断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
53 / 178
本編

 6

しおりを挟む


 奥の部屋――取引用の部屋なのか、テーブルと椅子が二脚しかない簡素な部屋だ。他にも部屋はあるらしいが、廊下を左奥に行った部屋がここだった。
 テーブルを挟んで向かい合って座る。
 フランジェスカは修太が寄越した財布を開き、中から銅貨と銀貨と白銀貨を一枚ずつ選びだした。テーブルの上に、一枚ずつ並べる。

「人を探している」

 フランジェスカが切り出すと、イェリはにやりとした。

「ふぅん、人ねえ。情報売買のルールを知ってる御仁は、どんな奴をお探しだい? ああ、ちゃんと秘密は守るからお構いなく」
「ガーネットという名の魔女だ」
「……あ?」

 イェリは妙なものを聞いたというような顔をした。聞いたことが確かか確認するように無言でじっとフランジェスカを見つめ、どうやら確からしいと判断すると、続きを促す。
 フランジェスカは一つ頷き、淡々と続ける。

「宝石姉妹の一人、柘榴石の魔女ガーネット・ウィッチだ。五人姉妹の長女。性格は温和だとか。この都市にいるらしく、居場所を探している」

「……ちなみに、それはどこ情報だ?」
「宝石姉妹の一人、末の妹の蛍石の魔女だ」

「…………まじかよ」

 イェリは顎をさすり、うなった。

「これは情報料を俺が払うべきだな」

 フランジェスカはじっとイェリを見て、低く問う。

「知らないのか」

「……知っている。ただし、宝石姉妹についてだ。対価分だけ教えてやる。宝石姉妹は太古の魔女で、世界のどこかにいると言われている知の賢者。時にモンスターを従え、時に人を救い、時に人に罰を与える不老の魔女。髪や目の色や性格は違えど、顔はどれも同じだ。人の知識でどうしようもない問題を解決する時、人は彼女達を探しに行く。到達出来た者は少ない」

 フランジェスカは神妙な顔をする。

「まるで御伽話だ。だが、私は知らなかった話だ。魔女は悪いものだと教わっていたからな」

 イェリは意味ありげに目を細める。

「俺は魔女よりあんたに興味があるね。とある国に、女でありながら国一番の剣士がいて、剣聖と呼ばれている奴がいる。あんたと同じ名で、ここ半年程行方不明だという噂だ。左頬の傷といい、どこかで聞いたような話じゃないか」

 フランジェスカは微笑む。

「それはまた、同姓同名の似た女がいたものだな」

 くくっと喉の奥で笑うと、イェリはやれやれと息を吐く。

「食えないねえ」
「そちらこそ」
「まあいいさ、俺はあんたが気に入った。これを売る気はない」
「そうしてくれるとありがたいな。……ところで」

 フランジェスカは話題を変える。

「魔女について分からないなら、ガーネットという単語で何か引っかかるものはないのか?」

 イェリは無言で1000エナ銀貨を取り上げた。

「この国でガーネットの話題となると、あれしかない。今度の日祭りの優勝者への褒章だ」
「……なんだ?」

「大粒の、それは見事なガーネットだそうだ。話に聞く限り、セーセレティー精霊国南西部の、離れ小島にある塔から冒険者が見つけ出してきたらしい。王へ献上されたものだが、褒章にしろと下賜されたという」

「……離れ小島の塔、か。ふぅむ。……しかしこれで1000エナ取るのか?」

 うろん気に問うフランジェスカ。
 イェリは大きく頷く。

「褒章の内容については、まだ公表されてないんでね」
「なるほど」

 フランジェスカは納得し、残ったコインを財布に治めると、立ち上がる。

「世話になった。他を探してみることにする」
「ああ、そうしてくれ」

 マントを翻し、フランジェスカは部屋を出ようと扉に向かう。ドアノブを掴んだところで、何やら尻に違和感を覚えて眉を寄せた。

「……おい」

 低い声を出すが、イェリは飄々と言う。

「いやあ、やっぱ良い女だね!」
「…………」

 フランジェスカはこめかみに青筋が浮かべ、無言のまま、両手を握りしめた。手の甲に血管が浮く。
 一瞬後、イェリの腹にフランジェスカの膝蹴りが炸裂し、うめき声が部屋に響いた。


     *


「……とっとと行くぞ」

 戻ってくるなり、超絶に不機嫌な声でフランジェスカは言った。
 待っていたメンバーは顔を見合わせる。

「フランジェスカさん、何かあったの?」

 恐々とピアスが問うと、フランジェスカはどす黒い笑みを浮かべた。

「なに、痴漢を地に沈めてきただけだ。あの腐れ野郎、潰されなかっただけありがたいと思え」

 何を、とは聞けなかった。
 修太は顔をしかめ、続いてやって来たイェリを見る。イェリは腹を右手で押さえながら、ごほげほと咳をしつつ、グッと左の親指を立てる。

「……なかなかいい蹴りだった」
「……お父さん」

 アリテが可哀想なものを見る目で父を見た。

「ピアスさんはその、あの人といて大丈夫なのか?」

 恐々と問う啓介に、ピアスは首を振る。

「私は痴漢されたことはないわよ?」
「はっはっは。馬鹿だなあ、少年! そんな歳の若い可憐な少女に手を出すわけないじゃないか!」

 イェリが肩を揺らして笑いながら啓介を罵倒する。
 そんなイェリを、地の底からよみがえった悪魔のような目で睨みつけるフランジェスカ。

「それは、私が年増で可愛らしくも無いおばさんと言いたいわけか?」
「……うぐっ!」

 蛇に睨まれた蛙のように凍りつくイェリ。
 フランジェスカが殺気を発し、本気で剣の柄に手をかけたのを見て、啓介が慌ててその右手にしがみついた。

「フランさん! 落ち着いて! そりゃあ痴漢なんて、最低最悪で生きてる価値ないかもしれないけど!」

 さりげなく酷い。

「確かにそうね。もうお父さんは一度死んできたほうがいい」

 アリテも冷やかに同意する。

「なっ、おい、アリテ。死んできたらなんて、死んだら終わりだろうが!」
「……大丈夫、お父さんならよみがえりそうだから」
「お父さんはゾンビじゃありませんっ!」

 冷徹な女剣士の目が合っただけで即死しそうな眼差しと、啓介と愛娘の吹雪のような言葉を受け、イェリはショックを受けた様子でよろめいた。
 はっきり言って自業自得だ。
 助ける気もおきず、かと言ってどう収束させるかと修太が頭を悩ましかけた時、奥に続く扉が開いた。

「イェリ、少し出てくる。何か入用なものがあればついでに買ってくるが。……ん?」

 よく見知った顔に、修太達は動きを止めた。

「……お前ら、よく会うな。のろわれているのか?」

 グレイだった。少し煩わしげな響きをこめて呟くおまけ付き。
 相変わらず、ときどき失礼なことを言う。

「なんだ、お前達、知り合いだったのか?」

 この空気に便乗し、やたら笑顔を振りまくイェリ。その額に光る冷や汗は見なかったことにしておこう。

 縁がありすぎです、神様。まさかの腐れ縁ですか?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...