断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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「へー、で、その子を連れてきちゃったわけね。シューター君はまともそうだったのに。やっぱそっちかぁー」

 薬屋に戻った修太達の報告を聞いたピアスは、遠い目をしてそう言った。

「……そっちって、どっちだ」

 じと目で返しつつ、ようやくイェリの背中から下りられたので、椅子に深々と座る。その足元には犬姿の狼が寄りそうように伏せた。

 はあ、疲れた。

 旅人の指輪から、買ったばかりの魔力混合水を取り出して飲む。徐々に気分の悪さが減っていく。

「怪我、診る」

 横に静かに立ったアリテの宣言を、修太は片手をひらつかせて断る。

「いらねー。サーシャが治してくれた」
「……そう」

 ちょっとだけ不服そうに呟いて、アリテは父親のほうに歩いて行った。
 イェリや啓介達はまだ報告を続行中だ。

「シューター、散々だったな」
「帰ってきて驚いたぞ。店はこの有り様だしな。こんなことなら、都内観光などせずに警備していたのに」

 エンラとリンレイが口々にそう言い、従順な鉄狼を見下ろして変な顔をする。

「しかし、幾ら〈黒〉と言え、モンスターを手なずけるなど聞いたことがない」
「たまたまだって。嬉しくねえよ。俺はペットなんて好きじゃない」

 毒づくと、足元の狼が目をうるうるさせてクウウンと鳴いた。だから、へにょっと耳を寝かせるな、なんだ、計算してんのか!?

「シュウ、かわいそーだろー。そんなんだから動物に嫌われるんだって」

 啓介がやって来て、伏せている狼の横にしゃがんで、頭をわしゃわしゃと撫でた。狼はパタパタと尻尾を振り、遊んでくれとでも言うように、啓介の膝に前足を乗せる。それに啓介が感動し、力いっぱいわしゃわしゃ撫でだした。

「……お前は好かれすぎだ」

 動物使いにでもなって、サーカスに永久就職してこい。
 啓介はにこにこしながら、修太に言う。

「なあなあ、こいつの名前、針みたいだからハーリーにしようぜ」

 割合マシな方向に行ったものの、よく分からない由来を持ちだして名前をつけようとする啓介。横で聞いていたイェリとフランジェスカとエンラが、ごほっと咳をした。……気持ちは分かる。

「やめろよ。呼ぶたびにハリネズミが浮かぶだろ。それに物理の針山思い出すからまじでやめろ」

 物理自体は嫌いではないが、担当教師の針山という男が修太は嫌いだった。そいつを連想させる名前は却下だ。あいつが影でなんてあだ名で呼ばれてるか知ってるか? ハリー・ポッチャリだぜ。笑えねえ。勿論、体型を揶揄しているのは言わなくても分かるだろう。

「針山先生かー。修太、あの先生、嫌いだよな。毎日元気良く挨拶してくる良い先生じゃん」

「その挨拶がうるさいんだろ。毎日毎日、正門でよぉ。たまに裏門にも張ってるんだぜ。物理の授業自体は嫌いじゃねえけどな」

 やれやれと溜息を吐き、ちらりと足元の狼を見る。名前ねえ……。

「ハーリーが駄目なら、そうだなー。鉄……鉄男とか!」
「お前、もう黙れ!」

 頼むから劣悪なネーミングセンスを披露するな。
 そんな名前で呼びたくねえよ。むさ苦しい。
 ええー。口を尖らせてぶうぶう言っている啓介。ふっ、残念だったな啓介。男にそんな仕草をされても気持ち悪いだけだ。可愛い女子を連れてこい。お前の妹だけはお断りだがな!

「面倒くせえし、コウでよくないか。鋼でコウ。はい、決まり。しゅーりょー」
「ええーっ、なんだよ。俺のと大差ないじゃん!」
「鉄男と一緒にすんな、アホ!」

「なにおう。シュウのバーカ。バカバカバカアホ、無愛想」
「オカルトバカに言われたくねえよ。能天気アホ」

「なんだよ!」
「そっちこそ、なんだよ!」

 下らない悪口の言い合いが本気の喧嘩になりかける。ムッとした二人が互いの襟首を掴んで拳を握り締めたところで、双方、引きはがされた。

「下らんことで喧嘩をするな」
「ほんに可愛い童どもだな」

 修太のポンチョのフードをフランジェスカが引っ張り、サーシャリオンが啓介の腕を掴んで引っ張る。

「「だってこいつが!」」

 互いに声が揃い、ムッとして睨みあう。
 それを見た周囲の人間が笑いをこらえているのには、当の二人は全く気付いていない。

「もうこっちの用は片付いた。我は大会に登録しなくてはならぬから、もう行くぞ」
「なんだぁ、あんた、日祭りに出場すんのかい?」

 イェリが問うと、サーシャリオンは頷いた。

「そうだ。優勝してくるつもりだ。……ギルドにはこの姿で登録しているし目立つからな、別の姿にするか。ひらひらにしよう、ひらひら」

 なんだか楽しげにつぶやいたかと思えば、吹雪が巻き起こってサーシャリオンを包み込んだ。風が消えると、そこには十五歳くらいの少女が立っていた。前に女性姿をとっていた時のような、レース飾りのついた黒い膝下丈のワンピースと、上半身を守るチュニック型の鉄製の鎧、茶色いブーツ。肌は浅黒く、長い黒髪を背中に流し、目は緑と青と銀にキラキラと光る不思議な目。――そして、右手には巨大な戦斧を軽々と手にしている。

「これならいいだろう。うむ。我はひらひらを着れるし、敵は子ども姿に油断するわけだ。ふふっ」

 可愛らしいソプラノトーンの声で、クスクスと悪魔じみた笑いを浮かべるサーシャリオン。
 魔王だ。まじで魔王。修太なんかより、よっぽど悪魔の使いや悪魔と呼ぶにふさわしい人がここにいる。
 やばい。今度から子どもが可愛く見えない気がしてきた。毒されてきてるな、気を付けよう。

「魔王、お前、姿を変えられるのか?」

 グレイが慎重に問うと、サーシャリオンは可愛らしく小首を傾げる。

「我は影の化身ゆえ、どんなものにでも化けられる。というより、本性で出てきたらまずかろう。あまり小さき人間達のかよわい心臓に衝撃を与えるのはな……」

 ふふっと笑う。

「…………」

 黙りこむグレイに、イェリが、ちょっと待て魔王ってなんだ魔王って、と問い詰める声を上げるが、綺麗に無視されている。

「どっちが正しいんだ?」
「どっちとは?」
「女か、男か」
「それはな………秘密だ!」

 口元に人差指を当て、可愛らしく断言するサーシャリオン。
 なりきりすぎて気持ち悪い。
 皆、生ぬるい視線をサーシャリオンに向ける。
 やっぱり性別が気になる。ケチらないで教えてくれればいいのに。

「あんた達、わけ分からなすぎるけど、一つ分かることがあるわ!」

 ふいにピアスが笑顔で手を合わせた。

「サーシャさんはそっちの方が絶対カワイイってこと!」
「真か。そなたは良いことを言うな! そうだろう、そうだろう。可愛かろう」

 何やらきゃいきゃい笑い合うピアスとサーシャリオン。

 ……うん。俺も一つ分かったことがある。

 修太は遠い目をしてその光景を見つめる。

 ピアスも相当ただ者ではないってことだ。

 確信した。
 さすが、啓介が気にしている女。ただ者であるわけがなかったのだ。
 ただ者ではない図太さっぷりに、修太は頭痛を覚える。自分の平穏の為にも親友とくっついたら良いとは思うが、なんか、それ以上に、そんなパーティーにいる自分の立場にへこんだ。

(俺は、変人じゃないからな……!)

 こいつらの仲間じゃないと、心の奥で叫んだ。

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