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本編
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しおりを挟む奥の部屋――取引用の部屋なのか、テーブルと椅子が二脚しかない簡素な部屋だ。他にも部屋はあるらしいが、廊下を左奥に行った部屋がここだった。
テーブルを挟んで向かい合って座る。
フランジェスカは修太が寄越した財布を開き、中から銅貨と銀貨と白銀貨を一枚ずつ選びだした。テーブルの上に、一枚ずつ並べる。
「人を探している」
フランジェスカが切り出すと、イェリはにやりとした。
「ふぅん、人ねえ。情報売買のルールを知ってる御仁は、どんな奴をお探しだい? ああ、ちゃんと秘密は守るからお構いなく」
「ガーネットという名の魔女だ」
「……あ?」
イェリは妙なものを聞いたというような顔をした。聞いたことが確かか確認するように無言でじっとフランジェスカを見つめ、どうやら確からしいと判断すると、続きを促す。
フランジェスカは一つ頷き、淡々と続ける。
「宝石姉妹の一人、柘榴石の魔女だ。五人姉妹の長女。性格は温和だとか。この都市にいるらしく、居場所を探している」
「……ちなみに、それはどこ情報だ?」
「宝石姉妹の一人、末の妹の蛍石の魔女だ」
「…………まじかよ」
イェリは顎をさすり、うなった。
「これは情報料を俺が払うべきだな」
フランジェスカはじっとイェリを見て、低く問う。
「知らないのか」
「……知っている。ただし、宝石姉妹についてだ。対価分だけ教えてやる。宝石姉妹は太古の魔女で、世界のどこかにいると言われている知の賢者。時にモンスターを従え、時に人を救い、時に人に罰を与える不老の魔女。髪や目の色や性格は違えど、顔はどれも同じだ。人の知識でどうしようもない問題を解決する時、人は彼女達を探しに行く。到達出来た者は少ない」
フランジェスカは神妙な顔をする。
「まるで御伽話だ。だが、私は知らなかった話だ。魔女は悪いものだと教わっていたからな」
イェリは意味ありげに目を細める。
「俺は魔女よりあんたに興味があるね。とある国に、女でありながら国一番の剣士がいて、剣聖と呼ばれている奴がいる。あんたと同じ名で、ここ半年程行方不明だという噂だ。左頬の傷といい、どこかで聞いたような話じゃないか」
フランジェスカは微笑む。
「それはまた、同姓同名の似た女がいたものだな」
くくっと喉の奥で笑うと、イェリはやれやれと息を吐く。
「食えないねえ」
「そちらこそ」
「まあいいさ、俺はあんたが気に入った。これを売る気はない」
「そうしてくれるとありがたいな。……ところで」
フランジェスカは話題を変える。
「魔女について分からないなら、ガーネットという単語で何か引っかかるものはないのか?」
イェリは無言で1000エナ銀貨を取り上げた。
「この国でガーネットの話題となると、あれしかない。今度の日祭りの優勝者への褒章だ」
「……なんだ?」
「大粒の、それは見事なガーネットだそうだ。話に聞く限り、セーセレティー精霊国南西部の、離れ小島にある塔から冒険者が見つけ出してきたらしい。王へ献上されたものだが、褒章にしろと下賜されたという」
「……離れ小島の塔、か。ふぅむ。……しかしこれで1000エナ取るのか?」
うろん気に問うフランジェスカ。
イェリは大きく頷く。
「褒章の内容については、まだ公表されてないんでね」
「なるほど」
フランジェスカは納得し、残ったコインを財布に治めると、立ち上がる。
「世話になった。他を探してみることにする」
「ああ、そうしてくれ」
マントを翻し、フランジェスカは部屋を出ようと扉に向かう。ドアノブを掴んだところで、何やら尻に違和感を覚えて眉を寄せた。
「……おい」
低い声を出すが、イェリは飄々と言う。
「いやあ、やっぱ良い女だね!」
「…………」
フランジェスカはこめかみに青筋が浮かべ、無言のまま、両手を握りしめた。手の甲に血管が浮く。
一瞬後、イェリの腹にフランジェスカの膝蹴りが炸裂し、うめき声が部屋に響いた。
*
「……とっとと行くぞ」
戻ってくるなり、超絶に不機嫌な声でフランジェスカは言った。
待っていたメンバーは顔を見合わせる。
「フランジェスカさん、何かあったの?」
恐々とピアスが問うと、フランジェスカはどす黒い笑みを浮かべた。
「なに、痴漢を地に沈めてきただけだ。あの腐れ野郎、潰されなかっただけありがたいと思え」
何を、とは聞けなかった。
修太は顔をしかめ、続いてやって来たイェリを見る。イェリは腹を右手で押さえながら、ごほげほと咳をしつつ、グッと左の親指を立てる。
「……なかなかいい蹴りだった」
「……お父さん」
アリテが可哀想なものを見る目で父を見た。
「ピアスさんはその、あの人といて大丈夫なのか?」
恐々と問う啓介に、ピアスは首を振る。
「私は痴漢されたことはないわよ?」
「はっはっは。馬鹿だなあ、少年! そんな歳の若い可憐な少女に手を出すわけないじゃないか!」
イェリが肩を揺らして笑いながら啓介を罵倒する。
そんなイェリを、地の底からよみがえった悪魔のような目で睨みつけるフランジェスカ。
「それは、私が年増で可愛らしくも無いおばさんと言いたいわけか?」
「……うぐっ!」
蛇に睨まれた蛙のように凍りつくイェリ。
フランジェスカが殺気を発し、本気で剣の柄に手をかけたのを見て、啓介が慌ててその右手にしがみついた。
「フランさん! 落ち着いて! そりゃあ痴漢なんて、最低最悪で生きてる価値ないかもしれないけど!」
さりげなく酷い。
「確かにそうね。もうお父さんは一度死んできたほうがいい」
アリテも冷やかに同意する。
「なっ、おい、アリテ。死んできたらなんて、死んだら終わりだろうが!」
「……大丈夫、お父さんなら甦りそうだから」
「お父さんはゾンビじゃありませんっ!」
冷徹な女剣士の目が合っただけで即死しそうな眼差しと、啓介と愛娘の吹雪のような言葉を受け、イェリはショックを受けた様子でよろめいた。
はっきり言って自業自得だ。
助ける気もおきず、かと言ってどう収束させるかと修太が頭を悩ましかけた時、奥に続く扉が開いた。
「イェリ、少し出てくる。何か入用なものがあればついでに買ってくるが。……ん?」
よく見知った顔に、修太達は動きを止めた。
「……お前ら、よく会うな。呪われているのか?」
グレイだった。少し煩わしげな響きをこめて呟くおまけ付き。
相変わらず、ときどき失礼なことを言う。
「なんだ、お前達、知り合いだったのか?」
この空気に便乗し、やたら笑顔を振りまくイェリ。その額に光る冷や汗は見なかったことにしておこう。
縁がありすぎです、神様。まさかの腐れ縁ですか?
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