がいないと言っていたのを思い出し、暇つぶしも兼ねて、今読んだ分をもう一度声に出して読んだ。

「あらすごい。どれも正解ね。頭良いのね、ボク。常用語もエターナル語も完璧」

 女性は文字が読めないのかと思ったら、読めるらしい。

「……どうも」

 軽く会釈しておく。

「ここに用事?」
「連れが。俺は待ってるだけ」
「そうなの。ワンちゃんもお利口さんね」

 女性はにっこりとコウを褒めた。コウはワンッと小さめの声で吠え、尻尾を振る。褒められて嬉しいらしい。

「お姉さんもダンジョンに潜るのか?」

 修太が問うと、女性は首を傾げる。

「まあときどき? でもお姉さん、ここで働いてるからあんまり潜れないのよね」

 ギルドの職員らしい。
 へえと思っていると、書類を持った青年が大股に歩いてきた。

「マスター、こっちの書類を見て欲しいんだが」

 二十代後半か三十代くらいの青年は、目付きが鋭くて猛者の迫力を持っていた。すらりとした体格といい、百八十センチはありそうな背といい、雑誌モデルみたいで格好良いが、見下ろされると気圧された。

「お姉さん、もしかしてギルドマスター?」
「ええ。私はベディカ・スース。〈桜火おうか〉の二つ名を持ってる冒険者よ」
「ふぅん?」

 すごいのかよく分からなくて、曖昧に頷く。

「こっちはレクシオン。こんな見た目だけど、非戦闘要員なのよ。治療師なの」

 毛先だけ緑色であとは茶色いなんて不思議な髪だなと、レクシオンの髪に見とれていたら、思わぬ言葉をもらって驚いた。

「えっ」

 思わず声を上げてしまう。

「すごく強そうに見えるのに」
「それはどうも。ま、非戦闘要員ではあるけど、冒険者としても治療師としても、どっちも青ランクは持ってる。……迷子?」

 レクシオンの視線が、問うようにベディカに向く。

「人待ちだって」
「へえ? 見かけない顔だけど、誰待ち?」
「今、受付にいる二人だよ。言っとくけど、子どもでも家族でもないからな」

 先手を打っておく。

「あっちの黒狼族と知り合いなのか? マスター、彼、賊狩りですよ。賊狩りグレイで名が通ってる、紫ランクの大物。昔、一時期ここにいた、フレイニールの息子とかいう」

「へえ。それは挨拶してこなきゃね。同じ紫ランクには久しぶりに会うし。じゃあね、ボク」

 ベディカは書類を片手に、グレイやフランジェスカのいる方に歩いていった。

「少年、本当に息子じゃないの? 雰囲気そっくりだけど」

 レクシオンが遠慮なく問うのに、頷く。

「どうせ無愛想なとこがそっくり、なんだろ。違うって」
「そりゃ失礼。あと、ここにいるのは構わないけど、悪戯はするなよ」
「広告を読んでるだけだ」

 失礼な。広告はがして遊んだりしないぞ。
 意外そうに片眉を跳ね上げるレクシオン。

「文字読めるの? 書くのは?」
「どっちも出来るけど?」
「そりゃいいや。手紙の代筆のバイトがあるから、もし良かったら声かけてよ。小遣い稼ぎにいいだろ?」

 レクシオンはにっと笑うと、軽く手を振って受付の方に戻っていった。

(ノリ軽いな、ここの奴)

 子ども相手にバイト薦めて帰るとか。
 それが普通なんだろうか? よく分からない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...