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本編
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しおりを挟む「……すまん」
壁に手枷で繋がれた状態で、グレイはうなだれ気味に謝った。
というのも、ろくな抵抗一つ出来ずに、ジャックのアジトとやらに連れて来られた上、牢屋に放り込まれてしまったからだ。
また牢屋かよ。修太がげんなりしたのは言うまでもない。
「仕方ねえよ。あのむさいおっさんのうちの一人が、花ガメの花の香水付けてて、黒狼族がそれに弱いって言われちゃ怒る気も起きない」
「いや、一族は花粉に弱いんであって、俺がたまたま物凄く弱いだけなんだ。あの花の香りをかぐだけで、嘔吐感にさいなまれる……」
そう言うグレイの顔色は、薄暗がりながら確かに青白い。脂汗まで浮かんでいるのが見える。
「俺は、むさいおっさんが花の香水つけてる時点で気持ち悪いけどな……」
マッチョにフローラルの香り。うげ、まじで吐きそう。
修太は子どもだからか枷はつけられていないし、コウも一緒に放り込まれているとはいえ、旅人の指輪は取り上げられてしまった。
でも、悲観はしていない。
オルファーレンは言っていたのだ。失くしてもまた戻る、と。それにピアスの話から推測するに、アレを使えるのは修太だけだろうから、荷物の心配をする必要もない。
グレイはトランクやハルバートを取り上げられ、こうして枷に繋がれる羽目になっているが、マントは着たままなので、かろうじて黒狼族とはばれていないようだった。ただ、見た目だけの弱い男だと笑われていたのが癪に障っているようだが。
元気な状態のグレイに、それをもう一度言ってみるといい。きっと細切れにされて鮫の餌にされるぞ。
「しかし、解せんな。シューターの指輪が狙いだったとして、もう仕事は終えただろう。何故、俺達を始末せん」
「いいじゃん、別に。わざわざ始末されなくても」
「それでなくとも、ただの邪魔ものだろう。半殺しにして放りだすくらいが普通だが」
「……怖いこと言わないでくれませんかね」
無表情で淡々と不思議そうに言われるのは怖い。内容が内容だけに。
裏社会の怖さを垣間見たようで、修太はぶるりと身を震わした。何それ、怖い。
「クゥン?」
するとそれを寒いと勘違いしたコウが側に寄って来て、座っている修太にくっついて身を伏せた。なんだろう、今、初めてこいつのことが可愛く見えた気がする。
まあ確かに、日陰のここは寒い。
砂漠というのは不思議なもので、日が当たる所と当たらない所では温度差が激しいのだ。
こんな地下にある石牢なら尚更だろう。
「ほっといても手元に指輪は戻るんだろうけど、早いとこ戻ってくれないと不味いな。また寝込む……」
魔力欠乏症になってから、食後以外は何もしなくても気分が悪くなるようになってしまったのだ。本当にこの体質は厄介である。指輪に入れている魔力混合水だけでも返して欲しいものだが、たぶん無理だろう。
「すまん……」
またうなだれて謝るグレイ。
「悪い! 別に責めてるわけじゃっ」
慌てて謝るが、すでに遅かったようだ。らしくもない失態に、グレイは心から落ち込んでいるらしい。
これ以上、何か話しかけると墓穴を掘りそうだ。
修太は賢明にも黙ることにし、壁に背中を預けて座っていた。
そのうちだんだんうとうとしてきて、居眠りしかけた時、牢全体を揺るがす振動が響き渡った。
――ドゴォォォン!
でかいハンマーで思い切り地面を叩いたような、そんな音だ。
その音と音の間に、野太い悲鳴が聞こえてくる。
「な、なんだ……?」
驚いて天井を凝視していると、グレイが手をヒラヒラさせる。
「何か分からんが、こっちに寄れ。その犬もだ」
こんな状態でも護衛してくれる気らしい。
むしろ、逃げられないのだから、修太がグレイを庇うべきところな気がする。
「状況は不明だが、どさくさに紛れて逃げるか」
「へ?」
一応、グレイの側に寄って座ってみたところで、グレイが天気の話でもするようなさりげなさで呟いた。
ぽかんとそっちを見ると、手枷がバキリと音を立て、カツンカツンと何かが転がる音がした。断っておくが、手首の所だけが丸くなっている、板状の金属製であり、簡単に壊れる代物ではない。転がっているのが釘だと気付き、修太はグレイの頭上にある手枷を見た。それはやはり手枷の板を壁につけていた釘で、よく見ると、蝶つがいになっている方が折れてひしゃげていた。加えて、釘が取れたせいで片方だけが壁から浮いた形になっている。
「何それ。反則だろ」
唖然呆然と呟くと、手首をぶらぶらさせつつ、グレイは涼しい声で返す。
「命の危機ともなれば、これくらい出来る。ここが崩れたら生き埋めだ」
「……その未来は考えてなかったな」
果たして、命の危機に立たされてこれくらい出来るのがエレイスガイアでは普通なのか分からなかったが、悪い未来に三番目が追加されたことで、修太はそっちは考えないことにした。
グレイはすいと立ち上がると、すたすたと牢の扉に向かう。そして、鍵の部分を観察して首を振り、蝶つがいの方に目を向けた。少し考えた様子で、やがて、おもむろに鍵の方に蹴りを入れ始めた。
ガァン! ガァン! ガン! ガッキン!
最後、なんかおかしな音しましたけど!?
修太は、壊れた扉を見て、また唖然とした。どんだけ規格外なんだ、この人……。
「シューター、俺は護衛は得意ではない。離れないようについてこい。足が速過ぎれば声をかけろ」
「わ、分かった……」
間抜け面をしている自覚はあったが、驚かされてばかりで直らない。修太は曖昧に頷き、そして初っ端から置いていかれそうになって慌てて呼び止めた。その走りについていけるのは、サーシャリオンかフランジェスカくらいだと思う。
牢を抜け出し、外に出た所で、眼前に光の柱が降って来た。遅れて、ドォォンと音が鳴り響く。
「うわっ」
あまりの眩しさに目を閉じ、開けると庭らしき場所の地面に穴が開いていた。もうもうと立ちこめた土埃が風にさらわれる。
「なんだこれ……」
ぽかんとしていると、地面に影が落ちた。ばさりと白いマントを翻し、フランジェスカが眼前に着地する。すぐ側の建物の二階から飛び降りてきたらしい。
「この間抜けが! 何をまたさらわれている!」
開口一番に怒鳴られた。
腹が立って仕方がないらしいフランジェスカは修太の頭に拳骨を落とそうとしたが、それはグレイに止められた。
「よせ。俺の力足らずだ」
簡潔な言葉に、ふんと鼻を鳴らすフランジェスカ。
「確かにな。貴殿がついていながら、なんてざまだ」
嫌味っぽく言い、フランジェスカはキッと中庭の奥を睨む。土埃の向こうで、飄々と笑うジャックが立っている。
「あはは、お姉さん、やるなあ。俺の手下、みーんなのしてきちゃったの?」
へらへら笑うジャック。
しかし空気はどこか鋭い。
「黙れ、この盗人が! ケイ殿の指輪を返せ!」
「俺のも返せ!」
フランジェスカの言葉に乗り、修太も怒鳴る。
「嫌だよ。ああ、そんなに心配しなくても、ちゃーんと代金払ってから帰してあげるつもりだったんだ。あとあと恨まれても困るし。まあ、素直に売る気になってくれるまで、地下生活してもらおうかなーって思ってはいたけど」
にこにこと笑うジャック。
(なんつう鬼畜野郎だ……)
こええ。笑いながら人を殺してそうな空気がある。いや、実際にしてそう。
「ほんとは彼のネックレスも欲しかったんだけどなあ。触ろうとしたら、電撃で弾かれちゃうし、諦めるかな。しっかし、子どもを盾にしたら素直に取引してくれるかなーって思ったのに、逆に居場所を付き止めちゃうんだから、有能すぎて困るね」
そうちらりと右側を見るジャック。
大斧を手に持ったサーシャリオンと啓介とピアスがいた。
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「ふふん、当然だろう。先に我らの方に来るのだったな。新しいシューターのにおいがしたせいで、何かあったと勘付いたわ」
くすりと笑むサーシャリオン。しかし笑みに温度はなく、凍える吹雪のようだ。
「フランジェスカ、指輪はその男が持っている。在り処など気にせず、取り返すといい」
「それはありがたい。では――ゆくぞ!」
いつ長剣を抜いたのか、走りだしたフランジェスカの右手には長剣が握られ、白刃が光を弾いた。
ジャックはおやというような顔をして、懐から抜いた短剣で応戦する。
ガキィン!
金属がぶつかりあう音が響く。
リーチは圧倒的にフランジェスカの方が上にも関わらず、ジャックは余裕たっぷりに短剣で攻撃をいなしているように見える。しかしよくよく観察すると手が震えているので、実際は裁くだけで必死なようだ。
「――これはこれは。ご婦人相手だと舐めてかかってたら、なかなか重い剣だな」
「戯言を。止めておいてよく言えたものだ!」
フランジェスカは低く切りかえし、鋭い斬撃を繰り出す。
たちまちのうちに、ジャックはあちこちに切り傷をこしらえる羽目になった。避けられるだけ称賛に値するが、剣聖の名を持つ女剣士相手では流石に分が悪いらしい。
剣を避けるのに必死になっていたジャックの腹に、フランジェスカは蹴りを叩きこんだ。
げふっと声を漏らして背中から地面に倒れ込むジャックの手から短剣を蹴り飛ばすと、残る左足でジャックの襟元を踏みつける。
「――さあ、返してもらおうか?」
猫のように目を細め、威圧たっぷりに問いかけながら剣先を眼前に突き付けてくるフランジェスカを見て、ジャックは即座に両手を挙げ、降参の意を示したのだった。
「あーあー獲物が悪かったな。ガキ連れの良いカモだと思ったのに」
「正直すぎだ、馬鹿が!」
縄をかけられても尚、飄々とした態度を改めないジャックに、フランジェスカは容赦なく鉄拳を飛ばす。
頭を殴られ、いてっと声を漏らしたジャックは、じろりと恨みをこめてフランジェスカを睨んだ。
「俺はねえ、珍品蒐集の行商人なの。まあ、手荒に蒐集しちゃあいるけどね。ちゃんとお金払うのに……。ねえ、指輪、俺に売ってくれない? 金貨五枚なんてどうかな? ――いでっ!」
またフランジェスカはジャックのぼさぼさ頭に拳骨を落とした。
「少しは反省しろ!」
「ちぇー」
口を尖らせ、ぶうぶう言うジャック。子供みたいな所作に、修太は呆れるばかりだ。
「なあ、頼むよぉ。後生だから衛兵を呼ばないで。奴隷になんてなりたくねえ」
「ああ、そういえばこの国は犯罪者を奴隷売買していたな。犯罪者の食事代を出すのも嫌だとかで」
ジャックの頼みに、フランジェスカは思い出した様子で呟く。
「うわあ、商人の国ってあざといねえ」
啓介は呆れて、そこまで想像してなかったと感心気味に言う。
それから、少し考えた顔をして、ひょいとジャックの前にしゃがみこむ。
(なんだ?)
どうしたんだと挙動を見ていると、啓介は取引を持ち出した。
「俺達さあ、不思議現象を探して旅してるんだよね」
「? ん?」
ジャックは目を白黒させる。
「それでさ、物は相談なんだけど。あなたを衛兵に突き出さない代わりに、面白い話があったら聞かせてくれないかな。物の話でもいいよ。行商人なんだから旅してるんだろ?」
にこっと邪気のない笑みを浮かべて問いかけるけれど、その背後には、「まあいつ衛兵を呼んでもいいんだけどね」という文字が見える気がする。
(黒っ。〈白〉の癖して黒いぞ、啓介! 真っ黒だ! お前ほんと、“敵”には容赦しねえよな!)
啓介は聖人の生まれ変わりみたいな善人だが、身内に害が及びそうになると、黒々しい取引モードになるのだから怖い。切れてる時よりは怖くないけど、相手にはしたくない。
ふと周りを見れば、ピアスやフランジェスカがやや引いている。
うん、これで危機感を覚えない奴の方がおかしい。顔に感情が出ないグレイはともかく、サーシャリオンはのほほんとしていておかしい。
「う、分かった。分かったから……約束は守れよ?」
「勿論。約束っていうのは守る為にするものだからね」
再びにこっと笑った啓介の笑みからは、威圧感は消えていた。
牢屋のち大暴れのち一転、ジャックとテーブルを囲んで茶を飲んでいた。
指輪を取り返したので、修太は魔力混合水を飲んでいるが。
出口では、マッチョな手下さん達が、あちこちに青アザをこしらえて、じろっとこっちを睨んでいる。
ここに至るまで、「兄貴、こんな奴らと取引なんていけません!」「人の皮かぶった悪魔だ!」「俺の筋肉がしぼんでいるくらいに恐ろしいのだぞ!」とか口々に叫んで抗議していたが、ジャックになだめすかされて落ち着いたようだ。
(筋肉がしぼむ程の恐怖って何だよ……)
誰も突っ込まなかったが、修太は何とも言えない気持ち悪さを覚えた。
「つーか、うざい! 筋肉見せつけるみたいにわざわざポーズ取るな! うざい!」
手下達が腕を曲げたり、胸筋を盛り上がらせたりし始めたのに、修太は青筋立てて出口に向けて怒鳴った。ポージングする必要がどこにある!?
「やかましいぞ、シューター」
じろっとフランジェスカに睨まれた。
お前はうざくないのか!?
「目障りなら見なきゃいいのよ、シューター君」
今度はピアスが笑顔で言った。
さりげなく酷いな!
「お前ら、あっち行ってろ」
仕方なさそうにジャックが手下を追い払う。手下達はぶうぶう言いながらも、ポーズを取りながら去っていく。……威嚇のつもりなんだろうか。謎だ。
どっと疲れた気がしつつ、ジャックに視線を戻す。
ジャックは困った様子でぼさぼさの頭を掻き回している。
「さて困ったな。俺にはどういうのが面白い話になるのか分からないんだが、そうだな。セーセレティー精霊国と、魔法の都ツェルンディエーラのある切り株山一帯にある水底森林地帯とか、雨降らしの聖樹が生えてる、年がら年中雨ばっかりのミストレイン王国ってのは面白いに入るのか?」
ジャックの視線は完全に啓介を向いている。
「水底森林地帯に、雨ばっかりの国? 面白そうだ!」
啓介の銀目がキラキラと興奮気味に輝いているのを見て、ジャックは安堵したように語りだす。
「水底森林地帯は、俺でもへんてこだって思うな。なにせ、魚が泳いでる森だ」
「「………は?」」
修太とフランジェスカの声が被る。うさんくさい事を聞いたというように、めいっぱいしかめ面をしているところまで重なった。
思わず二人して睨みあい、とりあえずそれは無かったことにする。
「あんた、何言ってんの? 魚が泳ぐ森って、意味分からないんだけど」
修太が口を出すと、ジャックはうんうんと頷く。
「まあそうだろうな。見てみれば分かる。本当に泳いでるんだ、宙に浮いた魚がな。浮魚っていってな、これが焼いたら美味いんだ。それに、地面にイソギンチャクがうごめいてた時は驚いたね。俺は出くわさなかったが、鮫もいるらしくてな、そいつは危険なんだと」
「花ガメがいるのもそこだ……」
今まで黙っていたグレイが、気鬱そうに呟いた。
亀か、なるほど。魚介類がいるんなら、亀がいてもおかしくはない。
納得しかかる自分に溜息が出る。だいぶファンタジー毒素に汚染されてきているようだ。
「で、噂だが、その森のどこかには太古の魔女が住んでるとか。お伽噺も良い所だけどな」
ジャックはからからと笑う。
「魔女、ねえ……」
修太はちらりと啓介を見る。啓介も気がかりそうに頷いた。まあ覚えておいて損はないだろう。どっちにしろ、宝石の魔女全員を探しださないといけないのだ。
「ねえ、あなたは迷宮都市ビルクモーレにあるっていう“開かずの扉”ってどういうのか知ってる?」
ピアスが新しく話題を出し、ジャックは首を傾げる。
「いいや。俺は知らんが、迷宮都市にあるダンジョンの最深階まで行って戻った奴はいないって話は聞くな」
(うおー、嫌な予感が増した!)
修太は頬を引きつらせる。なんてありがちな話! 行っては帰ってこれないとか……!
「だから、密かに、あそこのダンジョンは帰らずのダンジョンって呼ばれているな。太古の昔、地の妖精達が手先の器用さを競いあった結果の産物って云われてる。おっと、鵜呑みにするなよ? ただの伝説だからな」
地の妖精か……。地底の塔にいた小人のことだな。
あれって手先が器用なのか。
「あちこちにあるダンジョンも、地の妖精が作ったって真しやかに言われてんだろ? それと一緒だよ」
ジャックは手をひらひらさせ、真面目にとるなと促す。
「ああ、あと一つ。これは行商人の間でささやかれてる噂なんだが……」
ふいに思い出した様子で、ジャックはにやりと笑った。
「この世のどっかに、人を喰う本があるんだとよ。読んでた人間が必ずどこかに消えちまうらしい。本当にあって、俺が見つけたら手に入れてやっとくから、買ってくれな」
そして、ジャックは一同を見回す。
「――さて、俺の知る話はこれくらいだが。俺達を衛兵に突き出さないことと価値は釣り合ったか?」
啓介は満足そうに頷く。
「ああ。すごく良い話を聞けた。正直に教えてくれてありがとう」
にっこりと笑う啓介。どうやら嘘は紛れていなかったようだ。
ジャックは一瞬しかめ面をして、やれやれというように頭を掻きまわす。
「やりにくい相手だねえ。嘘を言ってないと何で分かるんだか……」
「目を見てれば分かるよ」
「………そ」
とても難しいことを、大したことはないみたいに言う啓介。ジャックは拍子抜けしたみたいに声を返す。
それから、気を取り直した様子で、ジャックは椅子に座りなおした。すでに立ち直り、にやりとした笑みを口元に称える。
「旅に出るんなら、物入りだろ? うちは一応、珍品以外も扱ってるんだ。どう? 安くしとくから買ってかない?」
身の安全を確保したと見るや、すぐに商売の話に持っていこうとするジャック。フランジェスカはすぐにぶち切れ、ジャックの頭に鉄拳をお見舞いする。
「調子に乗るな!」
「いてっ」
とんだ寄り道をしてしまったが、一行は買い物を終え、その日の正午には何とか王都を旅立つことが出来た。
ジャックには、別れ際に冒険者ギルドでの連絡先を押し付けられた。「もう狙ったりしないけど、面白い品があったら売ってくれ、高く買うぜ?」といい笑顔で紙片を渡されてしまったのである。
何故、商人ギルドの連絡先ではないのだとフランジェスカが胡散臭そうに鼻に皺を寄せていたが、ジャックがいうには、行商人をしている時は冒険者として旅をしているとかで、そっちの名の方が有名らしい。負けたとはいえ、フランジェスカの攻撃を裁いてはいたのだ、腕は良いんだろう。
「よーし、行っくぞー! セーセレティー精霊国!」
王都を出て砂漠に踏み出す直前、啓介はおもむろに叫んで拳を空に突き上げた。
楽しそうな様に、修太もつられて右手を上げる。
「おー!」
すると啓介は予想外だったみたいに振り返り、にっと歯を見せて笑う。
「あはは! シュウ、やる気足りてないよ!」
「うっせえ、余計な御世話だ!」
生意気なことを言う啓介の脇腹に肘を入れつつ、修太は啓介の横に並んで砂漠に踏み出す。
はてさて、お次は何が待っているやら。
願わくば、この旅路が楽しく平穏でありますように。……たぶん無理だと思うけど。
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