断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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 啓介達の所まで戻ると、何故かピアスが啓介達と一緒にいた。
 どうしているんだろうという無言で啓介を見ると、啓介ははにかんだ笑みを見せる。

「ちょうど昼時だから、一緒に昼ご飯はどうかって誘ったんだ」
「ごちそうしてくれるって言うから」

 ピアスは嬉しそうに笑う。ちゃっかりしている。

(やるじゃんか、啓介の奴)

 ピアスとどうにかしてくっつけられないかと画策していたが、自分で動きやがった。

 うん、是非そうしてくれ。気を揉まずに済んで楽だ。

 これでもう、野営地での休憩の時みたいに、啓介の隣にピアスが行くように仕向けたり、話題をピアスと啓介が話す内容にするよう頭をひねらなくて済む。ついでに旅の仲間に引き込んでしまえばいいのだが。

 ピアスはアイテムの素材を探してあちこち旅をしているようだから、上手くすれば釣れそうな気がする。まあそこは啓介に任せよう。

「あたしのオススメの食堂はこっちよ。花冠っていう名前の店で、スープが絶品なのよ。オススメはアストラテ風ゴロゴロスープね~」

 ピアスは楽しげに言いながら、オススメの食堂へと修太達を案内してくれた。

 ところで、ゴロゴロスープって、もっとマシな名前はなかったんだろうか。

 ピアスの連れて来てくれた食堂は、平屋の日干し煉瓦造りだった。店内のあちこちに観葉植物が置かれ、天井からは飾りなのか極彩色の布が垂れ幕のように垂れ下がり、壁には絵が飾られている。煙草を吸う人はほとんどおらず、綺麗でお洒落な造りの店だ。幾つも並んでいる木製のテーブルはほとんど埋まっていて、圧倒的に女性が多いように見えた。

 かろうじて余っていた六人掛けの丸テーブルに座り、紙に手書きされたメニューを見る。
 スープとパンばかりが並ぶメニューに、アストラテ風とかグインジエ風とか、王都風とかついているのは何なんだろう。
 どんな物か分からないだけに悩んでいると、ピアスがにっこり笑って、メニューの一部をほっそりした白い指で示した。

「シューター君は、これがいいんじゃない?」
「ん……?」

 見れば、お子様ランチと書いてある。

「……」

 愕然として言葉を失くす修太の隣で、フランジェスカが吹き出した。腹を抱えて笑いだす。

「く……くくくっ。いいな、ガキにはお似合いではないか。くくく」

 笑いすぎだ、この野郎。
 憮然とした修太だが、啓介まで笑っているのに気付いてますますムッとした。サーシャリオンは意味が分からないのか、それはおいしいのかと訊いてくる。ええいっ、知るか!

「子ども向けじゃ量が足りない。あまり辛すぎないのはどれか分かるか?」

 修太は大食いなのだ。子供向けに量を抑制したメニューなんか願い下げである。
 修太の問いに、ピアスは小首を傾げた。高く結った銀髪がさらりと揺れ、じゃらじゃらと下げたアクセサリーが動きに合わせてジャラリと音を立てた。

「それならアストラテ風がオススメね。アストラテ風ゴロゴロスープのパンセットにしたら? 絶対においしいから!」

「じゃあ、そうする」
「あ、俺も。聞いてたら食べてみたくなった」

 軽く右手を上げ、啓介も言う。

「我もそうする。辛くないのがいいからな」

 メニューを真剣に見つめていたサーシャリオンは、ピアスの一言で決めたらしかった。

「皆同じではつまらぬし、私はこちらにする。王都風のチコビーンズたっぷりスープ」

 フランジェスカも続き、皆、メニューが決まったので、店員を呼んで注文した。ちなみに、ピアスも修太達と同じメニューだ。



 アストラテ風ゴロゴロスープは、大きく切られた野菜がごろごろと入った、コンソメ味のスープだった。ピアスが絶賛するだけあって、非常においしい。特に、芋が口の中でほろりと崩れるのがたまらない。

「うっまい! ほんとおいしい! ああ、俺、生きてて良かった!」

 おいしさを噛みしめていたら、通りすがりの女性店員が「ありがとう、ボク」と、にっこり微笑んだ。
 ボクじゃないと内心で突っ込んだが、おいしい食事を前に怒る気にもなれない。

「おかわりを頼んでいい?」

 あっという間に食べ終わるが、空腹感が残った。せっかく店のある場所にいるから食いだめしたいが、時間をとるので一応皆に確認を取る。

「いいよ、俺ら、まだ食べ終わらないし」
「そうだな」
「……なれば、我もおかわりする」

 啓介とフランジェスカの皿の中身がまだ三分の一ほどしか減っていないその横で、サーシャリオンの皿も空になっていた。
 確認の為にピアスを見ると、ピアスもにっこりする。

「ゆっくり食べてるから、気にしないで」
「ありがとう! お姉さん、注文いいですかー?」

 盛大に礼を言い、すぐさま店員を探して店内を振り返る。
 ピアスは耐えられないという様子で笑いを零す。

「ふふふ、シューター君はよく食べるわねえ。ほれぼれするわぁ、その食べっぷり」
「本当にな。小さい体のどこにそんなに入るのだか」

 香辛料たっぷりの王都風スープを味わうように食べながら、フランジェスカがぼそりと呟く。
 辛いのがお気に召したらしく、これは冬山への遠征で食べたいものだ、と、褒めているのかよく分からない感想を漏らしながら、美味そうに食べている。
 断っておくが、スープは真っ赤で、恐らく辛くて美味いというレベルではなく辛いはずだ。

「小さいは余計だ!」

 パンを頬張りつつ、きっちりと言い返す。

「でも意外ねえ、シューター君がこういう理由で笑うなんて。いつもむっすりしてるから」
「そうか?」

 修太は右頬を手でさする。自分ではよく分からない。

「たまに笑ってる時って、たいてい、ケイと話してる時くらいでしょ。あんまり一緒にいるってわけじゃないわりに、男の子ってなんか仲良いじゃない。ああいうのってちょっとうらやましいなあ」

「ふうん? まあ、こいつとは幼馴染だしな。腐れ縁とも言うし。でも、女だって友達だとよく一緒にいるじゃん。どこに行くにも一緒に行ったりしてさ。俺は勘弁だけど」

 ピアスはちちちっと右の人差指を振る。

「分かってないわねー。あれで本当に仲良い子は少ないのよ。女の子って付き合いで行動してるところもあるんだから。何をするにも一緒っていうのが仲良しの証っていう時期もあるし。あたしはそういうのって居心地が悪くって」

 水を一口飲み、ピアスは続ける。

「冒険者として活動してても、パーティーを組まないでソロで動いちゃうのよ。気楽って言うのかなあ」

 女の子らしい印象だが、その辺りの感覚はさばさばしているらしい。ピアスは憂鬱そうに呟く。

「協調性に欠けるっていうか。ほんと参っちゃうわよねー?」

 そう言って苦笑してみせる笑顔も、とても愛らしいものだった。

「ピアス殿、協調性は最初から備わっているものではない。慣れによって得るものだ。どうしても協調性が欲しいなら、軍にでも入るといい。嫌でも身に着くぞ」

 フランジェスカが凛とした態度でアドバイスすると、ピアスは菫色の目をパチパチさせた。

「そういう返事って初めて聞いたわ。そういえば、フランジェスカさんって、軍人みたいな物腰よね? 見た感じ、レステファルテの人じゃないみたいだし、うーん、大陸南部出身なの?」
「そうだ。今はいろいろとあってな、ここにいるわけだが」

 何となく、話題が流れて欲しくないところにきた。
 フランジェスカは素知らぬ態度でぼやかしているが、修太としては、フランジェスカがパスリル王国民で、それも軍人だと知られるのはまずい気がした。ここは敵国なのだから、周りにはもしかしたら恨みを持つ者もいるかもしれない。
 どうしようかと思った時、ちょうど給仕の女性がおかわりを運んできた。

「はい、アストラテ風ゴロゴロスープ、二人前だよ。……ちょっとサービスしといたから、たくさん食べてって」

 ノースリーブの青地のワンピースに黒い前掛けをした可愛らしい給仕の女性は、語尾を小さい声で付け足して、悪戯っぽく片目をつむった。

「ありがとう、お姉さん!」

 修太は何を話していたかも忘れ、上機嫌で礼を言った。
 おいしい食べ物をおまけしてくれる人は、いつだって正義である。



「ああ、そうそう。今、思い出したんだけど」

 デザートのペヤップのシロップがけを口に運びながら、ピアスがふと話を切り出した。
 ぺヤップは味も見た目もマンゴーのような果物だ。ご馳走になるからか、ピアスがちゃっかり注文したのである。修太達も便乗したから、あまり強く言えないが。

「人探しだったら、この都市には良い情報屋がいるのよ。紹介しよっか? デザートもつけてくれたお礼」

 うふふっと笑う様は、それはもう可愛らしい。眼福だ。直視してしまった啓介が、やや顔を赤くして、ぼやーっとしている。今のあいつの頭の中はお花畑に違いない。

(この子の可愛さの半分程度でも、こいつに備わってたら良かっただろうに)

 ピアスを見ていると、右隣の席にいるフランジェスカを見るのが辛くなってきた。何でこいつはこんなに男勝りでさばさばしてるんだ。動作は軍人のようにキビキビしているし……。

「情報屋?」

 それを証拠に、片眉を跳ね上げるその様は、どう見ても歴戦の勇者である。一人の女性である前に、戦士だ。
 だが、本物の軍人とはこうであるべきなのだろうとも思う。普段から気を一切抜かず、いつも周りの状況に気を配る。
 ピアスはフランジェスカの問いに、声を潜める。

「そっ。ギルドとも提携してて、表向きは薬屋をしてるわ。薬剤の材料の収集依頼を受けたことがあって知り合ったの」

 なかなか親切で気前の良いおじちゃんよ~。
 のほほんと笑い、たまに王都に来る時にお世話になるのだとピアスは言った。

「我らに教えていいのか? 不用心な気がするが」

 サーシャリオンが怪訝そうに口を出すと、ピアスは頷く。

「うん、あんた達って変わってるけど信用に値するのは、ここ数日で分かったし。それに、あんた達みたいな変わり種、きっとイェリおじさんは気に入ると思うのよ。それに黒狼族のことを差別しないし、シューター君なんて名前で呼ばれてたから問題無いわ」

 イェリ? なんか、その舌を噛みそうな単語、つい最近聞いたような気が……。どこで聞いたのか思い出せないが、修太は首をひねる。それに遅れ、疑問が生まれる。

「え? 名前で呼ばれてると何かあるのか?」

 するとピアスがきょとんとする。

「あら、知らなかったの? 結構すごいことなのに。黒狼族の人達はね、認めた相手のことじゃないと名前で呼ばないのよ。仕事の時だけは違うみたいだけど、それ以外ではね。あの人達にとって、名前は誇りそのもので、たやすく口にするものではないらしいわ」

「まじか……」

 グレイはまあともかく、会って三日程のエンラとリンレイも名前を覚えておくと言っていた。破格の待遇をしてくれたらしい。

「黒狼族は、武勇に優れていて、自分の足で立って生きる誇り高い人達だから、認めて貰うのって大変だって聞くのに。あたしなんて、仕事中、賊狩りからは“娘”呼ばわりよ」

 失礼よねー。
 ピアスは頬を膨らませる。

「せめてお嬢さんが良かったわ」

 そういう問題?
 まあ確かに、修太も最初は“子ども”呼ばわりだったから、何となく言っている意味は分かる。

「ねえピアスさん。黒狼族って何で差別されてるんだ?」

 啓介が根本的な問いをピアスに投げかけた。

「え? なんでって、見た目でしょ? 人間じゃないからじゃないの?」

 ピアスは不思議そうに言う。

「え、それだけ?」

「うーん。それに、国に属してないのに岩塩で取引して生活は豊かで、それに強いから、それがねたましいんだと思ってたな。うちの国には黒狼族はいないから、いまいちよく分からないのよね。
 でも、この国の人は毛嫌いしてる人も多いみたいよ。えーと、なんだったかしら。『荒野で死肉を漁り、生者を口無き者におとしめる尾を持ちし狩人』って呼ばれていて、目が合っただけで殺されるから逃げろだの、怪談みたいに言われてるわね」

 差別の話題だけに声は小さめで、けれどピアスはすっぱりと斬り捨てた。あまり興味はないらしいが、不思議そうではある。

「酷い人だと、残飯漁りって罵ったり、店内立ち入り禁止とか宿に泊まるのを断ったり、商売する気はないからと追い返したりするみたい。奴隷より下に見てる人もいるようよ」

 ピアスは眉尻を下げる。困ったような表情だ。

「どういう人か説明してもらうだけで、怒りだしちゃう人もいるから、この国の人には訊かないほうが良いかな。訊いたのが、あたしみたいなセーセレティーの民で良かったと思う」

 苦笑して、問いかけた啓介に念を押す。

「そうだったんだ。教えてくれてありがとう、ピアスさん」

 丁寧に礼を返す啓介。
 普段から他人には優しい啓介だが、ピアス相手だと三割増し程優しさがアップしている気がする。きっと無意識なんだろう。

「どういたしまして」

 ピアスはにこっと快活に笑い、フォークで刺したぺヤップを口に運んで、おいしそうに目を細めた。

「……で? 行くの? 行かないの?」

 答えを促すピアス。
 修太は啓介とフランジェスカを見る。この事はフランジェスカに大いに関係することだから、フランジェスカの意見を聞くべきだろう。

「どうする? リーダーに、副リーダー」
「……なんだ、それは」

 フランジェスカが渋い顔をする。

「リーダーは啓介で、副リーダーがフランな」
「言わなくても分かる。何故私が副リーダーなんだ」

「だって、あんたは護衛だし、啓介のことやたら慕ってるし、補佐してやればいいじゃん。そういうの得意だろ。で、俺は後ろで傍観する、と。楽でいいね」

「自分だけずるいぞ、シュウ!」

 一人満足げに頷いたら、横から啓介の非難が飛んできた。知らない。何も聞こえない。

「では、我は何なのだ?」

 サーシャリオンが楽しげに瞳を揺らめかして問うので、修太は少し悩んで答える。

「うーん、参謀かな? ここぞという時に出てくる懐刀ふところがたなみたいな」
「おお! それは格好良いな。気に入った」

 手を叩いて喜ぶサーシャリオン。本当、ときどきガキっぽい。

「……ふん。まあいいがな。シューター、貴様が前に出てくると、足手まといもいいところだ。否、後ろにいてもお荷物だがな」

 ここぞとばかりに憎まれ口を叩くフランジェスカ。啓介が苦笑とともに口を挟む。

「フランさん、それは言い過ぎだよ。別にシュウだって好きでこうなってるわけじゃないんだから。病気なんだから仕方ないよ」

 しょっちゅう魔力切れを起こして寝こむ修太を見ているだけに、啓介の中の同情は増すばかりである。エレイスガイアに来て以来、本人が自分に無頓着な分、幼馴染の自分が気遣わなくてはという使命感に似たものが胸に宿りつつある。

「ああ、確かに言い過ぎた。悪かったな。だが、その体質を抜きにしても、足手まといだ。安心しろ」
「だ、か、ら。てめえはなんでそういちいち俺に突っかかるんだ!?」

 フランジェスカは藍色の目を細め、口元をにやりと引き上げる。

「おや、知らなかったか。嫌いだからに決まっている」
「知ってるよ、この野郎!」

 やけっぱちに言葉を叩き返す。
 なんかもう疲れてきた。ふんと鼻を鳴らす。

「もう、てめえらで決めろよ。俺は知らん」

 本格的にヘソを曲げた修太は、啓介やフランジェスカを視界から追い出し、食事に専念し始めた。食べ終わってなかったら、席を立っていただろうというくらいにはイライラしていた。

 苦笑しているピアスには悪いことをしたが、ちょっと、いやかなり本気でイラついていた。足手まといなのは、自分自身がよく分かっているのだ。それなのに掘り返す真似をするフランジェスカの無神経さに腹が立つ。恐らくわざとだろうと思う。言葉にすることで、自重するように注意を促しているのだと簡単に推測できるけれど、食事時に持ち出さなくてもいいのに。

(飯が不味くなるだろーが!)

 とはいえ、その機嫌の下降ぶりも長くは続かない。なんだかんだで、感情の上下は食事に作用されている修太だ。しばらく無言で食べるうちに、スープのおいしさでだんだん機嫌が回復していく。

「行くよ、ピアスさん。そのイエリって人の所に連れてってくれる?」

 フランジェスカとの簡単な話し合いの上で、啓介はそう結論を出してピアスに頼んだ。

「うん、もちろんよ。あと、イエリじゃなくて、イェリね」
「……うん」

 頷いた啓介が復唱しなかったのは、多分、発音する自信がなかったからだろう。修太でも難しく感じる。
 とりあえず、薬屋で情報屋なイェリおじさんという人の所に行くことになった。

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