断片の使徒

草野瀬津璃

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本編

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 ※残酷描写に注意。




「その二人が何か問題でも?」
「あたし知らないわ、レナスさん。天幕で休んでいたら、いきなり……」

 困惑顔で女戦士に問うレナスに、訳が分からないとピアスが口を出す。

「貴様も、この女とグルなのだろう!」

 どんと背中を押し、サマンサとピアスを地面に座らせる女戦士。地面は熱いのだろう、二人の眉が寄った。

「だから、グルってなんなのよ! 意味が分からないって言ってんでしょ、あんたの耳はお飾りなの!」

 ぶち切れたピアスの暴言を、女戦士は涼しい顔で流す。

「このサマンサという女、少し目を放した隙に天幕あさりをしておった。貴殿の差し金か?」

 三人の女戦士のうち、リーダーらしき年嵩の女の問いに、レナスの顔が青ざめる。

「まさか! その者は冒険者ギルドで雇った者です。信頼あると保証頂いたのに……。お前、なんて真似をしてくれたのだ! 私の信用だけでなく、コーラルの旦那の信用までがた落ちだ!」

 サマンサは表情の薄い涼やかな面立ちのまま、ふいと視線を反らす。

「…………」

 無言を返すサマンサ。否定する気はないようだ。

「小賢しい真似を。人間が我らの住処で家探しする理由など単純明快だ。岩塩の出所でも調べていたのか? だが、残念だったな。おいそれと秘密をさらすわけがないだろう」

 年かさの女戦士の言葉に、サマンサはしかし無言を貫く。
 女戦士は息を吐き、腰に提げた剣を抜く。

「レナス殿、この女、こちらで処断して構わぬな?」

 そう言った瞬間、グレイ以外の冒険者の男達に動きがあった。一人が剣を抜き、女戦士に襲いかかったのだ。

「サマンサを放せ! 荒野の狩人!」
「おいよせ、ルド!」

 仲間が止めたが、遅かった。リーダーの女に近寄る前に、その脇に立っていた女戦士が弓を引いていた。

「がぁっ!」

 矢は綺麗に喉に刺さり、ルドという男は苦鳴とともに絶命する。
 目の前で起きた、一人の男のあっけない最期に、啓介はあ然と立ちつくす。

「ルド!」

 サマンサの顔色が初めて変わる。キッと顎を上げ、女戦士達を睨む。

「私は分かってた。これが上手くいきっこないってことは。なんであなたまで死んじゃうかな。せっかく、失敗したことにして私だけ逝くつもりだったのに……」

 サマンサは涙に滲んだ目で空を見上げて叫ぶ。

「これでいいんでしょう! クソ王子! ――あなた達、私が惨たらしく死んだってちゃんと伝えるのよ! マリアとジェイを助けないと呪うから!」
「サマンサ、やめろ!」

 残った二人のうち一人が制止するが、サマンサは歯を噛みしめる。三秒後、目を見開いて地面に倒れる。痙攣しながら血を大量に吐いて、そのまま死んだ。歯に毒を仕込んでいたらしい。
 すぐ隣に座っているピアスは顔面蒼白でその様を凝視し、呆然と死体を見つめている。

「サマンサーっ!」
「ああーっ、呪う、呪うぞ! なんであんな屑が生きてて、こいつらが死ななきゃいけないんだっ!」

 二人は地面にへたりこみ、金切り声を上げて泣き叫ぶ。
 女戦士達は顔を見合わせる。リーダーの女が不快そうに眉を寄せ、舌打ちする。

「ちっ、また第三王子の遊戯か。貴様らのような者が何度来たか……」

 女は溜息を吐き、部下に言ってサマンサやピアスの縄を解いてやるように言う。サマンサの死体は綺麗に汚れを拭って目蓋を閉じて寝かせられる。ルドの死体からも矢が抜かれ、二人の死体は並んで置かれた。

「――で、この娘やレナス殿やそちらの三人は関係ないのか?」

 リーダーの女戦士の問いに、生き残りの二人が頷く。

「ああ! 関係無い! 処断するなら俺達二人だけにしてくれ!」

 リーダーの女戦士はふうと息を吐く。

「そうしたいところだが、それではあの阿呆を笑わせるだけだろう。とりあえず、事情を聞かせろ。あとは族長の判断に任せる」

 リーダーの指示で、結界地内に柵と布で簡易の牢獄が作られ、そこに捕縛された二人の男が放り込まれる。

「災難だったな、レナス殿。たまにこういう輩がいるのだ。今回はお互いの災難として見逃して差し上げる」
「そうなのですか……。以後、調査を徹底させます。ご厚意に感謝致します……」

 腰を低くして頭を下げるレナス。まだ顔色が悪い。

「――ところで、門番。この事態はいったいなんだ?」

 リーダーはそこで初めて周囲のモンスターに目を向けて問う。周りを取り囲んだまま沈黙をたもつモンスターに、警戒を見せた。

「はっ、そこのダークエルフの名を呼んだら集まってきまして! 先程まで詰問中でした!」

 リアンナの言葉に、リーダーは呆けた顔をする。

「名?」
「はい! クロイツェフ=サーシャリオンと申すと」

 そう言った時、また周囲でモンスターが増えた。サーシャリオンが愉快げに笑う。

「だから言っただろう、サーシャと呼べと。娘」


「ああっ、また増えた! なんなのだ、お前は! モンスター吸引体質なのか!」

 キッと睨んでくるリアンナ。殺伐とした空気が少し薄らいだ気がする。
 啓介はというと惨状にあ然としていて、とても頭の処理が追いついていなかったから、こうも話題を切り替えられる人達にわずかな嫌悪と感心を覚えた。人が二人死んだのにという気持ちと、引きずらないことへの感謝が混在している。奇妙な気持ちだ。頭の中がぐるぐるしていて、胸焼けに似たむかつきを覚える。

 サーシャリオンは少し考えた後、道化じみた動作でお辞儀する。その仕草は極彩色の衣装に異様によく似合っていた。

「我は神竜クロイツェフ=サーシャリオン。人間の言葉で立場を呼ぶならば、ふむ、魔王と呼ぶのが一番馴染むだろう」

 にっこりと微笑むサーシャリオン。
 皆、目を点にしてサーシャリオンを見つめる。それにぷっと吹き出すサーシャリオン。

「はははは! なんという間抜け面だ!」

 リアンナは顔を赤くして激昂する。

「うるさいわ、黙れ! 竜だの魔王だのふざけるなっ!」

「いやいや、ふざけてはおらぬぞ? それから、よければ友好的に歓談といきたいのだがね。敵意を向けるなら、ふふ、あやつらが黙っておらぬだろうし?」

 笑顔で脅迫するサーシャリオンは、確かに魔王っぽい。
 途端に青い顔色になった女戦士達を見ながら、啓介は心の中でひどく納得してしまった。


    *  *  *


 歓談の席は早急に整えられた。
 メンツは族長とその旦那だ。

 それだけ危険視されたということだろう。

 サーシャリオンは誰が出てこようとどうでもいいらしく、地面に敷かれた絨毯の上で退屈そうにあぐらをかいている。それだけでも妙な威圧感を放っているから偉そうに見えた。サーシャリオンは普段は厳粛な空気をどこかに仕舞いこんでいるようだ。いつもは楽しげに笑っているだけだから。

 自分が下っ端モンスターを呼びこんだツケだからと、サーシャリオンはやや面倒そうに言っていた。ややこしくなる前に正体を明かして交渉に持ち込んだことといい、さすがは年の功、先手をとった上に、敵意を持たれないように周囲のモンスターを見せつけながら、黒狼族達を手の平の上で転がしている。名前をフルネームで教えてモンスターを引き寄せたのも、もしかしたら策だったのかもしれない。……狸だ。

 フランジェスカは、護衛やモンスター討伐についてはかなりの腕を持つが、政治的な駆け引きは不得手である。感心すら覚えていた。

「では、貴殿はただ隊商に同行していただけで、我らに害を成すつもりはないと、そういうことで宜しいか?」

 族長の問いに、サーシャリオンは悠々と頷く。

「そうだ。我は正体を明かす気はなかったが……、近辺の下位モンスターが押しかけてきてな、そうせざるを得なくなっただけだ。ふふ、そう警戒めされるな。しばしの休息を得る代わりに、エズラ山の荒れるモンスターをどうにかして差し上げる」

 どうにかするのは修太だろう。
 フランジェスカはサーシャリオンの左斜め後ろに立ったまま、内心で呟く。

(シューター、貴様、都合よく使われているぞ……)

 笑えるくらいに運の無い子どもだ。なんでこう厄介事にばかり巻きこまれているのだ、あのガキ。
 族長は片眉を跳ね上げる。

「……ご存知か?」

「ふふ。そなたらの秘密の意味も分かるぞ。口にはせぬがな」

 くすくすと微笑むサーシャリオン。痛い所を押さえられた族長の顔色が変わる。

「……カマをかけているわけではなさそうだな」

 サーシャリオンは意味ありげに目を細めて笑う。ただ端から見れば美しい笑みだ。何も知らなければ見とれていただろう。だが、会話と性格を知るフランジェスカにはうさん臭い笑みにしか見えない。

「エズラ山の異変は、ボスモンスターが狂っているから。大丈夫。我らの愛しい灯を一人送りだした。あの子なら片付けてくれる」

 愛しい灯。その表現の気持ち悪さにフランジェスカは背中がかゆくなった。が、耐える。今は歓談中だ。
 モンスター達にとって〈黒〉は可愛くて仕方が無い存在らしい。別に修太だけを特別扱いしているわけではないのを分かってはいるが、気持ち悪いのだからどうしようもない。

「ここいらで、三十年近くで急に増えた砂嵐も異変か?」
「それを言うなら、異変はエレイスガイア全土で起きている、というのが正しい。ここだけではないから安心するといい」

 食えない笑みを浮かべるサーシャリオン。

「安心できるわけがないだろう……」

 族長の左隣に座る旦那がぼそっと呟く。呆れ気味だ。
 旦那は、ゆるくウェーブをえがいた黒髪といい、垂れ目の紺色の目といい、無精髭といい、全体的にだるそうに見える男だ。とはいえ、戦士らしく身体つきは引き締まっているように見える。

「異変と言えば。そなた、さすらいの湖を知らぬか? それを探しに隊商についてきたのだよ」

 族長は目を瞬く。

「あんなものを探してどうする?」
「話す必要があるか?」

「……分かった。事情には突っ込まない。最近、あの変な湖を見た者が言うには、墓場砂漠に迷い込んだ折に見つけたらしい。夜に見つけ、朝になると消えていたとか」

「砂漠に現れるものなのか?」

 サーシャリオンの問いには、族長の旦那が答える。

「いや、赤砂荒野やオジェ荒野でも見かけた者はいるが、墓場砂漠のほうが多いらしいな。だがしかし、一年に一度見かけたら良い程度だぞ」


「そうか。情報感謝する」

 そこでサーシャリオンは思い出したように言う。

「ああ、そうだ。我らの灯が帰る時にボスモンスターを連れてくるように言ったからな、少し騒がしくなるやもしれぬが、ご案じめされるな」


「……いや、だから案じるだろう普通」

 ぼそぼそと面倒そうに突っ込む旦那。
 むしろ普通に接している二人がすごい。普通だったら追い出そうとするか怖がるかだろうに……。一族を支える長の名は伊達ではないようだ。随分、肝の据わった夫婦である。
 非常識なサーシャリオンと我慢強く対話する二人に、フランジェスカは少しばかり同情を抱いた。


 歓談後、フランジェスカがテントの方に戻ると、啓介が気落ちしたように焚火を見つめていた。

「ピアス殿はどうした?」

 声をかけると、ゆっくりと視線を上げ答える。

「頭がぐちゃぐちゃするから寝るってさ」
「――そうか」

 あんな後味の悪い死に方を見た後では、とっとと寝てしまうほうが楽だろう。気持ちの整え方を知っているらしい少女に、フランジェスカは同意する。

 フランジェスカはそれきり黙し、啓介の隣、少し離れた位置に座る。

 ノーネムノムの町を頂く第三王子ザダックの悪名はパスリル王国にもとどろいていたが、よもや遊びで人を死地に追いやるような真似をする屑とは思わなかった。あんな厄介者、とっとと食中毒か病死か事故死にしてしまえばいいのにとも思うが、あれでいて戦闘に関する才に溢れているらしいから始末に困るのも理解できる。だが、あれでは百害あって一利なしだと思うので、やはりフランジェスカの意見は変わらない。

「……俺、人が目の前で死ぬのって初めて見たんだ」

 啓介がぽつりと呟く。声は沈んでいる。

「――そうか」

 人の死を見るのは、剣を扱う者ならいつかは通る道だ。今回は自分が手に掛けたわけではないが、ここで生きる限り、いつかはそういう場面に陥ることもあるだろう。

 だが、納得できない気持ちも飲み込めない心も分かる。何か言っても仕方が無いのも。だからフランジェスカは何も言わない。人の死に触れてどう心が動くかは、それぞれ違うのだ。啓介が乗り越えられることを祈るだけ。

「俺さ、エレイスガイアに来て、不思議現象や幽霊にたくさん出会えることが楽しくて仕方ないんだ」
「……う、うむ」

 どちらも同意しかねる。かろうじて頷きを返すフランジェスカ。
 啓介は気落ちした声でぼそぼそと続ける。

「俺は喧嘩するのに躊躇しないし、ただの暴力じゃなければ怪我させるのも躊躇わないよ。エレイスガイアは物騒だから、それくらいはできると思ってた。だけどさ、なんか、人の命までは奪いたくないなって思って。ああいうのを見ると、なんかやりきれないよな……。あんなことをけしかける人間が出るのも、異変なのかな」

 そこまでは考えつかなかった。フランジェスカは無言でじっと啓介の焚火に照らされる綺麗な面立ちを見つめる。

「それに、考えたんだけど、断片を集めるってことはさ、そこに住んでる人達に恩恵を与える物も回収するってことなんだよな。それで起きる影響とか、そういうのまで考えてなかった。でも、回収するのが結局は皆の為なんだったら、そうするのが一番なんだよな……」

 そこで啓介は困ったように笑う。

「俺、覚悟が足りてなかったって気付いたんだ。もっとさ、フランさんみたいに動じないように気合い入れなくちゃな」
「…………」

 フランジェスカは大仰に溜息を吐く。
 すくりと立ち上がると、啓介の側に行き、ぐしゃぐしゃとホワイトグレーの髪を掻き回す。

「辛いなら辛いと言え。嫌なら嫌と言え。泣きたい時は泣け。無理に背伸びしなくていい。人の死に慣れることはないのだから」

「で、でも、フランさん何も言わないし……」

「私は割りきれているだけだ。慣れているわけではない。殺人狂ではないのだぞ、人を殺めれば夜中にうなされることもある。……人間だからな」

「……うん。ごめん」

 啓介は膝に顔をうずめ、小さく謝る。その声が鼻声になっていて、肩が震えているのをフランジェスカは見ないフリをした。
 黙って隣に座っていた。
 何も話すことなく、ただ隣に誰かがいる。それがありがたいと思う時もあるのだと知っていたから。
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