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本編
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しおりを挟む迷惑をかける気はない。〈黒〉のモンスター避けと、盗賊が出たら護衛にも加わる。ただでとは言わない、この鱗をあげよう。だから、王都まで同行して、ついでに王都についてご教示願えないか。
サーシャリオンの持ちかけた交渉に、レナスはちらちらと砂漠の悪魔の鱗三十枚の山を見ながら、考え込む様子を見せた。
交渉事はサーシャリオンが得意みたいだから、修太は啓介やフランジェスカとともに後方にいて、サーシャリオンとレナスのやりとりを眺めていた。
そのさらに後ろでは、赤い羽根をした巨大なオウムのような姿をした、火焔オウムという名の鳥モンスターが二羽、大人しく鎮座している。サーシャリオンの奇抜さを知る修太達一行を除く全員が、獰猛で火を吐く火焔オウムをちらちらとうかがいながら、騒ぎ立てずにじっと様子を見ていた。
「魔王の旦那が一緒なら、心強い。モンスターには襲われないし、護衛までしてくれるっていうのなら儲けものだ」
「寛大な心に感謝する」
レナスの出した結論に、サーシャリオンは礼を取り、それを見た修太達もまたよろしくお願いしますと声を揃えた。
「それで、旦那がたは、結局、さすらいの湖とやらを見つけたんですか?」
「はい! 墓場砂漠で見つけました。面白かったですよ。竜の頭蓋骨の上で一日中探したかいがありました」
啓介が元気良く返事をする。目が楽しげに輝いているのを見て、レナスは苦笑する。
「あんなおっかない場所に行って、面白いだなんて……。坊主は将来、大物になるよ」
照れた啓介が、ええ、そうかなあ、参っちゃうなあと後ろ頭をかく。
「レナスさん、甘やかさないで下さい。変人だって言って良いんですよ。こいつ、どこかおかしいんで」
修太が口を挟むと、フランジェスカに睨まれた。
「貴様、ケイ殿を変人呼ばわりするな! 不思議なものが好きなだけだろうが」
「てめえが一番甘やかしてんだよ、フラン。そんなんだから、あいつが調子に乗って、また幽霊だのなんだの言うんじゃねえか! 俺はそっち系にだけは関わらねえからな!」
睨みあっていると、サーシャリオンが笑いながら近付いてきて、修太とフランジェスカの肩にポンと手を置いた。
「そなたら、悪口を言い合うのは構わぬが、せっかく隊商にまぎれさせて貰うのだから、すぐに出立するぞ」
そして、レナスの指示に従い、フランジェスカとサーシャリオンは余っていた二頭の馬を使い、修太と啓介は御者台にお邪魔した。荷台には荷物と荷物番の奴隷の他に、サマンサの仲間二人の虜囚が乗っている為、更に人を乗せる余裕が無いらしかった。
王都については休憩の折にでもと約束し、再び隊商とともに出発した。
その頭上で、ここまで送ってくれた火焔オウム二羽が弧をえがいて飛び、やがて西の空へと消えていった。
夕刻。
赤い砂礫の荒野の中、大きな岩がぽつんと転がっている場所で野営することになった。王都までは、あと約四日かかるらしい。
レナス達一行とは別に焚火を用意しながら、修太はちらりと向こうの焚火を見た。両手首を縄で縛られた男が二人、護衛の鋭い視線にさらされながら同席している。
マエサ=マナでは罪は不問とし、ギルドでの処罰を待つ身らしい。第三王子がけしかけたことだし、王都で人質にされている仲間がいるという話だったから、王都に着いたらすぐに解放されるだろうというのがレナスの見立てだった。期日までに報告に来なければ、その人質が殺されると聞けば、同情する気にもなる。
それはそれで分かったからいいのだ。
ただ、どうしてこの目の前の少女が怒っているのか、修太には謎で仕方がない。
前と同じく、夕飯片手にこちらの焚火にやって来たピアスは、それはもうチクチクするような視線を修太達に向けていた。
なんなんだとげんなりしていたら、意外にもあっさり種を明かしてくれた。
「それなりに仲良くやれてたんだから、一言くらい別れの挨拶があっても良かったと思うの」
唐突にぼそりと呟いたピアスを、修太達は目を丸くして見た。
「……なんでそんなに驚いているのかしら。おかしなこと、言った!?」
やや棘の混じった声音で、低く問われ、反射的に啓介が首を振る。
「ごめん! 気にしてるとは思わなくて。あんなことがあった後だし、寝ている人を起こすのは悪いって思ったんだけど……」
「旅の間の出会いってね、一度別れたら、たいていはもう会えないのよ。だから、旅人はあいさつを大事にするの。次はちゃんと声をかけてよ。私が寝てても、起こしていいから」
むくれていたピアスは、啓介が弱り切った顔で謝ったことで機嫌を直した。
(ふーん、そんな暗黙のルールがあるのか)
今後は気を付けよう。
修太は胸中で呟く。
「そうだ。あなた達って、今度は王都を目指すんでしょ。へんてこな湖を探していたのといい、次は何があるの?」
ピアスは興味津津で身を乗り出す。話を聞きだす気満々らしい。
「変わったものなら良かったんだけど、人探しだよ」
その答え方はどうだろう、啓介君。魔女も十分変わったものだと思うんだがね。
修太は心の中でつぶやいた。
「王都で人探し? それって、砂漠で小石を探すようなものじゃない。どんな人? もしかしたら知り合いかもしれないし」
「うーん、そういえばどんな人だっけ?」
啓介がこっちに話題を振ってきた。
「ガーネットという名しか知らないな、そういえば」
肉を火であぶりながら、フランジェスカが首を傾げた。
急にフランジェスカから肉の刺さった串を二本差し出され、つい受け取ってしまった修太は、いったいなんだとフランジェスカを見る。どうやらあぶるのを手伝えということらしい。まあ、暇だからいいけど。
修太は串を火であぶり始める。肉の焼けるにおいが香ばしくて素敵だ。アストラテの街で仕入れた香辛料と、修太達の持っていた食料の中のハーブをまぶしているらしい。ああ、お腹が空いてきた。
「ええっ、それだけ!? もっとさあ、こう、髪の色とか目の色とか! 綺麗だとか、服装だとか、家族構成とか!」
ピアスが焦ったように言う。
「家族構成なら分かるぞ。五人姉妹で、ガーネットって人が長女らしい」
「あのね、シューター君。レステファルテ国じゃ、十人兄弟なんてざらよ。そんな情報、あってもなくても変わらないわ」
そう言い、頭が痛そうに額に手を当て、空を仰ぐ。
「信じられない! これだけで人探しなんて!」
かなり呆れられてしまった。
「しかも、ちょうど日祭りの時期じゃない。人でごったがえしているわよ、きっと!」
大袈裟にぼやくピアス。啓介はきょとんとし、銀の目をピアスに向ける。
「ひまつり? それってどういうの?」
「ええっ!!? 日祭りを知らないのっ!?」
今度は、さっきよりも盛大に驚かれた。
「この国で、三年に一度開かれる、武闘大会よ! 太陽に感謝して、戦神である日の神に戦闘を見せるっていう習わしよ。もう千年も続いてる超有名な祭典じゃないの!」
「そ、そうなんだ。一般人も参加できるのか?」
「エントリーはできるわよ。予選で落ちなきゃ本選にも出られるわ。殺害禁止だけど、ひどい人だと腕を失くしたりもする激しい試合になるから、素人にはオススメしないわよ。まあ、お金に困ってるから出場する人もいるんだけどね」
最後の方がよく分からない。
「……どういうことだ?」
不思議そうに口を突っ込むサーシャリオン。
「本選まで出れれば、身体の一部喪失には見舞い金が出るのよ。結構な金額ね。まあ、私からすれば、お金が欲しいからって腕を切り落とされるのは嫌だけど」
「……俺も嫌だよ」
啓介が眉を寄せて、おっかなそうに身震いする。
修太も全面的に同意だ。
「ピアス殿は、セーセレティーの縁者でありながら、この国の行事にくわしいのだな」
フランジェスカの感心混じりの言葉を、ピアスは快活に笑い飛ばす。
「そりゃあね! セーセレティーは双子山脈を挟んでるとはいえ、隣国だし。うちの国の人でも、腕試しにって大会に出る人もいたから」
「外国人も参加できるのか?」
意外だ。修太は思わず問う。
「そうよ。そのほうがいろんな人がいて盛り上がるし、結果が読めないから楽しいでしょ?」
ピアスはふふっと笑う。
「名声を求める冒険者は、結構参加するわね。ここで上位に食い込めば、勝手に名前が広がるから」
「ふーん……」
どうして名声を求めるのか、よく分からないので、適当に相槌を打っておく。有名になると何か良いことがあるんだろうか。
ピアスは急に真剣な顔をして、声を潜める。
「いーい? あなた達みたいな変わり者は、王都では気を付けないとカモにされるわよ。路地裏を一人で歩いたり、古着屋の試着室なんて入ったら駄目だから。人攫いにあったら、隣のノーネムノムで売り飛ばされて、この先の人生真っ暗闇になっちゃうからね!」
それから、ぼったくりやスリにも気を付けてね。
心配なのか、ピアスは更に付け足した。
「ほとんど藍色の〈青〉に、漆黒の〈黒〉、白銀の〈白〉って時点でもかなり危ないのに、お祭り期間中なんて危険度アップよ! お兄さん、正体は魔王だなんて冗談みたいな話を聞いたけど、ダークエルフだって人の多い所には出てこないんだから、目をつけられるかも」
「ははは、我は大丈夫だよ。返り討ちにするからな。フランは大丈夫だろうが、ケイとシューターは気を付けろ。特にシューターは、モンスター相手では敵無しだが、人間相手では無力だからなあ」
サーシャリオンの言葉に、修太は大きく頷く。
「うん、気を付ける。海賊船行きはもう嫌だ」
いいなあ、人間スタンガンの啓介は。いっそスタンガン作ってくれねえかな。
修太はそういう道具がないかと心から願った。
「えっ、海賊がどうしたの?」
ピアスが話に食いついてきたので、海賊にさらわれた話をする羽目になった。
修太の話を聞いた結論として、ピアスはこう言った。
「へえ、賊狩りグレイって紫ランクの冒険者で有名だし、顔色一つ変えないで盗賊を殲滅する人だから、下手に関わるなってギルドじゃ注意されてたんだけど、人助けするなんて良い人だったのね。無表情だから怖かったんだけど、怖がらないように気を付けなくちゃ」
ちらちらと向こうの焚火に視線を向けつつ、ピアスは小さい声で言う。
グレイってやっぱり怖いのか。
自分だけがこんなにびびっているのだろうかと思っていたので、思わぬ賛同者を得て嬉しくなった。とはいえ、怖いと暴露する割に、態度に全く出していないピアスはすごい。
(気遣いができて、美人で、良い子か。世の中にはこんな子もいるんだな)
啓介が気にするのも分かる気がする。啓介本人は気付いていないようだが、ふとした時にピアスを目で追いかけていたり、なんかぼーっとしているので、幼馴染の修太からするととても分かりやすい。周りが気付いていないのが不思議だ。
好意のベクトルを向けられまくる割に、恋愛面で誰かに好意を抱いたことがない啓介もまた、気付いていないようだ。
(面白いから観察していたいけど、ピアスさんとは王都についたら別れるだろうし、どうにかできないもんかな)
啓介に彼女ができれば、修太に波及する厄介事が減るだろうから、どうにかしてくっつけたいと思った。
*
「なあ、グレイ」
ちょうど左隣を馬で並走しているのがグレイだったので、修太は御者台から声をかけた。
すると右隣に座る御者のジェロモ爺さんがぎょっとしたが、ちょうど左を見ていた修太は気付かなかった。
「………なんだ」
ちらと琥珀色の目がこっちを一瞥する。かすれ気味の声はそれ程大きくなかったが、木製装甲の馬車のガタガタとなる音にはかき消されずに届いた。
「今の時期って、王都では日祭りがあるってピアスさんが教えてくれたんだけど、グレイは出場するのか?」
荷物のトランクを馬にくくりつけ、ハルバートの柄を左肩にかけて、右手だけで馬の手綱を取っているグレイだが、全く動きがぶれる様子がない。やはりただ者ではない。
「いいや」
あっさり返ってきた答えに、修太は不思議に思う。
「あれって優勝したら大金と褒章が手に入るんだろ? あんただったら優勝しそうなのに」
ピアスから詳しく聞いた話だと、そういうことだった。向かう所敵無しどころか、敵のほうが逃げて行きそうなグレイだ。すんなり優勝しそうなのに、出場しないなんてもったいない気がする。
「……殺さないで相手を負かすのは不得手でな」
グレイはやや渋い声で返した。
修太はきょとんとし、一拍おいて、ものすごく納得してしまった。
「まさかグレイが盗賊しか相手にしないのって……」
「それもある。だが、俺は賊は好かない。合法的に根絶やしにできるからな、いい機会だろう?」
ぼそぼそと低い声で話し、ふんと鼻を鳴らす。
何がそんなに嫌いなんだろう。いったい、盗賊の何がグレイを賊狩りに駆りたてるのか。
「賊狩りの旦那、いくらなんでも子ども相手にその返事は……」
ジェロモ爺さんが渋い声でグレイをいさめる。
「いいよ、ジェロモ爺ちゃん。俺が訊いたんだから」
軽く笑って取り成す。
ジェロモ爺さんはどちらかというと寡黙だが、質問したら色々と教えてくれるし、穏やかな老人だ。子供が七人いて、孫がその五倍くらいいるとかで、子どもの面倒を見るのは慣れているらしく、修太を邪険にすることもない。良い人だ。
「……そういえば、お前達は王都に何をしに行くんだ? あんな所、寄らないで済むなら行かないほうが身の為だぞ」
言い方に天と地ほどの差はあれど、要するにピアスと同じことを言うグレイ。
「人探しに行くんだ。ピアスさんにも厳重に注意されたよ。そんなにおっかない場所なのか?」
「悪徳商人と人攫いと奴隷商人の巣窟だ」
………。聞かなかったことにしていいですか。
戦慄を覚える修太。怖い。何それ。行きたくない。
「それは言いすぎじゃよ、賊狩りの旦那。子どもが一人で出歩くには危険な土地だが、裏通りにさえ入らなければ、人が多く集まって世界中の品が集まる、世界屈指の市場があるからの。そこは魅力的だし、一応、観光地としても栄えておる」
ジェロモ爺さんが静かな声で語る。修太はそちらを振り返る。
「観光地?」
「左様。王都オルセリアンは、殻状都市といわれる、世界でも珍しい形の自然要塞都市なんじゃ」
「かくじょうとし……」
語感から、かくかくしているお城みたいなイメージが浮かぶ。どんなのだろう。
「都市そのものが、太古に朽ち果てた巨大な巻貝の化石の中にあるのじゃて。まあ、ワシらの言う“王都”というのは、巻貝の中ではなく、外、つまり外殻と呼ばれておる場所じゃがな。殻の内側という意味で、内殻には貴族や王族だけが入ることができる。ワシらのような平民には一生無縁の場所ということじゃ」
「巻貝の中にある町かあ。全然想像つかないな」
不思議好きでもファンタジー好きでもない修太の現実的な脳みそからでは、サザエの想像を引っ張り出すので精一杯だった。
「楽しみにしておれ。あれは大層驚くぞ」
目元を緩め、ジェロモ爺さんは、やや悪戯っぽく笑ってみせた。
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