断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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「ったく、ここは託児所じゃねえんだぞぉ」

 一言ぼやいてから、じろりと修太を見下ろすイェリ。

「で? 薬と治療のどっちの用なんだ?」
「薬のほうだよ。でも、治療って? イェリさんは医者なのか?」

 修太が質問すると、イェリは眉を寄せた。

「お前……、医者ってぇのは、薬の調合と治療のどっちもできる奴のことだろうが。つまり、薬師くすしでありながら治療師ヒーラーでもあるってこった」
「治療師……? 怪我人を診るってことか?」

 分からないので、常識らしいが恥はかき捨て訊いてみる。そんなこと、『エレイスガイアの歩き方』には書いてなかった。
 修太の困惑が分かったのか、カウンターの向こうに座ったまま、アリテがぽそぽそと答える。

「治療師は、怪我人も病人もどっちも診る。でも怪我人が圧倒的に多い。病人はどちらかというと薬師の領分。体力の足りない人の手助けで、病人を診ることもある」

「ふうん……?」

「お父さんが医者じゃないのは、治療師の資格を持っていないから。治療師は〈青〉だけがなれる職業。私がそう。でも、お父さんの薬師の腕は王都一。私は治療師見習いだから、一緒に組んで仕事してるの」

 分かった?
 僅かに首を傾げるアリテ。静かで常に落ち着いたテンションで、とても話しやすい。修太は女子のきゃいきゃい騒がしいところが苦手なのだ。

「なんで〈青〉だけなんだ?」
「なんでって……。治療の魔法を使えるのは、〈青〉だけだから。君、どんな田舎から来たの? 世間知らずもいいとこ」
「……悪かったな」

 淡々とした声で告げられると、なかなかグサリと胸を刺すものがある。
 修太はうめくように言葉をひねり出す。

「教えてくれてありがとう。だいたい分かった」

 ということは、〈青〉であるフランジェスカも治療魔法を使えるということになる。でも、旅の間で使ったところは一度も見ていない。使えないのだろうか?

「えーと、イェリさん。俺、この通り〈黒〉で、魔力欠乏症なんだ。薬屋では魔力混合水は売ってるのか?」

「ああ、なるほどな。坊主も大変だな。うちには置いてるぞ。一瓶100エナだ。銀貨一枚だな。気分が悪くなったら飲みな。なんだったら、魔力吸収補助薬ほじょやくもあるぜ。こっちは五個入り一袋で50エナになる。買うんだったら診察するが、どうする」

「う……。補助薬ってあれだろ、雑草の塊みたいな草団子……」

 修太がめいっぱい嫌そうな顔をすると、イェリはからからと笑った。

「ってぇことは、あれの世話になるくらいには、よく体調を崩すんだな? それなら飲むべきだ。どれ、こっちに来て座れ。診察する」

「ううう」

 またアレを飲むのかと思うと及び腰になってしまう。

「金があるんなら、ある時に買っとけ。旅をしてるんだろう、体調管理はしっかりしねえと仲間に置いてきぼりにされるぞ?」

 それは嫌だという思いと、どうせならどこか安全な場所に置いてかれた方がいいのかもしれないという思いが交差した。足手まといというフランジェスカの言葉が脳内を過る。

「わ、分かった。分かったよ」

 しかし、今はまだ置いていかれたくないので、イェリの忠告に従って診察を受けることにした。
 木製の横に長いカウンターから出てきたイェリは、黒い長袖と長ズボンとサンダルというラフな姿だったが、壁に引っかけていた白い前掛けをとって身に着け、修太をカウンターの右横にある、低い椅子とテーブルのほうへ案内した。

 促されるまま座る。
 脈を計ったり、目蓋を押し上げて覗きこまれたり、食生活などについて聞かれ、簡単な診察が終わる。

「んー。一個の分量はあれくらいかな。何袋いるんだ? 魔力混合水も出すから、個数を教えろ」
「一瓶でどれくらい効くものなんだ? 俺、一日に数口飲まないと、すぐ気分が悪くなるんだよ」

 修太の言葉に、イェリはカウンターの後ろの壁にある棚に向かいながら言う。

「それなら一日一瓶の換算だな。寝こんだことは?」
「魔力使い切って、二回寝こんだ」
「ふむ。寝こんだ時は一日に三瓶は飲んだほうがいい」
「……とりあえず十本と、二袋貰う」

 修太はカウンターに白銀貨一枚と銀貨一枚、1100エナ分を置く。

「おう、まいど! 今日は良い稼ぎになったぜ」

 にやにやしつつ、イェリは棚から出した薬草数種類を運び、カウンターの左端で手早く調合を開始する。計りでさっと計り、すり鉢で磨り潰していく。
 こうしてあの最悪な味の薬ができるわけか。嫌だなあ。

「そういや、さっきうちではって言ってたけど、他の薬屋じゃ魔力混合水は売ってないのか?」

 修太の問いに、イェリは笑う。

「本当に物を知らない奴だな! 人口の魔力混合水は、水に治療師が魔力を注いだものだ。水に関係する〈青〉のカラーズだけが水に魔力を注げるんだ。他のカラーズにはできない。だから、うちにはアリテがいるから作れるが、家族に治療師のいる薬屋でないと販売してないんだ。反対に、治療師の診療所に行けば買えるってことにもなる」

「なるほど……」

「治療の魔法は、〈青〉のカラーズが他人の体に魔力を注ぎこんで癒す魔法だ。それを応用するらしい。俺はカラーズじゃねえから分からんが」

 修太はささやかな疑問を覚える。

「じゃあさ、水に魔力を注いだのが魔力混合水っていうんなら、〈黄〉は石に魔力を注いで、魔力のこもった石とか作れるってことか?」

「うーん、俺はよく分からんのだが、〈黄〉の奴らは確かに石ころを魔石に変えられるらしいのは確かだ。あっちは魔力を注ぐんじゃなくて、持ってるうちに移るって聞くな。訳が分からねえよなあ!」

「へえ……」

 俺もよく分からん。
 イェリはお喋りしながらも、手をどんどん動かし、混ぜた薬草に水を注いで、乳鉢で薬草を柔らかく練り始める。

「でもよ。〈黒〉も唯一作れるものがあるだろ」
「?」
「なんだ、お前、これも知らんのか!」

 なんかぶち切れられた。

「悪かったな、常識なくて」
「まあ、そうやって聞けるのは子どものうちだけだ。今のうちにいっぱい恥をかいておけ」
「……おう」

 遠回しに慰めなくていい。

「〈黒〉はどういうわけかモンスターに襲われないだろ? それでだな、〈黒〉の血はモンスターを寄せ付けない特別なものがあるって考えられてんだ」
「寄せ付けない? 〈黒〉はモンスターの仲間だから襲われないってことなら言われたことはあるけどな」

 イェリはぴたりと動きを止めた。
 信じられないものを見るような目で、まじまじと修太を観察する。
 アリテも驚いたように修太を見るので、修太は困惑する。

「お前、まさか、白教徒の連中に捕まったことがあんのか? よく無事に生きてられたな」
「いや、パスリル王国の辺境で、目の色がばれて……」
「ますますよく生きてたな!」

 更に驚かれる。
 急に同情した様子になり、イェリは言う。

「よしよし。俺は優しいから、魔力吸収補助薬をあと二個オマケしてやるよ」
「え、いらないけど」
「うるせえ、受け取りやがれ。多く作り過ぎたんだよ」

 鮮度が落ちると使い物にならねえ薬草なんだ。
 自己中なことを返すイェリ。なにがオマケだ、この野郎。

「いや、俺は黒目が普通な所で生活してたんで、殺されかけて初めて知ってさ。まじでこえーよ、パスリル王国。知ってるか? 〈黒〉を庇ってるのがばれると、〈黒〉擁護罪で首をはねられるそうだぞ」

「野蛮な連中だよ。あっちは俺らのことを野蛮だのなんだの言うがね、俺からしたら、ああいうのが野蛮っていうんだ。ただ目の色が黒いってだけで、仲間内でも殺し合うんだからよぉ。黒狼族はいい狩りの対象でな、特に俺みたいな集落の外にいる男の黒狼族は狙われやすい。まあよっぽど悪条件でもない限り、十人程度で囲まれても、俺らは返り討ちにできるが。妙に統率力あってよぉ、白教徒の奴ら。捕まったら最後、問答無用で処刑だよ。最悪だぜ」

 嫌な思い出でもあるのか、イェリは愚痴をたれる。

「そこへいくと、あれだな。あの別嬪さんとよく一緒にいられるもんだ」

 修太はぎょっとする。

「え、分かるのか?」
「情報屋なめんな」
「すみません」

 即座に謝りつつ、冷や汗が背中に浮かぶ。
 まずいな。フランジェスカが敵国の人間ってばれるのは良くない。
 内心の焦りが分かったのか、イェリは左手を軽く振る。

「あー、俺はあの別嬪さんの情報を売る気はねえ。気に入ったからな。心配すんな」

 練った薬草を一丸ずつ丸めていきながら、イェリは口を開く。

「で、話の続きだが」
「うん」

「〈黒〉の血はモンスターを寄せ付けない特別なものがあるって考えられててな、それである実験をしたんだよ。〈黒〉の血で染めた糸で作った服を着ていたら、モンスターに襲われないかどうかっていうな」

 イェリはちらりと修太を黒目で見た。にやりと口端を上げる。

「結果は大成功だったそうだ。そういうわけで、魔物避けの品には〈黒〉の血が使われる。お前らにしか作れないものだろ?」

「……胸焼けがしてくるけどな」

 血を使うなんて、グロテスクで気持ち悪い。
 修太の着ているポンチョにも、血染めの糸で縫いとられた刺繍があるのだから、今更だが。まあ、これは神様がくれたものだから、きっと血ではないはずだ。そう言い聞かせておく。

「今の白教徒どもの〈黒〉の処刑じゃ、殺す前に血をいくらか抜くそうだぜ。お前さん、捕まらねえように気ぃつけろよ」

 にししっと歯を見せて笑い、脅しつけてくるイェリ。
 善心からでも聞きたくなかった。

「……つかぬことを聞くが、〈白〉を敵視する宗教はないのか?」

 啓介の為にも、一応確認しておく。

「あんまり聞かねえな。それこそ、モンスターを崇めてるような邪教徒くらいじゃねえのか? 〈白〉を敵視してんのはよ。――ほらよ」

 カウンターに魔力吸収補助薬の入った小さい袋を三つ置くイェリ。

「そんなのあんのかよ……」

 邪教徒ねえ。関わり合いたくねえな。
 魔力混合水の瓶を棚から運ぶイェリを見ながら、修太はげっそりとぼやいた。


     *


 パーティーとは、個人では厳しかったり、または楽に依頼をこなす為に冒険者同士で作るグループのこと。本命として活動するパーティーと、人数が足りない時に一時的にパーティーを組む仮パーティーがある。

 たいていは四~五人程度で組むが、多い時は十人ほどになることもある。人数制限は特にない。

 パーティーを組む利点は、ソロより生存率が上がること。より大きな目標を達成しやすいことだ。そして、一つのパーティーに所属することで、他のパーティーからの干渉を受けにくくなることも上げられる。報酬が人数で割られる点はあるが、より安全に活動しようと思うならばパーティーで行動する方が有利である。


 王都の冒険者ギルドに引っ張ってこられた啓介は、ピアスからようやくパーティー登録について教えてもらい、一息をついた。

「パーティーで受けた依頼に関しては、リーダーが利益配分や素材の分配をするのよ。個人依頼には干渉しないのが決まり。パーティーを抜けるも入るも、個人の自由よ。まあ、お金を持って逃げたとかそういう場合はギルドに訴え出られるんだけど」
「なるほど」

 更に付け足された説明に、啓介は頷く。

(視線が痛い……)

 冒険者ギルドに勢いよく飛び込んできた上に、テーブルと椅子が並んだ場所を通り抜けた先、受付前でのピアスの説明講座の状況が珍しいのか、ギルド内の冒険者達から視線を感じる。

「あっ、あと。パーティー勧誘についてなんだけど」

 ふと思い出した様子で話を切り出すピアス。

「パーティーへの勧誘はギルドの一階でのみとし、受付にいる時や依頼板を見ている時に邪魔をしないこと。ギルド外での勧誘は、迷惑行為となる為、禁止とする。これを破った時には罰金とランクを二つ下げる厳重処罰とするっていう決まりがあるから注意してね」

「……あー、じゃあ、前のあれは勧誘だったのか」

 アストラテで冒険者ギルドに登録した時、他の冒険者に「うちに入らないか?」とか「仲間にならないか?」と声をかけられたのだが、意味が分からなかったので断っていたのだ。登録時に貰った『冒険者ギルド抄録』というタイトルの説明本に目を通していなかったせいでもある。登録前に入団試験を受けて、アストラテの近くにある試験用に弱いモンスターを放している洞窟を探査をしていたので、読む暇が無かったのだ。

 あれは楽だった。
 サーシャリオンがいるせいかモンスターは襲ってこず、ただ迷路をクリアして奥に置かれたコインを取って来るだけだったから。

「パーティー勧誘って断るのも面倒くさいのよね。せっかくだから、新しくパーティーを作っちゃいましょ!」

 ピアスの提案はなかなか魅力的だ。何より面白そう。

「俺でも作れるのか? まだ依頼を一つもこなしてないんだけど」
「えっ、そうなの? お姉さん、パーティー作成について質問いいですかー?」

 ピアスは即座に受付に向かった。
 ちょうど暇していた受付嬢は、話を聞いていたらしく、にっこりと穏やかに微笑んで質問に答えてくれた。

「初心者の方でも作成可能ですよ。パーティー登録は三人集まることが条件なんです。あとはそれぞれの同意書と、作成金100エナで作れます。いかがされますか? この場で作るのでしたら、作成に当たらせて頂きますが」

「いいわよね、リーダー?」

 明るく問うてくるピアス。啓介は一応、背後の二人を振り返る。が、何か問うまでもなく、二人は口を揃えた。

「「好きにしろ」」
「いいよ、ピアスさ……、ピアス」

 さん付けで呼びかけ、慌てて修正する。また「さん」はいらないと言われると思ったのだ。
 でもなんか、呼び捨てっていうのは少し照れる。
 受付に来るように手招きされたので、そちらに行き、それぞれ同意書を書いて、啓介が代表してお金を払った。
 受付嬢が問う。

「それで、パーティー名はいかがいたしますか?」
「リーダーが決めていいわよ」
「右に同じく」
「我も」

 うっ。本当にリーダーは自分がなるのか?
 内心でうめいた啓介だが、パーティー登録書のリーダー欄に啓介の名が書かれてしまっているのに気付いて、もう逃げられないのだと悟った。

(学校でもそうだったけど、なんでこう、いっつも班長とかクラス委員長とかに決まるんだ?)

 どちらかというと、補佐するほうが気楽で好きなのだが、いつもこうだ。
 啓介は分かっていなかった。行動力があり、頭が良くて、しかも顔も性格もいい上にカリスマ性があるせいで、リーダーシップがあるのだと周りに思われていることを。
 ここは宿命と諦める。……というより、ピアスの期待に輝く瞳に負けただけなのだが、それはともかく啓介は諦めた。

「名前かあ」

 少し考える。
 異世界人、モンスター、パスリル王国人、セイセレティー精霊国人と、人種がごちゃごちゃだし、ここはあの名前なんてどうだろう。

「……闇鍋、とか?」

 久しぶりに破滅的なネーミングセンスを啓介が披露すると、周囲で時が止まった。
 受付嬢は絶句し、ピアスは目を点にし、フランジェスカは無言で固まり、サーシャリオンは首を傾げる。

「ケイ……。闇鍋パーティーなんて呼ばれて嬉しいの?」
「駄目か? えっと、じゃあ、人種のサラダボウルとか……」
「…………」

 またもや凍りつく空気。
 なんだ? 何か変なこと言ったか?
 ピアスはにっこり笑った。

「うん、ありがとう。やっぱり私達で名前決めるから、リーダーはくつろいでて」
「え?」

 遠回しに却下されたようだと事態を飲み込んだ時には、ピアスはフランジェスカやサーシャリオンと額を突き合わせて相談を始めていた。

 かくして、いくらかの相談の後、パーティー「不思議屋」は結成されたのだった。

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