22 / 178
本編
:レステファルテ国編:第四話 君を呼ぶ声 1
しおりを挟む双子月が輝く紫紺の空の下、穏やかな波音を響かせていた海原に、どこからともなく霧が出てきた。
ギィ、ギィ……
軋んだ音が、水音に混じって辺りに響く。
乳白色の霧の中に見えたのは、崩れ落ちないのが不思議な帆船だった。船体の木は痛み、穴が空き、帆はボロボロで頼りなく風に揺れている。人気の無い船は、霧を引き連れて海を行く。
その甲板。ちょうど船の舳先のほうに白い人影が立っていた。若い青年の姿をした人影は、霧の向こうを見つめ、呟く。
「エディーラ……」
静かな声は、聞く者の心を打つように哀しげだった。
船は海を進んでいく。
霧と青年とを連れ、夜闇の海を。
*
荒野と砂漠の国レステファルテの大都市グインジエ。そこはアラナ海に面したオアシス都市だ。
日干し煉瓦で造られた家並は砂色で、行き交う人々は主に白い衣服か極彩色の衣服かのどちらかを身に着けており、胸焼けするような香水の匂いを引き連れて通りを闊歩している。露天で香辛料を売る者やロバや馬を引いた人々もいて、香辛料の独特なにおいと獣臭さが混ざって、むっとした空気が漂っている。
お世辞にも綺麗とは言い難い街に、フードの下で顔をしかめつつ、修太はフランジェスカと共にグインジエの街を歩いていく。
白フードを目深に被るフランジェスカと、やはり黒いポンチョのフードを被っている修太が並んで歩く様は、人混みの中では浮いていた。
オルファーレンが用意してくれていた着替えの中に、フード付きの黒いマントがあったので、修太はそれをフランジェスカに貸した。フランジェスカにとって敵国である国で、騎士団の紋章入りのマントなんて着るべきではない。だが、何も上から着ないのでは、熱中症になるだろうと思ってのことだった。
だというのに、この女ときたら、不可思議なものを見るような目でこう言いやがった。
「貴様にも気遣いの心というのがあるのだな」
余計なことを言う前に礼を言えとぶち切れかけたが、それよりも熱中症のことを忠告するのを優先させた。毎年、夏になると熱中症がニュースになる日本で育ったせいか、修太は熱中症について重く考えている。
とりあえず黒いマントを着ることを受け入れたフランジェスカだが、修太だと膝丈までの高さになるマントが、フランジェスカが着るとちょうど足の付け根辺りの高さになり、分かってはいたけれど物凄くムカつくし悔しかった。だから、フランジェスカには街に着くなり真っ先に新しいマントを買って貰った。簡素なフードと口布が付いた白いマントだ。資金は修太が出した。フランジェスカの荷は啓介が持っており、財布もそこにあったらしく金が無いと言うからだ。
仕事を探さなくてはとぶつぶつうるさかったので、旅人の指輪の中にあったコイン入りの革袋と、宝石や天然石の詰まった箱を渡してみたら、フランジェスカは仰天した後にとっとと仕舞えと突き返してきた。更に、宝の山を堂々と見せびらかすなと怒っていた。どうやら、ここではただの天然石も宝に分類されるらしい。
――とにかく、新しいマントを買ったフランジェスカは、貸した黒マントの上から白マントを着ている。なんでも、修太の黒マントには気温調節の魔法陣が刺繍されているとかで、着ているだけで涼しいのだそうだ。
ギラギラと攻撃的な太陽光線には、流石の騎士様も敵わないらしい。
(だけど、この赤い糸が血染めの糸なんてな……。不気味だ)
修太の着ているポンチョにも、赤い糸で魔法陣が刺繍されているのだが、この糸はカラーズの血で染められているのだそうだ。力の強いカラーズの血ほど効果が強い為、その分、値段が跳ね上がるとか。血染めの糸での刺繍など、聞いていると呪われた品みたいで気持ち悪い。
オカルトはオカルトでも、黒魔術方面だ。怖すぎる。
弱っているとはいえ創造主がくれた品だから、呪われていることはないだろうけれど、精神的な問題である。
「フラン、どこか目的地でもあるのか?」
人混みを歩くのに嫌気が差し、修太が隣を歩くフランジェスカを見上げると、フランジェスカは首を振る。
「いや、特に無い。地理を頭に叩きこんでいただけだ」
「どこかで休まないか」
「それはいい、私も似たようなことを考えていた」
どうやら暑さと人混みにうんざりしているのはフランジェスカも同じだったようだ。
時間的にも昼食にちょうど良かったので、飲食出来る場所を探すことになった。
*
街を歩き回り、うんざり感がだいぶ増してきたところで、ようやく食堂らしきものを見つけた。
表にメニューの書かれた黒板が置かれている。
ケデの和え物、チコビーンズのサラダ、チコビーンズのアストラテ風スープ、と書かれているが、聞いたことのない食材なのでどんなものか想像もつかない。
食堂に入ると、時間帯が時間帯なので人でごった返していた。煙管で煙草を吸っている者が見うけられ、室内は紫煙で煙たかった。それに独特な香辛料のにおいが食欲を減退させる。
思わずうっとうめき、フランジェスカを見上げる。フランジェスカも嫌そうな表情を一瞬浮かべたが、やっと見つけた食堂だからと諦めてここで食べることにした。
かろうじて空気が綺麗そうな場所はないかと食堂内を見回し、端の席に行くことにする。が、横合いから歩いてきた人に気付かずにぶつかり、跳ね飛ばされた修太は床に尻餅をついた。
「お、悪いな坊主」
修太を跳ね飛ばした男は、どことなく柄が悪そうだった。だが、子どもが相手だからか困った顔をして謝り、助け起こしてくれた。
「いえ……」
「怪我ねえか? 席を探してたから気付かなくてよ」
そう言ってしゃがみこんだ男は、ふいに目を見開く。
それに不思議に思うと同時に、思い切りフードを目深に押しつけられた。
「はぐれるな。ちょろちょろするな。チビだから見失いやすいと心に刻め」
上から嫌味をたっぷりこめた声が降って来た。考えるまでもない。フランジェスカだ。
「っるせえな、チビって言うな!」
「チビにチビと言って何が悪い」
フランジェスカは鼻を鳴らす。
そして、男に軽く謝る。
「私の連れが失礼した。さあ、行くぞ」
「おい、イテテテ。フード押さえるなよ、転ぶだろ!」
上から頭を押さえつけたまま、隅の席に修太を引きずっていくフランジェスカに抗議の声を上げる。
なんなんだよ、いったい!
「シューター、お前、ここでも目を隠せ。この国は我が国ほどの差別はないが、〈黒〉は〈白〉と同じく、カラーズの中でも生まれにくいからな、目をつけられると面倒だ」
席について、運ばれてきた茶に手をつけながら、フランジェスカがぼそぼそと言った。
「目をつけられるって何だよ」
修太の問いに、フランジェスカは修太の方に顔を寄せる。耳を貸せと言うので、顔を寄せ合うようにすると、フランジェスカは周りに聞こえない程度の声でひそひそと言う。
「この国には野蛮極まりない奴隷制があるのだ。ただでさえ物騒な国だ、気を抜けば身ぐるみはがされる上に、家畜のごとく売り飛ばされかねぬ」
修太は頬を引きつらせる。
「あんだよ、そんな危険な国なのかよ。先に言えよ」
「まあ、噂だと金があれば融通がきくらしいがな。商人どもの巣窟だ。貴族の巣食う王宮よりも性質が悪い。言っておくが、〈青〉とはいえ、カラーズである私にも危険な場所なのだぞ」
そこでフランジェスカは姿勢を戻して椅子に座り直す。
「今日は食事をしたら宿をとって休もう。ケイ殿達を待つにしても、情報収集をしなくてならぬからな。異論はあるか?」
「ねえよ。むしろ賛成」
修太の言葉に、フランジェスカは小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ダンジョンシーカー
サカモト666
ファンタジー
高校生の武田順平はある日、不良少年の木戸翔太や幼馴染の竜宮紀子らと共に、「神」の気まぐれによって異世界へと召喚されてしまう。勇者としてのチート召喚――かと思いきや、なぜか順平だけが村人以下のクズステータス。戦闘もできない役立たずの彼は、木戸らの企みによって凶悪な迷宮に生贄として突き落とされてしまった。生還率ゼロの怪物的迷宮内、絶体絶命の状況に半ば死を覚悟した順平だったが、そこで起死回生の奇策を閃く。迷宮踏破への活路を見出した最弱ダンジョンシーカーが、裏切り者達への復讐を開始した――
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる
月風レイ
ファンタジー
あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。
周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。
そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。
それは突如現れた一枚の手紙だった。
その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。
どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。
突如、異世界の大草原に召喚される。
元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる