断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
63 / 178
本編

 3

しおりを挟む


 こうして、サーシャリオンは本選三、四、五日目を、最小限の攻撃だけで相手を地に沈めて倒し、とうとう決勝戦に出ることが決まった。
 祭り六日目は休息日で、七日目が決勝戦と儀礼を行う日だ。

 休息日には、ダークホースの登場を邪魔に思った者からの差し金か、“リオナ”向けの刺客がやって来たり、喧嘩を売られたりしていたらしいが、サーシャリオンはそれらを裏道に誘い込むと、あっさり叩きのめして放り出してきたらしい。サーシャリオンからすれば、うるさいハエを叩いたくらいの印象みたいだった。

「道に放り出してきたが、もし身ぐるみはがされても自業自得と考えてよいのだよな?」

 夕方に思い出したみたいにそう問われて、初めて事が発覚したくらい、サーシャリオンにはどうでもいいことだった。
 つくづく敵に回したくないモンスターである。

 なんとなく賊が不憫になる修太であるが、フランジェスカやピアスが当然だと言い放っていたのを鑑みるに、どうやら普通みたいだ。啓介は苦笑しているので修太と似たような意見を持っている気がする。

 しかし、武闘大会で勝ち進んだからって、どうして刺客が来るくらいの大事になるのかよく分からない。
 しきりに不思議がっていたら、ピアスが答えをくれた。鞄から取り出した一枚のチケットとともに。

「そりゃあ邪魔でしょ。優勝者トトに響くしね! うふふ、魔王相手に勝てるわけないと思うし、稼がせて貰えそう」

 楽しげにチケットをヒラヒラさせるピアス。

「優勝者トト?」

 啓介が思わずというように問い、黄色いチケットを見る。

「優勝者を当てる賭けごとよ。今回の祭りは大損の人が多そうね。ま、あたしは本選一回目から買っているから、サーシャさんがここで負けても儲けは出るわ」

 本当にちゃっかりしている娘だ。
 基本的に良い子なのだが、ときどき守銭奴じみた部分が顔を出す。根っからの商売人みたいである。

「これで儲けが入ったら、アイテムクリエイトの道具を新調するの。だからサーシャさん、頑張って勝ち進んでね!」

 がっしりとピアスに両手を掴まれて、サーシャリオンはやや気圧されたようにのけぞる。

「あ、ああ……」

 サーシャリオンが引いているのだから、相当だ。

(たいがい大物だよなあ、この子……)

 こういうところを見て、啓介が幻滅したりしないだろうかとちらりと啓介を見ると、なんだかキラキラしい目でピアスを見て、しきりに感心したように頷いている。

(だからなんでそこで顔を赤くする)

 恋は盲目というやつか。そうなのか。

(つーか、こんだけ分かりやすいのに、なんで周りの奴は誰も気づいてねーの?)

 そこが大いなる疑問だ。
 フランジェスカはその辺の察しが悪いし、ピアスは天然で受け流している。サーシャリオンはモンスターだからか気付いてもいないようだ。

 そんなこんなで迎えた七日目。長剣を使う魔法使いと戦い、魔法を一切使わずに相手を打ち負かしたサーシャリオンは、観客達の熱狂的な拍手でもって健闘を称えられ、最年少記録を更新という伝説を築いた。十五歳で登録していたが、それまでは十九歳が最年少記録だったらしい。
 そして、その表彰式でもまた、サーシャリオンは伝説を打ち立てた。



「汝、リオナは、此度の大会にて見事優勝を果たした。よって、その健闘を称え、10万エナと褒章を授けることとする」

 レステファルテ国王自らの手での授与だ。
 王は三十代くらいの若い青年で、金髪と深紅の目を持ち、いかにも室内で生活しているというような白い肌をしていた。金糸での刺繍が施された、白い衣服を纏っていて、綺麗な顔立ちもあって神々しい。

「発言の許可を頂いてもよろしいか、王よ」

 片膝をついた礼の姿勢で頭を下げたまま、サーシャリオンは凛とした声を発する。
 王は驚いたようにわずかに目を瞠る。護衛の兵士が、サーシャリオンの非礼をなじる。

「王の御前であるぞ。勝手に発言するとは無礼な!」
「まあ、よい。なんだ、申してみよ」

 王に促され、サーシャリオンは顔を伏せたまま言葉を続ける。

「失礼ながら、褒賞金については辞退申し上げたい。褒章の品だけで結構だ」
「ほう。金はいらぬと申すか。何故だ? あっても困ることはあるまい?」

「多き金は災いの元となる。それに、我には不必要なもの。だが全て断るのも味気ない。ゆえに褒章の品だけ頂きたい」

 少女の口から紡ぎだされる老獪な言葉に、王や周りの重臣、観客達は驚いていた。
 王はじっとサーシャリオンを見つめ、ややあって頷いた。

「――許す。では、そなたにこの品を授けよう。顔を上げ、受け取るがよい」

 そして、銀細工を施した布張りの箱を、サーシャリオンに渡す。
 サーシャリオンが顔を上げ、捧げ持つようにして受け取り礼をすると、観客達はわっと歓声を上げた。

 おめでとうという声が響きだす。
 そんな中、王がサーシャリオンに何か話しかけ、サーシャリオンが返答していたが、声がうるさくて修太達には聞き取れなかった。




「どうだ、上手く人間らしく振舞ってみたが、うまく出来ていただろう?」

 再会を果たした時、サーシャリオンは自慢げに言った。

「少々無礼な物言いではあったが、祭りであるし大目に見て下さったのだろう」

 フランジェスカの正直な返事に、サーシャリオンは不思議そうに首を傾げる。

「そうか? 人間の王相手にしては、かなり頑張ってへりくだったのだがなあ」

 サーシャリオンからすればそうだろう。神竜の姿で出てくれば、脅すだけで事足りるだろうから。

「なあ、サーシャ。あの時、王様と何を話してたんだ?」

 啓介の質問に、サーシャリオンはあっさり答える。

「この国に仕えないかと打診を受けたが、断った。家臣ごっこまでする気はない。この国の王に貢献する義理はないからな」
「ふーん。やっぱスカウトされるんだな」

 修太はそんなもんなんだろうなと呟く。強い人間を発掘したいなら、武闘大会はうってつけの舞台だろう。

「興味ないのは分かるけど、サーシャさんたら、なんで褒賞金を断ったの? もったいない!」

 ピアスが心からもったいなさそうに口を挟む。サーシャリオンの答えはそっけない。

「そなた、突然現れたルーキーに大量の金をかすめとられてみろ。面白くないだろう? それに、この国に仕える気がないのだから、もし他国に仕えることを危険視されてみよ、また刺客だの追っ手だのが来るに決まっている。撃退するなど造作もないが、そなた達にまで危害が及ぶとも限らぬ。我はそのような愚行をおかす気はない」

「うむむっ」
「それに、我が大会に出場したのは、金や名誉のためではなく、柘榴石の魔女の救出だ。そこを履き違えられては困る」

「分かるけど。一石二鳥とかって考えないもんなの?」

 納得いかなさそうなピアスに、サーシャリオンは頷く。

「我に金はいらぬ。この童どもも金は十分に持っている。売るだけの素材もな。ゆえに必要ない」

 そして苦笑する。

「第一、そなたは十分に稼いだだろう?」

「うふっ、まあね! しめて1万エナよ~。ま、道具を新調したら、そんなに残らないんだけどね。アイテムクリエイトって、器材をそろえるのが大変なのが厄介だわ」

 そう零しつつも、ほくほくしているようだ。ピアスはにやけが止まらないという様子で笑っている。

「とりあえずさ、サーシャ。柘榴石の魔女と話したいし、宿に帰ろうぜ」

 修太の提案に、サーシャリオンは頷いた。

「そうだな。こんな往来ではうかつに呼び出せぬ」

 かくして、怒涛の武闘大会は、褒章だけを得るという形で幕を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...