断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

第十一話 旅の行き路よ、平穏であれ  1 

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「助けて下さってありがとうございます。わたくし、柘榴石の魔女ガーネット・ウィッチことガーネットと申します。ふああ」

 とても眠たそうにガーネットは言い、深紅のドレスの裾を摘まんで一礼した。

「あふ。ごめんなさい、わたくしぃ、低血圧なのでぇ、寝起きはつらくって……」

 赤色のマニキュアを塗った手で上品に口元を覆い、あくび混じりに言うガーネット。
 緩くウェーブをえがいた膝まである長い髪は赤茶色で、垂れ気味の大きな目は紅茶のような綺麗な色をしていて、全体的に赤色の印象が強い。頭の左側に柘榴ざくろの花を付けているのが華やかだ。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる、いわゆるナイスバディーなお姉様といった雰囲気だ。見た目は二十歳くらいに見える。
 思わず胸に目がいってしまうのは、男の悲しい性であって、セクハラではない。

(だから虫けらでも見るような目をするなっつの!)

 勿論、そんな目で修太を見るのはフランジェスカだ。

「お前ら、なんでわざわざここに来るんだ。しかも太古の魔女を連れてくるなよ!」

 カウンターに頬杖をついたイェリが、じと目で不平を漏らした。
 宿だと人目があるかもしれないということで、選んだ場所がここだった。選んだのは修太ではなくてピアスやフランジェスカなので、修太や啓介を睨むのはお門違いというものだ。
 真っ先にここを選択肢に上げたフランジェスカは、イェリを鼻で笑う。

「どうせ客などいないだろう。昼間からこの閑古鳥かんこどりの鳴き具合ではな」
「……くぅっ、本当のことをーっ!」

 イェリは悔しげに拳を握ってうめく。

「嘘でも否定しとけよ……」

 思わず突っ込んでしまう修太。

「情けないよ、お父さん。迷惑料をふんだくるくらいでいかなきゃ」

 相変わらずの表情の欠け具合ながら、図太いことを呟いているアリテ。
 いや、だからな。そういうことは、せめて隣の部屋で言おうぜ。

「また魔力混合水を買ってくよ……」
「じゃんじゃん使え!」

 溜息混じりに修太言うと、急にイェリの愛想が良くなった。現金な奴だ。

「それでぇ」

 ガーネットは間延びした声で切り出す。

「フローちゃんから話は聞いてます。呪いを解きたいそうですね、ええと、お嬢様で宜しいかしらぁ?」

 きょろきょろと全員を見てから、ガーネットはフランジェスカに目をとめて、小首を傾げた。
 けだるげな美女といった感じで、可愛い仕草をしていてもどこか色気がある人だ。人というか、魔女で、神の断片なのだが。

「フランジェスカ・セディンだ。魔女殿。そのようなもったいない呼びかけは身に余るので遠慮したい」

 苦笑いするフランジェスカに、修太も頷く。

「そうだな。お嬢様って年齢じゃねえだろ。いてぇ!」

 つい思ったことを口に出したら、フランジェスカに思い切り足を踏まれた。修太は悲鳴を上げて、床の上を、左足を上げてぴょんぴょんはね回る。
 それを見た啓介が、くくっと笑っているのがうらめしい。ああ、笑うがいいさ。俺だってお前がこうしてれば笑うだろうしな!

「そうぉ? わたくしからしたら、生まれたての小娘同然なんですけれど、人間って難しいんですねえ」

 不思議そうに呟いて、のんびりとまた首を傾げる。

「すまないね、君達。ガーネット姉様はこの通り、おっとりしていてね。その癖、お人好しなもんだから、厄介事に巻き込まれやすいんだ」

 すぅっと空気から沁み出るようにして現れたフローライトの取り成しに、ガーネットはそうかしらと不思議そうにしている。

「それであの、魔女殿。私の呪いを解いて下さるだろうか?」
「無理ですよぉ」
「え!?」

 あっさり断られ、フランジェスカは信じ難そうに声を張り上げる。

「完全に元気な時なら解けましたが、今はこの通り、眠って力を蓄えないと存在が消えそうになってしまうのです。オルファーレン様の加護が薄まってしまって、さりげなーく存亡の危機なんですよねえ」

 天気の話でもするような調子で言うので聞き逃してしまいそうになるが、だいぶ大事だと思う。

「そ、それでは、私はどうすれば……」

 余程ショックだったらしい。フランジェスカから覇気が消えている。どうしていいか分からないというように途方に暮れた表情で立ちつくす様は、仲の悪い修太でさえ気の毒に見えた。
 ガーネットは心底申し訳なさそうに眉尻を下げ、うーんと考え込む。

「そうですねえ。そうだわ。もし行く気があるのなら、隣国、ええとセーセレティーにお行きなさい。迷宮都市に、“開かずの扉”があるのです。使徒さん達は神の断片を集めているのですし、わたくしは本の中で寝ていますので、一緒に連れてっいってくだされば構いません」

「開かずの扉に、迷宮都市だって!? もちろん行く行く!」

 啓介が目を輝かせて話に食い付く。
 開かずの扉といえば、学校の七不思議にもありがちな名前だ。不思議大好きな啓介の琴線を揺らしまくったとしてもおかしくはない。

(うわあ、怪談と化け物のにおいしかしない……)

 一方の修太は嫌な予感がして身を震わせたが。修太の知る迷宮といえば、半牛半人の化け物ミノタウルスが出る迷宮の神話である。開かずの扉は言わずもがな、怪談だ。

「はあ、しかし、それがどうしたのです?」

 首をひねるフランジェスカに、ガーネットはおっとりと言う。

「わたくしは、強い火の力を持つ断片の側にいられれば、力を回復できるのです。つまり、わたくし一人では呪いを解くことができませんから、道具を得るというわけです。お分かり?」

 みるみるうちに、フランジェスカの顔に生気が戻る。

「分かりました! ありがとうございます、魔女殿!」
「まだ呪いを解いていないのですから、お礼を言うのは早いですよ」

 ガーネットは苦笑し、再び、ふああと大きなあくびをする。

(優雅なあくびって初めて見たな……)

 感心する修太の前で、ガーネットはスカートの裾を持ち上げて軽く膝を折って貴婦人の礼をする。

「それでは、断片の使徒、クロイツェフ様、その他の皆様、これにてご機嫌よう。使徒様がた、わたくしはその本の中にいますから、ご用があれば名前を呼んで下さいね」

 ふんわりと微笑み、ガーネットの姿は空気に溶けるようにして消えた。

「ボクも戻るよ。姉様と同じく、用があるなら名を呼んで」

 姉魔女が消えたのを見て、フローライトもまた挨拶をして姿を消した。

「消えちゃった……! 宝石まで! どこに行っちゃったの? それに私、挨拶してないわ!」

 憧れの太古の魔女を前に、手を組んだ格好でぼやーっとしていたピアスは、ガーネットとフローライトが姿を消したことに衝撃を受けたようだ。

「大丈夫だよ、ここにいるから」

 啓介が困ったように笑って、首に提げた豆本の鎖を指で摘まんで見せる。ジャラリと鎖が硬質な音を立てた。

「二人とも疲れてるみたいだから、休ませてあげて」

 少しだけ申し訳なさそうに啓介は眉を下げる。
 ピアスは元々柘榴石の魔女に会いたくて、啓介達と行動を共にし始めたので、希望に沿えなかったことが良心に刺さるらしい。

「ええ!? そんな本の中にいるの? っていうか、すっごい気になってたんだけど、ダンペンノシトって何?」

 そりゃあ気になるだろう。気にしないほうがおかしい。
 修太はピアスの疑問を最もだと思った。
 啓介がどうしようというようにこっちを見てくるので、修太は自身の髪をぐしゃりとかく。

「こっち見んな。好きにすればいいだろ。どうせこの世界のあちこちに行かなきゃいけないんだ、ここにだけ留まるわけじゃなし。教えたところで害があるわけでもない。ただ馬鹿にされて笑われることはあるかってことくらいだろ」

「分かっちゃいるけど、勝手に動いたら怒るじゃないか……」

 啓介が不満げに口を尖らせる。

「加減しろっつってんだよ。ま、どうせ悪い事になったって、最後まで付き合うさ。俺らは一蓮托生だしな」

 正直、見知らぬ世界で一人きりになるのは嫌だし、なんだかんだ巻き込まれても、啓介と行動するのは楽しいのだ。ただ、ときどき、ものすごく、かなり面倒なだけで。
 僅かに口元を引き上げて言うと、啓介もにやりと笑った。

「へへっ、分かってんじゃん。今更、シュウに見捨てられるのは流石にダメージでかいから、もし見捨てる時は一言言ってからにしてくれよな」

 修太はきょとんと目を瞬く。

「逆はあってもそれはねえだろ」
「そうか? それならいいんだけどさ」

 意外そうな顔をしてから、へへっと笑う啓介。

「?」

 修太は憮然と眉を寄せる。なんでいきなり笑ってんだ、こいつ。

「シュウは貴重な友達ってことだよ。“本物”の」
「訳分からん」

 友達に本物と偽物があるのか? 
 首を傾げつつ、話をするように促す。

「とりあえず、教えとけば?」


     *


 真に自分の為になる友達。
 そういうのが、“本物”だと啓介は思っている。
 修太は啓介のたくさんいる友達の中で、貴重な“本物”だ。

 啓介にとって良い事しか言わないか、賛成意見ばかりの“友達”が多い中、数少ない、きちんと反対意見も言ってくれる人だ。そして常識人だから、熱中すると一直線な啓介のストッパーの役割を担ってくれているのだ。

 修太はそこの所を理解してはいないようだし、ときどき、親友だと思ってるのはもしかして自分だけなんじゃないかと思うこともある啓介だが、呆れて文句を言っても一緒にいるのが当たり前と化しているのを見ている限り、親友と思ってくれているのだろうと思う。……多分。

(こういうのも腐れ縁っていうのかな)

 こんな異世界まで一緒に来ることになったのだ。修太と啓介の縁の糸は、よっぽど頑丈に出来ているのだろう。糸どころか、鎖かもしれない。

 とりあえず、ストッパー殿からの許可も下りたので、啓介は躊躇なく自分達の事情を暴露した。ここでの用事は終わったし、もし気味悪がられてもすぐに出立出来る。ピアスに嫌われるのは、精神的にきそうではあるが。

「い、い、い……!」

 ピアスは口をわななかせ、イェリは絶句し、アリテは目を瞬く。

「「「異世界人―――!?」」」

 声が見事に揃った。

「何それ、違う世界なんてあるの!?」

 目をむくピアスに、啓介はあははと笑う。

「それがあってさぁ。しかも境界を越えた時に、蓄積時間を落っことしたとかで、こうして若返っちゃって。シュウもそうなんだけどさ」

「だから十七歳ってこと!? 同じ十七歳で幼馴染の親友にしては見た目の年齢差あるなあとは思ってたけど、本当に同じ歳なのに若返ったからそうなのね!?」

 納得しつつも信じられなさそうなピアス。頭を抱えてしまっている。

「しかもなに、断片とかいうのを集めないと、世界が滅ぶですって!? 聞きたくなかったわ、そんなこと!」

「嘘だ……。冗談にしか思えないのに、嘘のにおいがしない。俺の鼻、まだ調子おかしいのか?」

 イェリがぶつぶつ言うのに、アリテも唖然と言う。

「絶対そうよ、お父さん。こないだの花粉で鼻がおかしいのよ」
「そうか? そうかな。おい、グレイ! ちょっとこっち来い!」

 イェリは自分が正しいのか判断がつかず、手っ取り早く他人を巻き込むことにした。まだ滞在中である客人に向け、奥の部屋に叫ぶと、ややあって、グレイが煩わしそうな空気を漂わせて現れる。

「なんだ?」

 心なしか、声も迷惑そうだ。

「お前、この話を聞いてどうだ? 嘘のにおいはするか?」
「…………全くせんな」
「アリテー! グレイの鼻までいかれてる!」

「花粉の症状ならイェリがくれた治療薬で治ったが」
「じゃあ頭がいかれ……いで!」

「殴るぞ」
「もう殴ってる!」

 容赦なく拳が振り下ろされた頭を押さえ、イェリは抗議する。

「異世界人に、魔王に、夜になるとポイズンキャットになっちゃう剣士……!? なんて滅茶苦茶なの。でも、なんて面白そうな香りがするの……!」

 ピアスは拳を握ってわなわなと震え、意味の分からないことを呟いた。
 何だか、とても同族のにおいがする。
 啓介はピアスに更に好感を覚えた。

「断片は、あちこちで不思議現象を起こしてるんだってさ。俺はそういうのが大好きだから、手伝いを買って出たんだ。面白くてたまらないよ!」

 つい熱烈に同意したら、ピアスはぶんぶんと首を振って頷く。そして、ずいっと啓介の方に身を乗り出すと、がっしと手を掴んできた。

「絶対に面白いわ! ねえ、引き続き一緒に行って良いかしら!?」

 菫色のぱっちりした双眸が、キラキラと好奇心で輝いている。

「もちろん良いよ! 仲間は多い方が楽しいから」

 意気投合したのが嬉しくて、興奮気味に頷く。楽しいことを分かち合えるって、とても素晴らしいことだと思う。
 同志を得た喜びとともに、啓介はピアスとがっしりと握手を交わした。ここに戦友発足だ!

「あれ? 封印するのがケイなら、シューター君は何をするの?」
「啓介のフォロー」

 手を放した後、不思議そうな顔になったピアスの投げかけた問いに、あっさりかつきっぱりとした返事が修太から返る。

「サーシャさんは?」
「暇潰しだ」
「そ、そうだったの……」

 こちらもあっさりと返事がきたが、内容が内容だったので、ピアスは曖昧に頷く。

「ええと、じゃあ、次は“開かずの扉”っていうのを探しに、迷宮都市まで行くのね?」

 ピアスが確認するように問うた言葉に、何故かグレイが反応を示す。

「迷宮都市? セーセレティー精霊国の、迷宮都市ビルクモーレのことか?」

「たぶんそうじゃないかしら。迷宮って呼ばれてるダンジョンがあるので有名だもの。そこしかないと思う。あたし、行ったことがないから詳しくは知らないけど」

 僅かに考える仕草をして、ピアスが答える。

「詳しいですけど、何か知ってるんですか? グレイさん……じゃなかった、グレイ」

 そういえば呼び捨てにしろと言われていたのを思い出し、啓介は語尾を言い直す。

「わあああ、お前ら! その町の名はグレイには禁句!」

 やおら声を張り上げ、イェリが慌てた様子でグレイと啓介達の間の空間に割り込んだ。まるで自分達を背に庇うようにして立つのを、啓介は怪訝に見つめる。

「……なるほど。そうか、分かった」

 顎に手を当て、しばし考え込んだグレイは、ふいと顔を上げて頷いた。目の色が変わっている。どこか、決意を秘めたような鋭いものに。

「やたらお前達に遭遇するのは、呪いではなく神の采配というわけか。今、分かった。俺もお前達に同行しよう」

「「は?」」

 くしくも、修太とフランジェスカの声が揃う。
 一瞬、嫌そうに視線を交わした二人だが、すぐに顔をそむける。

「いや、同行しようって、何、勝手に言って……」

 修太が頬をやや引きつらせ気味に言うのに、グレイは涼しい顔で更に言う。

「ここで別れても、また会いそうな気がするからな。それなら面倒だから、最初から同行すればいい」
「意味分からないんだが、なんだその理屈」

 修太の言い分も分かる。だが、啓介には、グレイの運命論もなんとなく理解出来る。

「別に一人増えるくらい構わんだろう。その小娘と、そこの鉄狼が増えたのだからな。賊が出たら、俺が始末してやるよ」

「……そういう問題じゃねえ」

 疲れたように額に手を当てる修太。
 啓介はいつものように軽いノリで口をだす。

「ま、いいんじゃないか? 俺は大歓迎だよ。ただし、一つ条件がある」
「……なんだ?」

 静かな双眸がじっと見つめてくる。気圧されかけるが、これだけは譲れない。

「俺を“子ども”、ピアスを“小娘”、サーシャを“魔王”呼ばわりしないで、ちゃんと名前で呼ぶこと。フランさんのこともね。記号扱いされてるみたいで、正直、あまり面白くない。一緒に旅するんなら、それくらいは改善して欲しいな」

 きっぱりと待遇改善を主張すると、グレイは仕方なさそうに頷いた。

「分かった。仕事と思って受け入れよう」

 つまり仕事でなかったら、まだ認めていないわけだ。
 啓介はがっくりしたものの、名前で呼んでくれればそれでいいと開き直ることに決めた。

「それじゃ、よろしく」

 にこっと笑い、握手しようと手を差し出したが、そちらはふいと身を引いて断られた。

(うーん、しばらく前途多難そうかな)

 その後、グレイに冒険者ギルドのパーティ登録を持ちかけてみたが、こちらも断られた。ソロの方が動きやすくて好きだし、パーティを抜けた後、他のパーティからの勧誘が煩わしくなるからとのことだった。
 啓介達がパーティ不思議屋で活動中は、修太の護衛についてくれるそうなので、まあいっかと思う啓介だった。

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