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本編
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しおりを挟むまじでねえわ。
何かというとグレイの息子と勘違いされて、修太は精神的に疲れていた。帰ってきたら、宿のおかみさんにまでこっそり訊かれたのである。
顔は似てないけど雰囲気がそっくりって、何、俺に喧嘩売ってんの? 顔は全然駄目だけど、無愛想だねって言いたいの? 悪かったな、平凡面で!
書店で、歴史書や薬草調合の基礎、アイテムクリエイトについて書かれた本を見つけ、部屋でベッドに座って、熱心に目を通しつつ、関係ないところで関係ないことを思い出して、息を吐く。
そうしながら、気になったことを、買い求めてきた羊皮紙にペンで書き付ける。いちいち羽ペンの先にインクを付けなくてはいけないのが面倒臭い。
ちなみに、文字は書けた。エターナル語も常用語もどっちも。
そんな修太のベッドの側には、綺麗さっぱりしたコウが丸くなっている。井戸の水で洗った上で、毛をブラッシングして、一度切ったのだ。毛を切ったら素材になるとは聞いていたが、針金みたいな鉄の素材になるのかと思っていた。しかし丸い粒になって床にごろごろ落ちたので少し面白かった。ただ、それを集めて布袋に入れるのが面倒ではあったが。
そんな風に構ったのが良かったのか、満足げに丸まっている。鬱陶しくなくていい。
「面白いなあ。『はじめての薬草入門』。これなら俺でも傷薬程度なら作れそうだな。それにこっちの『カラーズなら簡単に作れるアイテム作成』もさ、いいな。カラーズなら血染めの糸で簡単な防護付加の品が出来るとはね。俺の血だったら、モンスター避けと簡単な魔法の無効果か。うわ、気持ちわりい」
ぶつぶつ言いつつ、そんなに簡単に出来るのなら、一度試してみようかと、なにげなく自分の手を見つめて、どこを切ったらそんなに痛くないかと考えていると、ベチンとポイズンキャット姿のフランジェスカに強烈な猫パンチをくらい、本が跳ね飛ばされた。
「……何すんだよ」
「シャーッ!」
なんかすごい威嚇された。
「恐らく、そんなことを試すのなら本なんか捨てろと言っているのではないか? それとも、すぐ寝込む癖に馬鹿か!、か」
得物の手入れをしていたグレイが、横からぼそぼそと言った。
「それってグレイの意見?」
だいぶダメージを受け、へこみつつ問う。
「その女が言いそうなことを言っただけだ」
「確かに言いそうだな」
フランジェスカが満足げに頷いているところを見ると、そう遠い意見ではなさそうだ。
「まあ、俺としても、そんな馬鹿げたことを試す時間があるなら、子どもはとっとと寝ろと言いたいが」
「俺は子どもじゃねえ!」
ぶんむくれ、床に落ちた本を拾う。まったく、どいつもこいつも、俺を小さいだの子どもだのチビだの言いやがって。
不満たらたらで、口を引き結んだまま、本をめくる。
「シューター、お前、暇潰しだと言ってよく本を読んでいるが、元の世界でもそうだったのか?」
「まあな。読書するのは褒められることだったし。ほんとは家事手伝いとかバイトとかで忙しく働いてる方が好きなんだけど、このなりだからな。甘んじて本を読むのでとめてる」
あとは身の回りの品の手入れとかな。ほつれた服の修繕とか、汚れた靴を磨くとか、洗濯するとか。
「そうか。俺は文字は簡単なものしか読めないし、自分の名くらいしか書けないからな。面白いのか分からんが……」
「え? そうなのか?」
修太は驚いた。
識字率がほぼ百パーセントの国で育っているので、文字の読み書きが出来るのが普通だと思っていたが、そういえばそういう国の方が少ないのだと思い出す。
「ああ」
「お金使う時に不便じゃね? 数字も読めないのか?」
「簡単な数字ならまだ分かるが、コインは種類が一目で分かるから、数字が読めなくても困らん」
「なるほど」
言われてみれば確かに。
「飲食所のメニュー程度なら困らんが、手紙を出す時や貰った時、冒険者ギルドで依頼表を読めないのはつらいな。まあ、手紙はギルドで仲介してもらった相手に、バイト代を出して代筆してもらえるし、読む時も、バイトを雇えばいいからどうとでもなるが。依頼表を読めなくても、受付でこういうのがないかと口頭で質問すればいいしな。お前のように本を読める程の者は、そう多くはない」
「ふーん? それってつまらないな。教えようか?」
「む?」
「グレイには何だかんだと世話になってるから、文字教えるくらいなら手を貸せるよ?」
修太が善意から言うと、グレイはやや間を置いて、頷いた。
「それは、教えてくれるのなら教えて欲しいとは思うが……。読めれば便利そうだしな」
「うん。じゃあ、明日からな」
修太がにっと口元を引き上げて言うと、グレイはぼそりと「よろしく」と言った。
どっかで恩返しをしておかないとバチが当たりそうなので、修太は機嫌良く頷き返した。
*
迷宮都市ビルクモーレの冒険者ギルドは、外観からとても大きかった。白い石造りで、四角い。市役所みたいな見た目で、中もそんな感じだ。
スイングドアになっている出入り口を通過すると、真正面に受付が見え、右手は待合室のようになっていた。テーブルや机が整然と並び、壁にはB5くらいの羊皮紙やポスターが貼られている。依頼に関することや、町のイベント情報、商店のセールといった広告まで貼られているようだ。
ダンジョンに潜るには、冒険者であることと、この町の冒険者ギルドで迷宮探索登録をしなくてはいけない。登録することで通行証明書を貰い、出入り口で入場料を払う仕組みだ。
ダンジョン内で得た物には税金はかからない代わりに、入場料を取っているらしい。200エナ、つまり日本円で約二千円だ。水族館の入場料みたいなもんだ。
更には、ダンジョン内で入手したアイテムの買取もしている。一回ごとに手数料を100エナ取るようだが、税金がかからないのを考えれば良心的な方だろう。
「ここのギルドは町役場みたいだな。アストラテのギルドみたいに、場末の酒場みたいな空気もないし」
「ここは飲酒禁止だからな。酒を飲みながら話し合いをしたい奴は、酒場に行くんだ」
修太の呟きを拾い、グレイがそう教えてくれた。
ほとんど独り言だったので、聞いていたことに驚く修太。フランジェスカは完全にスルーしているのを見ると、見掛けのとっつきにくさより、グレイの方が面倒見が良い方なんだろう。
修太は登録出来ないが、宿で待っているのもつまらないので、一緒に来た。
「俺、あっち見てる」
「ああ。勝手に外に出るなよ」
壁際の広告を読もうと修太が壁に向かうと、すかさずフランジェスカが釘をさしてきた。どうも、目を放すとすぐに誘拐されると信じてるみたいで、目を隠せだの勝手にいなくなるなだの言われる。海賊の時もジャックの時も、どっちも側に人がいたんだけどな。
修太にコウがついてきて、修太が壁際に立つと、行儀良くお座りした。
「薬屋ハッカーで、傷薬が三割オフのセール中かあ。白葉の月の30日に祭り? 収穫祭か。へええ。フリーマーケットはいいな。えーと? 倉庫街にてガレージセール? 倉庫だけにな」
面白い。フリマとかガレージセールとか、こっちでもあるのか。
「あら、ボク、文字読めるの? すごいわね。ねえ、面白いのあったらお姉さんに教えてくれない?」
ぶつぶつ呟いてたら、冒険者らしき女性に声をかけられた。二十代後半くらいか? 左目に黒い眼帯をした、薄桃色の髪と赤目をした華やかな印象の女性だ。ベルトにダガーを二本吊っていなかったら、ただの受付のお姉さんといわれても通用しただろう。
修太は首を傾げたが、グレイがあまり文字を読める人がいないと言っていたのを思い出し、暇つぶしも兼ねて、今読んだ分をもう一度声に出して読んだ。
「あらすごい。どれも正解ね。頭良いのね、ボク。常用語もエターナル語も完璧」
女性は文字が読めないのかと思ったら、読めるらしい。
「……どうも」
軽く会釈しておく。
「ここに用事?」
「連れが。俺は待ってるだけ」
「そうなの。ワンちゃんもお利口さんね」
女性はにっこりとコウを褒めた。コウはワンッと小さめの声で吠え、尻尾を振る。褒められて嬉しいらしい。
「お姉さんもダンジョンに潜るのか?」
修太が問うと、女性は首を傾げる。
「まあときどき? でもお姉さん、ここで働いてるからあんまり潜れないのよね」
ギルドの職員らしい。
へえと思っていると、書類を持った青年が大股に歩いてきた。
「マスター、こっちの書類を見て欲しいんだが」
二十代後半か三十代くらいの青年は、目付きが鋭くて猛者の迫力を持っていた。すらりとした体格といい、百八十センチはありそうな背といい、雑誌モデルみたいで格好良いが、見下ろされると気圧された。
「お姉さん、もしかしてギルドマスター?」
「ええ。私はベディカ・スース。〈桜火〉の二つ名を持ってる冒険者よ」
「ふぅん?」
すごいのかよく分からなくて、曖昧に頷く。
「こっちはレクシオン。こんな見た目だけど、非戦闘要員なのよ。治療師なの」
毛先だけ緑色であとは茶色いなんて不思議な髪だなと、レクシオンの髪に見とれていたら、思わぬ言葉をもらって驚いた。
「えっ」
思わず声を上げてしまう。
「すごく強そうに見えるのに」
「それはどうも。ま、非戦闘要員ではあるけど、冒険者としても治療師としても、どっちも青ランクは持ってる。……迷子?」
レクシオンの視線が、問うようにベディカに向く。
「人待ちだって」
「へえ? 見かけない顔だけど、誰待ち?」
「今、受付にいる二人だよ。言っとくけど、子どもでも家族でもないからな」
先手を打っておく。
「あっちの黒狼族と知り合いなのか? マスター、彼、賊狩りですよ。賊狩りグレイで名が通ってる、紫ランクの大物。昔、一時期ここにいた、フレイニールの息子とかいう」
「へえ。それは挨拶してこなきゃね。同じ紫ランクには久しぶりに会うし。じゃあね、ボク」
ベディカは書類を片手に、グレイやフランジェスカのいる方に歩いていった。
「少年、本当に息子じゃないの? 雰囲気そっくりだけど」
レクシオンが遠慮なく問うのに、頷く。
「どうせ無愛想なとこがそっくり、なんだろ。違うって」
「そりゃ失礼。あと、ここにいるのは構わないけど、悪戯はするなよ」
「広告を読んでるだけだ」
失礼な。広告はがして遊んだりしないぞ。
意外そうに片眉を跳ね上げるレクシオン。
「文字読めるの? 書くのは?」
「どっちも出来るけど?」
「そりゃいいや。手紙の代筆のバイトがあるから、もし良かったら声かけてよ。小遣い稼ぎにいいだろ?」
レクシオンはにっと笑うと、軽く手を振って受付の方に戻っていった。
(ノリ軽いな、ここの奴)
子ども相手にバイト薦めて帰るとか。
それが普通なんだろうか? よく分からない。
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